「4ヶ月で大学を中退し起業します。レールに沿ったつまらない人生はもう嫌だ」(※こちらの記事は現在公開されていません)という記事が話題になり、さまざまな反響を呼びました。
この記事には、肝心の「何をやりたくて起業するか」が書かれていなかったため、
「起業することが目的になっているように見えて不安」「楽な方に流されてるだけ」「大学に通いながら人脈を作ればよいのに」という意見が支持を集めていました。
総じて、「レールに沿った人生を送れるならば、その方がいい」という意見の方が多かったように思えます。
今日は、若者が「起業したい」と言うとなぜ大人は反対したくなるのかについて、統計を見ながら考えたいと思います。
起業したい人は減っている
中小企業庁「中小企業白書2014年版」の第2章によると、起業を希望する人は年々減っています。
※初期起業準備者=起業希望者のうち起業準備者ではない者(起業を希望するが準備をしていない者)
起業希望者のピークは、バブル時代だった1987年の178.4万人で、2012年には83.9万人とほぼ半分になっています。
起業家の人数は、1979年からずっと20~30万人の間で、減ってもいませんが増えてもいません。
さらに、起業希望者と起業家の年齢別構成を見てみましょう。
29歳以下の割合は、最も多かった1992年の起業希望者31.6%・起業家28.1%から、2012年には起業希望者17.8%・起業家11.9%と減っています。
2012年では、29歳以下の起業家は10人に1人しかおらず、29歳以下+30歳代の割合=60歳以上の割合となるほど、若者の起業家割合は少ないです。
日本で起業家が生まれにくい理由
では、なぜ起業したい人は減っているのでしょうか?
「起業」は日本人にとって身近ではない
経済産業省「ベンチャー有識者会議」によると、起業活動指数アンケートの結果を国際比較した場合、日本は最下位でした。
「身近に起業した人を知っているか」という質問では、日本は14%と、6~7人に1人しか身近に起業した人がいません。これは、先進国平均30.9%の約半分です。
他の回答結果からも、日本では周囲の起業家との接点が少なく、事業機会や知識・能力・経験が乏しいことが分かります。
日本では、起業という選択肢は身近なものではないのでしょう。
それには、日本人の保守的な性質も関係しているようです。
日本人の「不確実性を回避する」という国民性が起業に向かない
各国の国民性の違いを定量化した「ホフステッド指数(※1)」というものがあります(※1 参考:『多文化世界─違いを学び未来への道を探る』白木 三秀)。
(引用:GEERT HOFSTEDE)
日本とアメリカの国民性を比較してみましょう。
左から4番目の指標、「不確実性の回避」とは、数値が高いほど、曖昧で未知な状況に対する危機意識が強い国民性を表します。
日本は92と、アメリカの42の2倍であり、不確実な状況を避ける国民性が顕著に表れています。
※他の数値
権力格差:高いほど、権力格差が受け入れられている
個人主義:高いほど、個人主義
男性らしさ:高いほど、男女の役割意識が強い
不確実性の回避:高いほど、不確実性に対する危機意識が強い
長期志向:高いほど、長期志向
放縦:高いほど、社会的な規範による制限がない
先ほどの「中小企業白書2014年版」にも、こうした国民性を表すデータがあります。
これは、OECDの調査で「もし自営業者と被雇用者を自由に選択できるなら、自営業者を選択すると回答した者」の割合です。
アメリカでは50.9%が自営業者を選択するのに対し、日本では22.8%と約半分です。
被雇用者なら、会社がつぶれない限りは一定の安定が保障されます。
日本人は、先の見通しが不確実な自営業を嫌い、長いものに巻かれる傾向があるのかもしれません。
「新卒カード」が起業しづらさの要因に……
さらに、内閣府の「平成23年度 年次経済財政報告」第1節によると、失業者が就職先を見つけやすい国ほど起業が盛んであるというデータがあります。
グラフ(2)を見ると、起業活動従事者の割合(シェア)と、失業者の就職確率(高いほど就職しやすい)は比例しています。
日本は失業者の就職確率は10%台前半と低く、起業者の割合も低いということが分かります。
ここで、「あれ? 日本の若者失業率は先進国の中でも低い方じゃなかったっけ?」と思う人もいるかもしれません。確かに、日本の若者失業率は新卒一括採用の影響もあって低いです。
ですが、「新卒カード」は一度きりです。
新卒カードを捨てた後の就職確率は高いとはいえません。
日本では20代の起業率が低く、若者が「起業したい」と言うと冒頭のように反対されるのは、新卒カードの価値を大人も若者も分かっているからでしょう。
日本の大学生にとって、No.1のゴールは大企業に入ること
ここで、いったん学生に視点を移しましょう。
早稲田大学には、学生や研究者によるベンチャー企業の支援・育成を目的とする「インキュベーション推進室」という施設があります。
Los Angeles Timesによると、早稲田大学には50,000人の在校生や卒業生がいるのに、推進室の起業コースを受講するのは年に300人しかいないそうです(参考:Los Angeles Times「A subculture of entrepreneurship hatches in Japan」)。
早稲田大学アントレプレヌール研究会の瀧口氏はこのように言ってます。
「日本の大学生にとって、いまだにNo.1のゴールは大企業に入ること。No.2は、官僚か教師になること。起業家は、社会的地位が低いと思われている。スタンフォードやハーバードでは、No.1のゴールは起業家になることで、日本とは全く異なる」
オリジナルなビジョンを持つ人は起業を選択している
ここまで、不確実性をあえて乗り越えてまで、起業を選ぶ若者は少ないという話をしてきました。
これまでのデータを参照すれば、就活市場で有利になりやすい高学歴の学生ほど、不確実性の低い選択肢である「大手の内定」を得やすい。そのため、起業率も低いという仮説を立てることができます。
ですが、最後に興味深いデータも紹介しましょう。
野村総合研究所の「平成26年度産業技術調査事業」によると、大学発ベンチャーの企業数において、東京大学は2008年の125から2014年は196へ、京都大学は2008年の64から2014年は84へと増加しています。特に、東京大学は約1.5倍と大幅に増加しています。
冒頭の起業希望者と起業者数のグラフでは、2007年から2012年にかけては、起業希望者数・起業者数・そのうちの29歳以下の割合のすべてが減っていました。
全体数は減っているのに、高学歴な学生が関わる企業数は増えています。
これまで見てきた統計結果から予測できる傾向とは違う現実を示すデータも存在するのです。
起業の方が「安定」という時代がやってくるかもしれない
15歳で株式会社GNEXを起業した三上洋一郎氏は、2014年4月3日のワールドビジネスサテライトでこう言っていました。
「多くの上場企業は50年くらいだと思うが、日本経済が落ちてきている中で、果たして後50年もつのか。自分が影響力を持った組織を作ってしまった方がいい」
この言葉には「もし40代で会社が倒産したら、どん底に放り出されるだろう、だから、自分のために何かしなければと思った」という決意が込められています(参考:Los Angeles Times「A subculture of entrepreneurship hatches in Japan」)。
安定を求めて大企業を選んだのに、時代が激変して、大企業がつぶれてしまった。
逆に、危なっかしく思えた起業を選んだ人の方が、時代が変わっても、自分の居場所を保ち続けることができた。
もしかしたら、そんな時代がやってくることもあるのかもしれません。