皆さんは
「日本人で一番出世した、グローバルなビジネスパーソン」
と聞いて誰を思い浮かべるでしょうか。今回私がインタビューした、村上憲郎氏は恐らくその一人です。Googleで米国本社副社長と、日本法人の名誉会長をご経験された村上氏の「本音炸裂トーク」をお楽しみください。
――ワンキャリア執行役員の北野(KEN)より
「今56歳だとしたら、どの会社のCEOならやりたいですか? 村上さん。」
村上憲郎(むらかみ のりお):日本の実業家 兼 システムエンジニア。複数の外資系企業の社長を経験した後、Google米国本社副社長兼Google日本法人社長を務めた。現在も国際的に多分野に渡り活躍。前Google日本法人名誉会長。前(株)エナリス代表取締役。
北野:早速ですが、技術者として、そして経営者としても全世界的を股にかけ活躍してきた村上さんに、お伺いします。今Google日本法人のヘッドに就任したときの年齢、56歳だったとしたら、どの会社のCEOを一番やってみたいですか?
村上:『テスラ』だろうね。
北野:即答で来ましたね。テスラは、イーロン・マスクが率いる、電気『自動車』の会社ですが、いま56歳だったら、Google日本法人ではなく、テスラを選びますか?
村上:今のGoogle? アルファベットね。もうわからなくなっちゃったからね。テスラだろうね。
北野:その理由とは?
テスラの魅力を理解するには、「電電公社の民営化の歴史」を理解しないといけない
村上:テスラの魅力を理解するには、電電公社の民営化の歴史を理解しないといけない。で、電電公社の民営化の歴史って何なのかというと、「携帯電話とインターネット」なのよ。電話って、1986年の頃(民営化開始)って、みなさんさ、たいてい下駄箱の上に置いていたわけじゃない。
北野:いわゆる、黒電話ですね。
村上:それが変わったのは携帯電話になってからでしょ。だから、現在進行中の電力システム改革で、携帯電話に相当するものが、蓄電池なんですよ。まあいってみれば電気の使い方を一番変えるのは「蓄電池が各家庭に入ってくる」ということなんだよね。テスラさんはそこが分かっていて、ギガバッテリーのほうがメインでしょ。つまり、『勝負として』自動車もお売りになっているわけですよ。でも駐車しているときは蓄電池でしょ、という意識だと思いますよ。
北野:つまり、テスラの真の狙いは、すべての家庭にテスラ製の「蓄電池」を設置することだと。
現在の「電力システム改革」は、3倍速で「電電公社の民営化」を進めるのと同じ
村上:そう。私がエナリスで働いていたとき、言い続けていたのは、今進行中の電力システム改革は、電電公社の民営化のプロセスを3倍速のスピードで進めるようなプロセスなんだよと。つまり、『電話事業』で30年で起きたことが、『電気事業』では10年くらいでおきますよ、と。こういう風に思えば、電気事業を今後どういう風にやればいいのかお分かりになるはずでしょ、ということです。
北野:つまり、コストの内訳が、フェーズによって変わってくると。
村上:そうね、例えば、電電公社の民営化のプロセスを、もう一度見てみると、携帯電話(移動体通信)の次に出て来たのは、「インターネット」だったわけよ。でね、今、謂わばインターネット向け携帯電話であるスマホで、電話代そのものにいくら払ってんの? ほとんど払っていないでしょ? LINEや、Facebook、WeChatで話しているわけじゃない。自分の携帯料金の中で、ボイスのチャージって、おまけじゃないのっていう話でしょ。
北野:つまり、『電話事業』の中心が「ボイス」から、その先にある「インターネット」と「情報通信」まで連続的に展開してきたと。
村上:そういうことだね。同様のことが『電気事業』でも起こるから、電池会社のテスラの時代が来ると。
会社にとって本当に一番いいのは、50歳以上のおじさんたちに、会社を辞めていただくこと
北野:論点を少し変え、さきほどあえて、「56歳」と仮定を置きましたが、村上さんにとって年齢はキャリアに影響を与えますか?
村上:そりゃね、気力体力っていうのは、どうしても下がってくる。エナリスからも何らかの形で残ってくださいと言われたけど、70歳っていうのは気力体力的に厳しい。ということでご辞退申し上げました。
北野:確かに、普段から「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」と語っていらっしゃいます。
村上:会社にとって本当に一番いいのは、ITが分からない50歳以上のおじさんたちに、会社を辞めていただくことなんですよ。おじさんたちは日本を復興させた功労者ですが、どうしても先回りして心配をする。それが邪魔になることも多い。例えば、グーグルアップス(現G Suite)が出たときも、おじさんたちは2ちゃんねるや出会い系がインターネットだという印象を持っているから「グーグルアップスはやめとけ」って言いだすんです。で、おじさんたちは、すったもんだした揚げ句、グーグルアップスを入れると、今度は「グーグルアップスの使い方について研修をします」なんて言い出す。若い人たちは爆笑ですよね、なぜかって、みんなすでに個人では使ってるからね。たださ、50代って子供の学費とかお金の掛かる年齢だから、辞表は出さなくていいけど、若い人の提案に反対しないで黙ってなさい、と。
北野:これはやはり、おじさんたち的には「どうしようもないこと」なんですか?
村上:そりゃ前提があるよ。だから「ITが分からないおじさん」と前提をつけているわけよ。
エリック・シュミットさえ、最新の技術は「実をいうと、俺もわからない」って(笑)
北野:村上さん自身もかつての記事で「Google日本のトップとしてやってきたことは謝ることしかない」と語っていました。ITが分かる村上さんですらこう語ったのは印象的でした。ちなみにこれは、アナロジーなんですか? マジでそうなんですか?
村上:Googleでは、本当ですよ。最終面接のときに、エリック・シュミット*に「何故私ですか?」と聞いたら、エリックが「前にも言ったと思うけど、あんた人工知能やってきたからだ」って。私はそのとき正直に、第二世代の私には、第三世代というかマシンラーニングに向かっている最新の技術は、全く分からないって答えたんだよね。そしたら、エリックも、「実をいうと俺も分からねぇんだ、でも今まで面接したやつに聞いたらあいつ(村上)は分かったふりができる」って、そう言われて、入ったわけですよ。
*エリック・シュミット(Eric Schmidt)はアメリカ合衆国の技術者・経営者で、Googleの元CEO。現在は持株会社であるアルファベット社会長。
だから私ができることとしたら、若い人たちがとんでもないアプリケーションを開発して、わーっと世間が騒ぐわけじゃないですか、もうそうしたらさ、謝りに行くっていうね。それしかないんですよ。
グーグルニュースが日本に導入された日。新聞社の対応を見て、この人たち「何もわかってない」と
北野:確かに、日本では、シニアの人が謝罪したら、偉い人の溜飲が下がる傾向はありますね。具体的な例はありますか?
村上:グーグルニュース出した時も、新聞社がひどかった。日本でローンチされる前に、日本の新聞協会にも事前に伝えていたわけよ。アメリカで出したから、そろそろ日本に来ますよって、何回もプレゼンしているわけよ。でもね、実際に日本でサービスが開始したら、朝から、読売新聞とか毎日新聞とか「村上! すぐ来い」と。行くと「すぐ止めろ」と。で、「事前に言ったでしょって、グーグルのクローラーは、ちゃんと御社が『シグナル』をサイトに記述してたら、行かないんですよ」って。
北野:結果的にどうなったのですか?
村上:朝日新聞と日経新聞はね、私と少し関係があったので残ってくれたんですよ。あと残ったのは東北の河北新報。そうしたらさ、河北新報は、あるニュースでさ、偶然ランキング上位に出ちゃったわけなんですよ。河北新報は大喜びで「サーバーがパンク」するくらいにトラフィックが集まった。そのひと月後、どっかの調査会社が、朝日と日経がトラフィック急上昇。その理由を「グーグルニュースに踏みとどまったおかげ」、なんて報道して。そしたら、読売新聞、毎日新聞から「お話がしたい」ときて、私が会いに行ったら「もう扱ってもいいです」と。で言ったのは、「だから、ひと月前にお話しして、御社は 『シグナル』を立てられました。それ外さないとクローラーは入れないし、外したら、間髪を入れず行きますよ」って。もう本当に何にも分かってないんですよ。
50歳を超えても、給料を上げ続ける「たった1つの方法」とは?
北野:キャリアに関して、最後の質問なんですが、年を重ねても、第一線で活躍して、給料を上げ続ける方法を聞かせてください。今の日本って55歳を越えて転職すると、給料が下がる確率の方が上がるより、15%も高いんですね。ただ、肉体的な制約を加味しても、これっておかしいと思うんですよ。経験を積んでいって、できることは増えていくのに、そうなっていない。でもみんな「そうはなりたくはない」って思っていると思うんですよ、50歳越えても給料を上げ続けるポイントって何かありますか?
村上:身も蓋もない話をすると、やっぱり終身雇用ってもう崩壊しているわけだから、「ヘッドハントされる実績を、50歳までに作ってこなきゃ駄目」だと思うんですよね。いつも「自分ができることリスト」というのを書き出しておく必要がある。なんのためかというと、ヘッドハンターが来たらそのリストを売り込むためだよね。
人事部が大事にすべきなのは「もしかすると3年後にいなくなるが、今必死に担いでるやつ」なんだよ
北野唯我(KEN):日系大手、外資大手を経験し、現在、株式会社ワンキャリアの執行役員 兼 産業アナリスト。個人ブログ『週報』も執筆。
北野:しかし、そうすると人事的には「辞められそう」と思うわけですよね(笑)。
村上:でも、そういう人が集まった会社じゃないとね、強い会社にならないと思うよ。要するにヘッドハントされるということは、今の会社で、腕力・足腰が鍛えられているわけですよね。じゃないとヘッドハントしてもらえないということなんだから。
北野:「ヘッドハンドされるような人材が集まる会社」こそ、強い会社だと。
村上:で、勿論最終的には「お世話になりました」って転職することになるんだけどさ。在籍しているときはさ、必死になって会社という『みこし』を担いでるわけでしょ。辞めるまではさ、一生懸命、会社を担いでくれる人材なのよ。でね、反対に、一生この会社にしがみつくぞ、みたいな奴はさ、おみこし担いでいるふりして、ぶら下がっているわけよ。人事部が大事にしなきゃいけないのは、ぶら下がっているやつじゃなくて、もしかすると3年後にいなくなるかもしれないけど、今必死に担いでるやつなんだよ。ほんとに担いでくれるやつだったら数年勤めてくれたら御の字じゃないの? そういうふうに人事部も考え方を変えないと。
北野:めちゃくちゃいいですね。同意です。ではもし今、村上さんが人事の責任者だとして「Googleよりも優秀な人を採らないといけない」としたら、果たしてどうやってGoogleを倒しますか? これを聞かせてください。
──後編「アメリカ人との喧嘩には、『猫だまし』だよ」につづく
一流たちが激論を交わす 〜北野唯我 インタビュー「シリーズ:激論」〜
・フリークアウト・ホールディングス取締役 佐藤裕介氏
・KOS代表取締役 菅本裕子氏(ゆうこす):前編/後編
・JAFCO Investment (Asia Pacific) Ltd CEO 兼 (株)ジャフコ 常務取締役 渋澤祥行氏
・アトラエ代表取締役 新居佳英氏
・リンクアンドモチべーション取締役 麻野耕司氏:前編/後編
・ヴォーカーズCEO 増井慎二郎氏
・元楽天副社長 本城慎之介氏
・東京大学名誉教授 早野龍五氏:前編/後編
・陸上競技メダリスト 為末大氏:前編/後編
・元Google米国副社長 村上憲郎氏:前編/後編
・ジャーナリスト 田原総一朗氏
・サイバーエージェント取締役 曽山哲人氏