ブラック企業には行きたくない──。
読者の皆さんも就活を進める中で、一度は「ブラック」と検索したことがあるのではないでしょうか。
企業のビジョン、年収、事業の魅力など、企業選びの軸はさまざまだと思いますが、経済産業省の調査では「健康・働き方への配慮」を重視する学生や親が多いということが明らかになりました。
かつては長時間労働などが問題視されていた日本ですが、最近ではその傾向は変わりつつあります。経済産業省では、社員の健康管理を経営課題として捉え、施策を進めることを「健康経営」と定義し、企業の取り組みを推進しています。
連載「日本の経済・産業の重点ポイントから紐解く注目業界」、今回は「社員の健康」をテーマに、先進的な取り組みをしている企業の例から、経済産業省が公表しているトップランナーの企業一覧まで。企業選びの新たな「軸」をご紹介します。
<目次>
●社員の健康に経営が投資する「健康経営」、月残業4時間以下の会社も?
●社員の健康にコミットする企業のトップランナー、「健康経営優良法人」とは
●ブラック企業は社員にも投資家にも評価されない。2000社の「成績表」を一挙公開
大筋 暢洋(おおすじ まさひろ):経済産業省 商務・サービスグループヘルスケア産業課(係長)
2018年入省。九州経済産業局にて環境・エネルギー関連産業の振興を担当した後、2020年から経済産業省ヘルスケア産業課にて健康経営、スタートアップ支援、官民連携などを担当。
社員の健康に経営が投資する「健康経営」、月残業4時間以下の会社も?
──そもそも「健康経営」とは、一体どういうものなのでしょうか。日本企業は残業が多いイメージがありますし、多くの学生はピンとこないように思います。
大筋:確かに、2000年代前半には「Karoshi(過労死)」という、日本語を語源とする単語が英語辞書に掲載されたと話題になりました。多くの悲しい事件もありましたが、今の日本企業は変わってきていると感じます。残業時間に対する規制なども、当時に比べてかなり厳しくなったと思います。
健康経営というのは、一言で言うと、社員の健康管理を「経営ごと化」することですね。
──企業にとっては、なんだか大変そうです。
大筋:考え方は至ってシンプルです。先ほど、残業規制についての話をしましたが、企業としても、社員の健康を意識していないわけではありません。しかし、それは法令遵守やリスクマネジメントという色が強かった。いわば、マイナスだったものをゼロに戻すような施策です。
一方の健康経営は、社員の健康を「資本」として捉え、コストではなく企業戦略として投資していく考え方です。投資なので、社員の生産性向上や優秀な人材の定着・獲得、組織の活性化といったリターンを目指します。その結果として、業績や企業価値の向上につなげていく。つまり、ゼロをプラスにする施策といえるでしょう。
──なるほど。実際に、企業はどのような取り組みを行っているのでしょうか。
大筋:健康づくりセミナーの実施や適切な運動や食事の支援といった、生活習慣病対策をはじめ、メンタルヘルス対策や感染症対策など、多岐にわたります。中には、全社員にウェアラブルデバイス(※)を支給して、健康管理を後押ししている企業もあります。
例えば花王では、個人が特定できない形で健康データ(問診、健診、就業、疾病など)を統計的にまとめ、エリアごとの実態に応じた企画立案や施策を行っています。最近では、歩き癖と腰痛・ひざ痛との関連性を解析し、リスクのある社員に個別で助言を行っています。
(※)……ラップトップやスマートフォンなど単に持ち運べるコンピュータとは異なり、主に衣服状や腕時計状で身につけたまま使えるもの
丸井グループでは、残業削減や勤務体系の多様化に取り組んできた結果、一人当たりの月間平均残業時間が3.9時間(2021年3月期)にまで減少し、アンケートでは「職場で尊重されている」「個性を生かしてチャレンジしている」などと答えた割合が上昇しました。
組織の活性化に向けて社員が自発的に手を挙げて参加する、公募制のプロジェクトや研修も多数あります。「病気にならないこと」だけでなく「今よりもっと活力高く、幸せになること」、そして豊かな社会を作ることまで目指しているのが特徴です。社員の生産性向上を通じ、増収増益も実現しています。
社員の健康にコミットする企業のトップランナー、「健康経営優良法人」とは
──月残業4時間はすごいですね。いわゆる「ホワイト企業」というイメージです。
大筋:建設業の日本国土開発は、自社だけでなく、協力会社の社員の健康にも配慮しています。建設現場に従事する作業員に、熱中症対策ウォッチの支給やファン付き作業服の購入補助、新型コロナウイルス感染症対策の消毒用ハンドスプレーの購入補助などを行っています。
健康経営を実践する企業として、これらの取り組みは「当然のこと」と考え、積極的に推進しているそうです。取引先との関係も良くなりますし、自社の価値向上にもつながるでしょう。
──どんな業種や業態の企業でも、取り組めるというわけですね。
大筋:健康経営と一口に言っても、企業ごとに社員の健康に関する課題も異なります。これをやればカンペキ、というものはありません。自社の課題を特定し、経営層がコミットして取り組むことが重要です。
経済産業省では、このように社員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に取り組んでいる企業を「健康経営銘柄」や「健康経営優良法人」として公表しています。優良な健康経営に取り組む法人を「見える化」することで、社員や求職者、関係企業や金融機関などから、評価されるようになることが目標ですね。
特に昨今は、新型コロナウイルス感染症の影響で、健康に投資することの価値が再認識されています。
──そうなんですか?
大筋:実際、7割程度の人が「コロナ禍をきっかけに健康意識が高まった」と答えた民間の調査結果もあります。企業も、社員の健康はレジリエンス(困難な状況で適応する力)の観点からも重要と捉えており、健康経営銘柄や健康経営優良法人のエントリー数が大きく増加するなど、これまで以上に注目が集まっていると感じます。
表彰を開始した当初は、健康経営という言葉の認知度自体が低かったのですが、今では15,000社を超える企業がエントリーするようになりました。
──ある意味で「ホワイト企業」の一覧、という見方もできそうです。
大筋:健康経営優良法人の認定にあたっては、大企業と中小企業のトップ500社を「ホワイト500」「ブライト500」と名付けています。ランキングを見るような気持ちで、一度見てみると新しい発見があるかもしれません。
ブラック企業は社員にも投資家にも評価されない。2000社の「成績表」を一挙公開
──大企業と中小企業の合計1000社。評価の高い企業がリストにしてあると、学生としても見やすくていいですね。
大筋:健康経営の取り組みは、自社内のみで完結するのではなく、情報を外部に出して評価されるのも大切なことです。経済産業省では、2022年3月に各社の健康経営の偏差値が項目別に分かる成績表を2,000社公開しました。上場企業も600社以上含まれています。
──2,000社もですか? それだけの企業が協力してくれたわけですね。
大筋:はい。結果が公表されると、他社と比較したレベルが第三者にも分かるようになります。数字を出すことは、企業にとって勇気がいることですが、そうした積極的な姿勢自体が外部からの評価につながるという側面もあります。
企業としても、今働いている社員だけではなく、求職者や投資家に向けてアピールできるポイントとして捉えています。経営者自らセミナーで講演したり、Webページやパンフレットで自社の取り組みを紹介したり。
取り組む企業が増えると、自社もやらなくてはと意識が変わり、実際にやってみるとメリットが多いので、さらなるレベルアップを目指して改善を続ける。そういう好循環が生まれ始めていると感じています。
──情報を公開する企業が増えれば、それが「当たり前」になっていくと。
大筋:成績表は日本語だけでなく、英語でも公表しています。こうしたデータは世界的に見ても非常にユニークなので、海外の投資家や人材にも、日本企業の健康経営に注目してもらうことを期待しています。
──面白いですね。経営が社員の健康にコミットするという姿勢は、日本だけでなく世界でも広がっているのでしょうか。
大筋:まだまだ世界には広がっていないと思います。健康管理は個人の責任という考え方もあるでしょうし、企業文化や慣習にも影響されるのかもしれません。ただ、健康の価値が万国共通であることは確かです。少し前の話ですが、スリランカに健康経営の考え方を輸出した結果、現地の方々によって日本と同じような表彰制度が立ち上げられたこともあるんですよ。
将来的には、積極的に健康経営に取り組む企業が、国際的にも評価される社会を実現したいと思っています。今は世界的に「ESG投資」が注目されていますが、今後は社会にマイナスな影響を与える企業には投資や人材が集まらなくなるでしょう。
健康経営については、CO2排出量のような国際的に共通の指標がまだ存在しません。経済産業省として、日本企業の価値や競争力を高めるべく、他国に先んじてルールメイキングを主導するための検討を進めているところです。
──「ブラック企業」は社員にも投資家にも評価されないと。そういう世界が当たり前になるといいですね。
大筋:「健康」は個人の努力の問題と思われがちですが、それだけではありません。環境的要因も大きく関わっています。自分の健康状態を削ってまで酷使されるような職場ではなく、心身ともに大切にしてくれて、しかも成長が見込まれるような職場を選んでほしいと思います。
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