ここは京都祇園の歓楽街。
芸舞妓(げいまいこ)さんたちがつかつかと下駄(げた)を石畳に打ち鳴らす音が響く道沿いに、僕が勤めていたバーがある。その店は、ある時には政治家が選挙対策を、ある時には一流企業の社長たちが非公式な会合を、またある時には芸能人がデートに訪れる。今宵も、多くの人々が憧れる会社のバッジを付けた男たちが酒を求める。社会的地位、年収、やりがい。世間から「勝者」と呼ばれる者が集まる場所だ。
GW終盤の出張帰り、久しぶりに店に寄ってみると、いつにも増して大きな声が店内に響く。自分よりも年下の会社員から貫録あるオジさんサラリーマンまで、6人があーでもない、こーでもないとキャリアや就活について大激論。
OBである僕は『田原総一朗』になり、老いも若いも朝までキャリアを語り明かす「朝生」を始めたのだった。世代によって、意見が大きく割れた就活論。後半戦は就職活動に対するアドバイスからスタートだ!
→前半戦はこちら
<登場人物紹介>
Aさん:大手金融機関の部長、55歳。大学時代はラグビー部で活躍。TOEICを受けたら200点台だったが、それでも部長にまで上り詰めた。
Bさん:外資系金融に勤務。51歳。大学、新卒の就活ともに失敗し、入社した証券会社で落ちこぼれ。しかし、そこから大逆転して名だたる外資金融に転職する。
Cさん:メーカー企業課長。48歳。就職氷河期に大手家電メーカーに就職。当時、学生人気度ナンバーワンだっただけに、今も鋼の愛社精神を持ち続ける。
Dさん:テレビ局員、35歳。テレビ全盛期に入社したものの、急速に進むマスコミ離れに危機感。当時は花形の職業だったのに、今や「オワコン」扱いされることも。
Eさん:ITベンチャー勤務の28歳。当時伸びつつあったベンチャーに入社し、あれよあれよと会社が拡大。最近は同窓会でモテるポジションになりつつある。
Fさん:コンサル1年目の23歳。学生時代からインターンを行う意識高い系。「これからは職能を付けて生きていく時代」という言葉に影響され、迷うことなくコンサルへ。
「学生のうちは遊んどけ」「即戦力が欲しい」 それって矛盾してない?
アサキ:それでは、これから就職活動をするお子さん、後輩がいたら、どんなアドバイスをしますか?
A(大手金融機関部長):就職活動で大事なものは、OB訪問と成績表のA(優)だろ。人事部が「大学名はともかく、ウチはこれで足切りする」って言ってたな。それと「学生の本分である勉強や部活動などをやりきらないと、ちゃんとした社会人にはなれない」と息子にもよく言ってたよ。
B(外資系金融):そりゃあ、海外留学とか専門知識が身につく修士、博士とかがいいのかなと思うけど、ある程度のレベルまでいったら完全に地頭とか度胸の世界だから、少なくとも外資系金融なら英語やっとけ。でもそれだけでいけると思うなよ、としか言えないな。大学生のころから何か始めるくらいなら、何もしていない人とそんな大差ないと思うね、僕は。やるなら小学生から英才教育受けてなさいよ、と思います。
C(メーカー課長):Aさんが仰る通り、学校の成績は大事だね。留学なんかもいいと思うけど、やっぱりOB訪問や説明会への出席は大事だと思うよ。特に熱意とかは、訪問人数や出席回数とかでしか可視化できないし。
内定辞退は、学生が思ってる以上に、業務で採用をするわれわれからするとおっかないことなのよ。子どもが高校生なんだけど、「大学に入ったら遊びでも勉強でも、学生だからこそできることをしなよ」って言ってるね。まとまった休みももうないわけだし、海外旅行でも課外活動でも、とにかく何かに打ち込んでほしいな。
E(IT企業):失礼ですけど、はっきり言って、学生に「未練がないくらい遊んで、やりたいことをやれ」って言うのは、ナンセンスじゃないですかね。インターンという制度を作った、社会人の皆さんがそんなことを言うのは困りますよ。
会社が仕事に使える具体的なスキルや経験を持つ即戦力を学生に求めるから、これからの子どもたちは皆さんの仰る「学生らしいこと」をやりたくても、就職するためにそれができないわけですから。だから僕は、後輩たちに良い思い出を作ってほしいなと思いつつも、やっぱりインターン行け、資格取れ、留学行け、って言いますね。
D(テレビ局員):うちの子はまだ小さいから皆さんのように具体的には言えないですけど、うーん。まぁ、Eくんの主張も分かるけど、やっぱり学生の時に何かしらやりきったことって大事だと思うんだよね。学生のときの実務につながりそうな知識や経験って、Bさんも少し言っていた通り、「しょせんは素人知識だ」となることもたくさんあるわけだよね。
B(外資系金融):そうそう。働いてから振り返ると、つくづくしょうもないものだと感じる。
D(テレビ局員):俺も学生監督やって映画作って、「まぁひととおり脚本、音楽、カメラできますよ」的なことを思って入社したけど、まあこれが全く通用しない。恥ずかしいぐらいのプライドを持っていたなと。
後輩ちゃんたちにも、生半可な業界知識を持って、調子に乗るくらいなら、まっさらで来てくれと思う(笑)。ただ、僕の場合で言うと、映画を撮っていたことで学んだスキルはないけど、楽しかった思い出など、その時の人脈は今でも大切だなって思うよ。
F(コンサル):僕の世代でも、Eさんのように「学生のうちに経験積むべし」って考えの人が多いと思いますし、僕もだいたい同意です。でも、社会人のまねごとをだらだらやるんじゃなくて、遊びというか、趣味の時間も学生らしくやっとくことが大事だなと思います。
先輩から聞いた話なんですけど、アパレル企業の若手2人がアメリカ出張に行ったとき、学生のときに買い付けやったり、ECサイトを作ったりしていた人より、服のことは詳しくなくとも、大学時代ずっとアニメ見ていた人の方が、現地の社員とアニメの話で盛り上がって仲良くなって、信頼されたって話を聞いたんですよね。
それに仕事が人生の全てじゃない。仮に学生時代に5カ国語を極めて、司法試験も公認会計士も合格して、無敵の市場価値を得ても、それが幸せなのかは分かりませんよね。それなら友達ともいっぱい遊んで、恋もして、趣味をして、社会に出たときに仕事がつらくなっても、支えてもらうものを見つける場所探しに費やしてもいいんじゃないかと思います。
C(メーカー課長):よく言った! イマドキの若者だと思ってたけど、僕らの気持ちも分かってくれてるじゃない!
アサキ:そもそも、若者とオジさんの関係も、大企業とベンチャーのように対立構造で考えるのもよろしくないことですよね。本来、いろんな年代が一致団結して仕事をするのが理想的なわけですし。少し脱線しましたけど、やっぱり若いお2人のほうが、大学時代にインターンや資格の取得など、業務に何かしら関わる経験はされた方がいいというお考えですね。
E(IT企業):転職なども活発になって、「働くこと」について考える時期が早まったことで、やはり学生の時からキャリアを考え、それに向けて資格や学ぶ学問を決めて、インターンで経験を積むという今の流れは、やっぱり当分続くと思いますよ。
結局、人は何のために働くのか?
アサキ:いい感じで酔っ払ってるので、クサいこと聞きますけど、結局「働く」って何なんですかね。
A(大手金融機関部長):仕事は自己実現するためにある! 会社はアイデンティティのため! もし宝くじが当たったとしても、俺はなんだかんだ言って働くだろうなぁ(笑)。
B(外資系金融):僕も昔は「お金のため」って言ってたけど、そんなんじゃ仕事って続けられないしね、実際。小さいながらも誰かに感謝されたり、自分を表現できたりする喜びを求めるために働くんじゃないかな。
C(メーカー課長):働くのが当然だと思ってたから、先輩方のようにカッコいいこと言えないなぁ。でも、やっぱり生きるためにしていると思う。だから仕事で「成長したい」っていうセリフは本当に嫌い。
D(テレビ局員):僕らメディアは特殊だから、共感してもらうのも難しいかもしれないけど、自己満足だよね。会社の名前がないと信用がないから取材もできない、キャスティングもできない、機材を買う金もない、でも番組を作りたい。こんな考えを持っている人たちが「番組を作る」という共通目的のために、他のいろんなイヤなことを分担して、我慢して一致団結しているイメージかな。
E(IT企業):社会にインパクトを残したいからです。自分の作ったサービスで喜んでもらうと、僕が生きている価値が生まれる。それがほしいから仕事をしています。
F(コンサル):就活生のときはEさんのような理由でしたけど、少し働いてみると、やっぱり「生きるため」だなって。ニュアンス的には「生き『残る』ため」のほうが正しいかもしれない。現職は第一志望の職種と企業ですけど、それでもやっぱり仕事ってイヤですよ。したくないですもん。
それでも食っていくために僕はスキルを学んだり、結果を出したりしていると思います。奥さんや子供を育てるためのお金のことを考えると、きれい事なんて言ってられないですよね。
A(大手金融機関部長):それを独身のおまえが言うかよ。
アサキ:皆さんいろいろな理由がありますね。僕の周囲でも、収入や職場環境、健康状態によって、これは大きく変わっていると思います。個人的に思うのは、理由を探す余裕があるなら、あえて分かろうとしなくてもいいと思います。忙しいときにふと「俺、何のために仕事しているんだっけ」と思い返して、感傷に少し浸って、元気になるきっかけになればいいんじゃないでしょうか。
最初に皆さんと会ったとき、オジさんは頭堅くて話通じないな、若手は青臭いこと言ってるのかな、とこうやってお話をするのを正直ためらってましたけど、お話できてよかったです。ありがとうございました。
C(メーカー課長):こうやって若手ともざっくばらんに話す機会があったら、お互い気持ちよく仕事できるんですかね。
F(コンサル):僕も上司に誘われたら、基本的に断らずについて行こうと思います。
A(大手金融機関部長):でも、いざとなったら人事部に「パワハラ」とか言うんだろ……。
E(IT企業):やっぱり年の差は根深いな。
アサキ:エモい雰囲気になったので、最後の質問でバシッと締めてください。来世はどんな仕事をして、どんな社会人になりたいですか。
A:沢口靖子の旦那さん
B:石田ゆり子の靴下
C:広末涼子に永久就職
D:安達祐実と結婚して専業主夫
E:北川景子のヒモ一択
F:広瀬すずちゃんに養ってもらいたい
アサキ:皆さん真面目に答えてくださいよ。僕は森高千里様と結婚して専属スタイリストになりたいです。
D(テレビ局員):江口洋介には、程遠い顔立ちだよなぁ。
キャリア問題の難しさ、そして、僕が「オジさん」になっても
気が付くと、朝日が出て小鳥のさえずりが聞こえる。A部長がくれたタクシーチケットを握りしめ、酒臭い男たちが一人、また一人と玄関から出て行く。アルコールに汚されたここでの話なんて、ICレコーダーを再生しないと、きっと思い出せない。それでもいいという謎の充実感があった朝だった。
酩酊した頭で考えると、誰も口には出さずとも、何となく仕事は突き詰めると自己満足、自己実現につながっていそうな気がする。酒を飲めばみんなダメな大人になるんだ。就職偏差値や年収ランキングが記載された雑誌のページはビールで浸してしまえ。
「デカい会社に行けばそんなにエラいのか。名の知れた会社にいないと組めないローンも結婚相手もこっちから払い下げじゃ」。Eさんがトイレに向かうときにつぶやいた独り言が胸に響く。
「誰もが成長しなければいけないのか。てめぇが成長するために会社はないし、何をやっても成長くらいするわ」。そんなCさんの恨み節も耳に残っている。キャリア問題は、世界と他人と家族を巻き込みつつも、結局は「自己満足」が焦点になるから本当に難しい。
森高千里は「オバさん」になったときの不安を27年前に歌い上げた。
「私がオバさんになっても本当に変わらない? とても心配だわ あなたが 若い子が好きだから」
現在、御年50を越えてもバリバリミニスカートを着こなして大活躍中。「オバさん」になっても美貌で若い子に負けず、そもそも「オバさん」になったかすら不明。あの名曲は杞憂(きゆう)となった。果たして僕がオジさんになっても、きちんと充実した仕事をしているのだろうか。とても心配だわ。
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(Photo:CRAFT24 , ra2studio,yuttana Contributor Studio/Shutterstock.com)
※こちらは2019年8月に公開された記事の再掲です。