就活をしていると、やたらと耳にする「コミュ力(コミュニケーション能力)」。自信のある人は「面接でアピールするぞ!」とウキウキする一方、苦手意識がある人は「やべー、コミュ力高めなきゃ」と焦っているかもしれません。
でも、コミュ力って具体的に何をすれば磨けるのでしょうか?
「そもそもコミュ力が何を指すのかは企業によって変わります。どの会社でも通用するようなコミュ力はないです」
そう語るのは、『コミュ力なんていらない 人間関係がラクになる空気を読まない仕事術』の著書である石倉秀明さんと、若手社会人の悩みを受け止めている産業医の大室正志さん。コミュ力が就活で無双をするための魔法の言葉になっている中、お2人が重要さを説いたのは、コミュニケーションを「因数分解」する力でした。
独り歩きする「コミュ力」。サークルの場回し力は、超限定的なビジネススキル
──就活で学生からよく聞くのが「コミュ力なくて不安です」という声です。ですので、本日はコミュ力に詳しいであろうお2人にいろいろとお話をお聞きできればと思います。
石倉:そもそも「コミュ力」が何を指すのかは企業によって変わります。それに「コミュニケーション力のある学生が欲しい」と言っている会社側も、何がコミュ力か分かっていないケースもあるんじゃないですかね。
石倉 秀明(いしくら ひであき):株式会社キャスター取締役COO
1982年生まれ。群馬県出身。05年(株)リクルートHRマーケティング入社。09年に当時5名の(株)リブセンスに転職し、ジョブセンスの事業責任者として入社から2年半で東証マザーズへ史上最年少社長の上場に貢献。その後、DeNAのEC事業本部で営業責任者、新規事業、採用責任者を歴任。2016年より、700名以上の従業員全員がリモートワークで働く会社、(株)キャスターの取締役COO。著書に『会社には行かない』、『コミュ力なんていらない』。FNN系列「Live News α」レギュラーコメンテーターとして出演中。
──会社も! コミュ力があるかを判断する面接官も、はっきりとした基準を持っていないということですか?
石倉:ないと思います。好きか嫌いに等しいし、自分が話しやすい、などじゃないでしょうか。僕は会社員時代を含め、4社で働いた経験がありますが、どの会社でも通用するようなコミュ力ってなかったです。
1社目のリクルートが求めていたのは、察して周りと協調する力。でもDeNAでそういうことをやっていたら「自分を守って遠慮しているの?」と言われていたと思います。つまり、コミュニケーションにこれっていう正解はなく、その種類は想像するより、めっちゃ多いんですよ。極論を言えば100社あれば100種類。どんなコミュニケーションを好む会社だと自分にとって心地よいかを探せるか、でしかないです。
大室:それに学生の方が言う「コミュ力」はたいてい「初対面で打ち解ける能力」か「緊張せずにうまく話せる能力」。これが8割です。就活ではコミュ力=話す力、って大体思っているのではないでしょうか。
でも社会に出てみると、聞く力がある人、聞き方がうまい人がビジネスの現場で活躍できることも多いです。この能力は他人に言われないと気付きにくいけど。実は「サークルの中で場回しがうまかった」みたいなコミュ力は、ビジネスではかなり限定的な能力ですよね。
大室 正志(おおむろ まさし): 大室産業医事務所代表
1978年生まれ。産業医科大学医学部医学科卒。臨床研修修了後、産業医科大学産業医実務研修センター、ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社統括産業医、医療法人同友会産業医室を経て現職。国内大手企業、外資系企業、ベンチャー企業、独立行政法人など、多岐にわたる企業で産業医を務める。著書に『産業医が見る過労自殺企業の内側』(集英社新書)。平成ノブシコブシ吉村 崇氏とNewsPicksの番組「OFFRECO.」にレギュラー出演中。
──サークルで場を盛り上げている人って、学生時代は「コミュ力高い!」って思っていました。
大室:そういう能力と、商談をクロージングさせてお金にする力は別です。学生時代に目立つコミュ力は、同じ大学や同じサークルに所属していたり、同じ嗜(し)好性を持っていたりする同質性の高い集団の中でコミュニケーションを優位に進める力です。社会に出ると、自分と違う人間ともうまくやっていかないといけません。これは全然違う。
──学生がイメージしがちなコミュ力は、就活やビジネスでは役に立たないのでしょうか?
大室:もちろん、サークルでいいポジションを取れる能力を極大化して希望の会社に入れた人もいるでしょうし、初対面で仲良くなる能力だけでポルシェや保険を売りまくる人もいますよ。
石倉:でも、そういう適性のある人に限って「自分はこっちじゃない」と全然違うコミュニケーションが必要な仕事を志望するんですよね(笑)。
大室:そうそう(笑)。だから、石倉さんが著書に書いているように、常にコミュニケーションを因数分解する考え方を念頭に置いておいた方がいいです。
コミュ力なくても営業トップになれた。因数分解で得意を見つけよう
──コミュニケーションの因数分解ですか? 詳しく聞かせてください。
大室:石倉さんの本で面白いなと思ったのは、もともとコミュニケーションが苦手だったというところ。苦手、分からない、というところからスタートするのが大事なんですよ。
石倉:もともとは僕もずっと「コミュ力がない」と悩んでいました。つらいな、としか思っていませんでした。コミュニケーションが上手じゃないですし、その場に合わせてうまく話せないタイプです。
だからリクルートで営業をしていたときは、その営業という業務のプロセスを分解し、コミュニケーションがいらない部分のコンバージョンをひたすら上げました。技術とマニュアル、手順……なるべくコミュニケーション力が必要ないところに注力することで成績を出していました。僕は苦手を克服するほどのメンタルを持ち合わせていなかったし、つらいことに向き合うほど強くないので、苦手なことをなるべく使わないやり方を探していました。
大室:この因数分解が重要なんですよね。コミュニケーションのスタイルは同じ業界であっても職種や社内のポジション、ビジネスモデルによって違いますし、社内と社外でも違うから。
石倉:そうですね。会社全体で1つのコミュニケーションのフォーマットかと思うと、実はそうではないです。仕事そのものと社内の人間関係とにおいてでは、使うフォーマットが違うということもあります。
僕はリクルートで、社内のコミュニケーションのフォーマットが全然合わなくて、「部下の感情を察しろよ」みたいに言われるのがすごく大変でした。感情とか共感性とか言われても分からないんです。でも仕事の営業成績ではトップになれました。人の感情ではなくファクトに対してどう思うか、なら分かるので。人によってどっちが心地いいのか、やりやすいのかは違う。
大室:因数分解することは、就活で企業を選ぶときも大事ですよね。会社に入る前ではなかなか難しいけれど、1つの強い要素に引っ張られてしまうと、中身を見誤ります。特にB to Cの業界だと、表面のものに引っ張られてしまう学生の方もいそうなので、そこは気を付けてほしいです。
例えばおもちゃの卸業をやっている会社があって、「おもちゃ」に引っ張られて「子どもの喜ぶ顔が見たい」という動機で志望した学生がいたとします。でも、卸の主な仕事はバイヤーの人たちとの価格交渉。実際に入社してみると、おもちゃを手にした子どもの喜ぶ顔は見ることはなく、むしろ大人の怒った顔しか見ていない、なんて悲劇もあり得ます。おもちゃも開発、小売り、卸と全然違うので、それによってコミュニケーションのスタイルもまったく違う。
石倉:確かにそうですね。旅行が好きだからJTBといっても「売る」のが好きなのかどうかと。旅行に行けるわけじゃないよ、お客さんに説明する仕事かもしれないよと。
大室:職種だってそうで、同じ営業でもいろいろです。自分自身がコミュニケーションを常に取っていないと寂しくなっちゃう人は、「人と接するのが好きです。だから営業を志望しました」と話して入った会社での仕事が、電話営業だとどうでしょう。
産業医をしている人材関係の会社は、電話営業なので、自分との闘いです。アパレルやウェディング業界で接客していた「人と接するのが好き」の人が転職しても、結構つらそうな人もいます。ウェディングプランナーで、説明中に客の瞳孔の開き具合で営業のアプローチをチューニングしていた人も、電話だと通用しないですし。
苦手を克服しなくても「できる人」に。能力を生かせる傾斜配点を見極める
──石倉さんはテレビのコメンテーターのお仕事もしていますし、学生からすると「コミュ力がある」と映っている気がします。コメンテーターのお仕事をするために、どうやって「分解」したんですか?
石倉:まず、コメンテーターは全然得意じゃないですよ。一番苦手。だからめちゃくちゃ準備しています。しゃべる時間の長さが変わるのを想定して、秒数ごとにいろんなパターンを用意して、本番までずっとあらゆるパターンで話せるように練習しています。どう振られてもいいように「あの人は多分こう言うだろうな」と思い浮かべて、言うことを考えます。
大室:結局「傾斜配点」を見極められると「できる人」になれるんですよね。
僕の高校時代の話ですけど、1年生のときにクラスで成績下位5人くらいだった人が、2年になって急に3位以内になったことがあって。なぜかというと、2年生で文系・理系が分かれて、成績に入れる科目が英国数から理数科目だけになったんです。
その人は国語が苦手だったけど、物理はとても得意で。最初は勉強ができないのかと思ったら、実はすごいやつだったんです。センター試験がだめで東大は行けなかったけど東工大に行って、今は年収3000万円の大企業の部長です。
仕事もこれと同じで、相手が求めているテスト科目の配点次第なんですよ。自分の持っている能力が傾斜配点で高く評価されるところに行くと、そこでは「できる人」になると思います。
就活のとき、何度も落ちると人間すべてを否定された気分になって病んじゃう人も多いけど、全否定されるようなことじゃないです。しょせんセンター試験だって傾斜配点1つで、A判定かB判定がコロコロ変わってしまうもの。
石倉:実際に求められる傾斜配点は、会社の風土や仕事の中身にもよるし、時代によっても、上司や顧客のタイプによっても変わりますね。
──会社のカラーがはっきりしているベンチャーならまだしも、大企業だったら何を傾斜配点をしているのか分かりにくい気がします。
大室:大企業でメンバーシップ型と言われるところだと、自分の会社の「村人」と仲良くする能力が最初に求められます。農村文化の日本では、同じ村の人と毎日顔を合わせるから、強くアピールしないことが好まれて「言わなくても分かってほしい」となった。これは意外と、昭和まで有効で、みんなこのコミュニケーション手法がうまくなりました。なぜなら終身雇用の会社が村社会そのものだったから。
でも、終身雇用を前提とした村社会モデルが崩れ、雇用の流動性が高まってきました。すると同じ会社の中でも全然違う人と一緒にやっていくプロジェクト型の職場が増え「言わなきゃ分かんない」が前提のコミュニケーションとなります。
──言われなくても分かる力が大企業的なコミュ力である一方で、現代では通じなくもなりつつある、と。
大室:だから、村社会的なコミュニケーションが苦手な意識のある石倉さんのような人のほうが、「言わなきゃ分かんない」となったコミュニケーションの変化を冷静に見ていますよね。
石倉:育ってきた環境が違うのに、同じとみなしてやれていたのは逆にすごいことだったと思います。でも、「それって違うよね」と気付き始めたということでしかないのかなと思います。
落語かテレビかYouTubeか。逆算して、自分の得意なフォーマットで勝負を
──学生からすると、自分が生きる傾斜配点、得意な領域を見つけることも大変そうです。
石倉:僕は、得意なことって言い換えると「自分が何とも思ってなくても周りが苦戦していること」だと思っているんですね。逆に苦手なことって分かりやすいけど、漠然と捉えちゃいがちです。僕も「コミュニケーション苦手だな」って思っても、これを分解してみるとコミュニケーションにはいろんな要素があって、傾斜配点が違うだけだなって分かりましたし。
大室:能力はかなりフォーマットに依存しているので、逆算して、自分の得意なフォーマットに行くという作戦もあります。
お笑いだと、明石家さんまさんや笑福亭鶴瓶さんは落語界出身ですが、テレビのバラエティーという後から出てきたフォーマットに乗り込んで、トップを取りました。キングコング西野亮廣さんやオリエンタルラジオ中田敦彦さんは、ひな壇芸人や場回しトークというフォーマットには合わないタイプで、新天地のYouTubeに行って活躍しています。
──すると、自分の活躍できる場所を探した方が仕事は楽しいんでしょうか。できるようになることが楽しい、というパターンもありそうです。
大室:「自分はこれ」と決めている人、楽しさを譲れない人もいると思いますよ。人間って、手足の血管が広がると血流が良くなってリラックスしていると感じることもあるんです。そういう脳と体の相互影響のようなものが、「できる」と「楽しい」との間にはあると思います。
石倉さんは、自分ができることだったら楽しいからモチベーション上がる、という順序ですよね。
石倉:そうですね。僕の場合は、好きかどうかよりも結果が出たら楽しくなって、それがモチベーションになるという順序ですね。僕は、習得期間が長くなったり、結果が出るのに時間がかかったりするのに耐えられない、無理なんですよ。それを自分で分かっているから、早く結果が出ないと萎(な)えちゃう。ゲームだとパワプロはできるけど、RPGは1面もクリアできないですね(笑)
だからベンチャーっぽい会社ばかりを渡り歩いているのかな。
大室:習得期間とバッターボックスが回ってくる頻度によってコミュニケーションの型も違います。外科医だと手術室の数も限られていて、実際に経験するには先輩から場を譲ってもらわないといけないので、封建的なコミュニケーションなんですよ。『白い巨塔』の世界です。
でも産業医は従業員が50人を超えた企業となら自分で契約を結べるから、先輩から譲ってもらうわけでもない。すると、そこまで先輩の言うことを聞かなくていい、となります(笑)。
心を病むのは比べるから? 自由なふりして不全感にあふれた社会
──新型コロナウイルスの感染拡大によってリモートワークが普及するなど、職場のあり方も変わってきています。この変化は、仕事のフォーマットや傾斜配点には影響しているでしょうか。
石倉:僕が働くキャスターはコロナ前から全員リモートです。リモートで働いていると、究極的には空気を読む能力がゼロにリセットされます。強制的にゼロにさせられる。物理的な姿が見えないから。
大室:リモートは、ある人にとってはすごくコミュニケーションでプラスになります。リアルだと顧客の前で上司の横で若手は座っているだけ、となるけど、リモートだとその緊張感がなくなるから、うっかり若手も意見する。すると、クライアントが「いいねそれ」となって、上司も「お、おう」って。フラット化という意味で、ルール変更ですね。
──リモートワークの普及がマイナスに働くことはないですか。
大室:よく問題になるのは、実家からリモートをしたい、でも社内ルールは「リモートワークは会社まで来られる場所で行う」となっているようなパターンです。「あっちの会社はそれでもOKなのに」と不全感が出てくるんです。
働き方の規制緩和がされたのは喜ばしいけど、完全な自由にはならないので、新たな不自由を感じてしまうんです。人間って基本的に、できないことは不自由じゃない。できるのにできないのがつらい。例えば、月に行けないことを不自由とは思わないけど、コロナでハワイに行けないことは不便に感じる。
石倉:昔よりも働き方に対して不自由を感じている人が増えている感じはしますね。おそらく10年前に比べて、働き方が柔軟になっている会社が増えていると思いますが、隣の芝生はSNSですぐ青く見えることで、逆に不自由を感じてしまう機会も増えているのかな、と。
大室:50代の人に聞くと、大学を卒業して他の人と比べる場は、かつて同窓会でした。今はSNSで大学の同期が何やっているかが、分かります。いくら会社でエースと言われても、大学の同期と比べてしまう。比べれば比べるほど、人は不全感を持つんです。もちろん、SNSには別の良い面もあるんですけど。
直感や感情を殺さずに。好き嫌いを大切に
──石倉さんは新卒採用もやっていた時期がありますが、学生の悩みはどんなところに感じていましたか。
石倉:就活生が一番悩むタイミングは、内定が出そろってからですね。8割くらいの学生は「決めたことが正しいのか?」と考えて、一度はブレてしまいますからね。「もっといろんな選択があるんじゃないか」というのが見えちゃうんです。
大室:それ、特に優等生の学生に多いですね。「子どもにいい大学に行ってほしい」と思っている親は、大抵「選択肢を狭めたくない」と言うんです。その影響を受けた子どもが「狭めること=悪」と考えると、就活でも「狭めるとつらい」「まだ狭めたくない」となって、コンサルに行くんです。
石倉:ずっと選択肢を持ち続ける、と。でも「いつ使うんだ」って問題が残りますよね。いつ使うのかや、多くの選択肢の中からどうやって決めるのかの基準を持っていない人が多いかもしれないですね。
大室:その問題を放置していると「量産型優秀社会人」になってしまう。桃だって、剪定(せんてい)しないと果実が小さくて酸っぱいのばかりになる。30歳を過ぎたくらいに、「俺これしかできなかったから」って最初から選択肢を絞って「剪定」せざるを得なかった人が、でっかく甘い桃になることもある。
──そうした進路に悩む就活生に、お2人からメッセージをお願いします。
石倉:人事をやっているときに「直感は結構正しいから、疑わず目を背けない方がいいよ」とよく言っていました。なんで嫌なのか、良いのか感じたことを言葉にしてみると、これだけやれば他は失ってもいいという「一点豪華主義」なのか、嫌なことは1つでもあればダメなタイプなのかが分かってきます。
「この会社は素敵(すてき)だけどあの面接官なんか合わない」など、そういう直感を大事にした方がいいですね。好きか嫌いかに気付くと、そこから自分の基準を理解したり、分解したりするときの指標になるのかなと思います。
大室:感情とロジックの両方を大事にしてほしいですね。この2つを等価で大事にしている人は病みにくい。産業医として話を聞いていると、社会人として「嫌い」と言うのは良くないと思っている人が結構多いんです。「上司のこと嫌いですか?」と聞くと、「いや、でも上司の言っていることは正しいんで」と答えるパターン、よくあります。
正しいことを言っているのに、嫌いだから「間違っている」というのはよくないけど、「あの人は正しいことを言っているから、嫌いだと思っちゃいけない」と感情を押し殺すのもよくないです。何が好きか嫌いか、次第に分からなくなってくる。
僕らの世代までは「社会人=私情を挟むな」「大人になること=感情を抑えること」と育ってきたけど、これからの時代はむしろ感情もちゃんと鍛えてロジックとバランスを取ってほしいです。
【取材:吉川翔大/撮影:百瀬浩三郎】