幅広いプロフェッショナルサービスをグローバルに展開するBIG4の一角であるEY。
世界150以上の国・地域、約31万人が所属する巨大なグローバルネットワークを形成し、2021年度の全世界での売上が前年比7.3%増の400億米ドル。戦略系・ビジネス系のコンサルタント、会計士、税理士、弁護士、エンジニアなどさまざまな専門性を持つ人材が集まるプロフェッショナルファームであり、競争の激しいビジネスの世界を勝ち抜いてきた分、ドライなイメージがあるかもしれません。
「私たちが目指すのはクライアント、社会、所属するメンバーの長期的価値を高めること」「夢を語ることがトップの仕事」
そんな印象を覆すのは、日本のトップであるEY Japan チェアパーソン 兼 CEO(最高経営責任者)を務める貴田守亮さんです。
世界各地にあるEYのオフィスでキャリアを重ねるかたわら、マイノリティとしての葛藤を乗り越えてきた貴田さん。人間味にあふれたプロフェッショナルの言葉からは、プロフェッショナルファームでいきいきと輝くための道しるべが見えてきました。
長期的な価値を創造する組織構造とグローバルでの連携
── EYは2021年度の全世界での売上が前年比7.3%増の400億米ドルとなり、業績は好調です。クライアントから支持される理由はどこにあると思いますか。
貴田:支持されている理由はいくつかありますが、私たちのグローバルな連携やつながりは、プロフェッショナルファームの中では一番強いと思います。
ただ、前提としてEYにとって目先の利益は最重要ではありません。
── どういうことでしょうか?
貴田:もちろん企業を維持するために利益は必要ですが、あくまで派生的なものです。クライアントや資本市場からの信頼を高め、高品質なサービスを届け、社会にとってよい行いをし、メンバーに充実した経験をしてもらう。これらを実現した結果として、会社が利益を受け取るべきだと思っています。
貴田 守亮(きだ もりあき):EY Japan チェアパーソン 兼 CEO ジャパン・リージョナル・マネージング・パートナー
カリフォルニア大学音楽部卒、カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校修了。1996年にEYニューヨーク事務所に入所、米国公認会計士として米国企業や日系の在米・在欧子会社の監査を担当。その後ロンドン勤務、ニューヨーク事務所勤務を経て2016年に日本へ帰任。ジャパンエリアのデピュティ・エリア・マネージング・パートナー、COOを歴任し、2021年7月1日より現職。趣味は水泳とピアノ。
── メッセージとして理解できる一方で、実現するのは難しそうです。そう言い切れるのはどうしてですか。
貴田:理由はEYの組織構造にあります。私たちを含むBIG4はパートナーたちの出資によって成立しており、会社の利益は最終的にパートナーへと分配されます。株主への還元が求められる上場企業に比べると、パートナーの裁量によって短期ではなく、中長期的な価値を追求しやすいのです。
加えて、海外のメンバーファームとは提携関係にはありますが、資本関係はありません。各国あるいは各メンバーファームが独立しているため、その点でも経営の自由度が高いといえます。
── 資本関係がない一方で、グローバルの結びつきは強いというのは、興味深いです。どのように連携を深めているのですか。
貴田:パーパス(企業としての存在意義)が世界共通の価値観となっていることで、戦略やサービスに向き合う姿勢を共有しています。私はニューヨーク・サンフランシスコ・ロンドンと、約20年にわたってEYの海外オフィスで勤務しましたが、グローバルでの連携は、プロフェッショナルファームの中でもEYが一番だと自負しています。その要因こそがパーパスの浸透にあるのではないでしょうか。世界中どこのオフィスに行っても、「EYのパーパスは?」と尋ねたら、みんな自信を持って Building a better working world(より良い社会の構築を目指して)と答えてくれる。EYのグローバルネットワークは、まるで一つの国のようです。
もちろんEY Japanの社内でもパーパスを大切にしています。先日、あるインタビューを受けたときに「貴田さんは利益を上げるためのKPIを語らないんですね」と言われました。社内のメンバーとはEYの一員として同じ価値観を共有しているわけですから、KPIを事細かに伝えるよりも夢を語ることがトップの仕事であり、それが「パーパス経営」の意味するところではないかと思っているんです。
人として向き合うEYに心惹(ひ)かれ、人として向き合うためにカミングアウトを決意した
── 何のために働くのかという「パーパス(存在意義)」に重きを置いた経営をしているのがEYなのですね。一方で、やりたいことが見つからない学生や働く理由を見失った社会人がいるのも現実です。自分のパーパス、マイパーパスというのは、どうやって見つけるものなのでしょうか。
貴田:持論なのですが、マイパーパスは、それぞれが有するマイノリティ性に関わるものにつながっていると思います。
例えば、日本の義務教育は、子どもたちに教育機会を平等に提供することを大事にしていますよね。それ自体は素晴らしいことですが、一方で子どもたちは敏感なので、クラスメイトと比べて経済格差を感じたり、自分だけが違う部分を認識したりする。社会が不平等であることに対しての意識が「これを変えていきたい」「こういう社会になってほしい」というような夢につながり、それがマイパーパスになるのだと思います。同じように、子どもに障がいがあった場合などに、初めて親として社会の不平等さを深く感じた方の話も聞いていますが、その方にとってはそれを解消することがマイパーパスになる。
ただ、社会人になると、忙しくてマイパーパスを考える時間も余裕もなくなり、いつの間にか忘れてしまう、もしくは、環境によっては忘れないといけなくなるのだと思います。EYに入ったら、マイパーパスを思い出していただいて、それをEYにおいての活力にしてもらいたいと思います。
── 貴田さんは8歳からアメリカで育ち、現地の大学院を修了したのちに、公認会計士としてニューヨークのEYに入社しました。在職中にはゲイであることをカミングアウト(告白)するなど、マイノリティであることを実感してきたと思うのですが、それはEYでのキャリアと深く結びついているのでしょうか。
貴田:そうですね。私のキャリアをご説明すると、はじめから会計を学んでいたわけではなく、学部では音楽の道に専念していました。入学したころは機械工学部に所属していたのですが、音楽好きだった母が病に倒れたことをきっかけに音楽部に転向することにしました。母が亡くなったあとも演奏を聞いて喜んでくれた姿が脳裏に残って、大学は音楽部を卒業しました。
しかしプロになれるような才能はなかった。ある日車を運転しているとき、ふと「マイノリティの僕は、社会人になったら車を買える経済状況にあるのだろうか」と不安になって。アジア人でありゲイというダブルマイノリティの私が、差別がまだ根強く残っているアメリカで生きるすべを考えると、士業ならば心配が少ないだろうと思いました。学部卒業のタイミングで改めて父と進路を相談し、彼の夢でもあった公認会計士を志すことにしました。
── 両親の思いや夢を受け継ぎながら、自分の生きる道を模索してきたのですね。数あるプロフェッショナルファームのなかでEYを入社先に選んだのはなぜですか?
貴田:一番の決め手は、温かみのある人が多かったことです。私に対して一候補者としてではなく、一人の人間として向き合ってくれていると感じました。ジョブインタビューの内容も履歴書をなぞるような話ではなく、家族や趣味の話、個人としてやり遂げたいこと、情熱を持っていることを知ろうとしてくれました。
また、当時は「BIG6」と呼ばれた大手会計事務所のなかで、EYだけが社内規定の差別禁止条項の対象としてLGBTを明記していたことも安心感がありました。
── EYに入社したことで、自分らしく働ける実感は持てましたか?
貴田:実は、入社してからも長い間ゲイであることを隠してきました。自分のセクシュアリティをカミングアウトしたのは、15年前にアメリカのEYで幹部候補生になったときのことです。それまでは自分をさらけ出して敬遠されないかと不安で、仕事で結果を残そうとしてきました。
しかし、管理職になってからは部下からパーソナルな悩みを相談される機会が増え、本当の自分を隠したままでは一人の人間として寄り添いきれないと感じるようになりました。EYのパートナーは、文字通りの「パートナー」として苦楽をともにする存在だということも分かっていましたから、その務めを果たすためにも、パートナーへの昇進が決まる前にカミングアウトを決断しました。もしも私のセクシュアリティが昇進を妨げるのなら、EYは私の残るところではない。そんな覚悟ができたタイミングだったのかもしれません。結果として、EYにおいては全く昇進の妨げになりませんでした。
個性が光ることで、EYが光る。マイパーパスに合う居場所をともに見つけよう
── 2021年にはEY Japanのチェアパーソン兼CEOに就任されました。改めて、EYの強みについてお聞きできればと思います。コンサルタントだけでなく、公認会計士や税理士、弁護士などさまざまなプロフェッショナルが集結していることがEYの特徴ですが、それによって発揮できる役割や価値は何だとお考えですか。
貴田:戦略を立てて終わりではなく、クライアントが実行できるようにするまでが私たちの役割です。例えば、戦略を実行する際に税務上の課題が出てきたら税務の専門家がスタンバイしていますし、戦略とその結果を公正に株主に伝えるために公認会計士もサポートします。弁護士もM&Aの際にはスタンバイしています。
これだけだと外部から人材を呼べばいいだけの話ですが、EYの本当の価値は実行可能な戦略が出せるということです。総合的にクライアントを支援する体制があり、実行に導く責任もあるので、単なる夢物語にはなりません。実行可能な夢をクライアントがステークホルダーとともに描けるようになる。これが私たちの強みだと思います。
── 一方で、ダイバーシティ、エクイティ&インクルーシブネス(※1)を推進しています。ご自身の実感もふまえて、組織に多様性があることはなぜ大切なのでしょうか?
(※1)……多様な人材を受け入れ、その違いを活用することで、一人一人の能力を最大限に発揮し、誰もが自分らしく働けるカルチャーを構築しようとする考え方
貴田:「多様性がないと何が起きるのか」という問いから逆の例えをしてみるといいかもしれません。人間というのは皆それぞれ形が違いますから、四角い型にはめるとはみ出る部分があります。しかも、そのはみ出し方は人それぞれです。私は、そのはみ出る部分こそが、周りのみんなが気付きづらい才能だと思っています。
私がカミングアウトできていなかった時期に、私自身が隠していた、はみ出ているところに秘めていた経験や考えをメンバーに話せていれば、新たな発想でチームワークが活性化されたかもしれない。上司の中には、私に対して「もっと自分を出してほしい」と思っていた人もいるかもしれません。
── なるほど。ですが、意地悪な見方をすると、貴田さんのようにマイノリティを経験した方でないと多様性の必要性は感じにくいかもしれません。
貴田:この社会に生きる誰もが、どこかにはみ出た、周りには隠したくなる側面を持っていると私は思っています。どうして男性は感情豊かな表現をすることを拒むようになってしまったのか、どうして女性はおしとやかで優しくしなくてはならないのか── 。マジョリティとみなされやすい属性の方であっても、こうした社会的な「型」や「期待」を息苦しく感じることは少なくないはずです。
人間をひとつの型にあてはめようとすれば、必ずどこかにはみ出てしまうものがあります。そのはみ出た感覚や経験がマイパーパスにつながる、その人ならではの個性がクライアントに貢献するアイデアをもたらすこともあるでしょう。はみ出した個性が光るからこそ、EYが光ると思っています。
── 多様性を尊重することは、すべての人の個性が活きることにつながっているのですね。
貴田:はい。個性が輝く居場所を見つける力は、私たちEYが一番だと思いますし、これからも絶対に負けたくないですね。学生の皆さんの中にはマイパーパスがまだ明確ではない方もいるかもしれませんが、まずは何をしているときに喜びや充実感があるのかを聞きたいですね。そんな気持ちになれる機会ができるだけ多い職種をEYの中で一緒に探していけたらと思っています。
クライアントが気づいていない勝機を察知して、未来をともにつくるのがEYの価値
── EYが重要視する価値観や、社員との向き合い方が分かってきました。一方で、例えば、コンサルティング業界全体に目を向けると、クライアント先に常駐して業務効率化に取り組むケースが目立っています。そうした背景から「コンサルタント=高級なITなどのアウトソーシング先」と考える見方も出てきていますが、貴田さんはこうした声をどのように捉えていますか。
貴田:大前提として、テクノロジー系の大規模プロジェクトだけをEYは追求していません。EYのコンサルタントが目指しているのは「企業の実現可能な将来をともにつくるサービス」です。加速し続ける社会の変化に対応し、より良い社会を構築するためにクライアントの意思決定に資する材料やアイデアを協創する存在でありたいと考えています。
── 具体的に、EYではどのようなテーマに取り組んでいるのですか。
貴田:企業のデジタル戦略を例に挙げてみましょう。現在は社内データの分析や取り扱いについての議論が盛んですが、今後はAI(人工知能)がデータ分析を担っていくことを考えると、データを扱うだけのデジタルプロジェクトの付加価値は失われていきます。私たちが向き合うべきは、データの次にある社会がどうなっていくのか、その社会においてクライアントは企業としてどうあるべきか、その姿を実現するために既にあるデータが示唆するものは何なのか、ということです。強いグローバルネットワークを持つEYならではの経験と視点とテクノロジーを活用し、クライアントの課題を解決することが、プロフェッショナルサービスファームとしての価値だと思います。
これは、ESG(※2)やSDGs(※3)の推進においても大きな強みです。EYは20年以上前に気候変動・サステナビリティに取り組むグローバルチームを立ち上げ、今年、Verdantix社の評価においてトップレベルとされるサステナブルな経済社会づくりに取り組んできた知見があります。近年はCO2の排出量削減に主眼が置かれ、実際にEYでも支援を強化していますが、このような地球環境に対する取り組みに加え、ESGの「S(Social)」やSDGsにおける「貧困をなくそう」「人や国の不平等をなくそう」といったアジェンダの実行はまだまだ進んでいませんから、私たちが提供できる価値も大きいと考えています。ESGなどの取り組みをした結果をどのように株主に伝えていくか、という点でも自負があります。
(※2)……企業の長期的成長に重要な要素である、環境(Environment)・社会(Social)・カバナンス(Governance)の頭文字を並べた言葉
(※3)……「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称
── ESGやSDGsの課題は合意形成が難しいですから、トップダウンでリーダーが導いていかないと前進しづらい気がします。EYはどうやって推進していこうとしているのですか。
貴田:EYの弱さから先に言ったほうがいいですね。EYは世界中で「みんなで遠くまで行こう」というスタイルなので、エンジンがかかるまでに時間が要るんですよ。
これは、どこか日本社会と似ていると思いませんか。日本は社会的に意思決定をするまでに時間がかかりますが、いったんテクノロジーが使われるようになると、普及するスピードは早い。「日本は遅い」と言いながら、世界的にはテクノロジー導入でも進んでいる方です。
EYも何かをスタートするまでの議論はみっちりやるので、意思決定には比較的時間がかかります。グローバルリーダー、あるいは各国のリーダーが強い発信をしているのは確かなのですが、でもまずはなぜやるのというWHYからみんなで議論して、理解した上でどうやるかという話に入っていきます。ですが、やり始めてから「なぜやっているのか」と議論になるケースよりも適応が早いので、長期的に見ると早いんです。価値観の共有というのはEYのグローバルな「より良い社会の構築を目指して」というパーパスがあるからこそできることだと思います。
「世界基準」を意識し、喜びを感じる瞬間を探してほしい
── 世界で活躍されてきた貴田さんの視点から、日本に拠点を置くプロフェッショナルファームにはどんな役割が求められていると思いますか。
貴田:国内のクライアントからは、世界で通用するための変革を強く求められています。日本は資源の少ない国ですから、グローバルでポジションを築くためには、いかに製品やサービスに付加価値を与えられるかに勝負がかかっています。ガラパゴス化しない投資や人材育成のしかたを提案するためにも、プロフェッショナルファームで働く方自身が、日本だけに閉じない経験や価値観を身につけなければなりません。
── 学生のうちから「世界基準」を身につけるために、何から始めたらよいのでしょう。
貴田:何よりも大切なのは好奇心を持つことですね。10年、15年たってもプロフェッショナルファームで活躍している方は、みなさん提案が多彩です。例えば、クライアントが位置するセクター(業界)の将来がどう変わっていくのかを議論できて、そのうえで今までにないアイデアを示せる方が最終的に成功しています。食わず嫌いをせずに、まずはやってみる姿勢が大切です。
── やはり、語学は必須でしょうか。
貴田:実感を基にお伝えすると、必ずしも英語を話せないとダメだとは思いませんが、「情報の鎖国」が起きていることは認識したほうがよいですね。日本には情報の統制はなく、海外のメディアも自由に読むことができます。ただし日本語で目に入るのは、基本的に日本国内で作られた情報に限られます。同じことをGoogleで調べるのにしても、英語で検索をするのと、日本語で検索するのとでは得られる情報量は大きく変わりますよね。政府によるコロナの水際対策を「鎖国」と表現する声がありますけれど、こうした社会情勢とは関係なく、言語の壁によって日本が閉じた状態にある状況と、そのために世界観の生まれづらさをまず理解することが重要です。
── 「情報の鎖国」を理解したうえで、好奇心をグローバルに広げていくことが大切ですね。最後にこれから就職活動を始める学生にメッセージをお願いします。
貴田:私自身は22、23歳のときに「マイパーパスは何ですか」と聞かれたら「パーパスって何ですか?」って聞き直すくらいの若者だったと思います。じゃあ、小さな頃は何になりたかったかというと、小学校の頃はパイロットか先生になりたかったんです。
そして、それは今の自分に通じているんですよね。なぜかというと、まずパイロットというのは、いろいろな未知のものを見たい、知りたい、体験し理解を深めたいという人と場所をつなげるという点です。今の役割もこのパーパスにとても似ていると思います。
先生になりたかった理由は、実際にピアノの先生をしていた時期があるんですけど、生徒がひらめきを感じた瞬間に接すると、すごく喜びを感じたんですよね。これだけだと、あんまりパーパスじゃないかもしれないですけど、それができていると幸せ・やりがいを感じることは、どういう仕事に自分は合っているのかに通じると思います。今の役割でもこのような瞬間をとても大切にしています。
明確なそれぞれのパーパスというのは変わっても良いと思うし、だんだんと固まってくるのかもしれないですけど、まずは喜びや楽しみ、何をやっているときに充実感があるかを考えてください。そして、もしEYに興味を持っていただけたのなら、EYの中でそれぞれが最も輝ける職種を一緒に探しましょう。
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【ライター:中山明子/撮影:保田敬介】