──酒の中に真理有り
世界史を学んだ皆さんには懐かしい、宗教家エラスムスの言葉だ。人間は酔うと本音を吐きやすくなるということは、皆さん経験的にご存じではないだろうか?
それは、説明会やインターンで華々しく登場する一流企業の社員たちも同様である。ただ、それを見せないだけ。
ここは日本有数の歓楽街。Googleにさえも載っていない、とある会員制バー。ある時には政治家が選挙対策を、ある時には一流企業の社長たちが非公式な会合を、ある時には芸能人がデートに訪れる。今夜も、多くの人々が憧れる会社のバッジを付けた男たちが酒を求める。社会的地位、年収、やりがい。世間から「勝者」と呼ばれる彼らの「真理」を探るべく、僕はシェイカーを握りしめた。
<今宵の4杯はこちら>
・商社マンの悲哀
・メガバンカーの迷路
・証券マンの後悔
・広告マンの憂鬱
ライター紹介:アサキヒロシ
知る人ぞ知る某会員制バーに勤務する大学生。学生ながら、政財界の大物や芸能文化人たちに今夜もお酒を注ぎ続ける。
彼は完璧な「商社マン」だ。
五大商社で勤務する彼は、ナポリ出身の帰国子女。一流大学の体育会で主将を経験、奥さんはミスコン出場者、子供二人と夏休みはハワイへ旅行。90年代ドラマの登場人物かと思うほどのリア充・オブ・リア充。しかし、片手のバランタイン18年のロックが進むと彼の隠された悲哀が垣間見られる。
「俺、服が好きでさ。本当はフランスみたいな服飾大国とのビジネスがやりたかったんだよ」。そういう彼は、経理部に勤めている。自慢のフランス語はなりを潜め、エクセルの裏技ばかりが磨かれる毎日だ。商社は「背番号制」とよばれるように、新卒で配属された分野を極めていくキャリアが一般的だ。
「会社入るまではイケてたんだぜ」。そうやって見栄を張らなければ、これから数十年と勘定漬けの将来が不安でたまらないのだろうか。彼が一番悔しくなるのは、自分がやりたかった案件の経費を計算する瞬間だという。「でも、もう一度就活してもウチに入社するかな。部署は変えて欲しいけど(笑)」。
実は彼は外資系のアパレルメーカーの内定も得ていた。しかし確実にやりたいことをやれるその企業よりも、配属リスクを伴う今の会社を選んだ。それは、今まで成功し続けた自信がそうさせたのだろうか、業務以上に社名に魅力を感じたからなのか。彼は同窓会で「今仕事何してるの?」と聞かれると、必ず業務内容ではなく社名を言う。このエリートを支えているのは、「何をするか」という実ではなく、「どこに勤めている」という花びらの部分なのだと悟ってしまった。彼の夜は長い。
「説教くさくなったらごめんな」。25歳の彼はそう前置きをしつつ、就活中の僕に語りかけた。
メガバンクに勤務する彼は、いわゆるエリートだ。就活ではあっという間に今の勤務先に内定をもらい、配属も花形支店と、出世街道のスタートラインに立っている。
そんな彼がグラスで光るオーパスワンを傾けながら語るのは、意外な「嫉妬」だった。彼が嫉妬の的にするのは、大学時代の友人だ。就活でメガバンクに全敗し、地方銀行に入行することになった友人。「ウチほどの大学で、しかも体育会にも入っているのに地銀とは哀れだな」。彼は友人を不憫に思いながらも、比べた自分の優秀さに満足感を抱いていた。
転機は入社後。仕事にも慣れてきた頃、インスタで友人が同僚と旅行している写真を目にした。「メガバンと違って地銀は同僚も支店も少ないし、そりゃ仲良くなるよな」。内心羨ましかった。同僚は全国津々浦々に別れ、2年目で1割が辞めるというメガバンカーには、あり得ない光景だ。
「なんだかこれがきっかけでアイツのこと気になっちゃってさ(笑)」。彼は友人に「彼女さんと最近どう?」とLINEを送ってみた。届いた返信は、「結婚するから家買うねん(笑)」。自分より早く結婚することなんてどうでもいい。この歳で家を建てることに驚いた。「俺たちは長くても5年で転勤だから、若いうちにマイホームなんて現実味なくて」。彼は友人の結婚式で恐る恐る仕事の話をしてみた。話を聞く限り、給料や業務のスケールは自分のほうが勝っていそうだった。
しかし、安心したのもつかの間。互いの先輩の話になると、優越感は吹き飛んだ。「今度行くとこの支店長、30代やねん(笑)」。友人は、さもおもしろい話のように語るが彼は全く笑えなかった。「羨ましかったよ。メガバンクだと、支店長はみんなの目指す『ゴール』なんだよね。規模は違うけど、地銀なら若いうちからできるんだなって」
転勤の範囲が狭く、ライフプランも立てやすくなる。若い頃から裁量のある仕事を任せてもらう機会が増える。アットホームな環境。「メガバンクより地銀のほうがいいなんて、思う日が来るとはねえ」。彼の独白を聞いて、「大は小を兼ねる」なんて言えるほど、人生は単純じゃないと気づいてしまった。
カウンターに腰掛ける初老の男性は、ある証券会社の支店長。
関東の大店を任され、「社長も狙える」と噂されるやり手だ。「若さは素晴らしい、でも恐ろしいんだよ」。彼は度数が高いはずの森伊蔵を、水のように吸い上げながら僕に話しかける。学生時代の彼が仕事に求めたのは、お金と強烈な人間的成長だった。ベンチャーや起業という選択肢のなかった当時、彼は自然な成り行きで「金と成長が手に入るであろう」証券会社を選んだ。「どちらも十分すぎるほど手に入ったよ」と彼は言った。一夜にして20億を売り上げた話、バブルの狂乱をまっただ中で体験した話、文字通り命をかけて顧客に謝罪した話。とめどなく語る彼の顔は、誇りと喜びに満ちていた。
「失ったものはもっとあるけどね」。自慢話かと相槌を重ねた刹那、彼はつぶやいた。彼は収入や成長とひきかえに、家庭や趣味、友人を当然のように切り捨ててきた。若い頃はそれでよかった。それが正解だと信じて疑わなかった。けれど今になって、自分の選択が間違いに思えて仕方なくなるという。
離婚当時は「働きやすくなる」くらいに思っていたが、今は元妻と娘が夢に出るという。新入社員の年齢が娘と近くなるにつれ、罪悪感がこみ上げていく。「同僚はライバル」「趣味は仕事」と言い続けてきたが、それも定年というタイムリミットが見えてきた。友人も家族もいない今、彼は酒を酌み交わす相手がいなくなったという。
「青年よ、今欲しいものと、これから欲しいものは変わっていくんだよ。体力も欲望も強さも全部ね」。いかに仕事で楽をするか、早く帰るかばかりを考えるサラリーマンたちも、かつて仕事に命を燃やし、次第に「欲しいもの」が変わっていったのか。盃から溢れんばかりの森伊蔵は、彼の涙だったのかもしれない。
チビチビとヘネシーの水割りを舐める姿は悲壮感の塊のようだ。
彼は今をときめく広告代理店勤務。華やかなイメージと裏腹な表情で、「自分はなんて泥臭くて地味な仕事をしているんだろう、って思っちゃうんだ」とこぼした。芸人と酒を酌み交わし、俳優と旅行に行き、女優と結婚する。彼はそんな世界に憧れて広告の世界に飛び込んだ。ところがどっこい、芸能人と関われる人間はほんの一握り。それも対等な関係ではなく、主従関係のそれに近いという。「普通のサラリーマンよりは目立つ仕事や遊び方もしているけど、メディアに出ている人たちと比べたらね。」確かに彼が入店できるのは、ある俳優の紹介があるからだ。彼の名刺一枚では当店の扉は開かれない。「みんなにカッコイイ! なんて言われてる手前、そう思わなきゃ! って思うんだよね。だから現実とのギャップが生まれるのかな」
酔いが回るにつれ、彼はこんなことをつぶやいた。「テレビ局に行けばよかったのかなぁ」。彼は学生時代、地方のテレビ局にも内定していた。業務内容はテレビ局に惹かれたが、東京生まれ東京育ちの彼にとって、地方に行くのは「都落ち」を意味したし、やはり、「広告マン」の肩書きを逃したくなかった。「代理店の名前が眩しくて、目がくらんじゃったのかもね」。自分の営業という職種に、憧れていた「クリエイティビティ」を感じる瞬間は少ないという。「隣の芝生は青いみたいなもんだよね、きっと」。自分に言い聞かせるようにグラスを傾けた彼は、これから顧客との宴席に向かうという。
──もうすぐ丑三つ時を回る頃。悲しく酔った彼らは、今頃どんな夢を見ているのだろうか。
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