15年連続で増収増益し、時価総額1兆円を突破。一流のビジネスパーソンなら誰でも一度は名前を聞いたことがある「医療業界の巨人」、 エムスリー(M3)。マッキンゼーでパートナーを務めていた代表取締役の谷村氏を筆頭に、多数のプロフェッショナルファーム出身者を抱えます。
今回は、取締役で人事の最高責任者でもある辻高宏氏への独占インタビューを行い、「優秀な若手を活かす仕組み」「M&Aの成功の秘訣」「一緒に働きたい学生像」などに迫ります。
350万人もの医師が登録するサービスを軸に、国内外で17つもの事業展開を行う「医療業界の巨人」
辻 高宏氏:
1991年一橋大学社会学部卒。ファイナンス面から日本の事業の成長を支えたいとの思いで、日本長期信用銀行(現 新生銀行)に入行。当事者として事業の成長に関与したいとの考えが強くなり、1999年ソニーに入社し、財務戦略や経営企画等を担当。2006年、さらなる挑戦のため、当時従業員わずか30名のベンチャーであるエムスリーに飛び込み、幅広い業務を手掛ける。2007年に執行役員、2010年より取締役。現在は事業戦略はじめ、経営管理や人事戦略などを担う。
──本日はお忙しいところありがとうございます。早速ですが、辻さんのご経歴について簡単にお教えいただけますか。
辻:学生時代は「日本産業の発展に貢献できる仕事がしたい」と思い、日本長期信用銀行(現 新生銀行)に就職しました。その後、事業会社に移って自分でビジネスに関わりたいと思い、2004年にソニーに転職しました。ソニーでは財務関係の仕事を中心に行い、2006年にエムスリーに移りました。
──ありがとうございます。エムスリーのビジネスは医療業界の人の中では「知らない人はいない」といわれるほど有名である一方で、学生にとっては「事業内容」が少し理解し辛い部分もあります。まず簡単にどんなビジネスを展開されているかを教えていただいてもよろしいでしょうか。
辻:日本では「m3.com」という医療従事者向けのサイトを軸に17の事業を展開しています。
m3.comは、医療に関する最新ニュース、会員専用コミュニティ、独自コンテンツなどを会員様向けに提供しているプラットフォームです。現在、約25万人の医師が「m3.com」に登録しています。海外も含めたエムスリーグループ全体では、350万人の医師が利用しています。
展開する事業の代表例としては「MR君」「治験君」や、海外事業などでしょうか。
17%の時間に、90%の営業費用を投下。この「ねじれ」にIT化で切り込んだことがコア事業「MR君」の成長要因
──代表例の中でも、更に1つ具体例をお伺いしてもよろしいでしょうか。
辻:創業期からコア事業の1つである「MR君」がその一例です。旧来MR*の方々が、医師や薬剤師を訪問し、対面で案内していた医薬品に関する情報をネット上で双方向にやりとりできるようにしたのが、「MR君」というサービスです。
この「MR君」は医師と製薬会社の双方にメリットをもたらしました。具体的には、医師にとっては医薬品の最新情報へネット上で簡単にアクセスできるようになりました。そして、製薬会社にとってはこれまで非効率な部分があった、医師・病院へのマーケティング活動を効率化できるようになりました。
*MR:医薬情報担当者(medical representativeの略)。薬についての知識や情報を医師や薬剤師に提供する製薬メーカーの担当者
──「MR君」はこれまでIT化が遅れていた医療業界に「IT」を持ち込めた事例なんですね。そもそも、この「MR君」というサービスがコア事業にまで成長した背景をお伺いしてもよろしいでしょうか。
辻:2つあります。1つは、医師には、「ITによる効率化」の素養があったことです。そもそも医師の方々は理系であり、最新のテクノロジーにも詳しく、IT・ネットに強い。そして、医師は多忙です。医師の活動の中には「ITの力」で効率化できる部分がまだまだありました。
もう1つは、製薬会社と医師の間に存在する「時間とお金のねじれ」です。製薬会社はMRの人件費などに対して、1.5兆円ものお金を費やしています。これは製薬会社が使う営業コストの約90%に相当するものです。
製薬会社が莫大な営業コストをMRへ投資する一方で、医師がMRの方々に会う時間は、医師の情報収集にかける時間全体のわずか17%。要するに、17%の時間に、90%のお金が使われているのです。このような「時間とお金のねじれ」をITの力を使って少しでも解消すべく当社は事業を展開して成長を続けています。
エムスリーの強さの源泉は、高い専門性が生む「参入障壁」と、マッキンゼー/BCG/ゴールドマンなどの出身者が30名以上という事実が示す「人材の質」
──MR君を中心に、他の事業も成功を収められて、わずか15年という短い期間で時価総額1兆円越えを成し遂げられました。更に日本のサービス産業において、海外で成功を収めている企業は稀有です。その成功の秘訣をお教えいただけますでしょうか。
辻:1つ目は「高い専門性」です。医療の中には高い専門性が求められる領域がいくつもあります。ある事業で貯めた知見をもとに別の領域の事業に展開していく。するとまた新しい知見が貯まる。こうして医療全体に関する専門性を高めることができます。これが大きいと思います。
──業種特有の専門性ですね。他にはありますでしょうか?
辻:2つ目は「人材の質」でしょうか。弊社は、マッキンゼーやBCG(ボストン コンサルティング グループ)などの外資系戦略コンサル、ゴールドマン・サックスやJ.P.モルガンなどの外資系投資銀行の出身者が約30名以上在籍しています。他にも、IT企業・大手メーカー・シンクタンク・金融の出身者など、多様なバックグラウンドを持つメンバーが多数います。これは、優秀な人材を採り、その上で彼らが活躍できるフィールドを用意し続けてきた結果です。
またプロフェッショナルファーム出身者が多いこともあり、「入社した年次ではなく、提供した付加価値によって仕事が評価される」という文化が根付いていることも、新たに優秀な人材を惹きつける上で大事な要素だと思います。
若手にも「活躍する余白」を残す環境:30代前半でカンパニーの社長として経営の最前線へ
──なるほど。魅力的だと思う一方、私が学生なら有名企業出身者が多いなか「自分が新卒で入り、活躍できる場所があるのかな?」と心配になりそうですが……。
辻:私が経営陣として注力しているのは「フリースペースを作ること」です。フリースペースとは、自分が手を挙げたら仕事を任せてもらえる環境が社内にあることを指します。「活躍する余白」とも言い換えられるでしょうか。
エムスリーは今、既存の事業それぞれが拡大する中で、会社としてやりたいができていないことが沢山あります。ですが、人が足りない。こういう状況ですので、年齢、経験に関係なくいくらでも仕事に挑戦できる環境がここにはあります。
──具体的に若手の方が活躍されていると感じるような事例はありますか。
辻:例えば、「カンパニー制」でしょうか。社内に「カンパニー」と言われる20〜30人単位で構成される組織があります。カンパニーごとに独立してビジネスの意思決定を行うため、この組織自体がひとつのベンチャー企業と言い換えられます。
各カンパニーには、カンパニープレジデントと呼ばれる社長がいます。このカンパニープレジデントは30代前半の社員が務めています。そして、プレジデントとしてエムスリーの役員と同等の意思決定を行っています。
弊社ではチャレンジして結果を出し、若い時からカンパニーのトップとして経営の最前線で働いている社員がいます。手前味噌にはなりますが、そういった意味ではフリースペース、つまり若手にとっての「活躍する余白」をうまく活用できる環境があると言えるのではないでしょうか。
エムスリーの巧みな海外展開の裏には、「M&A専門部隊」と、少人数で高利益を出すネットビジネスのノウハウをリアルへ転用できる「経営ノウハウ」
──もう1つ、エムスリーの事業展開を見ていて感じるのは、「巧みな海外展開」です。近年はM&Aも積極的で、外から見る限りは成功を収められていると感じます。その成功の秘訣をお聞かせください。
辻:重複になりますが、1つは優秀なチームです。投資銀行・コンサルティングファーム出身者中心に構成されるM&Aの専門部隊があります。この10名程度の少数精鋭チームの存在が大きい。
もう1つは、これまで蓄積されてきた「経営のノウハウ」の注入にあります。M&A後は、PMI*がとても重要なのですが、ここにも我々の経営ノウハウが活きていると感じます。エムスリーの経営ノウハウを駆使して、買収した企業を短期間で黒字化し、エムスリーグループ内でシナジーを効かせてさらに成長させることができています。
* Post Merger Integration(ポスト・マージャー・インテグレーション):M&A(企業の合併・買収)成立後の統合プロセスのことを指す
──「経営ノウハウ」として、一番大事なことはなんでしょうか?
辻:「ネットとリアルを融合したビジネスモデル」を推進していることですね。
エムスリーは元々「m3.com」というプラットフォームを持ち、インターネットサービスを展開することがメインのビジネスでした。そのメインビジネスに2010年頃からリアルビジネスを融合させ、事業間シナジーの最大化を図り、新しいビジネスモデルを構築しています。
このネットとリアルを融合させた新事業モデルを構築するという戦略は、医療分野に限らずインターネット業界においても先頭を走っていると自負しています。次に、その戦略に沿った効果的な一手を打つために、鍵となる経営指標の目標を数値化します。その上で、効果的な手を打つための課題について優先順位をつけて、着実かつ素早く取り組み続けます。
また私たちのM&Aの特長として挙げられるのは、買収前の既存の経営陣やスタッフと共にビジネスを推進し業績を上げていくスタイルであること。結果的に多くの事業内容がガラッと変わり、利益は2倍から10倍以上に改善しています。
M&Aによる海外進出は、事業提携と現地法人立ち上げの失敗から見出した「最適な道」
──なるほど。海外進出する際には基本的に「M&A」を前提に置かれているのですか?
辻:そうですね。しかしながらここに至るまで失敗もありました。米国ではまず社員1人でアメリカに乗り込み自力でプラットフォームの構築を試み、次に現地法人とのアライアンス(事業提携)を実施するなどしましたがなかなか進みませんでした。最終的にはM&Aを行い、そして米国事業を軌道に乗せることができました。
現在ではM&Aにより資本関係を結んで、海外に事業展開していく手法がエムスリーでのスタンダードになりました。M&Aにより資本を入れることでスピード感を持って経営を行えるようになるからです。中国進出の例も同様です。
M&Aによる海外展開を前提にできるようになったのは、これまでの海外進出の経験のおかげでもあります。先にもお伝えしたように現地の経営陣やマネジメントスタイルを尊重することで、それぞれの国でそれぞれのやり方に任せられる、エムスリー流の経営ノウハウが貯まってきたことが挙げられると思います。
震災の時に感じた、エムスリーで働くことの「社会的意義」
──会社としての規模が大きくなり、辻さん自身が、「エムスリーが大きくなったことの意味」を肌で感じられたケースをお教えいただいてもよろしいでしょうか。
辻:沢山ありますが、例えば3.11、東日本大震災のときでしょうか。3.11のとき、日本の医療のライフラインは「どこにどれだけの薬や医療従事者が必要」というのが分からない状態にあったのですが、「m3.com」によって薬や医師などの過不足の情報を共有できるようにしたことで震災現場の医療の最適配置に貢献できました。このとき、日本において「医療情報のインフラ」としての役割を果たせたと感じました。
そのほかにも2010年頃から取組んでいることですが、薬を開発するために欠かせない「治験」*においてネットとリアルの融合を推進し、世界初のサービス「治験君」を生みだしました。
*治験:製薬会社で開発中の薬や医療機器を患者や健康な人に使用してもらい、データを収集し、有効性や安全性を確認する試験。
治験は実施にあたり、参加者を集める必要があるのですが、これが大変時間がかかるプロセスでした。この「治験の参加者集め」の部分をネット(m3.com)の力で効率化することで薬の開発コストを削減することはもちろん、薬を必要としている患者さんへより早く薬を届けることに繋がりました。
具体的には、日本部分を担当したあるグローバル治験では、製薬会社が症例登録期間(治験に必要な被験者を集める期間)に33カ月必要と想定していたのに対し、異例の20ヶ月、かつ欧米に比べても早いスピードで被験者を集めることに成功しました。
エムスリーの企業としての存在意義は、医療業界において多岐にわたり日本全体を支えている気概を持てると感じています
「視野を広げ、視点を高くする経験なのか」ネームバリューだけではなく、どんな経験ができそうかで企業を選ぶ
──新卒採用についてお聞かせください。学生に求める要素にはどのようなものがございますか。
辻:経営者的な高い視点・自律的な思考と行動力・謙虚さを兼ね備えている人と一緒に働きたいと感じます。自分の人生で何かを成し遂げようとするとき、誰だって必死になるでしょう。そうした姿勢を仕事においても発揮できるような人材が欲しいですね。そうすれば自然と視点も高くなるし、仕事に対するオーナーシップも育まれていくと思います。最後の謙虚さは成長する上で何事にも必要な要素だと思いますが、ビジネスでも同様です。
──最後に、就活生に向けてメッセージがあれば、お願いします。
辻:就活に関して言えば、「ネームバリューだけではなく、視野を広げ、視点を高く持てるような経験をすることで自分の成長を最大化できる会社を選ぶ」ということが大事なように思います。商社や金融、メーカーと様々な会社がありますが、それらの会社で自分はどんな経験ができそうか。この問いに納得いく説明が自分にできるようにしてほしいと思います。
エムスリーのこれまでの公式インタビューはこちら
・マッキンゼー、ゴールドマン・サックス、リクルート出身者が語る「今、日本のトップ学生が選ぶべきファーストキャリア」とは?
▼エムスリーの新卒採用のエントリー(20卒)に関しては以下URLからご確認ください。
・総合職:https://www.onecareer.jp/events/11480
・データアナリスト:https://www.onecareer.jp/events/11482
・ソフトウェアエンジニア:https://www.onecareer.jp/events/11481
Interviewer:KEN
Photo:友寄 英樹