コロナ禍によって家で過ごす時間が増え、日用品や食料品を買うだけでなく、ちょっとした贅沢(ぜいたく)をするためなど、インターネット上で買い物をする機会が増えた方は多いのではないでしょうか。実際、EC(Eコマース)はかつてないほどの盛り上がりを見せています。
今回、ワンキャリアが取材したのは「ヤマト運輸」です。EC活況の影響で高まる宅配の需要。同社のEC事業本部兼社長室の齊藤さんに話を聞くと、予想通り宅配業界は盛り上がっている様子。しかし、感染が収束したらどうなるのでしょうか?
同社はコロナ禍の中でさまざまなサービスを打ち出していますが、実はそれ以前より、EC需要が今後さらに増えることを見越した対策として、ビジネスや物流ネットワークの構造を変える動きをとっていたというのです。
齊藤 泰裕(さいとう やすひろ):ヤマト運輸株式会社 EC事業本部 ゼネラルマネージャー 兼 コーポレート部門 社長室 シニアマネージャー
ヤマト運輸入社後、第一線の支店長を経て商品開発担当として宅急便コンパクト・ネコポスなど数々のサービスを生み出す。その後、ヤマトホールディングス経営戦略担当を経て、ヤマト運輸の商品開発責任者を務め、EC事業の立ち上げを主導し、2021年4月よりEC事業本部にてECエコシステムの実現に資する事業戦略・商品開発を推進。社長室では新規事業・構造改革を担当。 ※役職名は取材当時のものです
コロナ禍で活況の宅配業界。ECの利用者増加が「一過性」ではない理由
──ヤマトホールティングスの決算(2021年3月期)を見ると、売上・営業利益ともに対前年比で堅調に伸びている様子がうかがえます。やはり、コロナ禍で人の外出が少なくなり、宅配便を利用する方が増えたためでしょうか。
齊藤:特にECの利用者が増えた影響が大きいと思います。コロナ禍をきっかけに、ECの便利さを体感したお客さまが多かったのではないでしょうか。
消費者の購買行動の変化を受けて、EC業界に参入する事業者も急増しました。例えば、「地域のお祭りが開催できないからインターネットでの販売に切り替える」というように、従来は実店舗や催し物のみで営業していた事業者のEC参入が顕著に増加しています。
実店舗や現地に行かないと買えなかったような品物の多くが、インターネット上で買えるようになったというわけです。
新型コロナウイルスの感染拡大が起きた2020年3月以降、宅配便の取扱数量が伸びていることが分かる(出典:ヤマトホールディングス 2022年3月期 第三四半期決算概要)
──EC業界が伸びていれば、宅配便の需要も伸び続けると。
齊藤:そうですね。宅配業界の活況は、コロナ禍で人が外出を控えるようになった背景を踏まえ「巣ごもり需要」と表現し、そのストーリーで語られることが多いですが、私はもっとポジティブに時流を捉えています。
実店舗で購入しても、ECで販売や購入をしてもいい。世の中のデジタル化が進んだことで、売り手側・買い手側の双方の選択肢が増え、より便利になる。この流れの中で宅配の需要が伸びているという状況は一時的なものではないと考えています。
増え続ける荷物に対応できるか。事業者、消費者、配送業者の「三方良し」でなければ、業界は発展しない
──活況が続くとなると、取り扱う荷物が増え続けるということですよね。荷物を運ぶドライバーをはじめ、現場の負担も増えていくのではないですか?
齊藤:おっしゃる通り、まさにその点が課題だと認識しています。「荷物を出す事業者」「荷物を受け取る消費者」「荷物の配送業者」がそれぞれ無理なく成長できる「三方良し」の状態にならなければ、事業は発展していきません。
宅配業界は急激に成長していますから、その成長痛で誰かが損をしたり疲弊したりするのではなく、それぞれが役割を担って健全に成長していくことが大切です。
──なるほど。具体的にはどんな対策があるのでしょう。
齊藤:例えば、ヤマト運輸ではEC専用の配送商品「EAZY」を提供しています。対応しているオンラインショップで購入した商品であれば、置き配など、受け取り方法を直前まで変更することも可能です。
受け取る側は便利に受け取れて、ドライバーは柔軟な配達が可能になります。荷物を出す事業者ともデータ連携しているため、発送業務の効率化も見込めるでしょう。このように、宅配に関わる三者がメリットを享受できる、デジタルデータを活用した取り組みも進めています。
──非対面での配送を望む方が増えたことで、「置き配」はコロナ禍でメジャーになりましたが、ドライバーや事業者にとっても、メリットがあるわけですね。
齊藤:一方で、対面でのやりとりが減ったことで、セールスドライバーがお客さまのニーズを把握しづらくなったという問題もありました。スマートフォンを通したコミュニケーションへの変化に戸惑うお客さまも多かったと思います。
聞き取り調査を行ったところ、「対面ではなくとも、何かしらの形でヤマト運輸のセールスドライバーとコミュニケーションを取りたい」という声が多くありました。そこで、LINEを活用したアプリ開発に力を入れることにしたのです。
──受け取り時間の指定などもできるアプリですよね。
齊藤:LINEを活用したチャットサービスは、お客さまにとっては要望を伝えやすいですし、「クロネコさんが応答してくれている」と喜んでくださるお客さまも大勢いらっしゃいます。ドライバーにとっても、お客さまのニーズに応じたサービスを提供しやすくなりました。
これまで、宅配便の大きさや宅配方法に着目した改善は繰り返してきましたが、デジタルツールの導入によって、施策の幅が大きく広がっています。
ヤマト運輸のデジタル改革はコロナ禍前から。感染拡大で社内の動きもスピードアップ
──なるほど。このコロナ禍でデジタル化が一気に進んだと。
齊藤:もともと、ITやデジタル領域への投資自体はコロナ禍より前、2019年から積極的に行っていました。その準備があったからこそ、コロナ禍において、さまざまなサービスを適切なタイミングで提供できたと考えています。
──デジタルへの投資は何がきっかけだったのでしょうか。
齊藤:ECの利用者が増えてきて、宅配業界の構造が変わってきたのが大きな理由です。一般的な宅配便は不特定多数から不特定多数に送るため、送る側と受け取る側のバランスを取りつつ、両者にとっての最大公約数的な解を探し出すというのが従来の姿でした。
一方ECの場合、頼むのも受け取るのも自分。つまり、委託者と受益者が同じになります。自分の都合だけを考えればよいため、「いつも家に誰かがいるので、時間指定をなくす代わりに別の付加価値をつけてほしい」「荷物は会社帰りに近所のコンビニエンスストアで受け取りたい」といったような、多様なニーズが生まれやすくなるのです。
──面白いですね。「荷物を送る相手のことを考えなくていい」というだけで、ここまで利用者のニーズが変わるなんて。
齊藤:そこで既存の宅配便のネットワークは維持しながらEC利用者のニーズに特化したサービスの構築を進めました。年間約20億個もの宅配便を取り扱っている企業ですので、もともと1年半くらいかけて改革を進めていく予定だったのですが、コロナに直面し、非対面での配達ニーズが顕著となったため、スケジュールを前倒ししてサービス提供をすることになりました。
──開発スケジュールが前倒しになったということで、混乱は起きなかったですか?
齊藤:むしろ、状況の変化に対して、皆のモチベーションが高まったと思います。コロナ禍で宅配便の需要が高まり、お客さまの利便性を高めるためにニーズに応えようと尽力していました。結果的に、EAZYをはじめとしたサービスをスムーズに打ち出せました。また、改革を進めるにあたっては、シリコンバレーに駐在をしているメンバーからの情報も積極的に取り入れています。ECは海外の方が盛んですから。
「自宅以外での荷物受け取り」が業界のトレンド、ニーズの多様化に合わせたサービス展開がカギに
──ECのさらなる普及やデジタル化など、コロナ禍で宅配の状況は変化したと思いますが、コロナ禍が収まった後はどうなると考えますか?
齊藤:ECの便利さを体感すると、多くの方が「次回もECで」と考えるのではないかと想定しています。デジタルの利便性に社会全体が気付いた今、その傾向はさらに強まるでしょう。合わせて、取り組むべき課題も、コロナの前と後では大きく変化すると見ています。
これまでは「1日の大半を職場か自宅で過ごす」という人が多かったため、そこを発着点とした宅配サービスが求められていました。ところが今はスマートフォンがあれば、どこでもサービスを享受できます。「送る・受け取る」という行為が自宅発信ではなくなりつつあるのです。
──そうすると、何が変わるのでしょうか。
齊藤:例えば、今まで大きな指標だった「不在率」が、ビジネス上あまり大きな意味を持たなくなりつつあります。自宅で受け取ることが当たり前だったからこそ不在率が着目されていたわけですが、スマートフォンがこれだけ普及している今、自宅以外での受け取りを積極的に選ぶ人も増えています。在宅か不在かは大きな問題ではなくなってきているのです。
──荷物を送る場所も受け取る場所も、バリエーションが増えていくということですね。今後、どのような取り組みを進めていくことになるのでしょうか?
齊藤:皆さんの自宅以外を含めた居場所に対して、タッチポイントをどう増やしていくかが重要だと考えています。皆さんも街中で宅配ロッカーを目にする機会が増えてきたと思いますが、実際にヤマト運輸もオープン型宅配便ロッカー「PUDOステーション」を運営するPackcity Japanと連携し、同宅配ロッカーで荷物の受け取りや発送ができるようにしました。
他にも、英国のDoddle社の「Click & Collectシステム」を百貨店・コンビニ・ドラッグストアなどの受け取り店舗に導入するなど、お客さまの生活導線上で荷物を受け取れる仕組みを強化しています。
「車のトランク」に荷物を配達するサービスも、欧米などでは普及していますし、国内でも実証実験が始まっています。これからは、受け取り方の多様化に合わせたサービスの展開が、今後のビジネスのカギを握ると考えています。
PUDOステーション(出典:Packcity Japan)
──荷物をどこでも受け取れる、という社会になっていくのかもしれませんね。
齊藤:業界内での連携も模索しています。物流業界にはさまざまな企業が続々と参画していますが、共創によって新たな価値を生み出し、業界を盛り上げていきたいと思います。たとえばPUDOステーションでは、ヤマト運輸以外の配送業者の荷物も利用が可能です。業界内での連携を進めながら、お客さまにとっての利便性を追求していきたいです。
──今後の物流業界について、注目のトピックがありましたらお願いします。
齊藤:サプライチェーン全体をマネジメントする仕組みの構築が今後課題になるでしょう。最近は、製造から最終出荷までのサプライチェーン全体を俯瞰(ふかん)して管理できる技術がいろいろと開発されています。弊社はこれまで、サプライチェーンの下流に携わることが多かったですが、大手EC事業者との連携を進め、上流から携わりたいと考えています。
サプライチェーンを一元的に見るメリットは大きく、お客さまにとっては物流コストの削減やスピード配送に限らず、新たな価値の創出につながります。その点、ヤマト運輸の強みは物流のノウハウを所有していることです。そうした強みを生かしながら他社との連携を進めることで、お客さまの利便性のさらなる向上に寄与できると考えています。そのほか、Uber Eatsなどに代表される「Qコマース」にも注目しています。
──Qコマースとはなんですか?
齊藤:クイックコマースの略で、注文から30分以内をめどに日用品などを配達するサービスを指します。Qコマースは「近距離」「短時間」などが特徴として語られますが、宅配サービス事業を営んでいる私たちとは、「注文者ひとりに対して配達員一人」が直接商品を届けている点が大きく異なります。
ヤマト運輸の場合、荷物を受け取る人、荷物を大型トラックで運ぶ人、荷物を受取人に届ける人など、一つの荷物に対して多くの作業員が携わっています。Qコマースにおけるオペレーションを検討する場合、業務効率を踏まえた新しいオペレーションの構築が課題となるでしょう。新たな物流のあり方に対して、私たちが何を提供できるのか。物流業界自体が再注目されつつあり、工夫の余地が広がっていると感じています。
コロナ禍で感じた宅配の「社会的使命」。ユーザーからいち早くフィードバックを得られるのが仕事の醍醐味
──大きな変化の渦中にあるかとは思いますが、今後、物流業界で活躍できるのはどういう人だと思いますか?
齊藤:「世の中に新しいモノ・コトを生み出したい」と考える方にぴったりの業界だと思います。お客さまにとっての価値は何か、そのためにどのようなサービスを提供すべきかを見据えられる方にとっては、非常に面白い環境だと思います。
──コロナ禍の前後で、求める人材はどのように変化しましたか?
齊藤:全く変わっていません。お客さまにどういったサービスを提供したいか、どうすればもっと便利な世の中になるかといった軸を、昔も今も大切にしているからです。
もちろんデジタルの知識があるのに越したことはありません。ただ、知識面でいうのであれば業務を反復すればできるようになっていくものです。人の役に立ちたい、世の中を良くしたいという志を持った人物を求めています。
──改めて、就活生にとってのこの業界の魅力を教えてください。
齊藤:今回、コロナ禍で感じたのは物流が担う「使命感」です。どのような状況でもお客さまに荷物を届けるという社会的な使命。今この瞬間も第一線のセールスドライバーが荷物を配ってくれています。
その意味でも、自身が携わった仕事が、社会の役に立っていると実感できる業界だと思います。そして、自身や仲間が配達に行くと、お客さまからのフィードバックをすぐに得られる。それが何よりの魅力ですね。
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ヤマト運輸
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