【前編はこちら】:「採用ブランドがないリンモチが、どうリクルートや外資コンサルに勝ってたんですか?麻野さん」
2000年代半ば頃、ほぼ無名であった「リンクアンドモチベーション」という会社は、採用市場に突如現れ、明らかに優秀な学生を吸い込み、採用戦略に勝利していた。
当時の採用チームを立ち上げ、同社に当時最年少で執行役員に上り詰めた、現・取締役 麻野耕司氏。ワンキャリア北野唯我のシリーズ激論。インタビュー後編。
今回の見どころ
1. サイバーエージェントを組織という面から見たら、日本のグーグルになる
2. 戦略人事で大事なことは「事業と組織」をリンクさせること。
3. 投資先判断でみるのは、ビジョン、リーダーシップ、モチベーションの3つ
4. 「完全に事業しか興味がない経営者」に、組織の重要性を説く方法
5. 組織にとって重要な価値観を「4つのP」で整理せよ
6. 人事は、ファンクションは必要だが、今のままだと「ディビジョン」は不要
7. 「トヨタが動けば、日本が動く」
「How Cyber Agent Works」とか「How LM Works」という本が世界で売れる日は来ますか?
麻野 耕司(あさの こうじ):リンクアンドモチベーション取締役。慶應義塾大学法学部卒業後、同社に入社。コンサルティング事業部、人事部などを経て、中小ベンチャー企業向けコンサルティング事業の執行役員に当時史上最年少で着任。成長ベンチャー企業向け投資事業や、組織改善クラウド「モチベーションクラウド」立ち上げ。国内HR Techの牽引役として注目を集めている。2018年、株式会社リンクアンドモチベーション取締役就任。著書『すべての組織は変えられる』(PHP研究所)など。1979年、兵庫県生まれ。
北野:日本でなぜグーグルが生まれないのか、について続いて聞かせてください。今の話はどちらかと言うと「事業」の観点だと思うのですが、「組織」の観点で言うと、やはり「How Google Works」みたいな書籍って全世界で翻訳されて売れてたりするじゃないですか。でも例えば、我々で言うと、「How Cyber Agent Works」とか「How Link and Motivation Works」という本が世界で売れてもいいような気がしていて。そういうものが1つ売れたら、だいぶ日本の印象が変わるような気もしています。言い換えれば、組織の観点での日本の課題は、どこにありますか?
麻野:いろいろありますが、やはりHRそのものの経営における地位がアメリカ企業の方が高いなと思いますね。これはあくまで仮説ですが、この国って製造業で成功しましたよね。製造業時代の経営を引きずっている部分があるのではないかと感じます。製造業の理想は工場の生産ラインで言うと、どんな人がアサインされたとしても1人の生産量は1である、ということが理想です。そこにあまりブレが生じないということが大事です。
北野:つまり、日本は「1人のコンディションやスキルによって差がつくようなことを前提に入れない経営」だと。
麻野:そうです。一方で、いわゆるサービス業、特にITや金融のようなビジネスというのは、1人のパフォーマンスの差、生産量の差がものすごいです。
北野:数百倍、数千倍いきますもんね。
麻野:そのようにボラティリティが出るビジネスって、やはりHRがすごく大事なんですよ。どういう人を採用するか、どういう人を定着させるか、どういう人の意欲を高めるか、みたいなことがすごく大事になってきます。アメリカは早くからそういうサービス業に適応した経営にいって、やはりこの20年金融やITやサービスを伸ばしてきている国だと思うので、そちらへの意識転換が早くて、HRの地位が高いのかもしれないなと思っています。
北野:ボラティリティがでるビジネスほど「HRが大事」。めちゃくちゃ面白い視点です。
サイバーエージェントを組織という面から見たら、日本のグーグルになると思います。決して組織施策のクオリティは負けていない
北野:サイバーエージェントって時価総額で8千億円(※)いって博報堂を抜いて、博報堂出身者としては少し悲しいのですが、でもすごく妥当だと僕は思っています。(※)2018年5月8日時点の時価総額
一方で組織に対しても、サイバーエージェントは強い。確かモチベーションクラウドさんで賞を取られていたりする。難しい話だと思いますが、サイバーエージェントは日本版グーグルになり得るのか。あるいは、サイバーエージェントじゃないとしたら、事業としても組織としても世界中から尊敬されるような会社が生まれたとしたら、どこなのでしょうか。
麻野:サイバーエージェントを組織という面だけから見たら、グーグルやスターバックスのような組織のモデルケースになり得ると思います。組織施策のクオリティというところに関して、アメリカの会社、それこそグーグル、あるいは、サービス業でウェグマンズというスーパーがあるのですが、そことかにも負けないと思います。ただ事業が国内中心なので、いかにこの組織がいいのかと言われても、グローバルのインパクトが少し薄いのはあるかと思います。
北野:つまり、グローバルに組織のモデルケースとなるためには、事業もグローバルに成功しないといけないのではないかと。
戦略人事で大事なことは「事業と組織」をリンクさせること。藤田さんはそれが抜群に素晴らしい
北野:ちなみに、サイバーエージェントの組織の最大の強さって、麻野さんから見るとどういうところでしょうか?
麻野:あくまで外から見た視点ですが、トップの藤田さんのセンスと曽山さんをはじめとするHRの方々のオペレーションが素晴らしいと思います。特に藤田さんの組織人事に関する見立てや打ち手は抜群だと思います。藤田さんとは直接関わったことありませんが、メディアで話されている組織に関することを読めば、それが強く伝わってきます。
例えば藤田さんがハーバード・ビジネス・レビューで言っていたのは、結局、組織戦略で大事なことは、事業と組織をリンクさせることだということです。要は世の中には絶対解としての「こういう組織が良い、悪い」というのがあるわけじゃないです。例えばベタベタなチェーンオペレーションのサービス業でグーグルみたいな組織運営をしたら、ボロボロになるはずです。20%ルールにしても、これをコンビニでやっても絶対うまくいきませんよね。
大事なのは、事業と組織がリンクしているということなんです。でも、それがみんなできないんです。人事は人事、事業は事業とほとんどの人が別々に考えるので。でも藤田さんはそこを明確に理解されていて、ハーバードビジネスレビューの記事でも、結局、「事業と組織のつながりが大事なんです」という趣旨のことをおっしゃっていました。そうしたことを明確に言語化される経営者の方は多くありません。
北野:ただ、1つ疑問なのは、スタートアップの文脈で言うと、会社の作り方って2つタイプがあるな、と思うんですね。事業系ドリブンの会社、例えば、DeNA・じげんなどの会社。もう1つが組織ドリブンの会社、例えば、Speeeやレバレジーズみたいな会社。つまり「流派がある」と感じるんですね。
麻野:私は事業と組織に関しては流派が2つあると考えています。事業に合わせて組織を作るか、組織に合わせて事業を作るかです。これは宗教の違いのようなもので、つまり信仰の問題です。サイバーエージェントは明確に、「組織に合わせて事業を作ります、だからサイバーの文化に合わない事業はやりません。」と藤田さんが記事中でおっしゃっています。すごい本質だなと思うんですよね。
そのレベルで語れる人ってなかなかいないので、やはりサイバーエージェントは藤田さんの事業・組織に関する理解の深さが突き抜けていると思います。
北野:リンクアンドモチベーションはどちらなんですか?
麻野:僕たちは比較的そこを柔軟にやろうと思っていますね。今までって流派が2つといわれていたのですが、組織が戦略に従うというチャンドラーが唱えた考え方と、戦略が組織に従うというアンゾフが唱えた考え方と、これがどちらなのかという議論が結構ありました。僕たちのポジションは戦略と組織はお互いに影響し合う、相互影響関係だということなので、時には事業に合わせて組織を動かした方がいいし、時には組織に合わせて事業を動かした方がいいという考え方なので、どちらかに寄らないというポジションです。そこをしっかりとリンクさせていこう、というのが社名の由来でもあります。
北野:事業と組織両方が強いIT会社という意味では、現代だと、メルカリが代表格に見えます。麻野さんは「メルカリ」は、日本版グーグルになり得ると思いますか?
麻野:なり得るかどうかは分かりませんが、なってほしいです。そこに協力できることがあるなら何でもやりたいです。どちらかと言うと僕が応援する会社も、「この会社成功するな」という会社じゃないんです。「この会社は成功した方がいいな」と思う会社に、僕は投資事業でも投資をすることにしています。メルカリは日本にとって成功すべきですよね? なぜなら、日本発のスタートアップとして事業でグローバルで成功するチャンスがあるので。加えて、彼らは組織に対する意識もすごく高いので、日本からそういうモデルケースが生まれるとしたら、メルカリは最有力候補の企業の1つだと思います。
北野:つまり、メルカリは「日本版グーグルになるかどうか、で見るべきではなく、なるべき」と。
投資先判断でみるのは、ビジョン、リーダーシップ、モチベーションの3つ。
北野:たしか、麻野さんは、投資事業もやられていますよね。投資家としての麻野さんからみて「成功させたい」と思う会社の共通点やポイントを3つ挙げるとしたらなんでしょうか。
麻野:(1)ビジョン、(2)社長のリーダーシップ、(3)モチベーションです。キーワードを挙げるならそれです。ビジョンというのは、会社を分解していくと、人じゃないですか。そして、人は「能力の差」よりも、圧倒的に意識の差のほうが高いと思うんです。例えば、孫さんの話に戻すと、孫さんの知能指数が僕たちの百倍や千倍あるかというと、さすがにそれはないと思うんですよね。
北野:それはさすがにない気がします。
麻野:では、孫さんのプレゼンテーション能力や戦略立案能力が僕たちの百倍、千倍あるかというと、それもそこまでの違いはないように思えます。でも、成果でみると、百倍、千倍以上の成果を出しているのは間違いない。そうすると違いはたぶん、百倍千倍以上のことを想像しているんじゃないかと思うんですよね。人間って結局想像したものが現実になるので、意識に現実が引っ張られると思っているんです。そうするとビジョンってすごく大事で、どのくらいのビジョンが描けるか、見通せるかによって現実がついてくると思うので、僕は投資する際には魅力的なビジョンがあるかどうかを最重要視しています。逆に目先のPLとかはスタートアップの投資の際にはそれほど気にしません。
北野:だから投資家として「会社のビジョン」をみると。投資を行う際の2つ目の視点、ここで言う「モチベーションを見る」はどういうものですか?
麻野:これは、モチベーションを大切にした経営をしようとしているか、です。これは僕たちが投資事業をやる意味です。僕たちは、もちろんキャピタルゲインは得たいと思っていますが、それだけではなく、先ほど言ったような組織のモデルケースを作りたいと思っています。日本からグーグルやスターバックスのような、世界中の会社が組織において参考にするような会社を作りたいと思っています。ですので「モチベーションを大切にした経営をしているか」をみるわけです。
ベンチャー経営者の中にいる「完全に事業しか興味がない人」に、どう組織の重要性を説くか
北野:麻野さんは、投資先に取締役としても出向されていますが、麻野さんってどのようなアドバイスをされるんですか?
麻野:基本的には組織や人事のことです。社外取締役をやっているので、取締役会の報告書があるじゃないですか。多くの企業では取締役会の資料には、だいたいPLやBSのような事業の数字しか載っていないので、エンゲージメントスコアの数字を入れてくれよ、というところから始まり、今月エンゲージメントスコアどうだった、とかいうアドバイスをしていくというかたちですね。
今このスコアだったら、組織じゃなくて事業のほうにリソースを割いた方がいいねという話とか、このスコアだったら事業じゃなくて組織にパワーを割かないと、どれだけ戦略が良くても実行できずに終わるよ、とか。経営って結局資源配分だと思うので、そういうところからアドバイスします。
北野:これまで僕は多くの、経営者の方とお話しさせてもらってきたのですが、経営者って「事業に興味がある人」と「組織に興味がある人」って、割とわかれていたりするじゃないですか。その中でも「事業にしか完全に興味にない人」に対して組織の重要性って、説得できるものなんですか?
麻野:難しいところです(笑)。でも組織の壁にぶつからない企業はほとんどありません。どんな経営者でもどこかで何かしらの失敗をするんです。失敗して、組織が大事なんだと気づいて、お声がけいただけるということも多いです。
北野:では「事業寄りの人」が、例えば、失敗した後とかに最初にアドバイスする、これから始めようみたいなことは、どんなことを言われますか?
組織にとって重要な価値観を「4つのP」で整理せよ
麻野:やはり組織創りに絶対解はなく、最適解しかないので、モチベーションクラウドを導入いただいた場合も、「あなたはどういう組織を目指すのか。具体的にはその組織は社員に何を提供し、何を提供しないのか。逆に社員は組織に何を提供し、何を提供しないのか。その組織の目指す姿というのをちゃんと創ろう。」というところから始まります。
北野:例えば、どんなものが出てくるんですか?
麻野:先ほどのエンゲージメントという考え方ですと、僕たちはエンゲージメントは4つのPで決まるという考え方を持っています。マーケティングで4つのPと言うとProduct、Price、Place、Promotionじゃないですか。エンゲージメントの4つのPはPhilosophy(理念、目標)、Profession(事業、仕事)、People(風土、人材)、Privilege(評価、待遇)です。この4つによって動かされると、僕たちは言っています。
もちろん全部提供できたら最高だけれど、スタートアップの段階で言うと、全部は難しいです。なので、どれを提供してどれを提供しないかというのは、はっきりさせましょうと言っています。
北野:例えば、どういうことでしょうか?
麻野:例えば外資系コンサルティングファームであれば、どこで握っているかというと多くの場合Professionだと思います。要は若いうちから難しくて大きくて新しい仕事ができる。
ほとんどの人がこれに期待してやっているので、Peopleの魅力を高めるためにベタベタな飲み会をしなくても束ねられると。つまりマッキンゼーはProfessionが大事です。
一方で、一昔前のリクルートって、なぜリクルートに入ったのか聞くと、みんな「先輩が魅力的だったから」と言って、「この情報メディアがやりたかったんです」と言う人は少なかったような印象があります。Peopleで束なっていると。ああいう情報メディアの会社では珍しく、「俺営業でも編集でもいいです」といった人がたくさんいると思います。
でもディズニーランドだったらPhilosophyかもしれません。そして、外から見ても何で束ねているかがはっきりしている会社って、良い組織になりやすいんです。そもそも入り口の段階でそういうことを求めている人しか来ないし、ミスマッチも起こりにくいので。
北野:ちなみにリンモチはどれなんですか?
麻野:1つ選ぶとしたら、Philosophyの会社ですね。
北野:ありがとうございます。ここからは未来の話をしたいのですが、今、「人生100年時代」を中心に、HR産業はイノベーションの転換期にいるといわれます。そんな中で、気になるのが、「いかに世界を変えるのか」です。これを聞かせてください。
HR業界で起きている「イノベーションのジレンマ」。日本の組織に必要なのは、診断よりもその後の活用
北野:ここからは未来の話をしたいのですが、今、「人生100年時代」というバズワードを中心に、HR産業はイノベーションの転換期にいるといわれます。日本では東大の柳川教授が提唱する「40歳定年説」など、新しい働き方を求められています。そんななかで、気になるのが、我々現場が何をできるのか、です。つまり「どう世界を変えていくのか」。
麻野さんは、今のHR産業の課題はなんだと思いますか?
麻野:少し大きな枠組みからいくと、組織マネジメントというものにデータが活用できていないというのがあると思います。データの話って、(1)どう診断するかと、(2)どう活用するか、という二つの論点があります。
そして、これまで、組織人事の世界、特にサーベイにおいては、「診断の精度」を上げるという、(1)どう診断するか、というベクトルの進化が重視されてきました。ただ、本当に今求められているのは、診断そのものよりもその後の(2)活用だと思っています。
例えば「エンゲージメントサーベイ」の進化に向けて、日本の組織人事の世界で議論されてきたのは主には、診断項目の話なんです。何を見ますか、という、その議論をずっとたくさんの人たちがやってきたわけです。うちの会社も気づけば18年で、30種類くらいサーベイがあります。いろいろなものが見られます。
北野:つまり、クレイトンクリステンセンのイノベーションジレンマだと。「行き過ぎた進化」になってしまっていると。
麻野:そうです。実は今必要なのは、その診断項目の変化ではなくて「活用」です。何十種類もあるサーベイ、どのサーベイをとっても、その後活用できていません。見て「へえ」って言って、1年後何も変わっていません。そうなっているわけです。
僕らはそこに問題意識を感じて「モチベーションクラウド」というサービスを創りました。手軽にサーベイを取ってみようという世界が作りたいのではなく、それをどう変化に繋げるかというところに、僕は今テクノロジーの力を使いたい、そこが日本の組織の課題だと思っているので。これ以上データが増えてもたぶん、日本の人事は処理しきれないんですよね。
人事は、ファンクションは必要だが、今のままだと「ディビジョン」は不要
北野:我々も実は、官民合わせた「HRのムーブメント」をやっていて、その目的は人事のファンクションというか、人事の役割を再定義することです。僕は人事はファンクション(機能)は必要だと思いますが、ディヴィジョン(部門)はいらないのではないかと考えています。
つまり、人事という部門には、オペレーション部分のファンクション(機能)だけ最低限残して、ストラテジーの部分は経営の中に内包させるというのが正しい姿だと思っています。例えば、「戦略人事」と言いますが、戦略に人事が関係ないことってある? ないじゃない? という話ですね。ただ、現状でHRのプレーヤーのなかで「経営陣からの質問」に答えられるだけの理論やデータを語れる人もほとんど存在していないわけですよね。
結果的に普通の人事コミュニティって集まって「わーっ」て盛り上がって、終わるじゃないですか。でもそれってCFOやCMOに当てはめると、そんなダサいコミュニティってないわけですよね。そうするとやはりCHROコミュニティは「経営からの質問に耐えうるだけの、データや理論」を軸にして運営されるべきなわけですよね。
人事は、事業戦略Aの場合は人事戦略A、事業戦略Bの場合は人事戦略Bと語れるレベルにあるべき
北野:そこで質問ですが、麻野さんから見て日本の人事のレベルを上げるために必要な要素って、分かりやすく3つくらい挙げるとしたら何があると思いますか?
麻野:1つが事業と人事のリンクです。2つ目が数字と人事のリンクです。3つ目が技術と人事のリンクです。1つ目の事業と人事のリンクというと、先ほどのサイバーエージェントの議論に戻れば、結局事業戦略と人事戦略というのは対でお互いに影響を及ぼし合う不可分なものなんです。
言い換えれば、人事が、どれくらい事業戦略を語れますか、という話です。事業戦略Aの場合は人事戦略A、事業戦略Bの場合は人事戦略Bというように考えられていないんです。なぜならば今までの日本の人事というのは、固定化されたシステム、要は新卒一括採用、終身雇用、年功序列、というのを運用するオペレーションが中心でした。オペレーション人事でした。
突然それが全ての会社でうまくいかなくなって、環境変化が激しい中で、自社に合った選択をしましょう、という戦略人事が求められているので、その事業に合わせた人事をどうするかという感覚に乏しい企業が少なくありません。だから組織人事の世界はとてもバズワードが多いんです。コンピテンシーという単語が流行ったらみんなやるし、働き方改革が流行ったらみんなやるし。
北野:今だと「ティール型組織」とかでしょうか。
麻野:そうですね。ティール組織はどのような事業や人材にマッチするのかという議論が必要ですが、そういった議論をせずに、飛びついてしまうと非常に危険です。例えばダイバーシティにしても、「うちの会社の事業戦略を考慮すると、ダイバーシティの度合いはこう定義されるべきだ」という話があるべきなのですが、その視点を欠いて、ただバズワードに飛びつく企業も散見されます。
日本企業で人事が素晴らしい会社というのは、先ほどサイバーエージェントで言ったように、経営者が直接人事にコミットしている会社が多いです。なぜなら事業のことを考えていない経営者はいないので。なので人事が素晴らしい人事を創った、組織を創ったという会社は、非常に少ないです。なぜなら事業と人事のリンクというものを考えられていないから、これが1つ目です。
人事2.0は「人が好き」という感覚と「技術が好き」という感覚を併せ持つ人
北野:2つ目の「数字と人事」のリンクというのは?
麻野:やはり人事の領域は、勘や経験で語られることが多いと思います。事業のほうが数字で語られるのに比べて、人事のほうは勘や経験で語られることが多いなと。声の大きい人事部長が勝つような世界なので、もう少し定量指標を元に戦略、実行が動いていくようなかたちにしないといけないですよね。これが人事が変わらないといけないポイントではないでしょうか。
北野:3つ目の「技術と人事」のリンクについてはどうでしょうか。
麻野:やはり「人が好き」という感覚と「技術が好き」という感覚って遠いところにあるんです。もちろん両方もっている方もいますが、ITのエンジニアでちょっと人付き合いが面倒と思う人が多かったりしますよね。つまり、これから必要なのは「人が好き」以上に「技術が好き」な人事なんですよ。
北野:たしかに、人事で「人が大好きです!」という人はちょっと技術疎いな、みたいなことが多いですからね。ではリンクアンドモチベーションで言うと、「数字と人事のリンク」に関しては、モチベーションクラウドを使えば定量化できて、「事業と人事のリンク」に関しては、その観点を持ったコンサルタントが入って、レベルアップさせるようなイメージでしょうか。
麻野:めちゃくちゃ良いこと言いますね(笑)。モチベーションクラウドを導入して、最初何から始めるかと言うと、目指す組織の姿は何か、4Pで重視するのは何ですかという話で、それって目指す事業の姿が分からないと語れません。なぜ外資系コンサルがプロフェッショナルで束ねるかというと、非常に労働集約性の高い属人的なプロフェッショナル型の仕事だからです。
北野:つまり、リンクアンドモチベーションであれば、「事業Aに基づいて、組織A」をつくってくれる、と。
麻野:はい、そうです。モチベーションクラウドでは、コンサルタントがアドバイスするだけではなく、導入企業の人事の皆さまにナレッジを共有する機会も数多く設けています。アカデミーといわれる理論講座から、セッションといわれる事例紹介、更にはライセンスコースという資格講座まで設けており、毎日何かしらのプログラムが開催されています。モチベーションクラウドが最先端の医療機器だとしたら、それを導入するだけでは組織の病気は治療することはできません。企業内に最先端の医療機器 を使いこなせる医師、つまりはプロフェッショナルHRがいることが大切です。人事の皆さま向けのユーザーコミュニティはこれから最も力を入れていきたい領域の1つです。
明日からでもできる「人事力の高め方」は、(1)取締役会に人事担当を入れる、(2)人事に事業も経験させること
北野:ここまでで「課題」はよく分かりました。うちのメディア、というかこの「激論シリーズ」は結構人事や経営者の方も読んでくれているのですが、明日からでもできるアドバイスってなにかありますか?
麻野:例えば取締役会に人事担当を入れるとか、CHROを設置するとか。あとは人事と現場の責任者をローテーションさせることですかね。あとはセンターコントロールをするCHROと、現場の1つひとつの事業を束ねる、HRBPを分けるとか、そういうことでしょうね。
北野:今のは「機能論」の話だと思うのですが「技術やテクノロジー」という点ではどうですか? なんかできることはありますか。
麻野:技術と人事という意味でいくと、やはり少し人事関連のシステムが古すぎるので、そこに予算が付かな過ぎているのが課題ですね。
例えば、日本企業の多くは、かなり古い人事管理システムを使っています。でもみんな変えるのが面倒だから変えないわけじゃないですか、だから進まない。人事システムとか、新しくて便利なものがドンドン出てきているので、ちゃんと変えたほうがいいんですよ。でも、人事がそれを経営に提案しないケースも多いなと感じています。反対に、営業が使っている営業管理システムなどはどんどん新しいものに置き換わっている。セールスフォースとかも日本でものすごく伸びてますよね。一方で、人事のシステムは更新されていないんですよ。
北野:確かにセールスフォースは今もっとも伸びている業務支援サービスですからね。
KPI設定の前提にすら立っていない人事。まずは1つ入れること
北野:もう1つ聞きたいのが、「人事のKPI」なんですが、例えば、採用の文脈でいうと、人事のKPIを「内定辞退率」とかに置くと、すごくナンセンスな動きをするじゃないですか。優秀な人を採りにいかなくなりますから。あるいは、「採用数」とかにしても、基準を下げて数字をとりにいったりします。結果的に、優秀な人を採れなくなったりします。つまり、「人事のKPI」ってなにがベストなのか? ということです。
麻野:まず前提として、そういう議論の段階にすらないなと思っています。まずは、「KPI」を入れるというところからスタートだと思います。人材採用は採用人数というKPIがありますが、人事制度、理念浸透、人材育成、ミドルマネジメントなど、多くの人事施策にKPIが設定されていません。
例えば経営において、利益を増やすということがナンセンスなシチュエーションってあるわけじゃないですか、今は投資しなくてはいけないとか。売り上げを増やすことがナンセンスなシチュエーションってありますよね。そういった売り上げや利益は本当に追いかけるのがいいのかというような「どのKPIが最適なのか?」という観点は人事施策に関しては、まだ先のステップだと思います。その前に財務諸表を出せ、と。そういう世界があるじゃないですか。なので北野さんが言った観点はめちゃくちゃレベルの高い話で、まずは何かしらのKPIを設定して、PDCAを回してみよう、というステージだと捉えています。
そのなかで、あえていうなら「エンゲージメントスコア」は、使いやすい指標だと思います。もちろん万能ではありませんが、比較的使いやすい指標かなと思います。
北野:たしかに指標として「高くて悪いことはない」という意味で、「エンゲージメントスコア」は分かりやすいですね。
ただ、さらに突っ込むと、例えば「エンゲージメントスコア」ってある意味、人事や経営からするとパンドラの箱なわけですよね。噂では人事のなかには、「うちのチームはまずいから……」と言って、エンゲージメントスコアの導入を躊躇している人もいると聞きます。こういう会社には、いつもどう言っていますか?
「トヨタが動けば、日本が動く」
麻野:組織状態のデータを見るのが怖いとか、見て悪かったら嫌だという感情は多くの経営者の方が自然に持つものだと思います。私たちとして大切なのは、それが事業にどれくらいインパクトするかということを説明することです。エンゲージメントスコアが御社のビジネスとこういうつながりの中で、こういうことに結びつきます、ということをしっかり説明すると思います。
ある外資系システム会社の例でいえば、彼らは「日本はトヨタが動けばかなりの会社が動く」みたいな分析をして、トヨタに徹底的にアプローチするということをやったと聞いたことがあります。そういう成功事例をちゃんと作って、業界内で横展開して啓蒙していくということは非常に大事だと思います。導入に向けて不安があっても、同業界で事例があれば安心していただけることも多い。アメリカのHRプロフェッショナルであるジョシュ・バーシン氏からは「日本で従業員エンゲージメントを広げたければ、モデルケースカンパニーをつくれ」というアドバイスをもらいました。今はしっかりと成功事例をつくっていかなければいけないと思っています。
北野:自分の頭で考えていないから、横見て倣え! になるわけですか。結果的に「トヨタが動けば、日本が動く」と。分かりやすいです。
自分の子どもが、もし21歳の就活生だったらどんなアドバイスをしますか?
北野:最後のトピックスですが、学生へのメッセージについて教えてください。麻野さんは、自分の子どもがもし21歳の就活生だったらどんなアドバイスをしますか?
麻野:1つは、自分で決めた方がよいということです。やはり人に言われたからというのって入社してから壁にぶつかった時に言い訳になるので、自分で決めるということが大事ですね。それより大事なことはないですね。あとはやはり、エンゲージメントスコアは1つの参考指標になると思います。
北野:「でもエンゲージメントスコアを使っている会社って、まだ3千社しかないじゃん。お父さん」と言われたらどうします?
麻野:私たちの子どもたちが就職するまでには、どの会社に就職してもモチベーションクラウドが入っている状態にするというのが、チームのコミットメントの1つなんです。それは結構僕にとってモチベーションが上がる設定で。そういう社会を子供たちの未来に届けてあげたいなと思っています。
人生100年時代、学び続けるやつが強い
北野:最後に学生に向けたメッセージをください。うちは、数十万人のユーザーがいるのですが、彼らに対してメッセージがあればお願いします。
麻野:今日はどちらかと言うと企業側の話で、どうやって企業がエンゲージメントを高めるかという論点が多かったと思います。今回お話した通り、企業は個人のエンゲージメントも高めなければ生き残れない時代になると思っています。でも一方で、個人は企業に依存せずに自分のモチベーションを高めなければ生き残れない時代になるとも思っています。
人生100年時代といわれるじゃないですか。そうすると、身につけるスキルって陳腐化していくことが多いんですよね、知識とか技能って、100年も経てば陳腐化します。だとすると、それを学び続ける意欲や、変わり続ける意欲のような、個人にとってもモチベーションというものが最強の優位性になる時代が来ると思っています。人生100年時代になったということと、変化スピードが激しいという、この2つの環境が変わったことですね。
だからやはり早いタイミングで自分のモチベーションを環境に依存せずに維持できる、向上できるような術を身につけてほしいと思います。
どんな個人でもエンゲージメントを高められる組織と、どんな組織でも自らのモチベーションを高められる個人がリンクすれば、みんながもっと楽しく働ける世の中になると思います。
北野:最後に、組織のプロの観点で見分けるための学生へのティップスは何かありますか?
麻野:1つに絞るとしたら「Vorkersは結構参考になるぞ」かな(笑)。結構あれは、プロの目から実態を表しているぞと。モチベーションクラウドのスコアとも一定レベルの相関がありますね。リンクアンドモチベーションのことも結構正確に描写されていましたから(笑)。ただ、他者にとって良い会社でも、自分にとっては良い会社ではないということは多々ありますし、その逆もあります。なので、最後はやはり自分の目で見て、自分の頭で考えて、自分の心で決めるというのが大事だと思います。
北野:「Vorkes」はこのシリーズにも出てくるサービスですね。ありがとうございました。
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北野唯我:兵庫県出身。就職氷河期に博報堂へ入社し、経営企画局・経理財務局で勤務。その後、米国・台湾での放浪を経てボストンコンサルティンググループに転職。2016年にワンキャリアに参画、サイトの編集長としてコラム執筆や対談、企業現場の取材を行う。初の著書『転職の思考法』がダイヤモンド社より6月21日(木)に発売。
一流たちが激論を交わす 〜北野唯我 インタビュー「シリーズ:激論」〜
・フリークアウト・ホールディングス取締役 佐藤裕介氏
・KOS代表取締役 菅本裕子氏(ゆうこす):前編/後編
・JAFCO Investment (Asia Pacific) Ltd CEO 兼 (株)ジャフコ 常務取締役 渋澤祥行氏
・アトラエ代表取締役 新居佳英氏
・リンクアンドモチべーション取締役 麻野耕司氏:前編/後編
・ヴォーカーズCEO 増井慎二郎氏
・元楽天副社長 本城慎之介氏
・東京大学名誉教授 早野龍五氏:前編/後編
・陸上競技メダリスト 為末大氏:前編/後編
・元Google米国副社長 村上憲郎氏:前編/後編
・ジャーナリスト 田原総一朗氏
・サイバーエージェント取締役 曽山哲人氏