※ 前編はこちら。
検証作業は難航していた。集めた情報は定性的な部分が多く、数字による検証に耐えられるものではなかったからだ。
我々は論点を2つに絞って、データによる検証を試みた。
「商社の“中”には、ダイバーシティは存在しない」 そう言い切る、現役社員
1つ目の論点は、こうだ。
「商社にダイバーシティは存在するのか?」
確かに、ほとんどの商社では、ダイバーシティ(多様性)を重視している。“ダイバーシティマネジメント”と称し、性別や国籍の違い・多様な価値観を持つ社員が在籍しているとうたっている企業もある。では、実態はどうか。
結論からいうと、「ダイバーシティがあるとは言いづらい」ようだ。
例えば、最大手の某総合商社を例に取ってみよう。ワンキャリ編集部の内定者データベースによると、以下のようだ。
内定者数:190名(総合職:約160名、一般職:約30名)
大学別(内定者数):東大京大一橋で30%、早慶で40%を占める
男女比(社員数):男性が75%に対して、女性は25%(総合職・一般職含む)
女性の管理職比率(社員数):8%
果たして、これはダイバーシティがあると言えるのだろうか?
まず、上記5大学だけで内定者の70%という状況は、幅広い大学の学生を採っているとは言いづらい。(参考までに、他商社も上記5大学だけで内定者の69%を占めるところがあり、同様な傾向にある)
あるいは女性の管理職比率8%はどうだろうか。
これも高いとは言いづらい。例えば、内閣府が出している、“管理職に占める女性の割合”では日本全体で約12%だ。8%という数字は平均より4ポイント下回っている。
現に、とある総合商社に勤める現役社員はこう言い切った。
「商社の“中”にダイバーシティなどないです。同じようなバックグラウンドを持って、その組織の合う人がほとんど。みなさんの中にも、三菱商事と言えばこんな人、三井物産といえばこんな人、伊藤忠と言えばこんな人。というイメージがあるでしょう? それこそが同じような人が集まっている証拠だと思います。」
ダイバーシティに最も大事なのは“違いを楽しみ、違いを愛すること”
商社は業務上、ステークホルダー(利害関係者)が多い。1つのプロジェクトで、多国籍チームを組むこともあると聞く。あるいは近年では、外国人採用を積極的に行っている総合商社もあると聞く。
だが、一方で課題も多い。総合商社は何十年も同じようなバックグラウンドを持った人材を採用してきた。その商社が、いきなりダイバーシティに最も大事な、“違いを楽しみ、違いを愛する”ということが出来るとは思いづらい。ダイバーシティという名の下で採用された、“ユニークネスを持った学生”が入社後苦しむ姿は想像にたやすい。
商社に、トップの学生が集まるようになったのは最近?
2つ目の論点は、「元々、総合商社は凡庸な学生がいく場所だったかどうか?」だ。
これは結論からいうと、どうやら違う。
40年近く前から、総合商社は優秀な学生を採用するチャンスがあったようだ。例えば、リクルートが出している「就職ブランド調査」で、総合商社は40年にわたり、常にランキング上位(20位)に居続けている。さらに言えば、1968年には伊藤忠商事が全体で1位、74年には三井物産、82年には三菱商事が全体1位だ。会社間での上下はあるもの、常に上位にいる。そしてこの傾向は、その他の就職ランキングでも見られる。
もちろん、「就職ランキング=優秀な人材が多い」とは必ずしも限らない。しかし、それは現在でも同じ理屈のはずだ。言い換えれば、「40年近く上位にいる商社が、今は優秀な学生が取れているが、昔は採れなかったはず」というのは説明が難しい。
よって、反論の余地はあるものの、現時点では「商社は優秀な学生を採用するチャンスに昔から恵まれていた」と見なすのが妥当だ。
企業に上下はなく「どのお金の稼ぎ方に、自分が一番共感できるか?」でしかない
ワンキャリ編集部・商社担当チームの面々は、ここまでの意見をまとめ上げ、編集長KENへ提出した。
記事に目を通したKENは一言。
「で。どうすればいいの? 」
そして、彼はこう続けた。
「この記事を読んだ学生は、“商社のダメなところ”を知れるかもしれない。
でも、それが本当に僕たちが伝えるべきことなのでしょうか?」
まさに、So What?(だからなに?どうすればいいの?)ということだろうか。
コンサルティングファームに入ると常に言われる言葉だ。
KENは続けて、以下のような論旨を述べた。
就職活動に正解などない。どの企業が上で、どこが下であるということや、日系より外資が上だということなどは存在しない。だからこそ、多くの学生は“なんとなくのイメージ”や“出会った人との相性”で決める。しかし、本質的に、“なぜその企業なのか?”を考える為には、「ビジネスの根幹」まで掘り下げないと納得感のある答えなど見えない。
そのビジネスの根幹とは、
「その企業が、どうやってお金を稼いでいるのか?」
「世の中にどういう付加価値を生み出しているのか?」
ということだ。
もはや、我々が明らかにすべき問いは明確になり、最後のまとめ段階に入った。
「タイタニック」が沈まぬよう航路を作り続ける、コンサルタント
コンサルタントは、船の航路を作り続ける「専門職」に近い。
豪華客船が流氷にぶつかって沈まないよう地図を作り続ける。乗組員や客が効率的・安全に航海を行う航路を作ることが、彼らの使命だ。成果は見えづらい。航路自体は「紙」でしかないからだ。よって、地図を作るのにかかった労働時間(工数)に対して報酬が払われる。航海の旅は長い。彼らが真に感謝されるのは、航海が終わる5年後だろう。
成果が見えづらい分、客は彼らに「事前の信頼感」を求める。客に「この人なら大丈夫」という信頼感を与えられない人物は、この仕事には向いていない。
豪華客船に必要な資金を世界中から集め、富の再分配を行う、投資銀行
投資銀行は、豪華客船に必要な資金を集める「専門職」に近い。
海賊王になりたい男がいたとしても、船がなければ航海には出られない。彼らは、その男が投資に見合うかを見極め、必要な資金を世界中の富豪から集める。成果はわかりやすい。「どれだけ多くのお金を集めたか?、どれだけ儲かったか?」だ。これによって報酬が決められる。
誰か1人が大成功すれば、その人の取り分になる一方、誰か1人でも巨額の損失を出すと、それを他の人でカバーするのは不可能な損失になりえる。その為、チーム全体が解散することもある。
船を1から作り上げ、自ら船上に乗り込み、生死を共にする商社
商社は、1から船を作りあげ、船上に自ら乗り込む「ジェネラリスト」に近い。
巨大な財閥からのサポートを背景に、船を作り上げ、自ら船に乗り込む。船上では、荒波やアクシデントがいつ起きるかわからない。したがって、厳格な上下関係、指揮系統が必要になり、仲間割れは許されない。一度配属された船から、違う船に乗り換えることも出来ないのもこの理由だ。
航海は長く、長期的な視点からしか成果はわからない。「明確に誰のおかげで成果が出たか」はわかりづらい。したがって、報酬は安定的で、かつ年功序列がベースにならざるを得ない。
お金が沢山あっても、それでもやりたい仕事こそ、本当にやりたい仕事
「長い夜でしたね……」
すべての作業を終えた我々は、渋谷のとあるハンバーグショップで打ち上げをしていた。
すると編集長KENはこう言った。
「僕が博報堂を辞めた時、とある同期から言われ印象的な話があった」
KENは新卒で博報堂に入り、海外放浪を経験、その後、ボストンコンサルティンググループで働いていた。
彼の論旨はこうだった。
多くの人は、お金が“なくても”続けたい仕事を、天職だと思う。しかし、実際は、お金が沢山あったとしても、それでもやりたいと思える仕事こそ、やるべき仕事だ。なぜなら、お金がなくてもやる仕事は、しばしば自分を説得するための言い訳材料にもなりえるからだ。そんな仕事を新卒の段階でいきなり見つけるのは至難の技だ。だが、ワンキャリアがそのための一助になってほしい、と。
「お金が沢山あっても、それでもやりたい仕事」
私はそのことをぼんやりと考えながら、ビールを飲み干した。