人生100年時代といわれる中、就活生のみなさんは今仕事をしている人たちよりも長く働くことになるかもしれません。一方で、テクノロジーの進化が「人間の仕事を奪う」ともいわれています。
このような時代に、自分の市場価値をどう高めていけば良いのか、日本IBMで人工知能(AI)製品の技術営業を担当している田中孝さんに聞いてみました。
<この記事の見どころ>
●ビジネスパーソンの市場価値は「コアバリュー」と「スキル」の2つに分けられる
●スキルはあくまで「水物」、これからはデータとAIを使い倒す人材になる必要がある
●IBMには「常に一歩先の未来を作ってきた」自負がある
●あらゆる場面で「考える」。解釈こそが自分の価値を高め、AIに勝る武器になる
──田中さんは現在、日本IBMのAI関連製品における技術営業のトップという立場と伺っています。具体的にはどのようなお仕事をされているのでしょうか?
田中:分かりやすく言えば、さまざまな企業のお客さまに「AIを活用して、業務改革や新規事業の開発を行いませんか」と提案する立場です。技術営業ということで、ITの知識を生かしながら営業を行います。
私は、5年前からIBMのAI製品「Watson」に関わっており、これまでさまざまなお客さまのAI活用をお手伝いしてきました。日本企業は世界に比べて、AIの活用が遅れていると言われることもありますが、活用できたときの「伸びしろ」は大きいと考えています。
田中 孝(たなか たかし):2002年、日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、日本IBM)に入社後、主に流通・小売・物流業の顧客のソリューションデリバリーに従事し、ソリューション適用コンサルティングやアーキテクチャー・デザインを担当。2015年8月にWatson事業部に異動後、IBMのAI製品「Watson」を使ったさまざまなプロジェクトをリード。2017年にWatsonソリューション・デリバリーチームのリーダーに就任。2018年7月にWatsonソリューション部長を経て、2019年1月よりIBMクラウド事業本部 Data & AI事業部 テクニカルセールス 部長を務める。
──AIというと自動運転などのイメージもありますが、企業がAIを活用する場面を具体的に教えてください。
田中:そうですね。工場の機械が故障しそうな予兆を検知してお知らせしたり、クレジットカードの不正利用を推測したり。本当にさまざまな領域に活用できます。私が関わってきた5年間でも想像を超えるスピードで技術が進化しました。今やどんな企業でもAIを活用できる状況になったと言っても、過言ではありません。
こうした急激な変化についていくのは大変なのですが、とてもチャレンジングで面白い仕事だと思います。
ビジネスパーソンの市場価値は「コアバリュー」と「スキル」の2つに分けられる
──田中さんはIBMに入社をしてからもうすぐ20年と伺っています。その間、ご自身の「市場価値」を高めるために、どのような点を意識してきたか教えてください。
田中:どのような点を意識してきたかの前に、まず、市場価値をどのように捉えているかをお伝えします。
私自身は人材の市場価値を「コアバリュー」と「スキル」の2層構造でイメージし、それぞれを磨いてきました。コアバリューは、それまでの経験で培われたその人の「真の実力」と言い換えても良いかもしれません。スキルとは文字通り、技術やビジネスの技能・知識のことですね。
このコアバリューをベースとし、その上にどのようなスキルをのせているかで、その人の市場価値が形成されると考えています。
──なるほど。「2層構造」ですか。面白い考え方ですね。田中さんご自身はコアバリューを磨くために、どんなことを心がけてきましたか?
田中:常に期待以上の結果を出すことを心がけてきました。与えられたミッションに対して、言われた通りに応えるのではなく、必ず独自の視点や期待されている以上の成果を打ち出すように心がけています。そうすれば自ずと「こいつに頼んで良かった」と思ってもらえますし、コアバリュー、つまりは真の実力も磨かれていくはずです。
──期待以上の成果を上げる、ですか。簡単ではなさそうですね。そのために必要なこと、田中さんが行ったことがあれば教えてください。
田中:期待された以上の成果を出すために必要なのは、「自分自身に期待されている責任範囲をしっかりと理解すること。チーム全体を見渡して穴に気づくこと。そして、それに対して積極的に対処すること」でしょうか。
「穴」とは、チームの各メンバーが自身の持つ責任範囲において作業をしたとしても、うまく回らない部分のことです。役割分担を明確にし、責任範囲を決めていたとしても、どうしても穴は生まれるものだと思います。ここに気付くこと、そして積極的に対処することが、期待された以上の成果を出すために必要なことだと私は考えてきました。
──穴に対処する、とは具体的にどういうことをするのでしょう。
田中:例えば、あるプロジェクトで海外からメンバーを一定期間日本に招いたことがあったのですが、しばらくして、プロジェクト全体として、そのメンバーのスキルをうまく活用しきれていない状態、つまり「穴」の存在に気が付きました。
当時はそこまで英語が得意ではなかったのですが、このプロジェクトを成功させるため、自ら海外メンバーと日本メンバーの橋渡し役になりました。言語の問題はもちろんのこと、プロジェクトの進め方や考え方などにおいても両者で意見が異なり、苦労も多かったです。
しかし、そういった差異を理解し、海外メンバーがスキルや経験をプロジェクトに対して提供できるよう支援し、結果としてプロジェクトが成功したことは今でもよく覚えています。
──「自分の責任範囲ではない」と見て見ぬふりをしなかったのですね。コアバリューがある人とない人だと、どのような差が生まれますか?
田中:仕事の経験値で確実に差が生まれます。先ほどの例においては、橋渡し役として対応した経験が、グローバルチームと密にコミュニケーションをはかることに対する苦手意識を払拭(ふっしょく)することにつながりました。
周りを見渡してチーム全体の課題を特定し、そこに積極的にチャレンジすることで自分の経験値を高めていく。結果として経験値に大きな差が生まれる。これがコアバリューのある人とない人の差だと思います。
スキルはあくまで「水物」、これからはデータとAIを使い倒す人材になる必要がある
──スキルという点ではどうでしょう? 昨今はスキルを得て自らの市場価値を高め、変化の激しい時代を乗り切ろうと考える就活生が少なくありません。
田中:確かにスキルは仕事や勉強を通じて得られるものですが、そこにこだわりすぎると、市場価値という観点では、逆にリスクが大きくなると考えています。
──え、そうなのですか?
田中:特にIT業界の場合、スキルの価値は世の中のトレンドに大きく左右されます。
正直にお話しすれば、世間のAIに対する注目が高まっていることもあり、私自身、現在ヘッドハンティングのお話を大変多くいただいています。ですが、AIのブームが去ったら、「AIを担当している人」へのヘッドハンティングの話は減るかもしれません。要するに「水物」の側面があるのです。
また、私自身、AI活用に関わる中で、さまざまなスキルがAIに代替されていく可能性を見てきました。皆さんも「AIに仕事が奪われる」といった話を一度は聞いたことがありませんか? この傾向は今後さらに進んでいくはずで、せっかくスキルを身につけても、価値が失われてしまうかもしれないのです。
──なるほど、「スキルは水物」。そんな時代において、田中さん自身が注目しているスキルがあれば教えてください。
田中:まず、ソフトスキルという観点では、コアバリューの話で触れたように、このような時代だからこそ、積極的に自分の伸びしろを広げようとするマインドセットが重要だと思います。
また、ハードスキルという意味では、間違いなく「データ」と「AI」を活用できるスキルが求められると思います。全員がデータサイエンティストになる必要があるという意味ではなく、データから洞察を生み出すモデルを作る、AIの業務への活用領域を見いだす、といったことが強く求められるようになってきています。
──多くの仕事で、データとAIの活用スキルが重要になってくると。
田中:その意味でも、若いうちからITを学べる環境に身を置くことを、学生の皆さんにお勧めしたいですね。
IBMは「ITを学ぶ」という意味では、非常に良い環境だと思います。市場価値を高め、これからの社会で生き残り、活躍できる人材になるために必要な考え方や経験を得られる場所ではないでしょうか。
──市場価値から話がそれますが、そもそもIBMって何をしている会社なのでしょう? IBMは普段の生活の中で目にすることが少ない分、「事業がよく分からない」という学生も多いと思います。
田中:IBMはITを使って、社会や企業が抱える課題を解決している会社です。日本IBMは企業向けの事業がメインですから、学生の皆さんにはイメージしにくい部分は多いと思います。個人向けの事業よりも動くお金が大きく、規模の大きな仕事に関わりやすいという特徴もあります。
──規模が大きい分、裁量が少なくなってしまうということはありませんか? ベンチャー志望の学生など、若くから活躍したいと考える人も増えています。
田中:確かに新入社員や学生さんたちからベンチャーを志望しているという声を聞くことが多くなりました。どちらが良い悪い、ではなく、ベンチャー企業の事業規模は大手企業と比べると相対的に小さいため、その中で大きな裁量権を与えられたとしても、実際にできることは限られていることがあると聞きます。
一方、大企業は一見すると、社内で与えられる裁量はベンチャー企業と比べて小さいように見えますが、もともとの事業規模が大きいので、実際に与えられる責任範囲はかなり広くなります。特にIBMはグローバルカンパニーなので、その傾向は顕著ですね。
──若手でもそうなのですか?
田中:はい。何か新しいことをする際には国内のチームだけなく、海外のチームとも密に連携しながらプロジェクトを進めていきます。私が関わっているAIの領域もそうですね。「世界ではこういう方針で売っていきたい、日本ではどうですか?」という感じで。
日本IBMには、こうしたグローバルビジネスの醍醐味(だいごみ)を若いうちから味わえる機会がたくさんあります。どんなに若くても世界戦略に関われる、こういう企業は少ないと思います。
IBMには「常に一歩先の未来を作ってきた」自負がある
──グローバルなIT企業というと、最近ではいわゆる「GAFA」が目立っていますよね。こうした企業に比べてIBMが優れているところはどんなところなのでしょう。
田中:そうですね。少し抽象的な表現になってしまいますが「一歩先の未来の姿を提示し、コンセプトを作って世の中を動かす」ところは、優れていると思います。
──どういうことですか?
田中:IBMはAI製品「Watson」を展開するときに「コグニティブ・コンピューティング」という新たな概念を打ち出しました。人から与えられた命令を処理するだけではなく、あたかも人間のように、自ら理解、推論、学習するシステムという意味です。
この概念は競合他社にも受け入れられ、AI技術が進化する1つの方向性として、業界全体のムーブメントを生み出しました。「製品ありき」ではなく、製品を使って実現する「あるべき世界の姿(To Be)」を先に打ち出し、その実現に必要な事業戦略や製品、サービスを具現化していくという順番をとっています。
目指すべきゴールが常に明確になっているので、私たち社員も、自身の仕事で迷う場面があまりありません。1950年代に世界初となる商用コンピューターの開発に成功して以来、IBMには常に一歩先の未来を作ってきたという自負があるのです。
──それはすごいですね。ある意味、世界規模でベンチャー企業のようなビジネスの進め方をしている。
田中:ただ、こうした「ビジョン先行」の進め方は、お客さまから見ると「言うことは立派だけど、まだ製品やサービスが追い付いていないのではないか」と捉えられてしまうリスクもあります。
従ってIBMが目指す世界観と、そこに至るまでのストーリーをしっかりお客さまにお伝えし、理解と共感を得た上で、同じ方向を目指して一緒にビジネスを作り上げていく必要があります。
あらゆる場面で「考える」。解釈こそが自分の価値を高め、AIに勝る武器になる
──IBMに合う人の特徴みたいなものはありますか?
田中:「多様性を認められる」というのは必須ですね。価値観の違いがイノベーションの源泉であるという考えが浸透しています。事実、プロフェッショナルとして、結果さえきちんと出していれば、性別やその他の属性によって、社員の評価に差が生まれるようなことはありません。
──それは確かに「フェア」を徹底した施策ですね。そういう意味では「成果主義」という面が強いのでしょうか。
田中:米国企業のように「結果が出なければ即アウト」というわけではなく、仮に期待通りの結果が出なかったとしても、マネージャーが改善策を一緒に考えていくような仕組みです。社風としては、「外資と日系の中間」あたりをイメージしてもらえればいいかと思います。
結果以外の部分はとても自由です。働き方も社員それぞれのライフスタイルに合わせて柔軟に選べるようになっています。私は現在、幼い子どもを育てているのですが、夕方早めに仕事を切り上げて、子どもたちが寝てから仕事を再開するという働き方ができています。
フレックス勤務制度も30年前から導入していましたし、テレワークも20年以上前から実施していました。新型コロナウイルスの感染拡大に際しても、極めてスムーズに全社テレワーク体制に移行できました。
──(話を戻しまして)田中さんがご自身の市場価値を高めるために、スキルの面で意識してこられたことを教えてください。
田中:そうですね。プロジェクトには多くの人々が関わります。国内外問わず、というケースも増えていますし、今後ますますそうなっていくと思います。その中でしっかり自身の価値を発揮していくためには、やはりコミュニケーション能力がカギを握ります。私自身、「コミュニケーション能力を培おうとする姿勢」も大事にしてきました。言い換えると、多くの人たちの中で自分の活躍できる場所を見つけ、自分の成果を社内で共有し、つないでいける力のことです。
また、ITの世界は日々新しいものが生み出されていますから、常に新しいものを吸収してチャレンジできるマインドセットも必要だと思います。加えて、自身のスキルを常に高めていこうという意識やモチベーションがないと、すぐに置き去りにされてしまうでしょう。
ただ、必ずしも学生時代にコンピューターサイエンスや統計学を学んでいないといけないというわけではありません。実際に、私自身も学生時代は文系でしたが、今はこうやってAIの仕事に深く関わっています。大事なのは、入社後にいかに意欲的に学び、周囲とうまくコラボレーションしながら、自身が輝ける場所を見いだしていけるかという点にあると思います。
──ありがとうございました。最後に就活生に向けて何かアドバイスがあればお願いします。
田中:日本IBMのオフィス内には、IBMのモットーである「THINK」の文字があちこちに掲げてあります。私はこのモットーがとても好きで、あらゆる場面で「考える」ことを意識するようにしています。
知識やスキルを習得する際も、単にその内容をそのまま受け取るだけではなく、自分なりにきちんと考えて解釈することが、自分の価値を高めることにつながりますし、AIに人間が勝る部分だと思っています。学生の皆さんもぜひ、普段の学生生活の中で、何か気になることを見つけたときに「とことん考える」習慣を身につけてみてください。
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【ライター:吉村哲樹】