※こちらは2020年2月に公開された記事の再掲です。
「一企業の社長に留まらず、業界全体を引っ張って社会的意義を高めていけるのが真の経営人材であり、三菱商事が考える一人前の商社パーソンです」
特集「転職時代に、なぜ商社」。
第4回で取り上げるのは三菱商事です。
総合商社各社が掲げる「経営人材」という育成方針。その中でも三菱商事を際立たせるのは、「業界をリードして産業を変革する」という覚悟です。同社は自社の事業価値を向上させるのみならず、業界全体の発展にまで貢献できる経営人材の育成を掲げますが、こうした人材育成は一朝一夕で実現するものではありません。より早い成長を望む若手にとっては、長い道のりに思えるかもしれません。
しかし、三菱商事で人事一筋のキャリアを歩んできた渡邉恭功さんは力強く語ります。
強く成長を望む社員であっても、会社がチャレンジングな仕事を与え続けていれば辞めることはない。そんな「社員と会社の真剣勝負」こそが、これからの時代の人材育成だ──。
三菱商事が時間をかけてでも育てたい真の経営人材の姿。そして、今進みつつある人事制度の大改革の内幕を、その仕掛け人が語ります。
<目次>
●毎年10%ずつ上がっていく賃金。中国経済のダイナミズムを前に苦闘した若手時代
●「辞めたいと思ったことは一度もありません」
●目指すは「業界をリードして産業を変革する」経営人材。長い道のりでも、たどりつきたい境地がある
●チームのために、メンバー1人ひとりにリーダーシップを発揮してもらいたい
●働き続けるか? 転職するか? キャリア形成は社員と会社の「真剣勝負」だ
●「背中を見て育て!」はもう古い。最速で経営人材になるための人事制度改革
●自分が何者になりたいかを見つけたい学生こそ、三菱商事に来てほしい
渡邉 恭功(わたなべ やすのり):2001年、三菱商事に新卒で入社し、人事部に配属される。2004年から同社の中国拠点である三菱商事(中国)投資有限公司の人事総務部に赴任し、中国全土の人材採用・育成施策を担当。2008年に本社の人事部に戻り、2014年から評価・報酬チームリーダーを務める。2019年には人事企画チームリーダーに就任し、現在は同社が進める人事制度改革の先頭に立つ。(所属部署はインタビュー当時のものです)
毎年10%ずつ上がっていく賃金。中国経済のダイナミズムを前に苦闘した若手時代
──渡邉さんは新卒で三菱商事に入社されて以来、人事一筋でキャリアを築かれてきました。もともと入社前から人事部門を志望されていたのでしょうか?
渡邉:いえ、そうではありません。総合商社を志望した理由は、「社会的意義の大きな仕事に携わりたい」というものでした。例えば、海外のインフラに関わる仕事などをイメージしていたので、人事部への配属が決まったときには驚いたのが正直なところです。当時は「とにかく与えられた仕事に前向きにチャレンジしよう」という思いで取り組んでいました。
──キャリアの途中で営業部に異動する、という選択肢もあったのではないでしょうか。
渡邉:確かに異動の機会もあったのですが、やはり人事畑でキャリアを作ることを選びました。働き始めてすぐに気付いたのが、商社の最大の資産は「人」であるということ。社員6,000人の力をどう生かすかによって会社全体の業績が大きく左右されますから、人事部は、会社にとって極めて重要な役割を担っています。特定のプロジェクトに直接関わる仕事だけでなく、社員を通じて全てのプロジェクトに関われるというのも、社会的な意義が大きいと思っています。
──では、渡邉さんがこれまで経験された中で、最もやりがいや社会的意義の大きい仕事は何でしたか?
渡邉:入社4年目に、中国に赴任したときですかね。2004年から2008年にかけての4年間、北京に駐在して、中国全土の人事施策全般を担当しました。当時は、ちょうど北京オリンピックに向けて中国経済が急成長していたころ。その波に乗る形で弊社の中国ビジネスも急速に伸びていましたし、現地の社員数も500人から一気に増え800人になりました。
しかし、人事制度は手付かずの部分が多く、現地で採用した社員の退職が相次いでいる状態でした。当時は経済成長により平均賃金が毎年10%ずつ上がっており、報酬体系が経済の実情にまったく追いついていなかったのです。赴任してからは、報酬体系の根本的な見直しを主導しました。
──人事は最前線の仕事ではありませんが、世界経済のダイナミズムを感じられるエピソードです。
渡邉:この仕事が一段落して現地社員が会社に定着するようになったら、次は現地での新卒採用や、幹部社員の育成などを担当しました。何しろ当時はやるべきことが多すぎて、目の前の仕事をこなすので精一杯でしたが、今振り返ると中国経済の成長に微力ながら貢献できたのではないかという自負があります。
「辞めたいと思ったことは一度もありません」
──渡邉さんは、これまで「三菱商事を辞めよう」と思ったことはありましたか?
渡邉:仕事がきついと感じることは今でも多々ありますが、「辞めたい」と思ったことは一度もありません。
──これまで仕事を続けられた理由は何なのでしょう?
渡邉:常に目の前にチャレンジ精神をかき立てられる仕事があり、それに対して全力で向き合い続けて今に至っています。もしそういう仕事を与えられていなければ、ひょっとしたら「三菱商事を辞めたい」と思う瞬間もあったかもしれませんね。
チャレンジングな仕事を目の前にすると「絶対にやってみせる」と意欲を燃やすのは、私に限らず三菱商事の社員の特徴ではないでしょうか。人事としてさまざまな社員と接していると、よくそう感じます。
目指すは「業界をリードして産業を変革する」経営人材。長い道のりでも、たどりつきたい境地がある
──長く人材育成に関わってきた渡邉さんは、「一人前の商社パーソン」をどんな人物だと考えていますか?
渡邉:三菱商事が一人前だと考えるのは、「業界をリードして産業を変革する」経営人材です。「経営人材=社長」と思われることもあるのですが、必ずしもそうではありません。三菱商事が育てるのは「経営マインドを持って事業価値向上にコミットする人材」です。そして、事業価値を高められるのは、ビジネスアイデアを生み出し戦略を練り上げる「構想力」、人を巻き込んで構想を実現まで持っていく「実行力」、そして高い「倫理観」を兼ね備えた人物です。
──なるほどと思う反面、「経営人材」という育成方針は他の商社でも聞きます。三菱商事は他社に先駆け、経営計画としてこの方針を打ち出していますが、御社ならではの要素はどこにあるのでしょう?
渡邉:私たちが理想とするのは、自分が関わるビジネスを伸ばすだけではなく、業界全体を俯瞰(ふかん)してその発展に貢献すること。三菱商事は、全産業と直接関わりながら各業界で高いプレゼンスを有しています。そうした中で、一企業の社長に留まらず、他社とのアライアンスや合併を仕掛けながら、業界全体を引っ張って社会的意義を高めていけるのが真の経営人材であり、三菱商事が考える一人前の商社パーソンです。
新卒で入社したら、5〜10年はどっぷり現場に浸(つ)かってもらいます。現場では商材に向き合って、その業界の専門知識を深めたりマーケティング力などを高めたりするだけでなく、ビジネスや業界全体を俯瞰する姿勢を身に付ける。「この商品の売上を上げる」に留まらず、「この会社とこの会社をくっつけられないか?」と大きな発想で考えられるようになる。こうして「現場のプロ」になったのちに、経営を実践していくのが典型的なキャリアパスです。
──現場のプロになるための、いわゆる「下積み」に5〜10年かかるのは長いと感じる学生もいそうですが。
渡邉:スタートアップの社長になりたいならそれほどの時間はかからないかもしれませんが、やはり「業界をリードして産業を変革する」経営人材には一足飛びには到達できません。まずは現場で経験を積むことで足腰を鍛え、キャリアの軸となる専門性を身に付けてもらいます。
ただ、かつてはここに15〜20年をかけており、「三菱商事は成長スピードが遅い」と学生に思われていたかもしれません。しかし、会社の事業モデルに合わせて、私たちの育成モデルも進化しており、社員の育成スピードを上げていくことは至上命題となっています。そのために現在抜本的な人事制度改革を実行していて、今後もさまざまな育成施策を導入していきます。
──しかし、学生にとって「若手のうちに高度な専門性を身に付け、スペシャリストになる」という選択肢もあると思います。商社パーソンはジェネラリスト的なキャリアとも言われますが、渡邉さんはこれについてどう思いますか?
渡邉:商社パーソンは想像されるようなジェネラリストではありません。そして、そもそも専門性なき経営人材など存在しません。
先ほども申し上げましたが、現場のプロになるとは一つの業界にどっぷり浸かり、高い専門性を身に付けて武器にすることです。三菱商事の社員たちは業界ごとに異なる高い水準のスキル、そして自ら培った構想力と実行力を駆使しながら業界の変革・発展に挑戦し続けているのです。
チームのために、メンバー1人ひとりにリーダーシップを発揮してもらいたい
──近年は転職ありきで就活をする学生も増えています。こうした傾向について、渡邉さんはどのようにお考えですか?
渡邉:今や終身雇用が当たり前の時代ではありませんから、これから社会に出る学生が転職を前提にキャリアを設計するのはごく当然のことだと思います。
実際のところ、弊社から別の会社に転職する社員もいます。転職の理由としては「もっと自分で裁量を持ちたい」「自分が思い描いているキャリアに進みたい」といった声が聞かれます。
──そうした転職理由について、人事担当者としてはどのようにお考えですか?
渡邉:これらの声にはしっかり向き合っていかねばなりません。前者については、なるべく早く若手に裁量をつかんでもらえるよう、育成スピードの早期化に取り組んでいます。
ただ、ビジネスの規模が大きければチームとして意思決定を行うことが多くなるので、やはり若手個人に決定権が下りてこないこともあると思います。そういう場合でも、リーダーシップを発揮するのはリーダー1人だけではありません。メンバー1人ひとりが、何が本質であるかを考え抜いて行動を起こし、それぞれのポジションからチームを引っ張ることもできるのです。個々人が自立的に仕事を成し遂げる力を持ちながら、「For the Team」で動けるのが弊社の組織文化になっています。
働き続けるか? 転職するか? キャリア形成は社員と会社の「真剣勝負」だ
──「自分が思い描いているキャリアに進みたい」という転職理由についてはいかがでしょうか?
渡邉:自身のキャリアを社内だけでなく、社外も含めて検討するというのは自然なことです。考えた末に社外でキャリアを積むことを選ぶ人が出てくるのも、それが考え抜いた結果であれば、むしろ応援すべきだと思います。
しかし、個々の社員のニーズと成長段階に合ったチャレンジングな仕事にアサインできていれば、辞める社員はそれほど出てこないのではないでしょうか。先ほどお話しした通り、私自身もチャレンジングな仕事に挑み続けてこられたからこそ、三菱商事で働き続けています。社員は自身のキャリア形成に本気で向き合い、会社は社員に合ったアサインメントを本気で考える。そんな「社員と会社の真剣勝負」、いい意味で緊張感ある関係を大事にするのが、時代に合った人材育成方針だと思っています。
──では、率直に伺います。もし一緒に働きたいと思う学生が「将来は転職・独立を考えています」と言ったら、渡邉さんはどのように答えますか?
渡邉:「3年以内に100%辞めます」というような学生は、さすがにお断りせざるを得ません。ですが、「いつか辞めるかもしれないが、最初は三菱商事で頑張りたいです」という学生なら歓迎します。「転職や起業を考えていてもいいが、こちらも最大限の成長機会を用意して君を惹(ひ)きつけてみせるからぜひ来てほしい」と声をかけますね。
「背中を見て育て!」はもう古い。最速で経営人材になるための人事制度改革
──三菱商事は2018年中期経営計画で人事制度の改革を打ち出しており、渡邉さんはその先頭に立っています。改革の具体的な内容を教えていただけますか?
渡邉:現在進めている人事制度改革では、「多様な経験を通じた早期育成」「実力主義と適材適所の徹底」「経営人材の全社的活用、ふさわしい処遇の実現」「社員の自律的成長と会社による成長支援」という4つの重点方針を掲げています。
──4つ目の「社員の自律的成長と会社による成長支援」とは、社員の成長に合わせたアサインメントのことですね。
渡邉:はい。会社が個人のキャリアを支援する方法はさまざまですが、弊社では「仕事のアサインメント」こそが最大の支援策だと考えてきました。今回の改革のポイントは、社員自らが思い描くキャリアの希望とアサインメントのマッチングを図り、育成のスピードを最大化しようとしている点です。成長したいという社員の思いに対して、会社はチャレンジングな仕事で応え、そこで得た経験がさらなる成長意欲につながる、そんなサイクルが理想的だと思っています。
──社員がキャリアの希望を表明する場があるのでしょうか?
渡邉:はい。社員と上司が1対1でキャリア形成についてじっくり話し合う「成長対話」という場を年に1回設けています。昔から、人事評価のための面談はあったのですが、個人のキャリアに関してじっくり話をする時間はなかなか取れませんでした。そこで、成長対話は人事評価と完全に切り離し、キャリアについてとことん話し合うようにしています。社員は自分自身のキャリアビジョンを見つめ直し、周囲の同僚から自身の行動に対するフィードバックをもらって内省を深め、それらを踏まえた将来の成長目標を上司とじっくり話してもらいます。
──とても興味深い取り組みですね。総合商社の人材育成というと、「背中を見て育て!」というイメージも強かったのですが……。
渡邉:確かに、かつては「先輩の背中を見て育て!」「異動や配置は会社に任せておけ!」といった風潮があったように思います。トレーディングこそが会社の事業の中心だった時代には育成モデルも比較的明確だったので、こうしたやり方でも問題なかったかもしれません。しかし、現在はさまざまな事業を手掛けており、社員のキャリアも多様化しています。こうした中で、個々人に合わせた多様な人材育成を実現していくことが、社員と会社双方の未来にとって重要になってきています。
自分が何者になりたいかを見つけたい学生こそ、三菱商事に来てほしい
──最後に、この記事を読んだ学生に向けてメッセージをお願いします。
渡邉:これからの時代は、働く人が自分のキャリアを自分で考えることが大事になってきます。学生の皆さんはまだ働いた経験がないので、自分にとってどんなファーストキャリアがいいか分からないかもしれませんが、まずは自分自身にじっくり向き合ってみることから、全てが始まるのではないでしょうか。
ただ、ぜひ覚えておいてほしいことは、今考えていることが全てではないということです。大切なのは一度立てたキャリアプランに固執せず、常にオープンな心で視野を広げ、キャリアについての考えをアップデートし続けることです。三菱商事には「自分自身を高め続けたい」という要求に応え続けられる、多様な成長機会があります。そして周囲には、ともにチャレンジを続ける先輩や仲間がいて、互いに刺激しあい、自分自身の視座を高めていくことができます。これが三菱商事で働くことの大きな魅力だと思っています。
今はやりたいことが見つかっていなくても構いません。ともに切磋琢磨(せっさたくま)し、ともにキャリアについて真剣に考え、「自分が何者になりたいか」を一緒に見つけていきましょう。そして、ともに未来の社会を作っていきましょう。
▼三菱商事の採用情報はこちら
採用情報
▼企業情報はこちら
三菱商事
▼総合商社特集2020:転職時代に、なぜ商社
・【総合商社特集スタート】転職ありきの時代、ファーストキャリアに総合商社を選ぶ意味とは?
・【三井物産】毎日転職を考えている私が、それでも働き続ける理由。モザンビークとマラッカ海峡で見つけた「商社パーソンのやりがい」
・【住友商事】私自身、最初の会社を辞めていますから──中途採用の人材開発トップが考える、「1社で働き続ける意味」
・【伊藤忠商事】「下積み」は2年だけ?採用責任者が語る「裁量が現場の若手にある理由」
・【丸紅】実績こそがあなたの市場価値を高める──異端の人事が語る「キャリアパスとしての丸紅論」
【ライター:吉村哲樹/編集:辻竜太郎/カメラマン:百瀬浩三郎】