「NBAの試合観戦で取引先と応援のさなかに、まさかの契約打ち切りの大ピンチ」「取引先の板挟みに遭って、厳しい価格交渉に臨むことに」──。
社員が普段どのような仕事をしているのか。就活生としては、絶対に知っておきたい情報ではあるものの、それを理解するのは簡単ではありません。説明会やOB・OG訪問などで話を聞くことはできても、実際に働かないと分からないことも多いためです。
その悩みを抱えているのは人事も同じ。総合商社の三井物産もそんな1社でした。いい部分も厳しい部分も、商社パーソンのリアルな仕事の姿を伝えられないか。そこで彼らが始めたのが、脚色や忖度(そんたく)なしに、厳しい仕事の実態を、現場社員のストーリーとして伝える「挑戦と創造」追体験セミナーです。
「これをやらずに社会人になったら『後悔』しますよ。商社志望に限らず、社会人になる前に体験してほしいです」
こう話すのは、コンテンツを製作した人事の清水さん。セミナーで本当に商社パーソンの仕事を理解できるのか、実際にセミナーに参加して入社したという津久井さんにも合わせて話を聞いてみました。
会社説明会やOB・OG訪問では得られない、商社パーソンの思考プロセスが分かる
──今日はよろしくお願いいたします。改めて、この「挑戦と創造」追体験セミナーがどのようなものなのかを教えていただけますか。
清水:三井物産の社員が実際に仕事で体験したエピソードを基に、業務のリアル、社員自身の葛藤、そして挑戦と創造を体感してもらうというセミナーです。
社員が直面したプロジェクト特有の課題に対して、セミナーに参加する学生が約6人のチームとなって答えを出した上で、実際はどうしたのかという社員のインタビューを動画で見てもらいます。ファシリテーターの解説やディスカッションも踏まえながら、決断に至るまでの雰囲気まで含めて、「追体験」ができるというのがコンセプトです。
清水 英明(しみず ひであき):人事総務部 人事企画室兼人材開発室 シニアHRマネージャー。2007年入社。食品原料部にてトレーディング、海外関係会社の撤退などを担当。2012年にシンガポール駐在し、戦略立案・アパレル販売事業などの事業投資支援。2015年、食品原料部にてトレーディング、海外関係会社の増資引き受けなど。2017年より現職。
──社員の業務を紹介するというのは、いろいろな方法があるとは思いますが、このセミナーを企画したのはなぜなのでしょう。
清水:通常の会社説明会などのコンテンツでは、三井物産の仕事のリアルを伝えきることは難しいと考えたためです。自分自身、人事になる前はトレーディングや事業投資・事業経営の現場のリアルを経験していたこともあり、余計にそう感じました。
実際に社員が日々どう業務にあたり、何に悩んでいるのか。そういった部分まで体験してもらいたいと考え、2017年3月に最初のコンテンツである「事業投資編」を製作しました。その後、「トレーディング編」「海外インフラプロジェクト開発編」を追加し、現在は3種類のセミナーを年間で100回ほど開催しています。
──実際にトレーディング編を見てみましたが、最初に社員の自己紹介動画を流しますよね。三井物産に入った理由から仕事に対する思い、家族の話なども含めて、赤裸々に話しているのが印象的でした。全て実在する社員の方なのですよね?
清水:もちろんです。基本的に全て実話だと捉えていただいて問題ありません。
──総合商社の業務における前提知識がなくても、参加できるのでしょうか?
清水:事業投資編とトレーディング編についてはそうですね。海外インフラプロジェクト開発編は上級者向けになっているので、「前提知識がない人も大歓迎だけど、難易度は高めだよ」という案内をしています。最初に取り組みやすいのは、事業投資編とトレーディング編だと思います。
──3つのコース全てに参加することも可能ですか?
清水:はい。実際「事業投資編が面白かったから」と他の2つに参加してくれる学生もいました。なお、セミナー参加の順番は問わないので、興味があるもの、都合がつくものからチャレンジしてもらえればと思います。
スキルを学ぶだけのセミナーにあらず。社会人になるための「マインドセットを伝えたい」
津久井 理紗(つくい りさ):ヘルスケア・サービス事業本部ヘルスケア事業部医療経営支援室所属。2019年入社。現職にて、投資管理などを担当。
──ちなみに津久井さんは、どのコースに参加されましたか?
津久井:トレーディング編です。OB・OG訪問や会社説明会でも、さまざまな情報を得ることはできるのですが、日々どのようなことを考えて業務に当たっているか、さらに思考のプロセスまで知ることができるのは、このセミナーならではだと思いました。
──実際に参加してみて、三井物産への印象は変わりましたか? そもそも総合商社志望だったのでしょうか?
津久井:大学時代に病院経営のインターンを経験したことや、幼少期の海外生活、大学時代の2年間の海外留学の経験も相まって総合商社を志望しました。セミナーでは、当社の業務を疑似体験することで「自分が会社にいたらどうするのだろう?」と、より自分ごと化して具体的に考えながら、三井物産パーソンとして必要な考え方や姿勢を実感できました。
──このセミナーは、清水さんが一人で作ったのですか?
清水:「デルタスタジオ」という、情熱的でプロ意識の高い教育・人材育成の会社の2人に協力していただきました。
この2人はそれぞれコンサルと投資銀行の出身なのですが、彼らの目から総合商社の仕事を見てもらうと、「それって商社だからできることですね」とか、「これは三井物産パーソンの魅力ですね」といったフィードバックがあるのです。
案件の情報や逆境の内容などは、三井物産のリアルそのものなのですが、2人のフィードバックがあったおかげで、私だけではたどり着けなかったセミナーになりました。3人で熱い議論や試行錯誤をしながら作り上げたという意味では、「総合商社×コンサル×投資銀行」によるセミナーと言えるかもしれません。
──1つのセミナーを作るのに、どれくらい時間はかかるものなのでしょう。
清水:構想も含めると1年はかかっていますね。複数の社員にヒアリングを行うところから始め、大量の関連資料を読み込んだりしながらストーリーを作っていくのですが、どうすれば「追体験」という感覚が得られるかを練るところが難しいです。正直、休日もずっと考え続けて、生みの苦しみを味わって、やっとできたという具合です。
──最近はインターンや、事業理解のためにワークショップをする企業も増えています。このセミナーはそれらとは、どこが違うと考えていますか?
清水:単なるスキルセットを学ぶためのものではないというところでしょうか。ハードスキルのエッセンスはちりばめられていますが、それだけではない情熱とか、ソフトスキルをどう使いこなしてアウトプットにつなげるのか。
もし、セミナー参加者が商社以外の進路を選んだとしても、社会人になったら直面する壁は何か、その際に持つべき思考回路や行動は何なのか、こういうセンスを高めれば成功に近づける、といったところを意識して、凝縮して表現しました。
脚色なしの「逆境の連続」。これを知らずに入社すると痛い目を見る
──セミナー内では、契約打ち切りのピンチや厳しい価格交渉など、いわゆる「逆境」の部分が特に取り上げられていました。これもまたリアルな仕事に近い姿ということですか?
清水:少なくとも自分は、基本的に逆境の連続でしたので(笑)。現場に出ると、当初の想定なんて当てにならないこともありますし、社会では理不尽なことも多々あります。事業投資編のセミナーでも取り上げている実例なのですが、事業において、三井物産の役割のはずなのに、他社が勝手に原料の調達を進めて、事業先が在庫を抱える、みたいな話もありました。
──それはまたとんでもない……むしろ、仕事の厳しいところを積極的にさらけ出しているというわけですね。
清水:そうですね。会社説明会やWebの情報だけを見て、仕事を知った気になっている学生がいるとしたらもったいないです。「これを体験しないで入社すると後悔するぞ。これを知った上でキャリア選択をした方がいい」というくらいリアルを詰め込みましたから。
社会に出ると逆境の連続ですが、社会人としての楽しさや達成感も味わってほしいと思っています。コンサルや投資銀行など、他業界を志望している人にとっても、それぞれのフィールドで役立つものがあるはずですし、商社の思考回路を知ることができるので、将来一緒に働く機会があるときにも役立つと思いますよ。
──仕事の厳しいところを表現したとはいえ、実際の仕事はもっとハードですよね?
清水:苦しむポイントとしては変わらないと思いますが、費やす時間は大きく違うと思います。セミナーでは5分や10分くらいで答えを出していますが、社員はこうした苦難に対して、2〜3カ月悩み続けるものです。そういった粘り強さは求められるでしょうね。
──このセミナーを受けて、「商社は無理だな」と思う学生が出てもいいということでしょうか?
清水:はい。決めきる前にリアルを知ることで、有意義な進路選択をしてもらえるはずです。三井物産に入社しなくても、いつかこのセミナーを思い出して、キャリアに役立ててくれたらうれしいですね。
──津久井さんは、セミナーを受けて実際に入社してみてどうでしょうか?
津久井:「交渉」などは、まさにセミナーと同じで、お客さまに信頼してもらうことから始めないと、ビジネスの土俵にも立てないということを実感しています。
また、商社がトレーディングで利益を得ていることは分かっていたのですが、どのような付加価値や機能を提供しているか、セミナーを通じて入社前に具体的に分かったのは良かったです。
入社して分かった「商社パーソン=ジェネラリスト」のウソ
──逆にセミナーの印象と違うなと思ったところはありますか。
津久井:実際の業務にあたってみると、セミナーで教わった「現場力・営業力・交渉力」が必要なことはもちろんなのですが、基本的な法務や財務、リスク分析ができないと、そもそもビジネスの土俵に立てないということを実感しています。本当に毎日が勉強なのです。
──現在は、どういうお仕事をされているのでしょうか?
津久井:三井物産への入社を決めたのは、総合商社でヘルスケア領域に携わりたいと思っていたからです。配属リスクがあることは承知で入社しましたが、希望通りヘルスケア・サービス事業本部に配属されました。今は医療経営支援室に所属しており、「アジアの予防医療に貢献する」というミッションの下、さまざまなスキームの検討や、戦略立案に携わっています。
──セミナーの内容に限らず、入社前後でイメージが変わったところはありますか?
津久井:「商社パーソン=ジェネラリスト」というイメージがあったのですが、実際に入社してみると、先輩社員はジェネラリストでありつつも、自身の得意分野を確立しています。例えば、「法務ならこの人、ファイナンスならこの人」という共通認識があります。ですので、私自身も早期に得意分野を確立したいと、入社してから強く思うようになりました。
──逆にイメージ通りだったことは?
津久井:当たり前かもしれませんが、国境に関係なく社員が現場に足を運んでいるということです。あとは、OB・OG訪問の際に、若いうちから主体的に取り組む環境があると言われていたのですが、まさにそれを実感しています。例えば今、関連会社の営業支援をしていますが、営業先への初期提案やその後の戦略立てなど、主体的に取り組む機会があります。
挑戦と創造は自分で作る。日々、ビジネスの難しさと格闘しながら進んでいく
──先ほど、清水さんは「商社は逆境の連続」と表現されていましたが、現場で働いていてそう感じますか?
津久井:そうですね。うまくいかないことも多々あります。例えば、海外のヘルスケア事業の日本国内における展開を企図していたのですが、法規制やステークホルダーとの交渉難航により実現できませんでした。そのときは本当に悔しかったですね。
交渉に関しては、「挑戦と創造」追体験セミナーでもあったと思うのですが、「譲れないポイントを持ちつつ、臨機応変に対応する部分も持つ」という難しさを日々痛感しています。他にも、投資先の企業のサービスを改善したくても、出資比率や経営権の関係で入り込めない、なども入社してから知った難しさですね。
──ありがとうございました。最後にワンキャリアを読んでいる学生へメッセージをお願いします。
清水:私は、トレーディングや事業投資を担当していたときに、周囲の社員たちの取り組みにたくさんの勇気をもらって自分の仕事に生かしてきた経験があります。
だからこそ、このセミナーを通して、学生の皆さんに届けられたらいいなと思い、魂を込めてコンテンツを作りました。三井物産の未来は、これから入社する学生の皆さんが作るものだと思っています。セミナーに登場する熱い社員たちのような、「挑戦と創造」を自らの手で作り出してほしいと思います。
津久井:私が就職活動をしたときは、自分が将来どうありたいかをセミナーやOB・OG訪問を通して明確化していき、そのために自分に何ができるかを目標ベースで考えていました。そうすることで、自分に合う企業に必ず巡り合えると思うので、セミナーやOB・OG訪問にどんどん足を運んでほしいです。
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【ライター:yalesna/撮影:保田敬介】