ペタッ。
値札がついた、僕に。600万円なり。
新卒の自分に、600万円? それって新卒として、高いのだろうか、低いのだろうか?
日本の平均年収からするとどうやら高そうだ。でも、投資銀行にいった友達は1年目で1,000万円もらった人もいるって聞く。そうすると、高すぎるって感じもしない。じゃあ思う。
「人の値段」
それはどうやって決まるのだろうか? と。
ある人はいう、「命に値段はつけられない」と。でも、「嫌々仕事をしている大人」ってのは、まさに「命に値札をつけている」ってことじゃないだろうか?
命とは時間。だとすれば、貴重な時間を、お金だけのために売っているサラリーマンは、まさに「命の一部に値段をつけている」ってことのはずだ。たとえば、自分の時間を24個入りのチョコレートだと例えたとしたら、そのうち、毎日10個を差し出して、お金をもらっているわけだ。
でも、不思議だ。
だって、ちょっと嫌な感じがするからだ。命に値段をつける? 普通、「値段がつく」ってのは嬉しいことのはずだ。絵に値段がつく。商品に値段がつく。会社が上場し、値段がつく。売り手がついたこと。これって本来は嬉しいはずだ。
だとしたら、なぜ「人に値段がつく」ことは、違和感があるのだろうか。
それは二つの意味で「目に見えない」からだ。人は「有形なもの」に、値段がつくことは嫌な気持ちにならない。車や食事? 値段がついて当然だ。でも、「目に見えないもの」に値段がつくと、気持ち悪くなる。信頼や、アドバイス。たとえば、僕と君の信頼は100万円なり、って言われると気持ち悪い。これが一つ目だ。
もう一つの理由は「どうやって値段がつくか」が目に見えないからだ。野菜や車、パソコンは、分かりやすい。値段は、原価率によって常に検証できる。何が機能で、何ができるか、が分かりやすい。でも、人間は違う。何が機能で、何が原価率なのか、分かりにくいのだ。つまり「どう値段がつくか」が不明瞭なのだ。
だとしたら、きっとこれが問題だ。
「僕らの値段——市場価値は、どうやって決まるのか?」
今回のテーマだ。
就活がダメだったとき、僕らはどうすればいいのだろうか?
「もし、どこも受からなかったら、コンビニのアルバイトでもしようかな」
——その冬、僕は中途採用の面接を受けていた。
玄関には、クタクタになったスーツと、冬なのに蒸し暑くなった革靴が置かれている。風邪かな? 昨晩から体もだるい。
20社は受けただろうか。どの面接も、簡単ではなかった。
なにせ、自分はどちらかというと、空気が読めないタイプの人間だ。いわゆる、「忖度」がしたくても、できない。加えて米国帰りなのもあり、ノリも若干ウェーイとなっていた。だからなのか、日系企業は特に苦戦した。
僕はその夜、関西の実家に戻ると、自分の面接の出来を冷静に振り替えった。望みは薄かった。だから、リビングにいた父につぶやいた。
「もし、どこも受からなかったら、コンビニのアルバイトでもしようかな」
空気が止まった。父の方を、ちらりと見た。目はピクリとも動かない。
僕はシンプルに、疲れていた。就活も後半になり、上手くいかなくなると「全てを諦めたくなる瞬間」がふと訪れる。だから、弱音をはいた。
僕は当初、父からの厳しい言葉を予測していた。「お前、甘えてるんじゃないぞ」とか「最後までやりきれ」などの言葉だ。
だが、そのときばかりは、父は予想に反した言葉を返してきた。
深い沈黙のあと、彼はこう続けた。
「……そうか」
それだけだった。ぎゅっと、自分の心臓が締め付けられる音がした。
だって、分かるからだ。せっかく20年以上も育てた子ども。決して裕福な家庭ではなかったが、両親なりに頑張って、私立の高校に通わせ、国立大学にまで行かせてもらった。それなのに「コンビニのアルバイトになる」、そんな言葉を父としては冗談でも聞きたくないと思うのは当然だと思った。もちろん職業に貴賎はないが、誰にも理想はある。
でも、全てを飲み込み、父は次の一文を言わなかったのだ。
——お前なぁ、せっかく良い大学まで行かせたのに。
今になって思うが「お前、せっかく○○までいったのに」という言葉ほど、残酷な言葉はない。本当に残酷な人間は「悪意を持って」人を殺すのではなく、「悪意なく」人を殺すという。言葉も同じだ。悪意がないからこそ、恐ろしい言葉がこの世には存在している。
父は、分かっていたのだろう。誰よりも一番、辛いのは就活をしている本人だということを。だからこそ、父は喉の手前まで出た言葉を飲み込み、一言だけつぶやいた。
「……そうか」と。
僕は父の方を直視できなかったし、父も僕を見れなかった。
僕は自分の不甲斐なさに拳を握りしめ、部屋を出た。心のなかで、父が言った「……そうか」の一言が心を駆け回った。その日、確信した。
悔しいけど「人に値段がつく」、それが就活だ。
でも、それでも、なんとかして復活しなければいけない、と。
理論:あなたの市場価値は「箱の大きさ」で表現できる
怒涛の中途面接ラッシュから、数年が経ち、僕は今、人材マーケットを俯瞰する立場になった。テレビや新聞などでも意見を取り上げられ、「市場価値の作り方」に関する書籍も出すようになった。酸いも甘いも見てきた。そして次の問いの答えが分かった。
「僕らの値段は、どうやって決まるのか?」
結論をいうと、これは「箱の大きさ」で表現できる。市場価値は3つの軸で決まるのだ。
出典:北野唯我『このまま今の会社にいていいのか?と一度でも思ったら読む 転職の思考法』(ダイヤモンド社、2018)
1つずつ考えていきたい。
例えば、目の前に三人の人がいたとしよう。
あなたは、このうちのどの人間になりたいと思うだろうか?
1. どんな会社からも必要とされる、高い技術力をもった人間
2. どんな人間とも仲良くなれ、可愛がられる力を持った人間
3. 特になんの才能がなくても、それでも安定して高い給与をもらい続けられる人間
上の3つは、それぞれが箱の軸に対応している。
一人目「高い技術力をもった人」——これは「技術資産」を重視したキャリアだ。技術とは、専門性と、経験で分解できる。専門性とは、マーケティングやセールスなどの職種を指す。経験とは、リーダーの経験・事業企画などの経験を指す。
二人目「可愛がられる力をもった人」——これは「人的資産」を重視したキャリア。いわゆる「人脈」という言葉が近いだろうか。仮に会社を変えても「あなただからこそ仕事をお願いしたい」と言われる力だ。
三人目「何も才能がなくても安定して給与をもらえる人」——これは「業界の生産性」の話だ。他の言葉でいうと、一人当たりの粗利とも言い換えられる。そもそも、別の記事でも論じているように、今の日本は産業によって、一人当たりの生産性(粗利)が最大20倍以上も違う。
市場価値はこの3つの掛け算、つまり「箱の大きさ」で表現できるわけだ。
そして、いいキャリアは3つのうち、2つ以上が大きい。具体的には、以下のパターンがある。
出典:北野唯我『このまま今の会社にいていいのか?と一度でも思ったら読む 転職の思考法』(ダイヤモンド社、2018)
果たして、あなたは、どれを目指したいだろうか?
結論:就活って、いったん「自分に値札」がつくことだ。
就活って、振り返ると、いったん「自分に値札」がつくことだ。
これまでなんとなく「若いって、素晴らしい」「可能性は無限にある」と言われ、僕らは「値付けされること」を先延ばしにしてきた。免罪符があった。でも、現実は違う。22歳で一度、値付けされるのだ。
それを「くだらない」っていうのもいい。バカにするのもいい。でも、多くの人にとって現実はそうじゃない。僕らは一歩ずつでも進まないといけないのだ。
22年、生きてきた人生を今から変えるのはなかなか難しい。でもここからでも、値段は、変えていくことができる。シャネルも、プラダも、ルイ・ヴィトンも最初は「誰も知らない商品」だった。それが少しずつ、値札を変えていき、今のハイブランドに育っていったんだ。
ネットには「就活なんてくだらない」っていうマウンティングをとる人もいる。でも、現実問題、誰もがホリエモンや、イーロンマスクになんてなれない。僕らはもっとリアリティのあるアドバイスが必要なのだ。
その際、重要な一歩目は「値段をつけられる覚悟を持つこと」だ。もし、シャネルが「誰かに値段がつけられること」を恐れて、市場に出なかったとしたら、今のブランドには絶対育っていない。プラダが、買い手がつくことを恐れていたら、何1つもスタートしていなかった。だったら、僕らも同じはずだ。
就活って、「値付けされる覚悟をもつこと」だ。
「値段の上げ方」には明確に、方法論がある
でも、大事なのは、一度値段がついたからといって、一生それがあなたの値段ではないということだ。ルイ・ヴィトンやプラダがそうだったように、そしてこの自分の値段の上げ方には明確に方法論がある。
結論をいうと、20代は専門性、30代は経験、40代は人的資産を取ることなんだけど、これは書籍の中にしっかり書いておいた。特に女性ほど「20代は専門性」をとったほうがいい。
この国では、子どもを育てながら新しい専門性を身に付けるのが難しすぎる。結果的に、一度離職してしまうと、「アルバイト」でしか戻ってこれない。いわゆる、雇用のM字カーブと呼ばれる問題だ。だが、意味分からなくないだろうか?
能力的には変わらない、むしろ育児を経て人間的には成長しているはずなのに、一度離職しただけで「戻ってこれない」って、そんなバカバカしい話はない。
でも、それが現実なのだ。個人が嘆いたって仕方ない。だからこそ、女性ほど「20代は専門性」でキャリアは選んだほうがいい。少なくともコントロールできない福利厚生よりも、専門性と経験で選んだほうがいい。
詳しくは、『転職の思考法』にミッチリ書いている。転職と書いているが、中身は「どうやって20代から自分のキャリアを設計していくか」だ。新卒の学生にこそ読んでほしい。手遅れになる前だからだ。
最後に、僕は21歳の自分に伝えてあげたかった。
悔しいけど「あなたに値段がつく」、それが就活だ、バカヤロー
と。
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