コロナ禍は飲食店にとっては「冬の時代」といえるでしょう。営業時間の短縮、アルコール提供の中止、度重なる営業自粛要請。生活は徐々に戻りつつあるものの、危機的な状況はまだまだ続きます。
そんな飲食店に出入りする酒類業者も苦境を強いられています。収益の柱の1つである業務用チャネルが大ダメージを受けることは、いかに深刻なことなのか。ワンキャリアはキリンビール株式会社に取材を申し込みました。
いわゆる「飲み会」が減った今、キリンはどのような戦略を描いているのか。復活のカギとなるのは……? その疑問に答えてくれたのは企画部の岩田さん。従来のビジネスが通用しない今、同社で進む抜本的な変革にも迫ります。
<目次>
●コロナ禍が終わっても苦境は続く? ウクライナ情勢で事業に大きな影響が
●在宅時間が増えて、見えたチャンス 復活のカギは「クラフトビール」にあり?
●「足で稼ぐ営業」は、現実的な選択肢ではなくなった──モノ売りからソリューション営業へ
●一人一人のお客さまに合うように、あえてブランドを絞り込む
●人口減で縮小しつづける市場に、仲間と立ち向かう。アフターコロナの酒類業界の行方
岩田 大悟(いわた だいご):キリンビール株式会社 企画部
2007年キリンビール入社。大阪エリアで業務用営業と中四国エリア量販店営業を経験。その後企画部に異動し、2022年4月より現職。現在は飲食店向け新型ディスペンサー「TAPPY」の普及拡大をメインに担当している。
コロナ禍が終わっても苦境は続く? ウクライナ情勢で事業に大きな影響が
——コロナ禍においては、飲食店での酒類の提供に制限がかかるなど、「お酒」にまつわるビジネスは厳しい逆風にさらされていたように思います。改めて、新型コロナウイルスが事業にもたらした影響について教えてください。
岩田:キリンビールについて言えば、2021年度の売上収益(酒税抜き)は3,713億円と2020年度と比べてマイナス0.5%程度とほぼ変わりませんでしたが、2019年度と比べると5%程度低くなっており、コロナ前の水準には戻っていません。
出典:2021年度12月期 通期決算資料
——マイナス5%程度というと、そこまで大きな打撃ではないようにも見えるのですが、実際どうなのでしょう?
岩田:数字自体は大きくないようにみえるかもしれませんが、2019年度までは順調に伸びていたので、その描いていた成長戦略から外れてしまったというのが正直なところです。厳しい状況はこれからも続くと考えています。
直近の1Q(1月〜3月)では、オミクロン株の拡大による「まん延防止等重点措置」の影響が大きく、国内業務用市場はおととし同期比で6割減の着地になってしまっていますし、ウクライナ情勢も事業に大きな影響を及ぼす見込みです。
——そうなんですか?
岩田:まずは原材料費への影響ですね。アルミやアルコール、燃料費などの高騰により、キリングループ全体で年間200億円前後のコスト増が見込まれています。加えて、お客さまの生活防衛意識の高まり……つまり、財布のヒモが固くなるのも懸念です。業界誌の予測では、消費者のうち15%程度でお酒を買い控える動きがあるといわれています。
出典:2022年度12月期 第1四半期期決算資料
——仮にコロナ禍が明けても厳しい状況が続くというわけなんですね。飲食店での需要が激減しても、今のところダメージがそこまで大きくないのは、いわゆる「巣ごもり需要」を背景に、家庭用の商品が盛り上がっているからなのでしょうか。
岩田:おっしゃる通り、家庭用市場については、2020年に構成比が大きく上がりました。ただし、コロナ禍だからといって家庭用市場が伸び続けたわけではなく、2021年には横ばい、2022年ではやや縮小傾向にあります。実際にRTD(※)の販売数量は2022年1Qで前年同期比マイナス6.5%となりました。
逆に、業務用市場はご想像の通り大きな影響を受けているものの、制限の緩和に伴って、復調の兆しを感じています。
(※)……Ready to Drinkの略で、缶ビールや缶酎ハイなど、栓を切ってすぐに飲める飲料のこと
在宅時間が増えて、見えたチャンス 復活のカギは「クラフトビール」にあり?
——なるほど。環境が激変する中で、売り上げが伸びた商品や新たに生まれたビジネスチャンスなどはありましたか?
岩田:大きく2つあります。まずはクラフトビールなどの高付加価値・高価格帯商品が伸びたことが大きな変化だったと思います。満を持して発売したクラフトビール「SVB豊潤496」の売上は2022年1Qにおいて、前年同期比23%増となるなど、大きな成果を上げています。
外出自粛期間やテレワークの普及により、皆さんが自宅で過ごされる時間が長くなっています。家庭で過ごす時間を充実させる、高付加価値・高価格帯商品への需要が増加したことは大きな機会です。
——これまで飲み会などに使っていたお金で、豪華なビールを飲もうというわけですね。気持ちは分かる気がします。
岩田:これまでより、もっとおいしいビールを飲む、という意味で、会員制生ビールサービス「Home Tap」の登録者も増えています。これは小型のビールサーバーをご家庭に貸し出し、1Lの小容量ボトルを直配するサブスクリプション型のサービスで、お店と同様の生ビールを家庭でも楽しめるというものですね。
——もう1つはなんですか?
岩田:「機能性」です。コロナ禍で在宅時間が伸び、運動の機会が減ったことで、皆さんの健康志向が高まっています。それでも、余暇時間は楽しみたいしお酒も飲みたい。糖質は気になるけれども、我慢はしたくないというニーズが高まっています。
——健康にも配慮したお酒が求められている、というわけですね。
岩田:そうです。例えば、売り上げが伸びている「一番搾り糖質ゼロ」。これは「糖質ゼロ」なのに「一番搾りのおいしさ」を楽しめる点で、ご好評いただいているものと受け止めています。
現状はある種のピンチではあるものの、ニーズの変化に対応できれば、チャンスに変えていくこともできるはずです。発泡酒や新ジャンル、RTDといった低価格帯の商品にも引き続き力を入れていきたいと考えています。
「足で稼ぐ営業」は、現実的な選択肢ではなくなった──モノ売りからソリューション営業へ
——ちなみに、コロナ禍で酒類業界の働き方は変わったのでしょうか? 特にビールの営業というと飲食店に通う「足で稼ぐ営業」というイメージがありますが、対面営業は難しくなったと思うのですが……。
岩田:大前提として、お得意先に足しげく通って人間関係を構築する営業は悪ではないと思っています。もちろん、人間関係に頼った「お願い営業」や必要以上のリベートを行うのはいけませんが、いわゆる「足で稼ぐ」ことは戦術の1つとして有効です。
ただし、現実的に取れる選択肢ではなくなりつつあることも事実。足で稼ぐには潤沢な人員が必要だからです。コロナ禍で接触の機会が限られたのもありますが、コスト削減や効率化が求められる現代においては、また違う戦術も求められるというわけです。
——であれば、どういった営業スタイルになるのでしょうか。
岩田:最近は「個人の足で稼ぐ営業」から「組織でお客さま・お得意先の課題を解決する営業」へ生まれ変わりつつあります。以前よりもチームで動くことが増えたといえるでしょう。
例えば得意先に訪問して困りごとを伺い、それを持ち帰って社内で検討。同僚や上司、企画営業チームをはじめとする社内の知見を合わせて、自社商品に関連したソリューションを提供する……という形です。
——ソリューション……と言うと、ビールなどの商品とは違うんですよね? 具体的な提案内容にも変化はあったのでしょうか。
岩田:そうですね。コロナ禍で思い通りに営業ができないので、止まっている時間をどう使おうか悩まれる飲食店さまが増えましたよね。それに対して、「アフターコロナで大きく飛躍できるように人材育成に注力しましょう」「キャッシュフローを改善するためにテイクアウトにも力を入れましょう」といったご提案をすることが増えました。
——経営に対するアドバイスやコンサルをしているということですか? 意外でした……。
岩田:ある飲食店さまへは「前売りチケットを売って手元のキャッシュを確保しましょう」と提案しました。アイデア自体は平易ですが、実際にやろうとするとやり方は分からないものです。キリンビールは全国に情報網を持っていますから、「他県でこういう売り方をしている事例がありました」と情報提供したり、「知っている印刷会社を紹介するのでクーポン券を刷りましょう」と提案したりしていました。
また、飲食店さんの中には、農業や畜産も一貫して行っているお店もあります。育てている鶏や豚の行き先が無くて困っているお店に、缶ビール中心にお取引のある大手小売チェーンのお得意先をご紹介して、お弁当の販売にこぎつけたケースもありました。
——すごい、こうなるともう何でもアリというか……。本当にさまざまなソリューションがあるんですね。
岩田:コロナの影響もあり、飲食店さん、酒販店さんは未曽有の危機に立ち向かわなければなりません。お取引さま、お客さまが抱える課題に合わせて、多種多様なご提案をするのが私たち酒類メーカーの役割です。
前例を踏襲するだけでは解決できない課題も多いことから、これまでの営業スタイルは通用しなくなりつつあります。逆に正解が見えづらい分、お客さまとお得意先のためになり、自社のビジネスにつながる限りにおいては、どんな前例のないチャレンジも許されるという面白さも感じています。
一人一人のお客さまに合うように、あえてブランドを絞り込む
——ビジネスチャンスをつかむためにチャレンジをすると。しかし、大きな企業である分、キリンでは新しいことをするのが難しいと感じている学生もいそうです。
岩田:変わり続けないとお客さまに選ばれない、生き残れない、というのが今の時代の特徴でしょう。財布のヒモが固くなり、人口の縮小が見込まれる今、何もしなければ状況は悪化するばかりです。
キリンはかつて、「誠実そう」「真面目そう」と評されるような、良くも悪くも保守的な、チャレンジとは縁遠い部分もある会社でした。結果、2012年ごろに売上のシェアを大きく落としました。この反省があったからこそ、将来にわたって愛され続けるキリンを目指して自己変革を続けています。
——失敗があったこそ、今のキリンがあるというわけですね。
岩田:そうですね。ただ、変革を続ける一方で、あえて変えないものもあります。それは商品のブランドです。魅力的かつ強固なブランドを作り上げることで、お酒市場を魅力的なものに育てていく。これはお客さまの幸せにもつながりますし、私たちの成長にもつながります。
特に、お酒以外にも嗜好品が数多くある現代では、そうしたブランド育成の考え方が生き残りのカギになるといえるでしょう。
——敵は同じ酒類メーカーだけではない……と。ブランドを育てるために、どういった施策を行っているのでしょうか。
岩田:以前は、売上が下がったら新商品を乱発していた時期もありました。自社の都合ばかりを考えて、目新しさで一時的に伸びる売上を頼りにした戦略です。その結果痛い目を見て、体質を変えなければならないと痛感しました。
今は、お客さまにとって本当に大切な商品を作るために商品のラインアップを絞り込みました。多様な商品を打ち出すのではなく、限られたブランドそれぞれを本気で育て上げることが、お客さまの満足につながると考えたからです。一人一人のお客さまを見つめる「n=1」のマーケティングを行うことで、多様なニーズに対応できるようになりました。
人口減で縮小しつづける市場に、仲間と立ち向かう。アフターコロナの酒類業界の行方
——コロナ禍を経て、今後、酒類業界はどのように変わっていくと思われますか?
岩田:先ほどお話ししたように、人口の減少が進めば、市場は間違いなく縮小していきます。最近はあえてお酒を飲まない「ソバーキュリアス」という価値観も広がりつつありますし、厳しい経営環境が続くものと思います。業界構造も大きく変化するのではないでしょうか。
例えば、2018年に始めた「タップ・マルシェ」というスキームが今伸びています。これは販売店用のビアサーバーで、3Lのペットボトルに入れたビールを設置すれば、2〜4個のタップからビールを注げるというものです。
こちらの特徴は、キリンビール以外のクラフトビールも取り扱っている点にあります。20社以上のパートナーシップを組み、キリンビールがプラットフォーマーとしてサービスを展開しています。キリンの受発注システムもお使いいただくことで、パートナー企業さまにも大きなメリットがある形にしています。
——面白い取り組みですね。ユーザーからすれば、いろいろなビールが飲めるのはうれしいですし。
岩田:キリンビール単体では伝えきれなかったクラフトビールの魅力を、他社と協力して広げていきたいと考えています。
クラフトビール市場は現在日本の数%程度ですが、アメリカでは10%以上あります。通常のビールの3倍ほどの価格が付けられることもあり、ビジネス的にも大きなチャンスだと考えています。この魅力を一緒に伝えていくことで、日本のビールはもっと面白くなるのではないでしょうか。
——縮小する市場と戦うために、さまざまなプレイヤーと手を組む。それが今後のトレンドになりそうですね。
岩田:そうですね。アフターコロナの戦略としては、お客さまにもう一度お酒に目を向けてもらえるような、魅力的な施策を打つことが大切だと考えています。お客さまがお酒売り場に立ち寄りたくなるような、あるいは飲食店に行きたくなるような。
タップ・マルシェはあくまで一例ですが、魅力ある市場づくりは、酒類業界全体で取り組むべき課題だと認識しています。
——市場環境は厳しいですが、学生が酒類業界で働くメリットはどこにあると考えますか?
岩田:チャレンジと自己成長がカギだと思っています。コロナ禍においては1年後に何が起きるか予測がつきません。だからこそ、自分で問いを立てて解決できる力や、常に成長し続けられる力が、これまで以上に求められるようになっています。
キリンビールには若手がチャレンジできる風土が整っています。挑戦を全力で応援する会社なので、社内ベンチャー制度や副業の条件付き解禁をはじめ、いろいろな施策を用意しています。
中期経営計画に盛り込まれた「クラフトビール事業戦略」は、当時入社5年目の若手社員が提案したものでした。若手のうちから積極的に提案できますし、むしろそれが求められています。コロナ禍という、前例のないことをやらなければならない時代において、新しいことに挑戦したい人にとっては最適な環境でしょう。
——先ほど「ソバーキュリアス」のお話もありましたが、今はコロナ禍で飲み会も減り、学生にとっては、お酒に触れる機会や魅力を感じる機会が減っているように思います。その点については、どうお考えですか?
岩田:お酒との接点が減っていることは残念ですが、今後社会人になられる学生の皆さんと、新しいお酒との付き合い方を作っていくチャンスとも捉えています。
これまでは世間一般的に、過剰飲酒や飲みたくない方に飲酒を無理強いするような残念なお酒との付き合いも、全くなかったわけではないと思います。そこで、キリングループでは2019年ごろより、ウェルビーイングの観点から「SLOW DRINK」という新しいお酒の付き合い方を提唱しています。
お酒を飲む人も飲まない人も「ゆっくり上質な時間」を過ごしていただきたい、という考え方で「ほどよい量で心地よく過ごし」「語り合い、楽しさをわかちあう」ことや「料理とのマリアージュを楽しむ」ことを勧めております。当社も業界全体でもノンアルコール商品開発に力を入れており、飲まない方の選択肢も増え、今後はより楽しんでいただけるのではないでしょうか。
——ありがとうございました。最後に学生にメッセージをお願いいたします。
岩田:コロナ禍は会社にとって大きな危機でしたが、それによって得られたものもありました。先日策定した中期経営計画で、キリンビールの存在意義を改めて問い直しました。
私たちはお酒を作る会社ではなく、「お酒を通して、人と人とがつながる喜びを作り出す会社」であることを再認識したんです。その上で、お客さまに価値を提供し続けるためには、変わり続けなければならないと結論づけました。
コロナ禍によって世界から「乾杯」がなくなり、寂しい思いをした方々が多くいらっしゃいます。沈痛な空気が流れる社会だからこそ、皆さまにかけがえのない時間を提供する、酒類業界の存在意義が問われていると考えています。
私たちが生き残るためには、とにかくお客さまに喜んでいただくしかありません。社内外のチームワークを生かして、お酒市場を魅力的にしていきます。興味があったらぜひ、キリンをのぞいてみてください。
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