「旅行が趣味」という方にとって、今ほどつらい時期はないでしょう。
新型コロナウイルスの感染拡大を防ごうと、都道府県間の移動を極力減らすように呼びかけられている昨今、帰省や旅行の中止や延期をした方も少なくありません。
外国人観光客も激減し、観光業界も含め、旅行業界は大きな打撃を受けています。業界の先行きはどうなるのか? 今回、ワンキャリア編集部はJTBを取材しました。
ビジネスソリューション事業本部の並木さんに話を聞いてみると、過去最大の赤字になるなど、厳しい状況にもかかわらず、社内の雰囲気は意外にも前向き。
「コロナ禍が明ければ、旅行の需要が戻る」という予測もありますが、どうやら理由はそれだけではない模様。業界の雄、JTBの「隠し刀」に迫ります。
並木 龍馬(なみき りょうま):株式会社JTB ビジネスソリューション事業本部 虎ノ門第五事業部 営業第四課 グループリーダー、e-sports事業推進リーダー
2011年3月に中央大学 文学部 英米文学科を卒業後、2011年4月にJTB法人東京へ新卒入社。法人営業品川支店 営業第三課 法人営業へ配属され、法人営業担当として社員旅行やMICEの企画運営を担う。2013年にJTBコーポレートセールス 霞が関第五事業部 営業第三課 法人営業へ異動し、2020年JTB 虎ノ門第五事業部 営業第三課 法人営業 グループリーダーに就任。その後、2021年JTB 虎ノ門第五事業部 営業第四課 法人営業 グループリーダーとなり、現在に至る。
コロナ禍で約1,000億円の赤字も「旅行のニーズがある限り、事業は必ず復活する」
──JTBの直近の決算(2021年3月期)は新型コロナウイルスの影響を受け、過去最大である1,051億円の赤字となりました。また、2021年の夏休みは、国内旅行数が2019年と比べて約半分程度に落ちていると発表されたばかりだと思います。
並木:感染防止のため、皆さんが人と人との接触を極力避けるようにしていることから、旅行に加えて、企業などが行う会議や展示会などのMICE(※)で移動する方は大きく減少しました。
こうした対面の交流に依存するビジネスについては、相当な打撃を受けています。また、リモートワークの促進も、出張などの需要減につながった部分はあると思います。
しかし一方で、学生さんにとって必要な修学旅行やビジネスに伴う移動などは、感染対策を実施したうえで一定数は行われている──コロナ禍の影響をまとめると、こんなところではないでしょうか。
(※)……企業等の会議(Meeting)、企業等の行う報奨・研修旅行(インセンティブ旅行)(Incentive Travel)、国際機関・団体、学会等が行う国際会議(Convention)、展示会・見本市、イベント(Exhibition/Event)の頭文字を使った造語で、これらのビジネスイベントの総称
──なるほど。いつか感染は終息するという前提があったとしても、「旅行業界の先行きが分からない」と不安に思う学生は少なくありません。並木さんとしては、今後どうなると考えますか?
並木:海外を見る限り、ラスベガスではマスクなしが許可されていて、フランスやイギリスでも徐々に規制が緩和されてきました。われわれ営業チームとしては「ワクチン接種」が一つの目安と考えています。接種率が上がれば、感染のリスクも下がっていく。そうなれば、旅行者の数も回復するだろうと。
2020年の秋は「GoToトラベル」の効果で、単月の売り上げは2019年を上回りました。その経験もあって「これが落ち着いたら旅行は戻ってくるな」と社内の皆が思っており、今は耐えどきだと捉えています。やっぱり、みんな旅行がしたいんですよ。だから悲観はしていないです。
株主総会から社員イベントの企画まで──旅行だけにとどまらない事業内容とは?
──現状を前向きに捉えられているんですね。人の移動が制限される2020年から2021年は、特に厳しいのかなと思っていました。
並木:確かに「JTB=旅行」というイメージで考えればそうですね。ただ、当社が扱っているのは旅行だけではありません。昨今、お客さまの需要も多様化しており、単に旅行の提案をしても、顧客ニーズを満たすのは難しいんです。
──旅行以外の事業ですか。実際にどのような内容を担当されたんでしょう。
並木:企業のセールスプロモーションだったり、私が今担当しているeスポーツ関連だったり、ビジネスソリューションに所属している事業部は、企業の課題解決を目的として営業しています。去年は、企業のバーチャル株主総会の提案から運営までを行うことも多かったですよ。
──ええ? 旅行と全く関係ないじゃないですか(笑)。
並木:株式会社は法律上、株主総会を必ず行わなければいけません。しかし、緊急事態宣言が出ていた時期(2020年4月〜5月ころ)に実施せざるを得ないケースもあり、困っている企業が多かったんです。そこで、少数の株主さまのみご来場いただき、オンラインとオフラインのハイブリッド形式で開催する方法をJTBで提案、開催しました。
もともと株主総会自体、これまでも事業として何社か担当していたので、そのノウハウも生きています。
──これって既存の旅行事業とはどのようなつながりがあるのでしょう? 正直、旅行と株主総会がつながるイメージが全くつかず……。
並木:一番分かりやすいのは「会場の手配」です。例えば、大きいホテルの宴会場でイベントを行う際、普段からホテルといろいろな打ち合わせをしますし、動線も把握しています。そういう意味で、親和性が高いんです。
また、出席する株主さまが増えてくれば、会場も自然と大きいところを確保しなくてはなりません。人事部や総務部の方は当日に向けた準備で忙しいことから、会場との打ち合わせなど、運営を外部に委託したい企業も多いんです。ホテルに限らず、会議施設の情報がJTB社内にはまとまっているため、担当者の方にお手間をかけることもありません。開催規模が大きくなるほど、JTBの出番というわけです。
──なるほど……! 確かに、ホテルで開催するイベントと考えれば、株主総会と旅行はつながりますね。他にコロナ禍ならではの取り組みはありましたか?
並木:全世界で事業を行っているBtoB系のメーカー企業が、これまで北米やアジアなど、地域ごとに行っていた社員表彰式を世界合同でオンライン開催しました。コロナ禍でWeb会議が普及したことをうまく利用した事例ですね。
また、社員イベントもオンライン化しています。今年はオンライン上で行う宝探しイベントなど、さまざまなご相談をいただいています。テレビのクイズ番組をイメージしたイベントも相談を受けており、実施するクリスマスに向け、今まさにお客さまと準備を進めているところです。
オンラインの便利さを使わない手はない。これからの旅行業界には「デジタル視点」が求められる
──オフラインからオンラインへと、顧客需要は変わっているのでしょうか。
並木:そうですね。ただ、お客さまと話していると、オンラインだけでのやり取りがずっと続くかというとそうではないと思っています。緊急事態宣言が出ている地域もあるため、移動の制限はありますが、状況が落ち着けば、恐らくオフラインの旅行需要は戻ってくるはずです。
──コロナ禍を経て、リモートワーク抜きの働き方が考えにくくなったように、旅行についても考え方やスタイルの変化は、今後起こると思いますか?
並木:コロナ後の世界でも、オンラインの便利さを使わない手はありません。目的の多様化に合わせ、人それぞれの楽しみ方が増えるでしょう。オンラインとオフラインのハイブリッド型の旅行が生まれるなど、最終的には、全部がオフラインに戻るというよりも、オンラインの良いところは残ると考えています。
そのうえで、新型コロナへのリスクマネジメントを行いながら、顧客ニーズに合った提案を出すことが旅行会社として求められるのではないでしょうか。
──デジタル化によって、旅行はどのように変わっていくのでしょう。
並木:JTBでは、「旅マエ」「旅ナカ」「旅アト」と、旅行導線上でのお客さまとのタッチポイントを大切にしています。旅をしている間のワクワク感だけでなく、旅マエにお客さまにどれだけ楽しい気持ちを醸成してもらえるか、旅アトにワクワク感の余韻を残すことも旅行の過程として考えているからです。
例えば、これまでは通信手段が限られていたこともあり、旅マエに現地からプレゼンをしてもらうのは難しいことでしたが、オンライン環境が整った今なら、海外のJTBから参加してもらうことも可能です。現地の生の声として、お客さまの不安や質問に直接回答してもらえる安心感があります。
帰国後も自主参加のような形式で、現地の方と話せる機会を提供したり、その土地で植樹した木のその後を1年後に生放映したりと、旅アトも含めた企画が行いやすくなる気がします。
──企画側の腕も試されるし、デジタルをどう活用できるかも知らないと厳しそうですね。
並木:デジタルを知らないからといってJTBの仕事ができないかというとそんなことはありません。あくまでも知っていた方がベターという考え方です。
「ワクチンパスポート」の提示など、今後はコロナの影響で各国への入国ルールが変わる可能性があります。状況が変化しても、お客さまにイメージ通りの旅行を楽しんでもらうためのホスピタリティなどは求められ続けると思います。
旅行会社の仕事は「空間のコンサルティング」 新規事業はその応用にすぎない
──少し話は戻りますが、コロナ禍以前はやはり、JTBでは旅行関連の提案が多かったのでしょうか?
並木:もちろんツーリズムがメインではありますが、インターネット上のみで旅行販売を行うオンライントラベルエージェント(OTA)がこの10年で台頭してきたこともあり、旅行だけだと社業として難しい部分もありました。そのため、MICEやセールスプロモーションなどを2019年より前から営業で勉強し、提案を進めていたんです。
──旅行以外の事業というのは、今後も注力していくのでしょうか? 需要はあるように思いますが。
並木:私が思うに、MICEも旅行と一緒で「人が動くところをスムーズに運営できる」からJTBが扱うのであって、その根幹は旅行事業だと思っています。旅行で培った資産や知見があるからこそ、新たな事業を提案できるのです。
──旅行以外の新領域にまたがる仕事が増えてきたのは、いつごろからでしょう。
並木:私の業務でこの傾向が強くなったのは、2015年ころからです。当時、ゲームメーカーのお客さまを担当していましたが、日頃から皆さんいろいろと楽しいことを考える方たちなので、単純に旅行だけでは企画に面白みがありませんでした。
お客さまといろいろと話す中で、旅行者の動きの中にタッチポイントを作り、商品を訴求するという企画を提案しました。結果、その会社のアミューズメント機器のプロモーションを羽田空港で行うことができました。また、その企業が持つゲームタイトルを用いた「旅×eスポーツ」のイベント提案がきっかけとなり、eスポーツ事業の推進リーダーにもなりました。
ただ、今振り返ると、私が入社した2011年から、すでに先輩方は資産の掛け合わせを意識した働きをしていたと思います。
──旅行も株主総会もですが、人の動きをどれだけ効率化するかが、JTBの仕事になっているように感じました。
並木:私は旅行会社の仕事は「空間のコンサルティング」だと思っています。お客さまが思っている旅行のイメージに合う場所を提案し、実現することが旅行会社の仕事です。MICEも関係各所と調整したり、マニュアルを作ったりします。これも全て、運営するお客さまの思いに応えるためです。
──事業の変化に合わせて、社内の雰囲気も変わってきたところはあるのでしょうか?
並木:多様化するニーズへ対応し、サービスの価値向上を追求するため、入社したころよりも現場の権限が強くなり、提案までのスピードも早くなったように感じます。コロナ禍になってからはより一層、事業部内の判断で進める機会が増えました。
また、オンライン上でコミュニケーションをする環境が整ったことで、名古屋や京都など、離れた場所のメンバーとも連携しやすくなりました。知見がよりシェアされやすくなったと思います。
──各地方に拠点がある企業だと、Web会議の恩恵も大きそうですね。
並木:正直、コロナが流行した当初は、皆が今後について心配したはずですが、JTBは楽しい「機会」を生み出す会社であって、モノを持っていません。ホテルを持っているわけでもないし、飛行機を持っているわけでもありません。だからこそ、自由な発想で「こういうことができるのでは?」と考えることができます。
eスポーツへの取り組みもそうです。今までなら「eスポーツをJTBが扱ってどうするの?」という感じだったと思いますが、何事にもチャレンジしやすくなったのは、会社として前向きな材料ですね。
憧れのゲーム業界に全落ちした就活。5年後、eスポーツ事業のリーダーとして帰ってきた
──今回のインタビューで旅行会社への印象が変わった学生も多いと思います。並木さん自身、「こんなプロジェクトに参加するなんて」と驚いたことはありましたか?
並木:株主総会もそうですが、とある企業の入社式の運営をJTBが担当しており、「入社式を運営するのか」と驚きました。あとは、台湾向けのテレビ番組の制作ですね。
──えっ、テレビですか? しかも台湾向けなんて。
並木:はい。街歩き系の番組制作に携わりました。電鉄系の企業から「沿線に台湾からの旅行客をターゲットとしたインバウンド需要を取り込みたい」というご要望をいただきまして。1週間スタッフとして随行し、番組構成表作りから、ロケハン、編集まで広く携わりました。
JTBが持つデータを使えば、台湾の方々がどうやって日本を回るかも分かります。そのルートを軸にコンテンツを作成するわけです。
──まるで広告代理店みたいなプロジェクトですね。並木さんはなぜJTBを選んだんですか?
並木:学生時代は野球、スキーのインストラクターなどをスポーツ漬けだったこともあり、スポーツ用品メーカーを受けていました。あと、こう見えて結構ゲーマーでして。eスポーツの前身である、アーケードゲームの大会に学生時代から結構出ていたこともあり、ゲーム会社に入りたいと思ったんですが、結局全部落ちちゃって……。
こうした方たちと一緒に仕事ができる企業、という観点で考えたとき、旅行会社ならお客さまの業種を選ばないかなと思い、JTBに入社することにしたんです。
──今、仕事としてeスポーツに携わっていますし、本望じゃないですか。
並木:ゲーム業界への憧れもあり、あるゲーム会社の社長に社員旅行の企画をプレゼンするときは、最終面接みたいな気持ちで望みました。おかげでずっとお付き合いが続いており、JTB主催の「太鼓の達人 小学生ドンカツ王決定戦」など、関連事業のプロモーションを担当させていただいたときは、本当にうれしかったです。
──それは面白い! 旅行という枠にとらわれず、企画次第で何でもありだなと改めて思いました。
並木:とはいえ、JTBに入社して、いきなりプロモーションを手がけたい、広告代理店みたいなことをしたいと考えて入社すると、ギャップを感じることがあるかもしれません。
旅行というベースをしっかり習得しないと、さまざまな要素を掛け合わせることもできませんから。その点だけは、誤解のないようにしておきたいです。
──ありがとうございました。最後にここまで記事を読んでくれた読者へのメッセージをお願いします。
並木:デジタル化が進み、YouTubeやインターネット広告、まとめサイトなどで情報が容易に取得できる社会になった一方で、あふれ返る情報を正確に取捨選択する力が問われています。
いろいろな経験や体験を通し、自分の判断基準を持った方が、社会人になったときに、楽しく過ごせるはず。自分が信じた道を進んでほしいですね。
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