総合商社の仕事は大きく2つ、「事業投資」と「トレーディング」だ。
巨大事業に出資し、パートナーと共にビジネスを推進する事業投資に憧れる学生は少なくないが、その業務内容を詳しく知る学生はそう多くないだろう。
今回は新卒で総合商社に入社し、1年目から投資業務に関わってきた大学時代の先輩に話を聞いてみた。取材を通じて見えた、事業投資部署の業務や若手社員のリアル、そしてエリート商社マンが抱える意外な悩みについてお伝えしていきたい。
<目次>
●事業投資に憧れ、トレーディングを軽視する学生は「アホ」
●「意味を感じない業務も結構あるね」上司に振り回される若手のぼやき
●下積みが嫌なら、上司から面白い仕事を奪えばいい
●エリート商社マンのたった一つの後悔「ジェネラリストを選ぶ意味を考えておけばよかった」
●商社内定の秘訣(ひけつ):「社員のノリ」をつかむためにOB訪問を使え
事業投資に憧れ、トレーディングを軽視する学生は「アホ」
鉄鉱山の事業投資を担当する彼のことを、ここでは鉄鋼さんと呼びたい。
<鉄鋼さんのプロフィール>
・全国的に有名な私立中高一貫校、有名私立大の経済学部出身、祖父・父も商社マンという絵に描いたようなエリート
・大学では強豪運動部に所属。競技よりも、飲み会と宴会芸に明け暮れたという
・事業投資を通じて0→1がやりたいと考え、総合商社に入社。現在は社会人3年目
鉄鋼さんは、出資している関連会社と本社をつなぐことをミッションとしている。投資部隊の若手社員の仕事は、関連会社の「モニタリング」や「支援」だ。
モニタリングとは、関連会社が立てた計画と実績との間にズレがないかを確認する「予実管理」、プロジェクトの経済合理性や法律的な問題がないかを分析する「リスク管理」などをさす。また、関連会社が親会社に上げる稟(りん)議書づくりや資金繰りの手伝いが「支援」である。
日頃の業務内容を難解なファイナンス用語とともに語る鉄鋼さん。学生相手のOB訪問ではここまで込み入った話はしないらしいが、相手が社会人の私ならば容赦ない。ファイナンスにうとい私は話をそらすために、「事業投資の仕事に興味を持つ学生が訪問してくることも多いんじゃないですか?」と尋ねてみた。
「投資業務に憧れて、トレーディングを軽視しているような学生も多いよ。でも、はっきり言ってそんなやつはアホだね」
そもそも、なぜ現地の資源開発会社は日本の総合商社から投資を受けたがるのか? と彼は問う。
日本の総合商社が出資を検討する資源案件は儲かるので、そこに投資を希望する会社が世界中から集まってくるはずだ。つまり、投資を受ける側からすれば、選び放題なわけである。その中でもあえて総合商社の出資を受け入れる理由は主に2つあるという。
一つはファイナンス面の魅力。資金調達能力が高い総合商社は大規模な投資が可能だし、信用力も高いので、低金利などの有利な条件でファイナンスを組成できる。また、商社が案件に絡んでいると日本の政府系金融機関から好条件で融資を引っ張って来れるというのも、資源開発会社からすると美味しいらしい。
もう一つはマーケティング力。商社はトレーディングを通じ資源市場を深く理解している。資源を採掘しても売り先がないとやっていけないが、商社と組めば日本のメーカーや事業会社、電力会社とのネットワークを生かし、資源の売り先を発掘できるのだ。
「トレーディングを軽視するというのは、総合商社の重要なファンクションを否定してるのと同じこと。若手ならともかく、マネージャークラスになると、トレーディング業務を経験して資源関連のマーケットに精通してることは不可欠になる。だから俺も次はトレーディングをやりたいと思ってるよ」
「意味を感じない業務も結構あるね」上司に振り回される若手のぼやき
華やかな商社ライフを送る鉄鋼さんだが、商社ならではの苦しみを感じることもあるという。
「上の意向に現場が振り回されがちだし、あまり意味を感じない報告業務も結構あるね。大企業だから仕方ないんだけどさ」
同じような報告資料を何度も作らされるなど、社内報告が多いことに若手社員は嘆いているようだ。上司がパートナー企業の重役と会食に行くたびに、鉄鋼さんは資料づくりに追われている。若手には投資先と意思決定者である上司をつなぐという働きが期待されてるから、どうしても報告事が多くなる。大企業ゆえに階層が多く、動く金額も多い投資部隊では仕方ないことらしい。
また、この取材の前日も鉄鋼さんは徹夜をしていたそうだ。頑張って資料を作ったものの、締め切り前夜に「やっぱ英語に直しといて」と上司から言い渡されて対応に追われていたという。最初から英語で作れと言わなかったのは上司の不備のような気がするが、彼の語り口を聞く限り、そんなことは日常茶飯事であるようだ。
このように投資部署の若手は地味なデスクワークに追われる一方、自らの裁量でお客さんと交渉できるトレーディング部門の若手はわりと楽しそうにしているようだ。年次に関わらずお客さんに気に入ってもらえれば勝ちという世界だし、生きのいい若手のエピソードも少なくないという。
「俺の先輩は左右で違う革靴を履いて、気が付かないままお客さんのところ行ったの。そしたら向こうの偉い人にめちゃ笑われて、それで仕事取ってきたらしい(笑)」
下積みが嫌なら、上司から面白い仕事を奪えばいい
気になる学生も多いであろう「商社は下積みが長い問題」について、鉄鋼さんはどう思っているのか聞いてみた。
「下積みは長いよ。特に、事業投資の仕事は『下積みが必要な仕事』だからね。例えば資源の案件なら、数百億円規模のプロジェクトだったりするわけ。常識的に考えて、そんな仕事を若手が最初から裁量持って回していけるわけないじゃん」
まだ実力が足りない若手に裁量がないことには、鉄鋼さんも納得しているようだ。先日、鉄鋼さんはエクセルのちょっとした入力ミスをしたそうだが、このミスによる帳簿上のズレはなんと6億円分。上司が気づいたため大ごとにはならなかったが、こっぴどく叱られたらしい。金額が大きいゆえに小さなミスも許されないのが投資案件。若手に任せられないのは当然なのかもしれない。
しかし、逆に言えば、実力さえあれば若手でも大きな仕事を任せられるということだ。中には20代後半ながら実質1人で海外の事業投資を任されているツワモノもいるらしい。その人は、若手の中でもぶっちぎりで優秀。年中海外を飛び回り、徹夜で仕事をするタフネスを持ち、人当たりもいい。鉄鋼さんは彼のことを「はっきり言ってバケモノだ」と語る。
「たしかに年次が低ければ雑用を任されることも多いけど、それ以外の時間でもやりようはあるよね。空き時間や休日に地道に勉強して実力をつけて、上司の面白そうな仕事を奪っていけばいい。下積みの仕事だって勉強になることがたくさんある。『下積みばっかりでつまらない』ってのは、ただの努力しない言い訳だな。そういうやつはきっとどんな会社に行っても何もできないよ」
エリート商社マンのたった一つの後悔「ジェネラリストを選ぶ意味を考えておけばよかった」
生まれも育ちもエリート、有名私立大の学生、おまけに体育会だった鉄鋼さんは就活で無双したそうで、今の会社も第一志望だったらしい。そんな彼も、決して今の会社に入ったこと後悔しているわけではないが、自らの就活を振り返ると一つだけ思うことがあるという。
それは
「ファーストキャリアに、ジェネラリストを選ぶ意味を少しでも考えておけば良かった」
ということだ。
「商社マンって、やっぱりジェネラリストなんだ。本当に専門的なところは、スペシャリストに外注している。例えば俺はファイナンス関連も担当しているけど、財務モデルを作ったりするのは社外のスペシャリスト。鉱山の操業状況みたいな専門的な情報に詳しいのもスペシャリストだから、俺たち商社マンは彼らから情報を聞きまくるしかない」
また、鉄鋼さんは投資銀行や事業会社から商社に中途入社してきた社員を見ると、複雑な気持ちになると言う。ジェネラリスト集団である商社の中に、その道の専門家が入ってくれば、大きなバリューを出せる。前職での経験を買われてやってきた中途社員は、往々にして活躍しているらしい。
その上、決まった役割を期待されている中途組は、「配属リスク」とも無縁だ。特定の領域・特定の仕事に特化するスペシャリストと比べると、ジェネラリストのキャリアは会社の都合や運に依存しがちなのではないか、と鉄鋼さんは言う。
そんな彼は、商社志望の学生にこうアドバイスする。
「IBDや弁護士みたいなスペシャリストのキャリアを歩む人に話を聞いた方がいいと思うよ。自分にどっちが向いてるか、話を聞くことで分かることもあると思うから」
邪推かもしれないが、彼の中にはスペシャリストに対するコンプレックスがあるのかもしれない。完璧なキャリアを歩んでいるように思える鉄鋼さんでさえも「隣の芝が青く見える」という事実に、社会人の悲しい性を感じてしまう、といったら言い過ぎだろうか。
余談ではあるが、商社パーソンがスペシャリストとして大活躍できる企業もあるそうだ。
海外には商品のトレードを生業とする「トレーディングカンパニー」なる企業があり、資源や食料などのトレーディング部署の人がこれまでの経験を買われて転職することがあるらしい。このような企業は世間では無名だが、腕次第では大金を稼げるという。商社でトレーディングを極めようと思っている学生は、転職先として検討してみてはいかがだろうか。
商社内定の秘訣(ひけつ):「社員のノリ」をつかむためにOB訪問を使え
学生の皆さんからすると、やはり「どうやったら商社に受かるのか」は気になるところだろう。最後になってしまったが、現役商社マンから見た商社に受かるコツをお伝えしたい。
鉄鋼さん自身は就活生時代、OB訪問をうまく利用して各社の社風理解に努めていたという。
「OB訪問は、各社の社員のノリをつかむのにちょうどいい。最初のうちはいろいろ準備してから行くべきだけど、慣れてきてからはノリ重視(笑)。準備しなくても、その場のノリだけで会話が続くようになったら、その会社の社風を理解したことになるんじゃないかな。面接でも話がはずむと思うよ」
また、OB訪問を受ける側になってみて、学生が気をつけるべきことも分かってきたそうだ。
「OB訪問は学生の評価がついてることも少なくない。特に、食事代を会社側が出す場合は、ほぼついてると思っていい。でも、OB訪問で会うのは面接官じゃなくて現場社員だから、よほどの失礼がない限り、OB訪問の印象でバツがつくことはないだろうね」
「回数稼ぎ、いわゆるスタンプラリー目的で訪問に来たやつはすぐ分かる。『面接対策のため、話す内容に不自然な点がないか、社会人の目からアドバイスが欲しい』みたいに、目的意識があるといいね。この1時間をあなたから学ぶために使います、みたいな学生が来ると、こっちとしても協力したいなって思うよ」
「絶対忘れちゃいけないのは、やりとりの丁寧さ。忙しい中時間を割くわけだから、アポ取りはスムーズにやってほしいし、遅刻とかほんとやめてほしい。そういう基本的なところは一番大事だし、そこがいい加減な学生は面接本番でもバレちゃうと思うよ」
最後に、「学生に伝えたいことはありますか?」と聞くと、鉄鋼さんは苦笑いしながらこう答えた。
「学生って、『他社に比べたうちの社風』を知りたがるよね。俺もよく聞かれるし、『自分がどの商社に合ってるか?』を知りたい気持ちも分かる。でも、他社で働いたことがないので、聞かないでください!」
*
いかがだっただろうか。
「鉱山の開発」とか「化学品のトレーディング」とか、事業レベルの興味や憧れで総合商社を志望する学生は多いと思う。しかし、私自身、社会人になってからは「日々、誰とどんな業務をやり、何を感じているのか」をよく理解することは結構大切だと感じる。「会社」がどんな事業をやっているかも重要だが、個々の社員がやっているのは「日々の業務」だからだ。
商社パーソンにOB訪問をすると、自分が携わる巨大事業の内容を誇らしげに語ってくれると思うが、「具体的にはどんな業務をやっていますか?」「最近うれしかったことや悩んでいることはありますか?」など、日々の業務に突っ込んだ質問をすると面白い話が聞けるかもしれない。
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【執筆協力:下原マヤ】
(Photo:tankist276, Marjan Apostolovic/Shutterstock.com)