国内系の小規模な運用会社(いわゆるヘッジファンド)に勤務している、30代のSさん。彼には最近大きな悩みがある。
それは、仕事の悩みでもないし、恋愛の悩みでもない。居住地を日本からシンガポールに移すべきかどうかということである。なぜ、シンガポールなのか。
答えは単純。「税率が低いから」だ。
Sさんは数年前に年収が「1億円」を超えた。将来のことを考えると、日本の税率の高さは切実な問題なのだという。
実際、同じ会社に勤めるSさんの先輩は、税率を理由に既にシンガポールに居住している。日本だと1億円を超えるとその半分以上を税金で持っていかれるので、シンガポールや香港に居住するというヘッジファンドのポートフォリオ・マネジャーは珍しくないのだ。
30代にもかかわらず、このような異次元の悩みを持てる年収が得られるヘッジファンド。この記事では、その知られざる世界を紹介していきたいと思う。
<目次>
●そもそも「ヘッジファンド」とは何か?
・「アセットマネジメント」とは何が違うのか?
・「PEファンド」とは何が違うのか?
・情報が極めて少ない、謎めいたヘッジファンドの世界
●ヘッジファンドの年収は「ピンキリ」 運用成績やレベル次第
・ポートフォリオ・マネジャーの年収:数千万円〜数億円
・アナリストの年収:2,000~6,000万円
・ミドル(バック)・オフィスの年収:3,000〜4,000万円
●ヘッジファンドに就職するには?(ポートフォリオ・マネジャーの場合)
・1:新卒で国内系運用会社の運用職に就く
・2:外銀のトレーディング部門に行く
●ヘッジファンドの世界を目指す「裏の攻略法」
そもそも「ヘッジファンド」とは何か?
ヘッジファンドについて、金融機関の用語集などを調べると、「さまざまな投資手法を駆使して、相場の上昇・下落に関係なく絶対リターンを追求する成功報酬型のファンド」といった説明がなされている。
この「成功報酬型」というのがポイントであって、運用でもうかったらもうかった分だけ、青天井で成功報酬がもらえるため、うまくいけばファンド関係者は、文字通り桁外れの報酬が得られるという仕組みだ。
「アセットマネジメント」とは何が違うのか?
「ヘッジファンド? 自分の先輩はアセットマネジメントだけど、そんなに羽振り良くないよ」とか、「運用会社なんて、銀行、証券、保険会社の子会社ばかりで、そんなに稼げないのでは」と疑問を持つ人もいるだろう。
確かに、ヘッジファンドもアセットマネジメントも、広い意味での運用会社(バイサイド)である。また、金融免許的にも投資運用業(あるいは助言・代理業)ということで、一般的な運用会社と同様である。
しかし、ヘッジファンドは青天井の成功報酬がメインであるのに対して、「野村アセットマネジメント」などの伝統的な資産運用会社は、固定料率の運用報酬がメインなので、アップサイドがあるかどうかという違いがある。
また、伝統的な資産運用会社は、社員数が数百人から1,000人くらいなのに対し、ヘッジファンドは一般的に5人~30人と極めて小規模だ。少人数で成功報酬を山分けできるため、巨額の報酬を得られるのだ(あくまで、運用がうまくいった場合だが)。
「PEファンド」とは何が違うのか?
成功報酬、少人数、ファンド、バイサイド、年収1億円という単語を聞くと、「PEファンド(プライベート・エクイティ・ファンド)」を連想する人もいるかもしれない。
確かに、PEファンドも(広義では)ヘッジファンドの1つと分類されることがあるし、セルサイド(証券会社)に対するバイサイド(運用会社)の1形態という取り扱いをされる場合もある。
しかし、ここではPEファンドは別物として考えたい。働く人たちのキャリアが異なるためだ。ヘッジファンドは運用会社、あるいは外銀のトレーダー出身者が多い一方、PEファンドはIBD(投資銀行部門)出身者(またはマッキンゼー、BCG、ベインのような戦略コンサル出身者)が非常に多い。
少し乱暴な言い方になってしまうが、要するに、企業買収を対象とするのか、株式・債券・デリバティブという資産運用を対象とするのかという違いだ。IBDや戦略コンサルの人間がPEファンドを目指すことはあっても、ヘッジファンドにはなりにくいと考えておくと良いだろう。
情報が極めて少ない、謎めいたヘッジファンドの世界
ここまで、ヘッジファンドを近しいポジションの職業と比べてきたが、その違いは分かっただろうか。とはいえ、ヘッジファンドの世界はもともと非常に分かりにくい。とにかく情報が少ないためだ。
成功報酬をメインとしない、伝統的な運用会社の場合、ブラックロック、アライアンス・バーンスタイン、レッグ・メイソン、フランクリン・テンプルトンなどは上場しているし、上場していなくても、キャピタル、フィデリティ、ピムコといった、公募の投資信託を取り扱っている運用会社は、情報開示の要請が厳しく、一定の情報を公開情報から入手できる。
また、このあたりの伝統的な資産運用会社の場合、普通の外資系金融に強い転職エージェントが外銀(セルサイド)と合わせてカバーしているので、ある程度の情報を聞き出すこともできるだろう。
他方、ヘッジファンドの場合には、非上場、公募投信を取り扱わない。そして小規模であるため、会社情報や転職情報をつかむことは難しい。
ヘッジファンドの年収は「ピンキリ」 運用成績やレベル次第
次は、多くの人が気になっているであろう、年収の水準について見ていきたい。
ヘッジファンドは規模も成績もさまざまで、それに従って年収水準も変わってくる。米国の事例だと、本当のトップは年収1,000億円を超える、まさに桁違いのスケール感だ(資産総額ではなく年収である)。こうなると、ゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレーだって足元にも及ばない。
日本でも、タワー投資顧問という清原達郎氏が創設した小さなヘッジファンドが大成功したが、代表者の清原氏はなんと年収100億円だった(2004年は長者番付制度という高額納税者の開示制度があったため、公開されていたのだ)。
もちろん、これらは極端な成功事例だが、ある米国系ヘッジファンドの日本拠点で最も優れた成績のポートフォリオ・マネジャーは、何年も5億円以上をもらい続けているので、トップクラスはこれぐらいのレベルと言っていいだろう。
ポートフォリオ・マネジャーの年収:数千万円〜数億円
ポートフォリオ・マネジャーとは、どの銘柄をどれくらい買い、どのタイミングで売るかという、投資に関する全ての意思決定を行う仕事だ。上述した通り、ヘッジファンドはもうかった分だけ成功報酬をもらえる。逆に失敗すれば、管理報酬という最低限度の固定報酬しかもらえない。それでも、ポートフォリオ・マネジャーなら数千万円レベルの年収をもらえるだろう。
しかし、ヘッジファンドの場合、ポートフォリオ・マネジャー自身の資産もファンドに投資をすることが多いので、損をした場合、最低限の報酬しかもらえない上、自分の資産まで減らしてしまうことになるのだ。
そんな厳しい世界ではあるが、大ざっぱに言って、運用に成功すれば、ファンドマネジャーは数億円単位のボーナスを得られる。国内系の比較的穏やかな体質のヘッジファンドの場合でも、成功したポートフォリオ・マネジャーの年収は1億円を超えるだろう。
他方、運用がうまくいかなかった場合、外資系の厳しいヘッジファンドだと、本当にわずか1年間でクビになってしまうケースも少なくない。
アナリストの年収:2,000~6,000万円
ヘッジファンドで運用関係の仕事をするのは、ポートフォリオ・マネジャーだけではない。その見習い的なポジションで「アナリスト」という職種がある。
アナリストは、ポートフォリオ・マネジャーに投資情報をいろいろと調べて提供する、お手伝い的な職種であり、20代~30代前半くらいの若手が多い。結果を出して評価されると、ポートフォリオ・マネジャーに昇格でき、運用権限を持てるようになるのだ。
このアナリスト職の年収は、こちらもピンキリなのでレンジは広いが、ヘッジファンドの場合だと、年収2,000~6,000万円とそれなりの高給だ。
しかし、ボスであるポートフォリオ・マネジャーに好かれないとすぐクビになったり、昇格できないまま「万年アナリスト」になったりするので、リスクは結構高いと言える。
ミドル(バック)・オフィスの年収:3,000〜4,000万円
ヘッジファンドも組織なので、運用をする人ばかりではない。金融機関ということで、法務やコンプライアンス職は必要だ。もちろん、経理、人事、総務を統括的に運営できるスタッフもいる。
また、外部資金を運用する場合には、オペレーションやクライアント・レポーティングといった、いわゆるミドル・オフィスに該当する人も必要になる。
このあたりのミドル(バック)・オフィスの年収も、会社のもうけ具合や方針によって、本当にさまざまなのだが、もうかっている米国系ヘッジファンドの場合、経理やコンプライアンスの責任者であれば、3,000~4,000万円くらいもらえるところも珍しくはない。
他方、ミドル・バックオフィスにあまりお金をかけたくないというヘッジファンドもある。その場合、シニアなポジションでも年収2,000万円くらいに落ち着くだろう。それでも、伝統的な資産運用会社よりはるかに高額だ。
ヘッジファンドに就職するには?(ポートフォリオ・マネジャーの場合)
さて、成功すれば30代で年収1億円超えが見えるヘッジファンドのポートフォリオ・マネジャー職だ。どうすればそのポジションに就けるのか、気になる人も多いのではないだろうか。
具体的には、以下の2つのルートがいわゆる「王道」だ。
1:新卒で国内系運用会社の運用職に就く
冒頭のSさんがとったのはこのルートである。
Sさんは早稲田大学の文系学部を卒業し、国内系運用会社の運用職に就いた。ヘッジファンドというと、クオンツ系(※)を想像する人もいるかもしれないが、必ずしもそうとは限らない。日本株の運用で実績を上げ、ヘッジファンドへ転身する人も多い。
(※)……高度な数学的手法を用いて、さまざまな市場を分析したり、さまざまな金融商品や投資戦略を分析したりすること、またはその人たち
Sさんはその後、他の国内系運用会社に転職。そして、現在の小規模な国内系ヘッジファンドへと転職をしたのだ。
Sさんがヘッジファンドに転職したタイミングは、リーマンショックでほとんどのヘッジファンドがやられてしまった後の時期だ。周りに職を失った運用職系の人たちがごろごろしている中、ヘッジファンドに行くのは勇気ある選択だったと思う。しかし、そのヘッジファンドでコツコツと運用スキルを習得し、トラックレコードを積み上げ、現在の成功へと至ったのだ。
これがブレることない、運用一筋のキャリアである。外資系の運用会社は、基本的に新卒採用を行わないので、運用一筋でヘッジファンドを狙いたい場合、最初から国内系運用会社を狙うのが王道だろう。
2:外銀のトレーディング部門に行く
もう1つのルートは、外銀のトレーディング部門に行ってトレーダーとなることだ。Sさんのシンガポール在住の先輩が、このパターンである。
ちなみに、Sさんの先輩は、東大経済学部を卒業し、米国系投資銀行のデリバティブのトレーディング部門に就職した。そして数年後、別の米国系投資銀行に転職し、前職と同様にデリバティブのトレーディング業務に従事した。
ところが、その時にリーマンショックが発生し、なんとリストラされることになってしまった。
その際、たまたま現在の国内系ヘッジファンドに就職することとなり、新たな挑戦をすることになったのだが、その後の運用実績は良好。途中にギリシャショックとかいくつもの波はあったが、うまく潜り抜けて、5~6年もすると、1億円プレーヤーになることができた。
もっとも、外銀のトレーディング部門に新卒で採用されるのは超難関だ。そこに採用してもらえれば、ヘッジファンドに行かなくとも1億円プレーヤーは狙えるだろう。
ただ、外銀トレーダーからヘッジファンドというのは、わりとよくあるキャリアなので念頭に置いておくのも悪くない。
ヘッジファンドの世界を目指す「裏の攻略法」
ベンチャー起業での成功を除けば、年収1億円というと、外銀のフロント職位しか思い浮かばないのではないだろうか?
しかし、運用会社の世界でも十分に上は狙える。外資系運用会社やヘッジファンドが新卒採用を行わないから、知られていないだけなのだ。
ところが、就活生に国内系の運用会社を勧めてもあまりいい顔をされないことが多い。国内系の運用会社というのは、銀行、証券、保険の子会社で、給与水準も全般的に親会社の八掛けと低めだし、そして何よりも「就職偏差値」が低いからだ。
確かに、運用のプロフェッショナル、ヘッジファンドのポートフォリオ・マネジャーを目指して、国内系運用会社に行った場合、外資系の運用会社やヘッジファンドに転職できるまでの期間が長くて、つらい部分もあるかもしれない。
他方、国内系運用会社の場合、リテール営業のようなリスクがなく、ワークライフバランスは大変優れている。また、何といっても「ハイスぺ就活生」からすると、比較的、内定を得やすい(なお、ファンドマネジャー職採用は難関だ)。
このあたりは、人の価値観次第だが、ヘッジファンドの世界を目指してみたいと考えるならば、こういった選択肢もあるということを覚えておいてほしい。
▼将来のキャリアを考えたい方には、以下のコンテンツもおすすめです。
転職サイト「ONE CAREER PLUS」では、中長期のキャリア創りをサポートするため、転職経験者ら社会人の実際の転職体験談を掲載しています。
外銀で働いた後のキャリアなどが気になる学生は、以下のサイトをご覧ください。
・各社の転職体験談を確認する(別サイトに遷移します)
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※こちらは2019年12月に公開された記事の再掲です。