孤食、黙食、マスク会食、パーティション──。
食事、特に「外食」はコロナ禍で最も変わった生活シーンと言っても過言ではないでしょう。店内で食べず、テイクアウトを利用する人も大幅に増えました。
当然、ビジネスとしても甚大な影響を受けています。時短営業や休業の要請により、2020年の外食産業の売上は前年比84.9%。同年の飲食店の倒産件数は過去最多の780件を記録しています。
「外食産業は今が底。これから飲食店の改廃が進んでいくでしょう」
そう話すのは、サイゼリヤの変革推進部部門長・内村さやかさん。「直箸や回し飲みを避ける」「飲食時以外はマスクを着ける」など、新しい生活様式で食事の在り方自体も変わる外食産業。今後も苦境は続くのか。そしてそこで働く、変革期だからこその面白さとは?
連載:「アフターコロナ」の業界研究
新型コロナウイルスの感染拡大により、打撃を受け、変化を余儀なくされる業界は少なくありません。この連載では、各業界の企業を取材し、ビジネスへの影響と復活へのシナリオ、そして各業界の「ニューノーマル」の姿を浮き彫りにしていきます。
内村 さやか(うちむら さやか):サイゼリヤ 変革推進部部門長
店長として店舗運営を約7年経験後、商品企画を経て、思考技術ファンクショナル・アプローチの社内導入と社内横断プロジェクトマネジメントに従事。2015年より現職。コロナ後の成長を担うための「新形態店舗モデル仮説検証プロジェクト」を推進中。
外食の機会が限定されたことで、目的を持って「食事を楽しむ」人が増えた
──コロナ禍でさまざまな業界が逆境に立たされましたが、中でも飲食業界は大きな影響を受けたと思います。
内村:そうですね。時短営業や休業要請といった直接的なもの以外にも、現場での判断が問われる機会が多くありました。例えば席の作り方一つとっても、自治体によっては食事をする人数に制限が設けています。客層を考慮しながら1〜2名席を増やしたり、席の向きを変えて背中合わせの座席を作ったりと臨機応変な対応が求められました。
──座席の数を減らさざるを得なくなったお店もありましたよね。
内村:また、飲食店は半公共の場ですから、コロナ禍でお客さま同士の価値観が異なる場合にどう対応するかという問題もあります。現場は間に立たざるを得ませんし、明確な答えもない。さじ加減は非常に難しいです。
一方で「感染症対策がされていて安心できた」など励ましのお言葉や、「久しぶりに外食ができてうれしい」といった喜びの声をいただくこともあり、やりがいを再認識できる機会にもなりました。
──外食の機会が減ったことで、顧客にはどのような変化がありましたか?
内村:食自体を大切にするようになったと思います。その場にいる人を集めて飲みに行く機会が減り、「誰と何を食べるか」という目的を持って食事に行く傾向が強まったように感じています。お客さまの召し上がり方を見ていても、作業をしながら片手間で食事をする方は激減しました。
当社では感染症対策の一環で、滞在時間を短縮することを考え、肉と野菜と主食を手軽に食べられる『Anytime サパー』という軽食を新しく提案しています。ところが、ワインと一緒にディナー型のお食事をするお客さまの比率はむしろコロナ前より増えている。客単価も上がっていますし、お食事を楽しむ方が増えた印象があります。
──それは意外でした。いわゆる「おひとりさま需要」がコロナ禍で増えたとも言われますが、その点についてはいかがでしょう?
内村:孤食は年々増えていますが、コロナ禍になって「お一人で来店するお客さまの方が、グループのお客さまよりも客単価が高い」というデータが出ています。複数名ですと一品を取り分けて満足するというケースもありますし、お一人の方が自分の好きなものを自由に頼めるぶん、かえって品数が増えるのかもしれませんね。
──人数に関係なく、食事を楽しむ人が増えているわけですね。
「22時閉店」に「手書き注文」。コロナ禍が温めていた改善案を実行する好機に
──サイゼリヤの2021年8月期決算資料によると、アジア圏など海外においては事業が好調である一方、国内の営業利益は約72億円の赤字です。補助金などの収入によって連結の経常利益は黒字となっていますが、国内の利益を戻すための取り組みについて教えてください。
内村:無駄を削ぎ落とすための固定費の改善を進めています。2020年度は「ピンチをチャンスに」というスローガンのもと、さまざまな腹案を実行した1年でしたね。変えたいと思っていたことを変えまくりました。
──というと?
内村:例えば深夜営業を止め、閉店時間を基本的に22時にする決断は、コロナ禍でなければ踏み切れなかったと思います。コロナ以前から深刻な課題だった人手不足や労働環境の改善、終電がない従業員のための寮や駐車場などの固定削減などを考えても、深夜営業を止めたい考えはずっとありました。
そもそも町場のイタリアンレストランから始まった当社は、深夜営業をしなくても採算が取れるビジネスモデル。全国展開をする中でファミリーレストランの出店形態を取った流れから深夜営業をしており、それを止める判断になかなか踏み切ることができずにいたんです。
──時短営業の要請が、くしくも深夜営業から脱する良い機会になったのですね。
内村:他にも、お客さまが手書きで注文する仕組みは3〜4年前から温めていたものです。他社がタッチパネルを導入する流れに反して、あえて手書きに変える。接触を避けなければいけない今の状況がなければ、これも踏み切れなかったでしょうね。
──あえて「アナログ」な仕組みを検討していたのはなぜですか? デジタル端末の方が効率が良い気もしますが。
内村:サイゼリヤは国内1,000店舗を超えましたが、この先は1,500店舗が限界だと考えています。いわば成長期から成熟期に入るわけですが、その際に重要なのはお客さまとの接点です。決まった商圏のお客さまが高頻度で来店してくださらなければ、ビジネスは成り立ちませんから。
そのために、店員と常連さんが顔見知りのような関係になることを目指したいと思っています。注文はお客さまとお話ができるせっかくの機会なのに、機械化してしまってはもったいない。
──デジタルを取り入れすぎると、コミュニケーションが減ってしまうと。
内村:また、従来のハンディターミナルは複雑化しており、画面を遷移させる回数が増えたことで、お客さまの利便性につながりにくくなっている場面もあると思います。皆さんも目当ての商品を探すのに苦労されたことはありませんか?
外食産業でハンディターミナルを使っているのは日本だけです。グローバル展開を考えても、違う方法を取り入れた方がいいという考えもありました。
──その一方で、一部の店舗では配膳支援ロボットを試験的に導入していますよね。
内村:今後も導入は進めていきますが、配膳の「支援」ということで、お客さまとの接点になる場面での利用は考えていません。あくまで従業員の体に負荷がかかる部分での補助として使い、従業員の「楽良早安」を実現したいと思っています。従業員が楽に、より良く、早く、安全に働ける環境を作れない限り、継続性はありませんから。
その上で、従業員にはお客さまとの会話をより楽しんでほしいと思っています。サイゼリヤの商品は一品完結でない方が楽しく食べられますが、お客さまが自然にうまく組み合わせて注文できるとは限りません。店員とのちょっとしたやり取りがあって成り立つものですから、「こういった組み合わせも美味しいですよ」というちょっとした一言を大切にしたいですね。
サイゼリヤが導入実験を行った配膳ロボット「Servi」
※出典:ソフトバンクロボティクス
「知恵と技術で制約をいかに乗り越えるか」を考えれば、うまくいかないのは「自分のせい」になる
──営業時間の短縮を始めとして、理不尽に感じるような国からの要請もあったのではと思います。そういう要請に対して、どのような思いがありましたか?
内村:決まったことには従うしかありません。むしろ私たちは補償の協力金をいただき、ありがたかったです。同じように人流がないことで苦労している商売がある中、逆に優遇されているとも思っていました。今はそれをどう社会に還元していくかを考えています。
──ポジティブな受け止め方をしているのですね。
内村:私たちは以前から、自らに制約をかけている会社です。最も大きなものは「低価格」であるという点でしょう。制約の中で、どのようにお客さまに喜んでいただき、利益を出すのか。そこに日々向き合っていますので、「知恵と技術で制約をいかに乗り越えるか」という発想は元来あるのだと思います。
サイゼリヤが提供しているメニューは約100品ありますが、調理には3つの機器しか使っていないんです。
──たったの3つだけ!? 本当ですか?
内村:「オーブン」と「ゆで麺器」と「IH調理器具」です。調理を行うメニューは約70品ですが、全てこの3種類で作れるように商品開発をしています。
サイゼリヤにはさまざまなメニューがあるが、使用する調理機器は3つしかないのだという
──驚きました。調理器具にも制約をかけていると……。
内村:小型店の地下鉄赤塚店なんて、客席44席に対してキッチンは8平米しかないんです。1人しか入らないキッチンで約100種類の食べ物を作り、1日約300人分の食事を提供しています。正直、異常だと思いますよ(笑)。
でも、「何の商品を、どの価格帯で、誰を狙って販売するか」は自分たちで定めた制約です。ポリシーとも言い換えられますが、それをはっきりさせることで努力の方向性がきちんと内部に向く。うまくいかなくても「自分のせい」ですから、逃げずに自分ごととして、内部の改善に向き合えるのだと思います。
サイゼリヤは場所選びが下手だった? 不景気は「好立地の物件」が出るタイミング
──変えたかったことを変えた2020年度を経て、2021年度は何を進めているのでしょうか?
内村:まず、正社員の増員ですね。店舗で働いている非正規雇用社員の正規雇用化を進めています。成長期はさまざまな店舗を社員が転々としていましたが、成熟期のこれからは土地に根付く必要がある。一店舗ずつ「お店の顔」となる社員がいることがお客さまの安心感につながると思っています。
応募者の中には50代の方もいて、うれしいですね。「3K(きつい、汚い、危険)」といわれる飲食で働きたいと思ってもらえたわけですから。当社としても先述した配膳ロボットなど、重い調理機器を持たなくて済むようにしたり、段差をなくしたりと「楽」「安全」を追求して、より良い職場環境を作ろうとしています。
もう一つは小型店の出店です。2021年4月には第一号となる地下鉄赤塚店がオープンしました。
──先ほど話に上がった「客席44席に対して、キッチンは8平米」の店舗ですね。
内村:実は2年前、今の地下鉄赤塚店から50mの場所にあった180坪ほどの大型店を閉じているんです。家賃の兼ね合いで採算が取れなかったのですが、今回小型店としてオープンしたら収支が成り立つことが分かりました。まだまだやり方があると気付けたのは発見でしたね。
ちょうど今は、年間130店舗出店していたころの賃貸契約が終わるタイミングです。新規でお店を出さなければ店舗数は減ってしまいますから、スクラップ&ビルドの感覚で、より良い条件の立地に店舗を出したいと考えています。
──どういう立地を狙っていくのでしょう?
内村:特に狙っているのは、コンビニエンスストア跡のテナントです。コンビニは人流がある所にしか店舗を出さないので、確かな一等立地。これまでは面積が小さすぎて出店が難しかったのですが、機材などの進化によって、小型店舗として展開が可能になりました。
都内だと特に環七通り沿いは空白地帯といえます。小型店のチャンスもあるのではと思っていますが、実は私たちは立地を探すのが下手で……。
──立地探しが下手? どういうことですか?
内村:サイゼリヤの一号店は「入り口を野菜で塞(ふさ)がれた八百屋の2階」からスタートしています。もともと商品力をウリにしていることもあり、「野菜を乗り越えてお客さまが来てくれれば本物」という考え方がありまして。そういった出自なので、立地評価などがあまりうまくはないんです。過去にはロードサイドの出店でもだいぶ失敗しています。
ただ、景気の波がある時期は良い物件が出るタイミングでもあります。今ある東京の店舗の大半は2008年のリーマンショック時に出た良い立地を攻めて開店したものです。物件は水物なので、良いチャンスを常に探しつつ、どんな条件の物件でも出店できるよう、機材の改善を進めています。
──新しいチャレンジに対して、社内はどのような雰囲気ですか? 保守的になってしまう人もいそうですが。
内村:創業者が変革気質(きしつ)なので、変化が好きな人が集まっているのは確かです。今は世の中が不安定な状況で、もちろんポジティブな側面ばかりではありませんが、変革だけを考えれば、これほど世の中の条件が整っていることはないですよ。前に進むしかないですから。
外食産業は今が底。これから入る人の「活躍の出番」はたくさんある
──今後、外食産業はどうなっていくと思いますか?
内村:少なくとも、コロナ以前と同じ状況には戻らない前提で当社は考えています。飲食店そのものは、どんどん改廃するでしょうね。むしろ集約されたり淘汰(とうた)されたりしていく方が健全ですから、今はある意味で自然な動きだと捉えています。
特に企業宴会に頼っていたようなお店は苦しくなると思います。緊急事態宣言が明けたら宴会が増えるという予測もありましたが、現実はそうなりませんでしたから。
──内村さんは新卒でサイゼリヤに入社していますよね。なぜ外食産業を選んだのですか?
内村:私がサイゼリヤに入社したのは、まだ60店舗ほどしかなかった時期です。これから成長する分だけ波乱万丈があるはず。それが面白そうだと思って入社しました。私は堅苦しいのが苦手なので、自由な感じに惹(ひ)かれたのでしょうね。
外食産業という意味では、この産業の「職」を支える懐の深さに魅力を感じました。
──食ではなく、職ですか?
内村:私が学生時代にアルバイトをしていたチェーン店には、週4日、1日4時間、きっちり週16時間働いていた女性がいたんです。その方は他にメインの活動があって、収入源はそのお店のアルバイトだけ。おそらく慎(つつ)ましやかな生活をしていたのでしょうけど、信念があってそういう生活を選んでいるのは尊いことです。
そして、その生き方を支えられるのは、特別な技術なしで始められて、期限を切って働ける飲食だからこそ。学生さんがアルバイトをするときも「とりあえず飲食」と考える人は多いですよね。いわば社会の窓口であり、その分責任も大きい。
──言われてみれば、確かにそうですね。
内村:だから私は、人の人生を下支えする職場を良いものにしたいと思いました。いわゆる「3K」のままでは、ただ耐えるだけの職場になってしまいますから。
──これから外食産業で働く面白さはどこにあると思いますか?
内村:躍動感を求める方にとって、これからの外食産業は面白いと思いますよ。コロナ禍で外食産業は弱いものとして映ったかもしれませんが、自由度が高いぶん、変化も早い世界です。居酒屋がランチ営業を始めるようなことが気軽に試せる。
今の外食産業の状況は悪く見えると思いますけど、それは底の可能性もあります。あとは上がっていくしかないと考えれば、やれることはたくさんある。それはつまり「自分が活躍できる出番がある」ということ。どこに行っても、出番ばかりです。
──サイゼリヤも「ピンチをチャンスに」というスローガンの下に、さまざまな施策を実現したわけですよね。
内村:特に当社はやりたいことや意見を潰(つぶ)されない会社ですし、現場が命であり、現場で培われたことが全てに生きるのは今も昔も変わりません。何より、お客さまと日々やり取りをしている強さは何にも変えられないですよ。目の前にお客さまがいて、すぐに反応が得られる。仕事を知れば知るほど面白くなる業界だと思います。
また、理念がはっきりしているので、お客さまは自主的にお店に来てくださいます。だから私たちはお客さまに対してやるべきことに集中できる。これは本当に気持ちが楽ですよ。営業職として他社に転職した人の中には「無理をして売る必要がない。自分はなんて幸せな仕事をしていたんだ」と戻ってくる人もいるくらいです。
──やりがいが感じやすい環境と言えるのかもしれませんね。最後に、コロナ禍で就活をする学生へメッセージをお願いします。
内村:不安定な世の中ですが、大変な時期だからこそ、これから社会に出る皆さんには出番があります。そんな気持ちで乗り越えれば、30代になるころには必ず良い方向に進んでいるはず。学生の皆さんにはそんな気持ちで、目先の安全にとらわれず、自分の好きなことややりたいことを選んでほしいなと思います。自分の身を守ることばかりを考えていると、出来事をマイナスに感じやすくなってしまいますから。
就活自体が不安で大変なものですけど、発想を変えて、開き直って、精神安定のためにも大きな視点で考えてもらえたらと思います。
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