「ジョブローテがある企業では、入社後にいろいろな仕事を経験できるので、やりたいことを見つけられる」
私がコンサルファームの新卒採用を担当していた頃、こういった声を学生から度々耳にしていました。
しかし、転職コンサルタントとしてジョブローテがある企業の社員と話すことも多い今日、このような学生の考え方は危険なのではないかと考えています。
ジョブローテを経験してきた相談者は、「今は恵まれているのだけど……」と話し始めることが多く、目につくような分かりやすい不満はないものの、キャリアについてぼんやりとした危機感を感じている方が少なくありません。
彼らの中には、「会社に言われるがまま異動を受け入れてきたため、キャリア観がほとんど醸成されてこなかった」という人が多い気がするのです。
もしかすると、彼らも「ジョブローテでやりたいことを見つける」と言って入社し、結局やりたいことを見つけられなかった人々なのかもしれません。
<目次>
●ジョブローテとは何か
●ジョブローテの落とし穴──「ジェネラリスト」ではなく「社内スペシャリスト」が生まれるだけ
●業界によって全く意味が違うジョブローテ
●「ジョブローテはあっても、◯◯社に行きたい!」は危険だ
●「スタバのバイトを始めたら、豆の調達が仕事だった」
●「やりたいこと探し」を会社任せにするな! 好きなものは自分で見つける
ジョブローテとは何か
ジョブローテ(ジョブローテーション)とは、社員に複数部署を経験させる制度ですが、そこには大きく分けて2種類あります。
1つは数年ごとにその企業の中で職種自体が変わるもので、「営業→企画→生産→調達→経理→人事」といったような社内異動を指します。これは、大手メーカー、金融機関などの総合職採用に多いパターンです。
もう1つは、同一職種(例えば営業)の中で、担当する業界やプロダクトが変わるパターンです。コンサルファームや総合商社では、このパターンが多く、「製造業担当→金融担当→インフラ担当」のように担当領域が変わっていきます。
かつて総合商社は「背番号制」と言われ、「原油ならずっと原油」、「エビならずっとエビ」というキャリアパスが一般的でしたが、最近では領域が変わったり、営業→投資担当→財務といったように職種が変わったりすることも増えています。
このような制度が存在するのは、企業と社員の双方にとって次のようなメリットがあるからでしょう。
【企業側のメリット】
・企業全体を理解でき、多様なスキルを持つ幹部候補を育てられる
・組織に新しい風を入れて癒着やタコつぼ化を防ぐ【社員側のメリット】
・複数のポジションを経験できるので、自分に合った職種を見つけられる
・業務内容が定期的に変わるので、仕事に飽きない
しかし、「1人のビジネスパーソンのキャリア設計」という観点で見ると、ジョブローテは大きな危険性をはらんでいます。
ジョブローテの落とし穴──「ジェネラリスト」ではなく「社内スペシャリスト」が生まれるだけ
その危険性とは、一言で言うと「専門性が身につかない」ことに尽きます。
中途採用マーケットにおいて、20代ならば新卒同様のポテンシャル採用が通用しますが、30代は基本的に即戦力採用(専門性採用)です。
たとえ総合職として入社した会社で複数職種を経験していたとしても、1つ1つの職種の経歴は2~3年程度でしかありません。その道のプロを探している企業にとって、「浅く広く」の経歴はあまり魅力的に見えないのです。
例えば、こんな相談事例がありました。
その方は新卒で総合電機メーカーに入社した35歳のエース人材で、間違いなく社内の出世コースに乗っている人でした。これまで営業、生産、調達、海外拠点のマネージャーも経験しています。
皆さんがOB・OG訪問をした先輩にも、このような方がいらっしゃるのではないでしょうか。
一見、マーケットバリューは高いように見えるかもしれませんが、ふたを開けてみるとマッチングできる企業はほとんどなかったのです。
中途採用の求人表には「3年以上の経験」と書かれていることが多く、2~3年の経験だけだと物足りなく映ってしまうのが、その理由です。ジェネラリストというと非常に聞こえはいいですが、転職マーケットの観点から見ると、ジョブローテがある大企業社員のほとんどはジェネラリストではなく、「社内スペシャリスト」と見られてしまう、と認識した方がよいでしょう。
そのような方でも転職できる可能性があるのは、基本的に同業他社。しかし、彼は業界や職種を変えようとして転職先を探しているのですから、もちろん納得できません。
また、職種不問で幹部候補を採用している企業という選択肢もあります。そういった企業は、「エース級の社員は基本的には優秀で、専門性がなくても活躍できるはず」というスタンスで人を募集しています。ただ、このような企業はかなり珍しいのが実情です。
もともと、「さまざまな部署を経験させて幹部を育てていく」という発想自体が終身雇用を前提とした考え方です。転職が当たり前になった今、ジョブローテの価値や意味を見直す時期に来ているのかもしれません。
業界によって全く意味が違うジョブローテ
冒頭でお伝えした通り、コンサルファームとメーカーのジョブローテは大きく異なります。
先ほどの事例のようにメーカーのジョブローテは、生産→営業→人事といったように、「いろいろな職種を経験できる」のが特徴です。幅は広がるものの専門性が浅くなってしまうリスクも秘めています。
一方で、コンサルファームにおけるジョブローテでは関わる業界やテーマが変わるだけです。コンサルタント職→人事→経理といったようなキャリアパスは珍しく、一般にコンサルタントという職種は固定されます。これは電機メーカーでいえば、営業職を固定し、扱う商品がテレビ担当から冷蔵庫担当になるようなものです。そのため、「1つの職種を通じて、いろいろな業界やテーマを経験できる」という特徴があります。
このように、一言にジョブローテと言っても、その意味は企業や業界によって異なります。「入社後にいろんな経験を積みたい」と思っても、ジョブローテという言葉の理解度が高くないと、企業選びの失敗につながります。その企業が「何をローテーションしているのか」、そして、それが自分のキャリアにどのような影響があるのかをしっかり考えることが大切です。
「ジョブローテはあっても、◯◯社に行きたい!」は危険だ
過去に、「ジョブローテのリスクは分かるけど、それでも◯◯社に行きたいんです」という学生に何度か出会いました。
「心の底からその企業に憧れていて、どんな仕事でも這(は)いつくばってやりたい」と思うなら大いに結構。しかし、これは非常に危険なキャリア観であると考えます。
投資家としてお金だけ出すのであれば、その視点で全く問題ないのですが、学生はその企業で働き、「自らの長い時間」を投資する存在です。自分が毎日何の部署でどんな作業をするのか、どういった人たちと仕事をするのか、これを見失わないことが大切でしょう。
ただ、これを大きく邪魔するのが企業の採用担当です(笑)。
会社説明会では、「我が社は、こんな事業をしています」「グローバルに展開しています」「新しい事業を作っています」といった事業中心の会社紹介をする採用担当がほとんど。職種紹介をしている企業はあまり見かけません。
そのようなイベントに無防備で参加すると、「あの会社の事業はおもしろそう」という会社選びになり、「自分は一体何の業務をするのか」を見落とすことになってしまうでしょう。
このような会社選びへの警鐘として、ちまたでは「就社ではなく就職を」といわれることがありますが、私もその通りだと思っています。中途マーケットでは職種に焦点を当てた「就職」活動が当たり前なのに、新卒マーケットで行われているのは「就社」活動。「就職」活動をしている学生をあまり見たことがありません。
一方、アルバイト探しでは「就職」ができている学生の方が多いのではないでしょうか。多くの場合、飲食店なら「ホールか、キッチンか」、学習塾なら「講師か、事務か」を選んで申し込みをしているはずです。
ぜひ、バイトを選ぶくらいの具体性の高さで就職活動も進めてみてください。
「スタバのバイトを始めたら、豆の調達が仕事だった」
補足ですが、「就社≒就職」の業界もあります。
例えば、コンサルファームでは大半の人がコンサルタント採用ですし、メガバンクではほとんどの人が営業職採用です。こういう業界においては、入社後の仕事がほぼ全員同じなので、「就社」活動でも問題ないかもしれません。
これは「スタバのバイトを始めたら、大半の人は店舗のスタッフとして働くことになる」という話と同じです。
一方、新卒採用においては、メーカー、運輸・交通、デベロッパー、ITなど、ほとんどの業界が「就社≠就職」の構造です。前回記事でお伝えした通り、多くのベンチャー企業もここに入ります。
これは、「スタバのバイトを始めたら、コーヒー豆を調達する仕事だった」という事態が起こりうるということなのです。
「やりたいこと探し」を会社任せにするな! 好きなものは自分で見つける
キャリア観がしっかりしている人は、ジョブローテ企業でも主体的にキャリアを作ろうと動きます。異動の辞令が出た時に「今の部署に残らせてください」と覚悟を持って交渉ができるか、はたまた「次の部署での仕事が自分に合うか、○○の観点で確かめよう」と能動的にキャリアの仮説検証を繰り返していけるか。
「働いてもいないのに好き嫌いは分からない」という考えは否定しませんが、「さまざまな仕事を経験しながら、好きな仕事を探すこと」と「好き嫌いを探す過程を会社任せにすること」は全く異なります。ジョブローテのある企業に入ったとしても、キャリアを人任せにせずに、常日頃から自分のやりたい仕事を考え続けていくこと。それが、ジョブローテの落とし穴を乗り越えるために最も大事なことなのです。
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※こちらは2019年9月に公開された記事の再掲です。
(Photo:alphaspirit/Shutterstock.com)