ロレアル パリ、ランコム、メイベリン ニューヨークなど数多くの化粧品ブランドを展開する日本ロレアル。2015年に日本で初めてデジタル戦略を統括する「CDO(チーフ・デジタル・オフィサー)」を設置した、デジタル先進企業としても業界では知られています。
新型コロナウイルスの影響により、世界中で化粧品を扱う店舗が休業せざるを得ない状況にあった昨今。バーチャルメイクやチャット機能を使ったカウンセリングなど、デジタルならではのサービスに消費者からも期待が集まっています。
今回は、そんな日本ロレアルのデジタルマーケティングについて、デジタル戦略を統括するCDOの峯廻さんと新卒入社でデジタルマーケターとして活躍する菊池さんのお二人に伺いました。
先端技術を駆使した事例もある一方で、両者から出てきたキーワードは意外にも「人間味」。日本ロレアルが目指すデジタル戦略とは、一体どのようなものなのでしょうか。
「デジタルを使って『最高のビューティー体験』を提供する」ということ
──本日はよろしくお願いします。まずは峯廻さんのお仕事について伺えればと思います。CDOという役職を聞き慣れない学生は少なくないと思います。具体的にどのような仕事をしているのでしょうか。
峯廻:日本ロレアル全体のデジタル戦略を担う立場として、デジタルを使い、お客さまに最高のビューティー体験をしていただくことがミッションです。その体験によって、私たちの製品やブランドをより好きになっていただき、製品やサービスに長く満足していただくことを目指しています。
また、デジタルの観点で社内の業務効率を高めるなど、組織を強くしていくことも重要なミッションです。ひいては、それがビジネスの安定につながっていくと考えています。
峯廻 聡美(みねまわり さとみ):デジタル戦略統括本部 チーフ・デジタル・オフィサー(CDO)
1996年京都大学文学部卒、2009年スペインIEビジネススクールにてMBAを取得。IT業界、高級消費財業界を経て、2016年日本ロレアル入社。ランコム、イヴ・サンローラン・ボーテなど百貨店流通のブランドが所属するロレアル リュクス事業本部にて、事業本部全体のEコマース、CRM、デジタル戦略などの統括を担当。2018年より、現職。日本ロレアル全体のデジタル戦略を統括する。日本ロレアルエグゼクティブコミッティーメンバー。
──デジタルを使ったビューティー体験というのは、どのようなものなのでしょう。
峯廻:分かりやすい例だと「eコマース」ですね。今は百貨店やドラッグストアだけでなく、オンライン上でも化粧品を購入できますが、単にオンライン上で注文できるというだけでなく、どのような体験を提供できるかを追求しています。
オンラインでのお客さまの行動データなどを基に、どのような情報があれば、商品を選びやすいかを追求するというような話はもちろんそうですし、チャットを使って美容部員に相談できるようなサービスもあります。
お客さまとのコミュニケーションもオフラインとは大きく変わります。インフルエンサーとのコラボレーションや動画サイトを使った生配信、といった施策はデジタルならではといえるでしょう。
──製品に興味を持つところから、購入後までほぼ全てデジタルが関わってくるというわけですね。
峯廻:こうやって例を挙げていくと、われわれがデジタル化を仕掛けているように見えるかもしれませんが、どちらかといえば、お客さまの購買行動がデジタルに移ってきたというニーズの変化を捉えて対応しているという側面が強いです。変化の激しい領域ですが、お客さまを中心に考え、どう変わっていくのかを常に予測し続けることが大切です。
──なるほど。先ほど挙げた施策というのは、峯廻さんの部署で企画しているのでしょうか。
峯廻:いえ。日本ロレアルには、私たちCDOのチームに加えて各事業本部にそれぞれeコマースやメディア担当、そして各ブランドにそれぞれデジタル担当がいます。私たちは組織横断的に各チームと連携しながら、さまざまな施策を進めていくようなイメージですね。
ロレアルは業界に先駆けてデジタル推進を宣言。日本で初めてCDOを登用
──峯廻さんは2016年に日本ロレアルに入社されていますが、やはり、デジタルの分野を極めたかったという理由なのでしょうか。
峯廻:そうですね。前職はフランス系の高級消費財業界で、eコマースや顧客管理システムなどのデジタルに関連する仕事をしていました。面白い分野ではありましたが、当時はスケールの大きなことや先進的な取り組みを行うには限界があると感じていました。そんなときにロレアルのことを知りました。
当時、ロレアルは化粧品業界の中でもいち早く「デジタルの重要性」を掲げ、先進的な施策を進めていました。また当社は「すべての人生に、美しく生きる力を。」というビジョンを掲げていますが、化粧品はお客さまの生きる上での喜びとか、生活を豊かにするものだと思っています。世の中の人を幸せにしたい、という思いがあったことも転職に至った理由です。
──ロレアルはいち早くデジタルの重要性に気付いていたということですよね。それは、いつごろなのでしょうか?
峯廻:2010年に当社グループCEO(最高経営責任者)のジャン‐ポール・アゴンが「これからはデジタルの時代だ」と宣言してから戦略として注力するようになったと聞いています。フランスのロレアル本社では2014年にCDOが設置されましたし、日本ロレアルでも2015年に設置されました。私は2代目のCDOとして2018年に就任した形になります。
──今でこそCDOというポジションが増えてきてはいるものの、2015年当時だと、日本ではかなり珍しかったのではないですか?
峯廻:はい。日本国内では最も早いタイミングでCDOを設置した会社の一つです。日本ロレアルがデジタルに注力をすると号令をかけて、実際に実現してきた証拠といえると思います。
それまでも現場では、eコマースやデジタル・ソーシャルメディアを活用したマーケティングなどを行ってはいましたが、CDOを置き、デジタル推進の戦略を作ったことでデジタル化がより加速したと考えています。何を強化すべきか、どこに投資すべきかが明確になったので。いわゆるデジタル人材もCDOを設置してから約2倍(※)に増えました。
(※)……2015年12月末時点から2020年6月末時点で1.79倍
口コミデータの分析から新商品を開発。男性だからこそ発揮できる価値もある
──なるほど。今日お越しいただいた菊池さんもその一人というわけですね。今のお仕事について簡単に教えていただけますか。
菊池:私は2014年に新卒で入社し、メイベリン ニューヨークでプロダクト開発の戦略などに携わっていました。今年からはデジタルマネージャーとして、eコマースの推進やお客さまとの関わり方をどうデジタル化するか、といった戦略を考える立場になりました。
菊池 裕貴(きくち ひろき):コンシューマー プロダクツ事業本部(CPD) デジタルマネージャー
2014年、新卒マネジメントトレーニーとして日本ロレアルに入社。2015年にメイベリン ニューヨーク プロダクトマネージャーとして、リップ・アイライナー・マスカラカテゴリーの担当を経験し、市場調査・プロダクト開発・メディア戦略の策定をリード。2018年には同ブランドのグループプロダクトマネージャーとして、リップ・マスカラ・アイブロウ・アイシャドウカテゴリーのマーケティングチームを率いる。2020年より現職。メイベリン ニューヨーク・ロレアルパリ・エッシーのデジタル戦略・Eコマース戦略の推進をリードする責任者。
──新卒、ということはいわゆるデジタルマーケティングの領域は未経験ですよね?
菊池:はい。これから動きがありそうなのはデジタルだと思って異動希望を出しました。これまでも製品担当としてマーケティング手法の一つとしてデジタルに触れることはありましたが、今は事業部レベルでのROI(費用対効果)の追求や中長期の戦略策定ということで自分にとっては新しい経験ばかりです。正直、異動するまではeコマースのこともここまで意識していませんでした。
──そうなんですか?
菊池:これまではドラッグストアや大型スーパーなどで展開する製品を扱っていたこともあり、eコマースへの取り組みがそこまで進んではいなかったんです。それが今は、Amazon.co.jpや楽天、LOHACO、アットコスメといったパートナーの方々とプロジェクトを進める立場になりました。
──具体的にはどんなプロジェクトがあるのでしょう。
菊池:例えば新商品を開発するようなプロジェクトがあります。アットコスメさんの例でいえば、口コミのデータをヒントに、メイベリン ニューヨークのマスカラ「ラッシュニスタ N」で新色を発売しました。
──データ分析からそんなこともできるんですね。
菊池:もともとは「色と口コミの相関関係」を調べていたのですが、そのうちに、今消費者が求めている「印象感」が分かったんです。そして、その印象を出すために近い色は何か、これもまた口コミのデータから解析しました。最後はWeb上の口コミだけでなく、リアルな場で消費者の方の意見をもらいながら完成させました。
──普段マスカラを使っていない人でも、新商品が作れるんですね。意外でした……。
菊池:逆に使用経験がないからこそ、余計な思い込みもなく、貢献できる点もあるのかなと思います。学生の皆さんにも「男性でも女性向け化粧品のマーケティングができるんですか」とよく質問されますが、男性のマーケターは多いです。
ブランドのファンを増やしていくという点は、男性も興味を持ちやすい部分だと思いますし、特にデジタル関連の施策では、最先端の技術を使う場面も多いので、性別問わず、テクノロジーに興味がある人にもオススメです。
コロナでデジタル化は加速した。最新のテクノロジーでオンラインとオフラインが「融合」していく
──実際にどんなテクノロジーが使われているのでしょう?
菊池:当社グループが買収した「ModiFace」によるバーチャルトライオンがいい例ですね。これは顔の写真にまるでメイクをしたような仕上がりを投影し、バーチャルにメイクを体験できるデジタルテクノロジーなのですが、最近はオフラインの場でも、こうしたデジタルのツールやソリューションが活躍する場面が増えています。
今は新型コロナウイルスの影響で、売り場にテスターなどが置けないことも多いです。その代わりにiPadやオフィシャルサイトに誘導するQRコードを設置して、テスターが実際になくても、製品を試していただけるような施策を強化しています。
──リアルな場にデジタルな取り組みが混ざり込んでいる、と。面白いですね!
菊池:今までになかったテクノロジーを使った取り組みは、インフルエンサーにもとても人気があります。イベントなどを行うと、皆さんが楽しそうに使っている様子がよく分かります。今は誰でもSNSなどを通じて発信できる時代なので、驚きや楽しさを「語ってもらうこと」が、マーケティングでより重要になっていると感じますね。
──先ほど新型コロナウイルスのお話が出てきたので、聞かせてください。在宅勤務の増加など人々の生活が変わったことで、今後、化粧品ビジネスはどんな影響を受けるのでしょうか?
峯廻:新型コロナウイルスについては、私たちだけでなく、どの業界でも大きなインパクトを受けていると思います。当社の場合は、多様なブランドを展開していることがリスク分散になりました。また早くからデジタルに注力し、eコマースという販売チャネルがあったことで、コロナ禍でも途切れることなくお客さまにサービスや製品を届けられたのは良かった点です。
菊池:そうですね。今までオフラインでしか化粧品を購入していなかったユーザーの中には、コロナをきっかけにオンラインで購入せざるを得なかったという方もいます。オンラインで購入することに不安を持っていたお客さまにも、安心感を持って購入していただける体験を準備できていたのは大きいと思います。
峯廻:先ほどの菊池の話のように、売り場が非接触型になるなど、マーケティングにも大きな変革が起こる要素が出てきたと思います。大変な状況になったからこそ見えてきたものもあるので、ビジネスとしては悲観していません。これをきっかけに、お客さまにもっと良質な体験が提供できると期待しています。
菊池:確かに私たちが以前からやりたいとパートナーの協力を仰いでいた施策の実行が加速した一面もありますね。先ほどお話しした「ModiFace」によるテクノロジーがまさにそうで、以前は店舗に設置しようとしても、前向きな返答を得られないこともありましたが、今は「自分のところでもやりたい」と引き合いが増えました。デジタルの施策全般に対するパートナーの理解が、より迅速に得られるケースが増えたようになったと思います。
デジタルマーケティングでも一番大事なのは「人間味」。未経験だからこそ、想像以上の結果を出せることも
──菊池さんのように、未経験でデジタル職に就いている人は多いのでしょうか? お話を聞く限り、結構専門性を求められる印象で中途の方が多いのではないかと。
菊池:いや、そんなことはないですよ。バックグラウンドは多様ですね。私の上司はもともとeコマースではない伝統的な営業職をやっていた方ですし。新卒からいきなりeコマースを担当という場合もあれば、IT系の企業から転職してくる方もいます。
──なるほど。デジタル職に就いている人に共通点はあるのでしょうか。
菊池:まずは強い好奇心があることですね。それから論理的な部分が多いので、ロジカルシンキングが好きな人にとっては、楽しい仕事だと思います。適切な施策を行えれば、結果の数字を予想できる世界でもあるので。
ただ、ロジカルシンキングだけでは、想像を超えるような売上にはたどり着けません。そこがデジタルマーケティングの面白い部分であり、人材の多様性が必要な理由だと考えています。
──どういうことですか?
菊池:実はデジタル戦略を考えるポジションに異動してから半年くらい、なかなか施策がうまくいかず、苦しい時期を過ごしました。今振り返れば、数字にばかりこだわっていたのだと思います。
自分の中で、デジタルマーケティングに対して「しっかりとKPIを設定し、施策の設計図を作ることが大切」という数値を追求するイメージがありました。ただそれで行き詰まって痛感したのが、結局はデジタルといっても相手は人間であって、「消費者がどう思うかに徹底的に向き合う」という、感覚的な要素もとても大切だということです。
例えば、私のチームには広告のデザインや消費者が売り場に来たときの見た目などの感覚的な部分に強いこだわりを持つマーケターがいます。数値的なアプローチだけで考えると軽視してしまいがちな領域でしたが、そのこだわりのおかげでブレークスルーが起こることも多いです。当社ではよく「右脳と左脳のバランス」と言いますが、これまで論理的とされていた分野に、感覚的な要素が加わると、より人間っぽい動きができるように感じています。
──人間の心に響く施策ができるようになると。
菊池:はい。この「人間っぽさ」こそが化粧品ビジネスでは大切なポイントだと思っています。女性のお客さまは美容誌や口コミ、実際の使用感など、購入前にいろいろと下調べをすることが少なくありません。ここまでは非常に論理的な行動なのですが、最終的に購入を決める瞬間は感覚や直感による影響も大きい。
製品の魅力や情報をしっかり届け、最後は何となく買ってもらう──。「デジタルを扱うようになっても、マーケターとしてのあり方は変わらないんだ」と、最近になって分かってきました。
──面白いですね。そういう意味では、デジタル分野が未経験の学生でも活躍できるというわけですか。
菊池:はい。結局は「消費者のことをどれだけ知りたいか」、そして彼らに対してどう効率的に情報や物を届けるかの二つでしかないと思います。その方法がデジタルであるというだけ。デジタル未経験の人でも全く問題ないです。
峯廻:菊池のように未経験でもeコマース分野で活躍している人材はたくさんいます。もちろん、基本的な知識を身につけるための研修やOJTは充実していますが、加えて自分自身で学ぶという覚悟は持って入社してほしいと思います。
ただ、私たちが重要視しているのはデジタルの知識ではなく、あくまで「いかにビジネスを成長させるか?」というマインドや意欲です。お客さまやパートナーと仕事を進める人間力やコンテンツに対するクリエイティビティも必要でしょう。知識の面だけを見て「私にはできない」と考える必要はありません。
──今後は若手も含め、デジタル分野を担う社員の数は増えていくのでしょうか?
峯廻:デジタルが強化されないということは考えにくいので、結果として人数は増えるかもしれません。しかし、私は扱う領域がデジタルかデジタルではないかということは、あまり重要ではなくなると思っています。
例えばコンピューターが出現したときは、それを扱う人は専門職でしたが、現在私たちは専門職でなくてもパソコンを使用しています。同じように今後はマーケティング職だけでなく、人事や営業など、あらゆる職種の人がデジタルを扱える必要があると思いますし、そうなれるよう、組織全体としても力を入れています。
若い人の可能性を信じる日本ロレアル。業界を担うデジタルマーケターが育つ環境がここにある
──ありがとうございました。最後にこの記事を読んだ就活生に向けてメッセージをお願いします。
峯廻:フランス系の外資で働くのはロレアルが3社目ですが、若い人に、いい意味でこれだけ挑戦させてくれる会社というのは初めてです。
デジタル職はもちろんですが、他の職種でも、年次や中途か新卒かといった点に関係なくどんどん挑戦させてくれるカルチャーという意味では、私が経験してきた中では飛び抜けています。若い人の可能性にかけているといっても過言ではありません。
──好奇心や向上心がある人にマッチしそうですね。
峯廻:人材開発という観点では、個人の資質をよく見て挑戦させるという印象です。向上心や起業家精神のある人が多いので、そういう環境で仕事をしたい方には素晴らしい会社だと思っています。
──菊池さんはいかがでしょう?
菊池:僕は新卒で就活していたころ「マーケティング」という言葉にすごく惹(ひ)かれていました。コンセプトの開発やCMづくりなど華やかなイメージがありましたが、数年やって感じているのは、結局は生活者を中心に考え、物をどのように売るかという仕事だということです。
今の時代、物を売るためにデジタルは絶対に外せない領域でしょう。マーケティングという職種を考える上で、消費者にとって何が今大切になっているのか、今一度じっくりと考えてほしいです。その中でどんな業界に興味があるかも含め。
日本ロレアルは優秀な人がたくさんいて、美容業界をけん引するデジタルマーケターを輩出できる環境だと思っています。成長のための要素が整っている組織なので、ぜひ当社を選び、挑戦してほしいです。
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【ライター:yalesna/撮影:保田敬介】