行動原理は「アマチュアの心でプロの仕事を、楽しそうにやる」
──「前編(「こんな時代に大学で学ぶ。そこに、意味はあるのでしょうか? 早野先生」)はこちら
北野:私はこれまで、多くの「トップランナー」の方々と対談してきました。そんな中で特に「かっこいい!」という大人——例えば、元Googleの村上憲郎さんや田原総一郎さんの共通点は、好奇心を忘れていないことなんですよね。すごい人って「楽しそう」なんですよ、めちゃくちゃ。
早野:僕が研究生活の中で、自分の行動原理にしているキーワードがあります。それは「アマチュアの心でプロの仕事を、楽しそうにやる」ということです。研究でも会社でも同じですが、新しいことに取り組む時は、常にアマチュアとして初々しいものが心の中にあるわけです。それを持ちながら、仕事はプロとしてのクオリティに仕上げなければいけない。そしてそれを、楽し「そう」にやるのが結構大事なんです。楽しいじゃなく、楽し「そう」ってのが重要です。辛いことがあっても、常に「楽しいんだ」っていう振る舞いをすると、楽しくなってくるものなんですよ、実は。これは周りを引き込むという点でも決定的に重要なところです。何かを新たに生み出す仕事って、辛い場面がたくさんあるんだけども、そこをどうやって楽しそうにできるか。これは大事なキーワードです。
「何をやるにも楽しそうにやる」こんな学生さんはよく伸びる
早野龍五(はやのりゅうご)(写真左手):物理学者。東京大学大学院理学系研究科元教授、現同大学名誉教授。専門はエキゾチック原子。世界最大の加速器を擁するスイスのCERN(欧州合同原子核研究機関)を拠点に、反陽子ヘリウム原子と反水素原子の研究を行った。『知ろうとすること。(糸井重里共著、新潮社・新潮文庫)』
北野唯我(KEN)(写真右手):ワンキャリアの執行役員。博報堂・ボストンコンサルティンググループで事業戦略立案業務を担当した経験を持ちながら、執筆したブログが度々話題になるなど、マルチな才能で活躍。
初の単著『転職の思考法』(ダイヤモンド社)が発売中。Amazoキャリアデザインのランキング1位。
北野:我々は新卒就活のマーケットにいるので、「どの大学の、どの研究室が優秀か」まで知っています。早野さんの研究室は、東大の中でも特に優秀な学生さんが多いイメージです。でも、ちょっと意地悪な質問ですが、その中でも「伸びそうだな」と思う学生とそうじゃない学生さんがいるはずですよね。皆が皆、「偉大な人」になるわけではないから。何が違うと思いますか?
早野:やはり、何をやるにも楽しそうにやる子です。
北野:おー、やっぱりそうなんですか!
早野:まずはそれが大きいですね。そして同時に、一つのことを集中して長く続けられる要素があることだと思います。優秀な子は、それが尋常でないんですよ。けれども、軽々とやるんですね。
北野:でも、この素質は、大学生になってから身につくものではないですよね。
早野:ええ、そのルーツはもっと小さい頃にあって、家庭で育つ中で面白いと思ったものでひたすら遊ぶとか、毎日何かを続けるとかね。子ども時代に、何かを毎日やる習慣が身についたかどうかだと思います。僕が子どもの頃に取り組んでいたバイオリン——「スズキ・メソード」での経験もある意味そういうものでした。あの時に得たもので大きかったのは「毎日練習し、ちゃんとできるようになるまで繰り返す・我慢する」とか、そういうことだったと思っています。僕の周りにいる優秀な人は、成長段階のどこかで何かに非常に集中し、かつそれを自ら深くやる、繰り返して習得できるまで頑張る、そのプロセスを楽しんだ経験があるように思います。
資本主義の世界にディープダイブする、そんな学生を素直にどう思いますか?
北野:一方で、そんな「優秀な学生」の中にも、キャリア選択の時に努力が早くペイするところ——資本主義の世界にディープダイブする方もいますよね。分かりやすく極端なアナロジーを使うと「投資銀行で金のために働く」という選択です。早野先生の研究室にも、投資銀行やコンサルのキャリアを選ぶ学生は多いと思いますが、彼らに対して率直にどう思われますか?
早野:僕は決して、彼らの選択を否定しません。自分の能力をそれだけ評価して給料を払ってくれる場所があるって、素晴らしいことじゃないですか。オファーがあって、それが自分にとって嬉しかったら、自信を持ってその会社に行けばいいと思いますよ。どんな仕事でも、人から望まれる場面って人生の中でそんなにありません。「向こうが望んで声を掛けてくれる場面があるのなら、そのオファーは真剣に考えたほうがいいよ」と、僕は常にアドバイスしてきました。
北野:その上で、「社会に出たらこういう点に気を留めるといい」ということはありますか。
早野:トップレベルの大学の学生だから言うという側面もありますが、「ノブレス・オブリージュ」の精神は忘れてほしくないですね。今は国立大学に限らず、私立大学でもかなりの国費を学生1人に投じています。自分が払う授業料以上のものが社会から投資されて、自分が育っているわけです。それなりに社会に対する責任を負っているし、期待されているということです。自分に投資された分をどう社会に還元できるかを、人生の折に触れて考える人になってほしいと思います。
キャリアを選ぶときは「自分の世界ランク」を見よう
北野:他に、教え子の学生さんにアドバイスしていることはありますか?
早野:「自分の世界ランキングを見ること」でしょうか。先ほど少し言いましたが、僕は子供の頃からバイオリンを弾いていました。12歳の時には全米コンサートツアーで演奏することもあったので、周りには、僕が音楽で身を立てるのかと期待する人もいましたね。でも、いざ自分のキャリアを考えるようになった高校時代、音楽は割と早い段階で選択肢から捨てたんです。「これは僕が一生続けられる仕事ではない」と。
北野:それは、バイオリンが好きではなかったということですか。
早野:いえ。当時の自分には「世界ランキング」が見えてしまったんですよ。音楽をキャリアとして選んだ時、自分が世界のどの順位に入るかという現実が、子供時代によく分かったんです。自分の世界ランキングが見えるかどうかは、キャリアを選ぶ中でとても大事なことだと思うんです。僕の場合は音楽の世界ランキングを見て、バイオリンは一生の仕事にしても多分辛いだろうなと思いました。
教養とは、他人の経験から自分の経験値を上げること
北野:最近、僕は「リスクを正しく認識すること」が、現代のキャリアにおいて重要なテーマだと思っています。今の日本って、仕事がなくても生きていける可能性は高いですよね。それなのに、僕らはそのリスクを過大に捉えて、恐る恐るキャリアを選んでいるように感じます。そこで、多くの人にとって「リスク」や「恐怖」の対象でもあった放射線の研究に取り組んでこられた早野さんから見て、「恐怖を正しく認識する」とは、どういうことなのですか。
早野:何かを判断するとき、どんなものを判断要因として使うかだと思いますね。やはりその人の持つ知識や経験が判断要因になると思いますが、ここでいう「経験」は、自分自身の経験だけではありません。自分が経験できることは、人生であまりにも少ないけれど、他人が経験したことを我がものにもできるわけです。つまり、本を読むということですね。まさに「巨人の肩の上」です。経験は長く生きるほど増えるものなので、若い頃は経験に基づく判断が難しかったりします。そういう意味では、新卒の就職活動のように、ある1日だけで自分の人生を決めてしまうのは、理不尽とも言えます。けれども、やはりリスクに耐えうる判断ができるかどうかは、その人の知識と経験値——大きな言葉で言えば「教養」に大きく依存するので、それをどれだけ自分の中に蓄積できるかが大切です。だからこそ、教養ってとても大事だと思います。
若い人の場合、伝える技術の問題ではなく、「そもそも伝えるべき内容を持っているか」が一番大事
北野:最後に、学生さんに向けた「早野先生流のアドバイス」はありますか。
早野:若い人の場合は、伝える技術の問題ではなく、そもそも伝えるべき内容を持っているかどうかが一番大事だと思うんです。「自分はこれを伝えたい」と自信を持って言えるようになるために、一体どうすれば良いか? 人生のその段階で、自分は一体何を人に語れるか? ということをまずは考えてほしいです。その時間を長くとることが必要だと思うんですよ。「自分の中にあって、伝える価値のあることは何か?」を、どれだけ自分に対して問いかけ、自分で納得できるかは、若い人にとっては相当難しいはずなんです。まずはそれに取り組んだ上で、人に向かって話す時に一番大事なのは「嘘のない言葉でしゃべる」ことです。自分以上でも以下でもなく、自慢も卑下もしない、飾らない、自分の言葉で話せるかどうか。これがとても大事です。
北野:予定を1時間半以上オーバーしてしまいましたが、とても楽しかったです。早野さん、今日はありがとうございました。
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