古くは適職診断から、「エニアグラム」や「mgram」など、自己分析に役立つといわれるツールはさまざまなものがあります。最近は、AI(人工知能)が自己分析を助けてくれる──なんてサービスも登場するほどで、それだけ、自己分析に苦戦する学生が多いということなのかもしれません。
中でも、最近急に注目を集め始めたツールに「ストレングスファインダー」があります。これは、米Gallup社が開発した才能の診断ツールで、日本でもビジネスパーソンを中心として徐々にその名が知られつつあります。
自らの強みを知る、という点では自己PRなどにつながりそうな内容なのですが、あまりその活用法について情報がないためか、ツール本来の狙いとは異なる形で使われているケースも少なくないのが現状です。
就活にストレングスファインダーを正しく使うには、一体どうすればいいのか。2019年8月、東京・池袋で就活生15人を集めたイベントが開かれました。
ストレングスファインダーを受けると、一体何が分かるのか?
そもそもストレングスファインダーとは、米国の調査会社Gallupが、50年以上にわたる、さまざまなビジネスパーソンへのインタビュー結果や、ポジティブ心理学などを基に開発したビジネスツールです。
ストレングスファインダーでは、人の持つ約5,000の才能を34種類に分類したものを資質(Theme)と呼んでおり、30分ほどのWebテストを受けると、上位5つの才能を提示してくれます(追加料金で34位まで表示させることが可能)。例えば、人や物、情報などの収集に優れる「収集心」、考えたことをすぐに行動へと移せる「活発性」といった項目が出てきます。
※34種類の資質の一覧。大きく4つのグループに分けられる
テストを受けるには、『ストレングス・ファインダー2.0』などの書籍を購入してアクセスコードを入手するか、Web上でアクセスコードを購入する必要があります。TOP5の資質の並び方は3,300万通りもあり、文字通り「あなただけ」の才能だと言えるでしょう。
イベントで講師を務めたのは、Gallup公認のストレングスコーチである楠麻衣香さん。「ストレングスファインダーは強み(Strength)を見つけるためのツールではありますが、テスト結果で出てくるのはあくまで才能。これで分かるのは、ついやってしまうことやワクワクすることなど、個人の価値観や行動パターンです」と話します。
Gallupで定義している「強み」というのは、「特定の作業において、ポジティブな結果を一貫してほぼ完璧に生み出す力」と定義されています。資質というのは、あくまでその強みになる可能性を持った要素に過ぎません。
また、資質は常にプラスに働くわけではなく、マイナスに働くこともあります。
例えば、自分の考えをストーリー性豊かに言葉にできる資質「コミュニケーション」。うまく使えばプレゼンテーションなどの場面で生きる可能性がある一方、上手な表現を求めすぎるあまり、必要以上に相手に言い過ぎてしまうというネガティブな可能性も持ち合わせています。
テストで出た結果が、そのまま自らの強みや長所になるわけではない──この点を把握していないと、次で示すような「勘違い」を起こしてしまいます。
ストレングスファインダーは「適職診断」ではない
楠 麻衣香(くすのき まいか):2003年、中央大学 総合政策学部卒。経営コンサルティング会社、外資系研修会社を経て人材開発コンサルティング業界へ。営業・マーケティング・新卒採用などに携わり、大手・中堅企業の人材開発支援を行いながら自社の組織づくりに従事。2016年から若手人材開発事業の立ち上げの中で、ゆとり世代特徴コラム「いまどき若手の5つのメンタリティと10の成長力」を発表、めざましテレビにも出演。現在はストレングスプロデューサーとして、一人一人の強みを引き出すワークショップやプロデュースを行っている。
よくあるストレングスファインダーに対する勘違いに「適職診断」に使ってしまう、というものがあります。「『収集心』があるから(ないから)、◯◯職に向いている(向いていない)」というような考え方ですが、先ほどの説明から、これが間違いだということはお分かりいただけると思います。
また、別の視点からも「この捉え方は安直だ」と楠さんは警鐘を鳴らします。
「ストレングスファインダーのテストで出た結果というのは、今、自分が使っている才能や武器であり、若いうちはいかようにでも変わる可能性があります。私自身、社会人になってから強みが大きく変わったメンバーを何人も見てきました。
就活が終わり、就職して1〜2年は可能性や限界が広がっていく時期。まだまだ伸びしろがあるのに、自分の可能性を狭めにいくのは、ちょっと早すぎるのではないかと危惧しています」(楠さん)
ストレングスファインダーは、あくまで才能を知り、能力を開発していくためのツール。さまざまな仕事や状況に対して、自分が持っている手札(能力)でどう戦うかを考えることが大きな目的です。採用や評価といった場面には向きません。マーケターが欲しいから◯◯の資質がある人を集めよう、という発想もナンセンスです。
ストレングスファインダーは、自己分析の扉を開ける「取っ手」
では、就活や自己分析において、どのようにストレングスファインダーを使えばいいのでしょうか。楠さんがオススメするのは、テストで出てきた才能を基に、過去のストーリーや価値観をあぶり出していく方法です。
「トップ5の結果をヒントに、自分が大事にしていることや過去の成功体験を引き出していくのがいいでしょうね。ストレングスファインダーは、自己分析の扉を開ける取っ手だと思います。自分の得意技やモチベーションが上がる環境、それによって周りの人も幸せにできる自分がいる……ということを探すツールとして使うのがいいと思います」(楠さん)
また、ストレングスファインダーは自分の「喜怒哀楽」を知るきっかけにもなると楠さん。
「自己分析って、突き詰めると自分の喜怒哀楽だと思うんですよ。何にワクワクして、何が許せないのか。でも最近、新人研修などをやっていて思うのが、今の若い人はSNSの影響もあってか、マイナスの感情を発信したり、触れたりするのを避けるようになっていると思います。
出さないならまだしも、自分が気付かないように蓋(ふた)をする。だから、私たちの時代の自己分析よりもつらい作業になっているのではないでしょうか。ストレングスファインダーは、こういうことならいつまでもやっていられる、こういう行動をされるとモヤモヤする……といった感情を捉えるトレーニングにもなると考えています」(楠さん)
「あるべき姿」を演じて入社しても、社会人になってから後悔する?
今回のイベントを仕掛けたのは、就活生コミュニティ「就活ブランディングポート」代表の安藤奏さん。
オリエンタルランドで人事として、採用から育成に関わっていた中で、若者の自己肯定感の低さに課題を感じていたことが、コミュニティの立ち上げや今回のイベントにつながっていると言います。
「就活ブランディングポートを立ち上げたのは、学生さんたちによりどころを作りたいという気持ちが大きかったからですね。就職活動は答えもなく不確実なものです。その中で、自分の価値を知らずに就職活動を迎え、本質的な自分と向き合うというよりは、誰かにとっての正解を基に自分を形作っているケースが多い。それが自己肯定感の低さにもつながっていると思います」(安藤さん)
安藤 奏(あんどう かなで):株式会社オリエンタルランド 人事部にて人財教育および採用戦略から人事制度設計に従事し、会社表彰受賞。独立後は、大手企業向けに社員研修を行い、年間40社以上の若手育成に携わる。一方で完全無料の学生キャリア支援団体「就活ブランディングポート」の代表を務め、「自己肯定感不足」という現代就活生の課題解決を支援する。
最近、就活生でもテストを受ける人が増えてきているストレングスファインダーですが、テストの結果をそのまま自己PRに使ってしまったり、本に書いてある文章をそのまま転記して、自分の志望動機に入れてしまったりと、本来の使い方とは異なるケースが多く見られているそうです。
「自分自身が何をやりたいか、自分自身の持ち味は何かという点を明確にし、自分のありたい姿を描く。ストレングスファインダーはそのきっかけになるものだと思っています。しかし、最近は『ありたい姿』よりも『あるべき姿』を追い求める風潮が強くなってきているように感じています」(安藤さん)
とはいえ、内定を目指そうとすると、志望する会社をベースにした「あるべき姿」に寄ってしまう心理は不思議なことではない。ただ、そうして会社に入っても、「社会人になってから苦労する」と安藤さんは言います。
「自分が人事になって感じたことですが、会社に入ってからやりたいことや、社会人としてありたい姿が薄いと、モチベーションが低下してしまいやすいですね。ありたい姿を貫く方が、個人的には内定は近づくと思っています。それってブランディングですよね。この団体もセルフブランディングが大事という意図で作っています」(安藤さん)
変わり続ける自分を楽しむための「自己分析」であれ
安藤さんによると、就活生の自己分析の実態として、そもそもやっていない学生も少なくない一方、不安に駆られて自己分析本を読む、モチベーショングラフを作る、自分史を作るといったように、さまざまなツールに手を付ける人も多いそうです。
しかし、出てくる結果は全部違うし、そこから何を見いだせばいいのか分からなくなる人も多く見てきたと安藤さんは言います。
「要素の洗い出しが終わり、さまざまなピースが手元にある状態でも、そこからどう各々のピースをつなげればいいのか分からなくて詰んでしまう子たちが多いな、という印象です。そして自分でどうにもならなくなると、有りものの志望動機などに頼ってしまう。他者と協力して掘り下げるなど、他己分析のような視点が不足しているのかなと思います」(安藤さん)
また、自己分析でハマってしまう学生の特徴として、「正解があると思っている」ということを安藤さんは挙げました。就職活動における自己分析は、あくまでも現時点での仮説に過ぎません。しかし、さまざまなツールを試しながら、正解を求めてしまうと、どんどん息苦しくなってしまうのです。
「自分というのは、働く中で変わったり、ある人に出会って新しい切り口に気付いたり、どんどん変わっていくのがむしろ健全です。仮説を持ち、社会人と会いながら検証していって、仮説をよりシャープにしていくという考え方に切り替えると、もう少し就活生も自己分析に対する気持ちが変わってくるのかなと思います」(安藤さん)
次々と変わっていく自分を楽しみながら、その時々の感情や意思決定を大切にすること。これは就活のみならず、社会人になってから豊かなビジネスライフを送る際に、非常に大切なことです。世の中の変化が激しくなっている今、自己分析という作業は、変わり続ける自分の「イマ」を捉えるツールとして、新たな位置付けを得ようとしているのかもしれません。
「正解がないじゃないですか、今の時代って。社会人になっても、誰も正解を与えてくれない中でビジネスをやっていかなくてはいけないというときに、最後はやはり自分でこれが良い、悪いと決めていかなくてはいけませんよね。
でもその答えをいつまでも外側に求めていると、結局自立できないまま終わってしまう。自分で決めて自分らしいキャリアを歩んでいくために、一番大切なのは、自分の感情や価値観をきちんと捉えていることだと思うんです。だって社会人になると、基本的に理不尽なことばかりですから(笑)」(楠さん)
【特集:人生100年時代、『自己分析』は本当に必要か】
<我究館 熊谷智宏氏>
・「この10年で劇的に変わった」『絶対内定』著者が語る、自己分析に起きた変化とその理由
<法政大学 田中研之輔氏>
・自己分析など不要、学生はもっと戦略的にキャリアを考えよ──気鋭の大学教授が唱える「新・就活論」
<「就活ブランディングポート」代表 安藤奏氏>
・「ストレングスファインダー」は自己分析の扉を開けるカギ──適職診断に使ってはいけない理由とは?
<前田裕二×箕輪厚介×熊谷智宏 対談>
・自己分析でライバルと差をつける、最強の思考法
※こちらは2019年8月に公開された記事の再掲です。