「ある朝、目が覚めたら、あなたは『就活生』になっていました。どの会社へ入りたいですか?」
(※ただし、自身がこれまで所属した組織は選べません)
社会人の先輩をお呼びして、この「究極の転生質問」に答えてもらうシリーズ企画。今回は、リクルートやパナソニックなどの有名企業で働かれたほか、ベンチャー社長やフリーランスも経験し、現在はソーシャル・ベンチャー「ライフシフト・ジャパン」で代表を務める大野誠一さんにお話を伺う。
<大野誠一さんの「社会人年表」>
・1982年(23歳)
日本リクルートセンター(現・リクルートホールディングス)に入社。広報室に配属され、創業者・江副浩正氏の社外広報担当に。その後、営業部門も経験。
・1987年(28歳)
新卒採用事業部門の企画室に異動。新卒学生のマーケット分析、商品企画、販売促進を担当し、多くの新商品開発を推進した。その後、中途採用事業の新規事業も担当。
・1991年(32歳)
職人・現業職向け就職情報誌『ガテン』創刊(副編集長。93年より編集長)。
・1995年(36歳)
就職情報誌『とらばーゆ』編集長。
・1997年(38歳)
独立・ベンチャー支援情報誌『アントレ』創刊(編集長)。
・1999年(40歳)
本とコミックの情報誌『ダ・ヴィンチ』を担当(編集長)するとともに情報誌部門、出版部門、映像出版部門のマネジメントを担当。
・2001年(42歳)
松下電器産業(現・パナソニック)にプロフェッショナル契約社員として移籍。デジタルテレビ向け情報配信サービス『T-navi』を開発。
・2006年(47歳)
パナソニック、ソニー、日立製作所、東芝、シャープの共同出資によるジョイント・ベンチャー、株式会社アクトビラを設立し、代表取締役社長に就任。『T-navi』をベースに日本初のデジタルテレビ向けハイビジョン映像配信サービス『アクトビラ』を開発。 2008年、退任(49歳)
・2011年(52歳)
3年間のフリーランス期間を経て、ローソンHMVエンタテイメント(現・ローソンエンタテインメント)取締役常務執行役員に就任。新規事業開発およびスタートアップ企業との事業提携を担当。
・2012年(53歳)
ヴァイオリニスト葉加瀬太郎氏が音楽監督を務めるレーベル会社ハッツアンリミテッド代表取締役に就任。
・2017年(59歳)
「人生100年時代」のライフキャリア支援を行うソーシャル・ベンチャー、ライフシフト・ジャパンを設立、代表取締役CEO(最高経営責任者)に就任。
・2018年(60歳)
『実践! 50歳からのライフシフト術―葛藤・挫折・不安を乗り越えた22人』(NHK出版/共著、2018年)を出版。
・現在
「人生100年時代」のライフデザインを考えるさまざまなワークショップを開催するほか、昭和モデルから脱却できない会社像を壊し、人生100年時代の「会社」を創る社会変革ムーブメント「KX(カイシャ・トランスフォーメーション)」も展開中。
会社選びは、社長選び。
──大野さんはいくつもの会社で働かれてきたので、今回の質問は答えにくいかもしれません。自分が所属したことのある会社を選べない、という縛りがあるので。
大野:その条件が入ると途端に難しくなりますよね。率直な感想としては、質問を見たとき、社名は出なかったんですよね。いろんな切り口や条件を自分にぶつけて考えてみたのですが、正直なところ、思いつかないんです。
──そこをあえて、考えていただきます(笑)。
大野:ひとつあるとしたら、社長を個人的に知っていて、「この社長と仕事をしてみたいな」という会社があれば、一度チャレンジをしてみるかもしれない。私は「会社は社長」だと思うんです。
ライフシフト・ジャパンでは、「KX(カイシャ・トランスフォーメーション)」という活動をしていて、古い会社をちょっとずつ変えていく国民運動みたいなことをやろうとしています。日本の会社って、いまだに昭和時代のモデルを引きずっている企業がたくさんあるので。
そのKXの議論では、「会社というものは実在するものではない」という考え方を基本に置いています。会社というのは、あくまでも法律上の規定であって、会社という生き物が存在するわけではなく、結局は「人と人とのつながり」です。そう考えると、もし仮に「会社の意思」みたいなものがバーチャルに感じられたとしても、それは「社長の意思」なんですよね。もちろん、「社長の意思」を規定する中間マネジメントの仕組みや、ガバナンス(※1)の規制などがあって、さまざまなしがらみのなかで意思決定をしていく構造はあるのですが、それも会社の意思ではない。結局、個人個人、ひとりひとりのつながりなんです。
だから、会社を選ぶというのは、ひとつの考え方として「社長を選ぶ」ということになると思います。「この社長と付き合ってみたいな」と思うか思わないかが基本なんじゃないでしょうか。
(※1)……健全な企業経営を行うために求められる管理体制の構築や企業の内部統治
──そこまでクリアに会社を捉えたことがなかったです。実体がないと言われてみれば、なるほど。
大野:サイボウズの青野慶久さんが『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない。』(PHP研究所、2018年)という本を出して、会社というものは実在するものではないんだ、と言いました。最近ではもうちょっと日本人に分かりやすくするために、青野さんは「会社はカッパだ」って言っていますけれど。
──モンスターよりも、カッパのほうがイメージが湧きますね。
大野:会社という実体があるわけではないから、リクルートなる会社やソフトバンクなる会社が存在するのではありません。出木場久征さんという社長や、孫正義さんという社長がいる、ということでしかないんだよなと私は思います。
会社を選ぶということは、ほぼ同義で、社長を選ぶということ。社長を知らない会社には、私は入りにくいですね。社長を知らずに会社に入るのは、ものすごくギャンブルになるなって思います。
──大野さんがリクルートに入られたときは、社長を選んでいる感覚がありましたか?
大野:江副育英会(現・江副記念リクルート財団)というリクルートスカラシップ制度(給付型奨学金制度の1つ)の出身なので、大学1年生のときからリクルート創業者の江副浩正さんと会う機会はありましたが、人物を評価できるほど詳しくは知らなかった。でも、江副さんの考え方を体現している、リクルートの先輩たちがいて、彼らを通じて、「リクルートという会社で働くのは面白そうだな」と思いましたね。
リクルート入社2年目の頃の大野さん
社長選びは「自分の関心事」が反映される
──今の大野さんが就活生に転生したとして、行きたい会社を3社挙げるとすれば、社長の選び方になると思います。ご自身も各社で社長を経験されてきましたが、社長を見るときの軸を伺いたいです。
大野:世の中の変化に従って、その軸もどんどん変わっていくでしょう。いま、この瞬間に、どういうことに自分がビビットに関心があるか、ということが反映すると思います。たとえば、気候変動問題にすごく関心がある人は、そのアンテナで社長を判断するでしょう。難民問題に関心がある人は、その視点で社長を見るでしょう。社長を選ぶということは「自分の価値軸が何なのかを選ぶ」こととイコールかもしれません。
貧困や格差、難民の問題に関心があったら、バングラデシュを起点に、途上国の貧困層に仕事をつくっていく、マザーハウスの山口絵理子さんという社長が面白いと思うかもしれない。新しい産業を生み出すベンチャーに関心がある人だったら、孫正義さんに関心がいくかもしれない。優劣を考えるというよりは、自分の関心の向きがどこに向いていて、いまアンテナがどっちのテーマに向かっているのか、ということによって、そこに引っ掛かる社長というのは変わってくるでしょうね。
──大野さんの今のアンテナはどちらに伸びていますか?
大野:ライフシフト・ジャパンの入り口のキーワードは「人生100年時代」です。人生100年時代になると、何が変わるんだろう、あるいは何かを変えなければいけないんだろうか? そうすると、働く期間が長くなることは必然的に課題になります。会社の寿命よりも、個人が働く期間のほうが長くなるんです。これからの時代に「会社っていうのは、どういう風に変わっていくといいのかな?」というのは私の関心事です。「人生100年時代」にふさわしい会社のあり方ってなんだろう、という議論をKXの場ではしていますね。
また、個人的な関心事でいうと、社会課題解決みたいな志向が強いです。気候変動の問題や、貧困や格差の問題には自然と目が行きますね。
0→1に興味があった。
──関心事を突き詰めていく大野さんは、研究者のように見えます。
大野:いや、研究者というよりも、リクルートに入ったときからずっと「新規事業開発」の人生なんです。リクルートに入った理由も、「この会社は何か新しいことをしたがっているんだろうな」ということと、「そこにお金を使っていいと思っているんだな」という二点が大きかったです。「リクルートという会社は、新しいことにお金を使っていいと思っていそうだ」と感じて、入社したらその通りでした。
学生の頃から、既存の事業に参加するという感覚がなかったんです。その会社の資産や仕組みや名前を活用して、何か新しいことにチャレンジさせてくれたらいいな、何か新しいことをやってみたいな、という気持ちが強かったんです。
──起業家精神と言ったらいいでしょうか。
大野:「起業」というよりも、興味の問題だと思います。「0から1を生み出すこと」に興味がある人と、「1を10にすること」に興味がある人と、「10を100にすること」に興味がある人がいて。あるいは、「100を101にする」のが得意な人もいる。私の場合は、運悪くというのか、学生時代の気質からして、「0→1志向」だったんです。その分、あまりオープンにはしていないけれど、私の新規事業開発の人生は当然、失敗だらけです。新しいことをやろうとすると、そう簡単に成功しません。ほとんどは失敗するわけだから。
大野さんが選ぶ2社
──現在の興味関心と、大野さんが就活生だったら新規事業をできそうな場所を選ぶだろう……というかけ算を考えると、どんな選択が思い浮かぶでしょうか?
大野:私が就活生なら、ガイアックスが面白いと思うかもしれません。ガイアックスは、いわゆるスタートアップスタジオで、中のメンバーがどんどん自分のやりたいことをプランニングして、起業して、スピンアウトしていく。そのグループ全体の資産マネジメントをしているような業態で、なかなか分かりにくい会社なんです。既存の事業に人をアサインしていく、という感覚ではないんですよね。自分で新しい事業を立ち上げてくださいね、という「場としての会社」です。
──大野さんの新規事業開発をしてきたキャリアを伺ったあとだと、納得感があります。2つ目はいかがでしょうか?
大野:NPO(民間非営利団体)のETIC.(エティック)に関心を持つかもしれません。ETIC.も起業家育成をしていますよね。ETIC.は会社じゃないけれども、若い世代では、リクルートやIBMや三菱商事といった超大手を辞めてETIC.へ行く人がいっぱいいるんです。完全なティール組織にチャレンジしているのも、「人生100年時代」の企業はどうなっていくのか、という関心事に当てはまります。
──たしかに、NPOへの就職という選択肢もありますよね。
大野:いま、NPOと株式会社の違いってなんだったっけ? ということが再び議論になっています。社会課題を解決することが、株式会社のもともとの役割ですからね。ETIC.の代表だった宮城治男さんとも話したのですが、現代ではNPOである必然性や優位性はほぼなくなってきた。これからの若い人たちは自分なりに取り組みたいテーマが見つかったらNPOを立ち上げるよりも株式会社を立ち上げるんじゃないですか、と宮城さんは言っていましたね。
──最近の取材でボーダレス・ジャパンを挙げられた方もいました。
大野:ボーダレス・ジャパンも面白いんじゃないかと思います。どんどん社会起業家を輩出するので、ガイアックスにも近いですね。
「新しい自営業」という選択
──お話を伺えば伺うほど、大野さんが学生なら「起業」という選択もあるのかな、と思いました。いかがですか?
大野:新卒の時期の人に「起業」というと、ハードルが高く見えちゃうかもしれないですよね。ハイリスク・ハイリターンのベンチャーのようなイメージを持つ人が多いと思うので。
私は「新しい自営業」という言葉を最近使っています。仲間内でスモールビジネスをやってみるような感覚です。「人生100年時代」には、スモールビジネスが無数に立ち上がっている社会のほうが楽しいんじゃないのかな、と考えていて。自分ひとりや、友だち2~3人と一緒にスモールビジネスにチャレンジしてみるのは一つの選択だと思います。学生のうちから、「新しい自営業」を持つのはとてもアリだと思います。
もっと言うと、会社に所属していても、副業みたいな感じで「新しい自営業」をやってもいいんですよね。『マイパブリックとグランドレベル ─今日からはじめるまちづくり』(晶文社、2017年)の田中元子さんが提唱しているパーソナル屋台(※2)も一種の「新しい自営業」だと思います。
(※2)……自前の屋台を路上や公園に設置し、自分が振る舞いたいものを無料で提供する活動。田中さんは道行く人にコーヒーを無料で提供している
▼田中元子さんの記事はこちら
・「自分でも謎」な個性を生かす。『マイパブリックとグランドレベル』著者・田中元子さんの転生就活
──自分の好きなことを探索していく、という感覚ですね。
大野:自分の「新しい自営業」を見つけていくのはとても大事になってくると思います。
その際、「好きなこと」と「得意なこと」の掛け合わせをする以外に、「誰のためにやりたいのか?」「その結果、何が得たいのか?」という問いを立てることが大事だと思っています。いま関心があってやりたいことで、誰かに貢献ができて、何かを得られるものが見えてくるはずです。報酬は、お金だけでなくいろんなものがありますよね。誰かの笑顔かもしれない。
『マイパブリックとグランドレベル』では「報酬を得てはいけない」という条件があって、すごく驚きました。コーヒー1杯を無料で配ることが重要で、もしも100円をもらったとしたら、こぼれ落ちるものがある、と。お金がゼロであっても、届けたいものはあるだろうか? という問いかけは、自らの価値軸を見つけるヒントになるのではないでしょうか。
──そして、自分なりの価値軸が社長選びにつながり、そして、会社選びにつながる、と。大野さんならではの会社選びを教えてくださり、ありがとうございました!
大野 誠一(おおの せいいち):1958年東京生まれ。早稲田大学卒業後、株式会社リクルートにて主にHR領域、エンターテインメント領域で多くの新商品、新規事業開発に携わり、「ガテン」「とらばーゆ」「アントレ」「ダ・ヴィンチ」の編集長を歴任。パナソニック株式会社に転身後は、デジタルテレビ向け映像配信プラットフォーム開発を担当。パナソニック、ソニー、日立製作所、東芝、シャープの共同出資によるジョイント・ベンチャー、株式会社アクトビラを設立し代表取締役社長に就任。日本初のデジタルテレビ向けハイビジョン映像配信サービスを開発。NHKの映像配信サービス「NHKオンデマンド」との連携を実現。その後、ローソンHMVエンタテイメント取締役常務執行役員に就任し、新規事業開発とスタートアップ企業との事業提携を担当する他、ヴァイオリニスト葉加瀬太郎氏が音楽監督を務めるレーベル会社ハッツアンリミテッド代表取締役に就任。2017年にライフシフト・ジャパン株式会社を設立し代表取締役CEOに就任。「人生100年時代」の「マルチステージ型ライフデザイン」を提唱し、共著に『実践!50歳からのライフシフト術』がある。2019年よりソーシャルワイヤー株式会社の社外取締役。2020年10月〜2021年1月ヤフー株式会社とギグ・パートナー契約。
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