本を読むのは、紙の書籍ではなくスマートフォンやタブレット──そんな方も多いのではないでしょうか。
今回ワンキャリア編集部が取材したのは、神奈川や東京といった首都圏を中心に店舗を構える書店「有隣堂(ゆうりんどう)」。
昨今、電子書籍の浸透や大手EC(Eコマース)サイトの台頭による流通の変化などで、書店業界は苦境だといわれています。
そこに追い打ちをかけたのが新型コロナウイルスでした。緊急事態宣言下でデパートやショッピングモールが一斉休業となったことを覚えている方も多いでしょう。これらの施設に店舗を構える書店も例外ではありませんでした。
コロナ禍に入ってからは、ガラスペン、燻製(くんせい)、古文J-POPなど、書店員たちが自身の好きなジャンルを紹介するYouTubeチャンネルをきっかけに一躍脚光を浴びた有隣堂。業界が苦境に立たされる中、生き残るための方法をどう捉えているのか。経営戦略室の瀧口さんにお伺いしました。
瀧口 剛(たきぐち つよし):株式会社有隣堂 経営企画本部 経営戦略室 室長代理 兼 店売事業本部 事業開発部 店舗開発課 課長 兼 店売事業本部 店舗運営部 運営グループ 課長
2005年に大学卒業後、株式会社有隣堂へ入社。書籍外商部にて図書館・大学・民間企業等を担当。その後店売事業部へ異動し、新事業開発・店舗開発・マーケティング業務に携わる。2017年から経営企画本部へ異動し、中期経営計画などの策定、組織・経営戦略計画作成、新業態店舗「HIBIYA CENTRAL MARKET」(2018年)や「誠品生活日本橋」(2019年)などの新規出店を数多く手掛けた。2021年9月より経営戦略室室長代理、店売事業本部事業開発部店舗開発課課長、同店舗運営部運営グループ課長を兼務し今に至る。趣味はバレーボールで、有隣堂YouTubeチャンネルにも「【33タイトルが集結!】バレーボール漫画の世界 ~有隣堂しか知らない世界006~」というテーマで出演
休業2カ月で40億円の損失、外出自粛の影響を大きく受けた書店事業
──緊急事態宣言により、有隣堂も店舗休業などの打撃を受けたと伺いましたが、実際に新型コロナウイルスの感染拡大によってどのような影響がありましたか?
瀧口:有隣堂の場合、多くの店舗が商業施設に入っているため、施設が休業すれば、私たちも休業せざるを得ません。長いと約2カ月休業した店舗もあります。
しかし、書店はいわゆる「休業要請」の対象ではなかったので、順次営業を再開したものの、前年度に比べると店売事業本部の4月と5月の売上は3割程度にまで落ちました。ざっくり40億円ぐらい飛んだことになります。
──ええっ、4月と5月の2カ月だけでそんなに落ち込んだんですか。
瀧口:他にも当社は音楽教室事業を行っていますが、こちらも当然休業になったので、前払いでいただいていた月謝をお返ししました。2020年8月の68期決算は、会社全体で赤字となっています。
──なるほど……。外出自粛の影響はあると思いますが、店舗の売上はその後、回復しましたか?
瀧口:自粛明けの2020年6月は、久々に書店へ来られたお客さまによって売上は伸びましたが、それ以降は以前の水準に戻っていません。有隣堂は、神奈川や東京の中でもターミナル駅周辺に店舗を構えていますが、リモートワークの影響もあってか、駅に来る人自体が減っており、影響を顕著に受けているんです。
乗降客数を調べると、大きい駅だと利用者が6〜7割にまで落ちているケースもありました。地方や郊外の書店だと、1年ぐらいは巣ごもり需要の影響もあり、数字の良かったお店が多いと聞きます。しかし、都心にある有隣堂はその恩恵を受けにくく、今もまだ厳しい状態が続いています。
有隣堂 店舗所在地一覧
──コロナ禍後も続くと考えられる影響について教えてください。
瀧口:リモートワークの定着もあり、駅の利用者がコロナ禍前の水準まで戻ることは、難しいと感じています。
ECの普及などから消費行動も変わり、本をリアルの書店で買うよりもネットで買うことが増えると思います。私たちも、コロナ禍をきっかけに有隣堂PayPayモール店を立ち上げましたが、本のECは在庫の豊富なプラットフォーマーが強く、各社そこまでうまくいっていない印象があります。
店舗で会えないからこそYouTubeで 「有隣堂しか知らない世界」で成功したファン形成
──本の購入の主戦場がWebに切り替わると。そういえば、Web上での動きというと、YouTubeチャンネルが注目を集めていますね。
瀧口:以前は話題になった本の著者によるサイン会やトークショーといった企画を通じて、各店が集客に力を入れていましたが、現在は開催が難しい状況です。そんな中で公式YouTubeチャンネルの「有隣堂しか知らない世界」は、オンライン上でファンを作るという意味で良い事例になりました。
動画内では「文房具王になりそこねた女」というキャッチフレーズで親しまれている岡﨑をはじめ、個性豊かな社員やアルバイトたちが、自身が好きなものや関心のある商品をアピールしています。取引先の方やご縁のある作家さんに出演いただくこともありますね。
──せっかくなので率直にお伺いしますが、YouTubeの効果ってどれほどあるものなのでしょうか……?
瀧口:当社がYouTubeチャンネルを運営する第一の目的はファンづくりで、売上の確保ではありません。開始からしばらくは登録者数も少なかったのですが、地道な試行錯誤と毎週1回の更新を続け、じわじわと口コミでの紹介やネットニュースで掲載されることが増えてきて、2021年10月に登録者数10万人を達成、2022年4月現在では14万人を突破しましたので、ファンづくりという面では効果はありました。そして、意図していなかった売上面でも影響力を持ち始めています。
──やはり、そうなんですね。
瀧口:例えば、当社で実施したガラスペンのイベントでは、動画内で事前に岡﨑も店頭に立つことを伝えると、首都圏をはじめ、遠くは九州や北海道からお客さまが訪問してくれました。1本数千円から2万円ぐらいするガラスペンが3日で完売し、数百本の売上になりました。年間数本しか売れないようなガラスペンがあっという間に売り切れたのは、YouTubeの効果を感じた出来事です。
他にもYouTubeで紹介した書籍やグッズのコーナーを、紹介した店員が所属する店舗に作っています。大きな売上を出しているという報告はまだ聞きませんが、ファンの方が店舗を訪問するきっかけの一つになっているようです。
※現在は終了しています
──聖地巡礼のように各店を訪れるファンの方もいそうですね。最近、YouTubeをはじめSNSの企業公式チャンネルが増えていますが、有隣堂ではどのように運営していますか。
瀧口:社内チームと外部の方が連携して運営しています。メインで活動している社員は3人です。これまでは店舗プロモーションという形で店売事業本部の販促チーム内に所属していましたが、登録者が10万人を突破するなど人気が出てきたため、今期からは全社に関わる広報の部署に移りました。
──進化したというか、レベルが一つ上がった感じですね。
瀧口:今でこそ多くの方にご視聴いただいていますが、一度は失敗したんです。普通に書店として本を紹介するコンテンツをいくつか出しましたが鳴かず飛ばずで……。
そこで外部のプロデューサーさんに入っていただき、ミミズクのオリジナルMCキャラクター「R.B.ブッコロー」と出演者たちが対談する今の形式にたどり着きました。より良いコンテンツを作るために、有隣堂が提案した企画やサムネイルにダメ出しをしてもらう日々です(笑)。
オンライン化に対抗する「体験型イベント」 コラボカフェに見る書店の価値
──ウェブ上で本を購入する人が増えるということで、今後、書店に求められるものも変わるのではないかと思うのですが、いかがでしょう。
瀧口:そうですね。ただ、依然として、リアルで本と触れ合える場所は重要だと思います。緊急事態宣言で商業施設に入る各店が休業した際、営業継続ができた数少ない店舗の1つである伊勢佐木町本店は通常の5〜6割増しの売上が続きました。他店が閉じていたこともあるとは思いますが、スタッフが経験したことのないような混み具合だったと聞いています。
「他の店舗はやっていないの?」と聞かれることが多かったこともあり、5月頭ぐらいに社内で声をかけ、大きなワゴンに本を詰め込み、マンションやスーパーの駐車場を借りて、臨時で「青空書店」を開きました。
──そんなこともしていたんですね。知りませんでした。
瀧口:緊急事態宣言下ではありましたが、フットワーク軽く動けたと思います。お客さまが喜ぶ様子を見て、実際の書籍を見ながら選びたい人は多く、やはり本や書店は必要とされているのだと再認識できました。
──とはいえ、書籍購入のオンライン化は進んでいくと思います。このトレンドにどう対応し、乗り越えようとしているのか教えてください。
瀧口:それはここ数年抱えている課題ですね。新型コロナウイルスに関係なく、Amazon.co.jpの勢いが増していますから。対抗するためのリアル書店のウリとして考えられるのは「体験型イベント」だと思いますが、いつ再開できるかがまだ見えないのが現状です。
これは出版業界側の事情ですが、今大手出版社の利益が増加しているのは、紙の本の売上が落ちても、電子書籍やグッズ販売などのコンテンツやIP(知的財産)ビジネスによって、複数の収益が確保できているためです。
そのため、プロモーションや実際にお客さまと触れ合う場としての書店の価値は、今後は高まってくると思っています。一例として、有隣堂ではいわゆる「コラボカフェ」を頻繁に開催しています。
──驚きました、飲食まで手がけるんですね。
瀧口:はい。店舗と併設したカフェで人気作品の世界観を再現したメニューを提供することがあります。最近だと、桜木町のSTORY STORY YOKOHAMAで映画『文豪ストレイドッグス BEAST』の公開を記念したコラボカフェを開催し、作中に登場する「喫茶うずまき」という喫茶店にちなんだメニューを提供しました。このときは、ファンの方々が単行本を手に取りつつ、メニューの写真を撮るなど、世界観の演出に貢献できたと思います。
他にもディズニーの『くまのプーさん』とのコラボカフェ『はちみつカフェ』を新宿のSTORY STORYで期間限定の展開をしました。こうした取り組みは、飲食事業を推進する部署が中心となり動いています。
コロナ禍でダメージも過去最高の売上を達成、その理由は……?
──お話を伺っていると、書籍で凹んだ分のバランスを他で取るという考え方もできると思いますが、他事業を含め、今後どのように運営していくのかを教えてください。
瀧口:そうですね。先ほど、書店の休業で打撃を受けた話をしましたが、一方で2021年の有隣堂は過去最高の売上を達成しています。
──そうなんですか? 書店を訪れる方は減少しているというお話でしたよね。
瀧口:有隣堂の事業は書店だけではありません。外商事業も大きな収益の柱になっています。学校向け教材や事務用品も取り扱っており、横浜市などに相当数のタブレットを納めたことで、100億円規模の売り上げとなったんです。
小中学生に1人一台ずつタブレットを配布し、教育のICT環境を整えるという、文部科学省の計画「GIGAスクール構想」が、新型コロナの感染拡大の影響で前倒しとなったことで需要が急増した形ですね。コロナ禍でダメージを受ける部門はありつつも、店舗以外の部門が支えた好例です。
他にもオフィス用品を取り扱う「ASKUL」などは、同社がサービスを始めた20年以上前から当社は代理店として活動しています。代理店シェアは国内で3位(2022年4月現在)です。キヤノンやリコーのプリンターや複合機の営業も昔から行っています。
──そんな事業も行っていたとは……。こうしたメーカーが有隣堂に代理店になってもらうメリットはどこにあるのでしょう。
瀧口:神奈川という地域の強みは大きいですね。地元の企業や学校、役所と深いつながりがあるので。飛び込み営業でも「有隣堂です!」と言うと、神奈川の企業は大体話を聞いてくれます。
それこそ、今は売上の半分以上は書籍「以外」によるものです。この1〜2年はOA機器が多かったので、バランスが例年とは異なりますが、だいたい書籍と雑誌で40%、オフィス用品の通販で25%、OA機器で20%程度です。皆さんのイメージとしては書店の方が強いと思いますが、書店の売上が厳しくなってきたこともあり、この2〜3年で割合は逆転しています。
──事業一覧を拝見し、オフィス機器も取り扱っているぐらいの感覚でしたが、こんなにオフィスソリューションが強いとは思っていませんでした。事業も多角化しているんですね。
瀧口:「実は本以外にも事業をやっていまして」とコピー機を案内したり、他のOA機器を検討してもらったりという形で発展してきました。
今では、複合機やプリンター、IT系など、オフィスをまるごと取り扱っています。導入を円滑に進めるため、コピー機のメンテナンスをする社員など、テクニカル面を支援する人材も所属しています。オフィス系の事業は昨今の働き方改革も含め、多くの企業で投資対象になっていることもあり、今後も手堅い領域の一つだと言えるでしょう。
「今のままだと書店事業は厳しい」 だからこそ本屋として生き残る道を考え続ける
──瀧口さんから見て、今一番課題だと思うことを教えてください。
瀧口:まさに書店事業をどうするかという話ですね。基本的には続けることをベースとして考えていますが、言うほど簡単な話ではありません。店売事業本部は赤字が続いているので、黒字化して収益を上げないといけませんが、今期もこの状況が続けば、正直厳しいと思っています。
──書店が厳しい時期が続いていると思いますが、本を取り巻く環境は今後どうなっていくと考えますか?
瀧口:紙の書籍の売上は落ち込んでいても、全体で見れば、出版不況とは言い切れません。『鬼滅の刃』をはじめとする人気コミックの登場や、巣ごもり需要をきっかけに電子コミックが売り上げを伸ばしているのもありますし、電子書籍やアニメ、グッズといった、コンテンツビジネスが好調なので。
ただ、それでも今は書店をはじめ、出版社や出版社と書店の間をつなぐ流通業者である出版取次、業界外の企業も含め、出版業界の新たな取り組みを模索し、動き出しています。
例えば、講談社、集英社、小学館の出版大手3社が丸紅と出版流通の新会社設立に向けて協議を始めたり、大手取次のトーハンと大日本印刷が出版流通改革に向けた取り組みを始めたり。かと思えば、TSUTAYAや蔦屋書店を運営するCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)が、Catalyst Data Partnersというビッグデータ活用を目的とした企業を設立し、その会社にKADOKAWAやポプラ社など複数の出版社が出資したり。
──さまざまな企業が、新たな道を見いだそうとしているんですね。
瀧口:皆さん、それぞれの思惑があるのだろうと考える一方で、書店がその枠組みからやや外れたところにいるのは気になるところです。書店側としては、こうした取り組みに参加するメリットを見極めつつ、自分たちでも何かをやろうと考えている状態です。各社がどのような仕組みを出してきても、全てに対応できるのが理想ですね。
──こうした新たな取り組みの流れに書店が参加しにくいのは、なぜでしょうか。
瀧口:サプライチェーンの最後の部分だから、という点はあると思います。再販制度(再販売価格維持制度)のため、書店では書籍の価格は決められませんし、利益率もほとんど変わりません。一方で年々上昇する人件費や家賃、キャッシュレスの手数料など、経費はどんどん増えています。これが一番苦しい。この状況をどう変えるか、業界全体として考えていきたいです。
アパレルや居酒屋も、余力があるうちに次のチャンスを模索する有隣堂
──瀧口さんが有隣堂に入ってからも、大きく状況が変わったわけですよね。
瀧口:入社直後はあまり書店業界が厳しいというイメージはありませんでしたが、まさに私が入社した2005年は書籍が落ち込み出した時期でした。そこから5年以上が過ぎ、出版業界全体がここまで厳しい状況になるとは、正直思いませんでしたね。
もちろん、OA機器やオフィス用品の通販が書籍の売上を逆転する世界も予想していませんでした。今の有隣堂は書店のイメージが強いと思いますが、もしかしたら将来は「書店もやってるんだ」というくらいの企業になるかもしれません。そういう意味で面白い時期に差し掛かっていると思います。
──実際、書店以外のビジネスで、会社として一番注力していく分野はどこなのでしょう。
瀧口:オフィス系の事業が伸びを見せる一方、それでもまだ売上のメインは半分近くを占めている書籍・書店部門であることに変わりはありません。今はアパレルや居酒屋など、新たなビジネスにも挑戦しています。会社として余力があるうちに、次に向けて何ができるかを模索している段階ですね。
東京ミッドタウン日比谷の「ヒビヤセントラルマーケット」内にある「一角」。有隣堂が経営している居酒屋だ
──ここが正念場だとは思いますが、本の業界に向くのはどういう人だと思いますか?
瀧口:なかなか胸を張って「本の世界にぜひ」とは言えませんが、私は仕事においては、身を置く業界よりも、どうやって働くかが大切だと考えています。だから、自分の興味のある仕事や、やりたいことの世界に挑戦するのをお勧めしたいです。
特に書店は今だと、「斜陽産業」のように思われがちかもしれませんが、国や子どもには必要な産業で、だからこそゼロベースで再構築できる業界だと思います。本に興味があるのであれば、時流の流れにとらわれすぎず、自分の思いを貫いてほしいです。
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