将来やりたいことはあるけど、このまま道を進んでいいのだろうか。自分では無理かもしれないし、周囲からバカにされるかもしれない──。自分のキャリアや夢を考えるとき、こんな不安に襲われた人もいるのではないでしょうか。
でも、不安や常識も突き破り、世の中に新しい価値を生み出す人になってほしい。こうした思いを持って毎年開催しているのが、「突き抜ける人財ゼミ」です。経営コンサルタントの波頭亮さんや脳科学者の茂木健一郎さんをはじめ、さまざまな領域で活躍する人が講師となり、3泊4日の合宿を開催。参加した学生からは「あの経験があったから、今の自分がある」という声も寄せられます。
たった4日間を一緒に過ごすだけなのに、濃密な体験をできるのは、どうしてでしょうか。「突き抜ける人財ゼミ」の卒業生の友部遼さん、松田(旧姓:上園)海さんと、運営事務局を担当するJT(日本たばこ産業)のお2人を招き、語ってもらいました。
(左から)佐藤さん、友部さん、松田さん、山岡さん
思いはあっても、手段がない。本物との出会いが「突き抜ける」きっかけに
──友部さんは東京工業大学の助教、松田さんはグラフィックレコーダーと、異なる分野で活動されています。さまざまな人が集まる「突き抜ける人財ゼミ」らしい組み合わせに感じますが、お2人が応募した理由は何だったのでしょうか。
松田:私は2017年参加のゼミ5期生です。当時は、沖縄国際大学の3年生でした。出身も沖縄で、地元の社会課題を解決できる人になりたいと思っていました。
松田 海(まつだ まりん):グラフィックレコーダー
ゼミ5期生。沖縄国際大学 産業情報学部3年生時にゼミに参加。卒業後、フリーランスのグラフィックレコーダーとして活動。コミュニケーションを可視化し、促進・共有しやすくすることで組織や社会の課題解決に貢献している。活動の場は、企業の会議や講演会、教育関連のワークショップなど多岐にわたる
私はシングルマザーの家庭で育ちました。高校3年間をかけて時給650円のアルバイトで100万円をためたのですが、家にお金を入れる必要がなく、学費にすることで大学に進学することができました。お金をためられる環境だったのはラッキーだったし、「自分で人生を選択できた」と思えました。
一方で、沖縄県は相対的貧困率が47都道府県中1位です。周囲を見渡してみるとシングルマザーの家庭で育ち、16〜19歳で子どもを産んでパートナーとうまくいかずに別れて、その子どももシングルマザーの家庭で育つという循環が起きています。その貧困の連鎖が見えたときに、すべてが自己責任だとは言えないんじゃないかなと思うようになりました。
家庭環境や情報格差で何かを諦める人がいるのは、もったいないし、そこにアプローチしていきたい。そのためにも自分の武器を手に入れることが大事だと感じていて「このゼミに参加すれば世界に通用する本物の人たちに会えるのでは」と思い、応募しました。
──実際に参加してみて、どんなことが印象に残っていますか?
松田:私が参加したときは東大の院生もいて、それまでの人生で東大生に関わることもなかったので「大変なところに来てしまったぞ」と思いながらバスに乗り込んだことを覚えています(笑)。
私自身、当時はグラレコの仕事をしていたわけでもなく、何か武器があったわけでもありません。沖縄の社会課題を解決したいという思いはありましたが、具体的にはまだ何も力になれていない。どうしていいか分からずにモヤモヤしていて、もがいていました。
そんなときに波頭さんが「そのままでいいよ」と言ってくれたことを、今でも覚えています。
──どんな場面で波頭さんにそう言ってもらえたのですか?
松田:ホテルの部屋から夕食会場に向かう廊下で「私、このままでいいんですかね」という質問をしたんです。そのときに「そのままでいいよ」と波頭さんに言ってもらえました。
世界のさまざまなことを知っている人が、思いを実現する手段がなくてワーワー騒いでいる私に対して「その思いは持っていていい」と肯定してくれた。気持ちを丸っと包んでもらえたような気分になりました。波頭さんの肯定があったから、沖縄の課題にアプローチするためにグラレコの道を極めるという選択ができたと思っています。
大豆は専門外のはずなのに。波頭さんや茂木さんの度量と理解力に脱帽
友部:僕はゼミの2期生で、2014年に参加しました。
当時は農学部で畑のことばかりやっていたのですが、コンピューターサイエンスやデータサイエンスと融合して面白いことができないかなと葛藤して模索していました。そのとき、知人がこのゼミを紹介してくれて参加してみようと思いました。
波頭さんたちと面談できる時間があるのですが、泣いて帰ってくる人とか、めちゃくちゃ難しい顔をして帰ってくる人とかもいて、僕は何を言われるんだろうと面談前はビクビクしていました。
友部 遼(ともべ はるか):東京工業大学 環境・社会理工学院 助教
ゼミ2期生。京都大学大学院 農学研究科に所属の2014年時にゼミに参加。2020年に博士課程を修了し、豊田工業高等専門学校 助教を経て2021年4月より現職
──実際に面談では何を話しましたか?
友部:冒頭に波頭さんや茂木さんに「君は大豆でいいんじゃない? 何かある?」と言われて「特に。はい、大豆です」と答えました(笑)。
──大豆ですか?
友部:僕はライフワークとして大豆の品種改良を研究しています。
大豆はすごい作物で、四大穀物(トウモロコシ、小麦、米、大豆)の中でタンパク質を最も効率よく大量に作れます。その上、化成肥料をほとんど使わなくてもよく、他に類を見ない作物です。
だったらもっと大量に作ればいいんじゃないかとなるんですが、肥料をたくさんあげると葉っぱばかり生やして収穫物がなくなるんです。すごいやつの割に、こっちがちょっかいをかけると、跳ねのけられる。そんなひねくれた作物なんです。
おまけに一番厄介なのが、葉っぱが茂るとうちわのような形になるので、台風が来ると倒れてしまい、何も収穫できなくなってしまう。これをどうにかしたいと思い、学部の頃から倒れにくい根っこや土壌について研究し始めました。今では植物の構造や地面について研究して分かったことを、大きな建造物に生かせないかと思い、研究対象を土木建築にまで広げています。
こんな感じで、ゼミに参加したときは波頭さんや茂木さんに「大豆って面白い」という話をとうとうとしていました(笑)。
──そうしたら「君は大豆でいい」と言われたわけですね。
友部:その上で「将来こんな困難にはぶつかりそうだよ」と話していただきました。例えば、僕がこのまま独特な道を歩んでいくと、他の人がやっていない領域に入って不安に思うことがあるなど。他にも似たようなケースを挙げてもらったんですが、波頭さんたちは「どれも気にすることはない」と。
それが僕にとってすごく意外だったんですよね。
──意外というのは?
友部:僕自身もニッチな領域を攻めているという自覚がありました。だから、もし僕がやっていることを肯定してくれる人がいるとしたら、世界のどこかにいる同じようにニッチな研究をしている人だろうと想像していたのです。それが波頭さんや茂木さんという領域の全然違う人が認めてくれたことが意外でした。
このゼミに参加するまでは、大豆の研究はずっと続けたいけれど、趣味でほそぼそとやっていくのが既定路線と思っていて、本業にしようとは思っていませんでした。「店じまい」ルートもおぼろげながらに想像もしていましたから。
──大豆の研究をやめる選択肢もあったんですか?
友部:人生を捧(ささ)げるつもりではいましたが「でも、これでメシは食べられないだろうな……」と。僕が当時描いていた100点の夢は、農業系のどこかの大学で非常勤講師をやって年間300〜400万円の不定期収入と、農業で年間100万円くらいの利益を得て、なんとか食いつなぐというものでした。
それがゼミで話しているうちに、そんな「店じまい」ルートがいつの間にか霧散していました。
面接で見られるのはスキルではなく人間性
──お2人とも、波頭さんたちに肯定してもらえたことが、現在の活動につながっているんですね。
友部:肯定することは、ある種その人の人生に影響を与えますよね? それは勇気と知識がいることだと思うんです。自分が教育者になって思うのは、それだけの知識と度量がないとできないことだし、その高みは自分にはまだまだ先のことだなということです。ゼミに参加したときは「波頭さんや茂木さんに、このままでいいって言われた。わーい!」くらいの脳みそでしたけれど(笑)。
──運営に携わっているJTのお2人は、波頭さんや茂木さんが学生さんと向き合っているのを見て、どう感じていますか?
佐藤:不器用でも必死に頑張っている人を応援したい、という気持ちをお持ちなのかなと思います。スキルではなく、参加者自身の人間性を見ているように感じます。
佐藤 邦彦(さとう くにひこ、写真左):JT人事部
2006年JT入社。個店営業、法人営業、分煙環境整備などの仕事を経て2020年より現職。2020年よりゼミ運営に関わっている
山岡:覚悟を持って向き合われているのは感じますね。学生さんから発せられる言葉だけでなく、振る舞いまで見抜かれています。例えば一歩踏み出そうとしているけれど、保身から踏みとどまってしまう学生さんもいます。そういう人には面接でも厳しく接することもありますね。
山岡 彩香(やまおか あやか、写真右):JT人事部
2005年JT入社。営業やバックオフィス関連の仕事に関わり2016年より人事領域に関わる。ゼミには5期から関わり、2020年より事務局として本格的に携わっている
──松田さんと波頭のエピソードを聞くと、厳しさの中にも優しさがあるのかもしれませんね。
松田:めちゃくちゃ優しいです。「生きたいように生きたらいい」とか「ハイスペ人材という生き方は楽しくないよね」とか、レールの上を進んでいないことも尊重してくれる波頭さんのような大人がいることが勇気になりました。
計算して作れない、互いにリスペクトし合える関係
──他の参加者とはどのような交流をしましたか?
友部:ゼミでは、他の参加者と対話をする時間がたくさんあります。当時、僕は農学一色で休日は畑を耕し、平日は授業という生活で、農業に関する話ばかりをしていたので、農業を抜きに対話を延々できるということもレアな経験でした。
松田:あのゼミの空間は常識が覆されますよね。波頭さんや茂木さん、参加者と空間をともにしたからこそ生まれる会話がたくさんあったと思います。
──どんな会話をしたか覚えていますか?
松田:同室の子は、海外経験もある慶應生でした。私からしたらエリートでしたが、話を聞くといろいろ悩みがあり、どの道を歩んでいても悩むんだということに、恥ずかしながらそのときに気づきました。
友部:僕はゼミであったマザーハウスの山口絵里子さんの講演を聞いて、感動して大泣きしたんですよ。
──それは周囲の人も驚いたのではないですか? 大泣きした理由は?
友部:山口さんの途上国でのビジネスに共感し、大ファンでした。僕が大豆の品種改良をしているモチベーションの1つに、途上国のタンパク源不足を解消したいという思いがあって。マザーハウスの商品を買おうと思ったけど、当時の僕には高くて諦めた思い出もあります。
だからこのゼミで直接話が聞けて感動したんですけど、参加者からしたら「今までは大豆のことしか話していなかった男が、急にボロ泣きしている!?」と思ったでしょうね(笑)。でも、それがきっかけで「なんで泣いていたの?」と聞かれて、話が深まりしましたね。
──そこから話が深まるのが、このゼミらしいですね。
友部:全員が全員に対してうっすらリスペクトを持っている空間というのがすごいと思いました。ここに来ている以上、何かしらすごいはずだというリスペクトを全員が持っているからこそ、誰に話しかけても、誰から話しかけられてもウエルカムです。しかも、それが卒業生になってもキープされているのがすごいなと思います。
大学のラボだと、どんなにオープンとうたっているところでも、指導する側とされる側、年齢や学年などで上下関係が生まれてしまいますから。
山岡:確かに卒業生の間で「何期だから僕の方が先輩」みたいな話もないね。
友部:こういう集団ってなかなか作れないですよ!
松田:私はライバルというよりファミリーという感覚が強いですね。社会人になって、子どもが生まれても「じゃあ沖縄で集合ね」と言い合える関係です。たった数日を一緒に過ごしただけなのに、人生を一緒に歩いている感覚があります。
友部:同窓会で近況を報告し合う度に、出会ったときから全然違う人になっていくのも、このゼミならではだと思います。他ではないような体験の広がり方です。
山岡:私が言うのもおかしいですが、数日間を共有しただけで、今もつながっている様子を見ると、皆さんにとってインパクトのある場所なんだなと感じます。
──こういう場にするため、プログラムも工夫されているんでしょうか?
山岡:参加者それぞれが気づきを持ってもらえることを大事にしているので、プログラムには余白が多く、細かく設計されていません。普段とは違う、環境を変えた場所で、それぞれ思いをはせる時間を作れるのが突き抜ける人財ゼミです。誰かと話したり、自分一人で考えたり、講師と話したり、散歩に行ってもいい。
松田:そういえば私、散歩に行きました!
佐藤:僕も運営に関わる前はもっとアジェンダが用意されているのかと思っていましたが、実際は参加者が作り上げるゼミになっていました。何かを強制される場所ではないからこそ、つながりや出会いが生まれていくんだと思います。
僕らからしたら「仲間」が増えていく感覚です。それがビジネスパートナーになることもあれば、飲み友だちになることもあります(笑)。
山岡:人間的にユニークで楽しい人が集まるので、運営する私たちも楽しいんですよね。当たり前のことですが、企業だけで社会が成り立っているわけではありません。さまざまな立場から踏ん張っている人たちがいるから成り立つと思っているので、企業に属している立場としては何ができるんだろうとも考えますね。
「中途半端なことはできない」と今も背中を押してくれる
──意図的に余白を設計しているとのことですが、ゼミはどうやって締めくくっているのですか。
佐藤:最終日には、これから取り組むことを発表する「行動宣言」をしてもらいましたよね?
松田:詳しい内容は覚えていませんが、私は「課題だらけの地元沖縄ですが、その中で少しでも自分で生き方を選択できる人が増えたらいいな」と思い、そのための行動をし続けたいという内容のことを宣言しました。
今は東京でグラレコを通して修行をしている期間だと思っていて、今後は沖縄に還元していきたいと思っています。例えば、社員の会議や対話を見える化して沖縄の中小企業の生産性をあげるためのお手伝いをすることで、自分や家族との時間を作ってもらえるようにしたり、子どもたちが気持ちを表現しやすくなるように親子のワークショップを開いたりと、グラレコを使っていろいろなことができるなと考えています。
友部:僕も詳しい内容は覚えていないのですが、「大豆でいい」と言われたのを真に受けて(笑)、大豆の新しい品種を作って、それを将来は何千ヘクタールか何十ヘクタールにすると言いました。
今、共同研究者と3つの新品種を作り、うち2品種は品種登録出願中です。残りの1品種はオープンソース品種で、世界中誰でも使いたいという人には無償で分け与えています。その栽培に埼玉県の農業生産法人が手を上げてくれて、試験栽培を始めています。うまくいけば、新品種大豆で最大50ヘクタールの栽培ができます。豆腐にすると600万トンくらいの収穫が見込めます(笑)。
──それはすごい。しかも東工大で土木建築の研究もしていて。当時はそんな未来は想像していなかったですよね。
友部:いまだに「ほんまかいな」と現実感がないんですけどね(笑)。でも、さまざまな人との出会いでここまで連れてきてもらった以上、職責に足る仕事をせねばという覚悟はあります。講師の方々や他のゼミ生の活躍を見ていても、中途半端なことはできない、という気持ちになるよね?
松田:あれだけ背中を押してくれる経験はないですよね。波頭さんたちに見限られないような生き方をしようというベースを私の中に作ってくれたと思います。
友部:その反面、例えば僕が研究に息詰まって海外を放浪したり、田舎で農業をしたりしても、それはそれで「あぁ、あいつは今そういう時期なんやなぁ」とみんな全肯定してくれそうです。
「自分なんて」と思う人こそ飛び込んで。濃厚な4日間が、数年先の道標になる
──最後に、突き抜ける人財ゼミに興味を持った学生さんにメッセージをいただけますか?
友部:僕はそもそもこういうイベントに関心がない層でした。知人が紹介してくれなければ「なんか意識高いイベントをよそでやっているんやな。でも自分は学術書を読んでいた方がいいや」となっていたようなタイプです。
でも、そんな人にこそ来てほしいと思います。「おもろいよ」と。いろんな人がいるし、無駄にはならないと声を大にして言いたいです。
──先入観がある人にこそ、飛び込んでほしいですね。
松田:私が参加した当時は情報があまりなかったので、参加してから倍率が高いということを知りました。今はネットに情報がある分、躊躇(ちゅうちょ)してしまう人もいるのかなと思います。でもエントリーシート(ES)を書いたり、面接を受けたりする過程もとても価値のあるものだと思います。最終までいければ波頭さんと1on1で話せて自分を深めてもらえますし、ゼミに参加することができれば濃厚な時間が過ごせます。情報を集めすぎて「自分なんて」と思わず、「やってみよう」という気持ちを大切にしてほしいです。
佐藤:本気で自分のことを考えて、仲間たちとお互いを高めていく場なので、完成している必要はありません。ゼミに参加することが目的になるのではなく、これからの自分を本気で考えたい人たちにとっての場になるといいなと思います。
山岡:今までの参加者を見て思うのは、みんな突出した「すごみ」を持っているのに、謙虚で慢心がないんですよ。リスペクトの裏返しの行動として、全然違う分野の参加者からも何かを吸収しようとしています。突き抜ける人こそ謙虚さを持ち合わせているのだなと感じます。
──その謙虚さゆえに、参加するか迷っているのなら参加してほしいですね。
松田:本当にそうですね。卒業生として活動していても、学生さんたちの「こうなりたい」という気持ちはいつまでも刺激になります。
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JT(日本たばこ産業)
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突き抜ける人財ゼミ2021 powered by JT
申込締め切り:6月13日(日)
【ライター:yalesna/撮影:保田敬介】
(Photo:MIKHAIL GRACHIKOV/Shutterstock.com)