新型コロナウイルスの影響で、家で過ごす時間が増えたという方は多いでしょう。
ドラマを見たり、スマートフォンでゲームをしたり。さまざまな業界が打撃を受ける一方で、NetflixやHuluなどの動画サービスをはじめ、会員数を大幅に伸ばし、注目を集めるサービスも数多くありました。
今回「アフターコロナの業界研究」でフォーカスするのはメディア業界。若者のマスメディア離れが叫ばれて久しいですが、コロナ禍でテレビの視聴時間やWeb媒体の会員数が増えるなど、良い影響があったというデータもあります。
「確かにメディアの消費時間は増えています。しかし、多くの企業はそれをうまく収益に結び付けられていないのが現状です。苦境は、多くの新聞社やテレビ局の赤字決算からもうかがえます」
こう話すのは、国内の新聞社、テレビ局、出版社などのビジネス支援をしている株式会社キメラの中山明子さん。
苦境に喘(あえ)ぐメディアを救うのは、デジタルシフトと収益化──今、業界は生き残りをかけた大転換期にあると彼女は話します。ビジネスモデルから求められる人材まで。メディア業界の「新常識」をとことん解説してもらいました。
連載:「アフターコロナ」の業界研究
新型コロナウイルスの感染拡大により、打撃を受け、変化を余儀なくされる業界は少なくありません。この連載では、各業界の企業を取材し、ビジネスへの影響と復活へのシナリオ、そして各業界の「ニューノーマル」の姿を浮き彫りにしていきます。
コロナ禍で「収益の3本柱」全てが苦境のメディア業界。大規模解雇の足音も?
──本日はよろしくお願いいたします。キメラはメディア企業の支援をしているとのお話しでしたが、具体的にはどのようなことをされているのでしょうか。
中山:主にデジタル化の推進です。新聞社、テレビ局、出版社などのメディアパブリッシャー(※1)に対し、デジタルメディアのデータ分析やコンテンツの収益化などのお手伝いをしています。
国内の50を超えるデジタルメディアを支援しているのですが、最近はコロナ禍の影響もあり、問い合わせが急増しているんですよ。
(※1)……書籍や新聞、雑誌、テレビなど、メディアの発行主体となる事業主のこと
中山 明子(なかやま あきこ)
東京大学文学部卒業後、2015年に日本政府観光局(JNTO)に入構。観光行政やインバウンドマーケティング、組織広報に携わる。2017年株式会社ワンキャリアに入社。同社編集部にて、メディア戦略、コンテンツ企画・編集、企業タイアップ責任者、ソーシャルマーケティングを経験。2019年7月株式会社キメラに入社し、パブリッシャー向けのコンサルティングを担当。
──やはり、新型コロナウイルスの感染拡大でメディア業界は大きな打撃を受けたということでしょうか?
中山:そうですね。収益の軸を担う「(出版物の)売上」「広告収入」「オフラインイベント」が大幅な減収となりました。
──売上については、外出自粛要請などもあったので想像がつくのですが、他の2点について、詳しくお聞かせいただけますか。
中山:まずは広告収入ですが、景気が悪くなると、真っ先に減らされるのが広告です。日本では4月以降、広告業全体の売り上げが急激に低下しました。日本の場合、オリンピックに合わせて広告を増やしていく機運もあったはずで、開催が延期になった影響も少なからずありますね。
海外でも半数以上のメディアパブリッシャーで広告収入が減少したというデータがあります。特に欧米のデジタルメディアでは、新型コロナウイルスの報道に注力しているメディアへ広告主が出稿を敬遠するケースが増えました。
──なぜですか? 多くの人が見るので広告としてはチャンスかとも思いますが。
中山:感染者数や死亡者数など、深刻でセンシティブなニュースのそばに自社の広告が出ていると、「消費者にネガティブな印象がついてしまうのではないか」と懸念されるためです。業界団体が「出稿の自粛をやめてくれ」と声明を出すほどでした。
──オフラインイベントについてはいかがでしょう。そもそも、主要な収益源だったというのが意外でした。
中山:メディアが持つ知名度や集客力を活用し、企業向けのイベントを開催して、収益を得ている企業は多いんですよ。オンライン化も進んではいるものの、まとまった収益が入ることを見越していた企業は、大打撃を受けました。
──収益の3本柱の中で、今後も長期的に影響が出ると見込まれているものはありますか?
中山:広告の売り上げですね。先ほど日本で広告業の売上が下がった話をしましたが、11月時点でも前年比で大幅にマイナスの状況が続いています。中でも、減少の割合が最も大きかったのが雑誌広告です。紙媒体は特にダメージが大きいですね。
日本ではまだ新型コロナウイルスが原因で倒産した出版社や新聞社は少ないですが、海外では大手メディアであっても大規模解雇や、報酬カットが相次いでいます。
日本でも小規模新聞社が夕刊を終了したり、雑誌でも隔月化や休刊の動きがあったりと、じわじわと影響が出てきています。巨額の赤字を出した朝日新聞では、300人規模の希望退職を検討しているとの報道もありました。もはやひとごとではありません。
出典:経済産業省「特定サービス産業動態統計速報(2020年11月) 広告業の動向」
情報の正確さならテレビや新聞。若者の「メディア離れ」はささやかれても「信用」は離れていない
──厳しい状況に陥っているメディア業界ですが、好転する材料はあるのでしょうか。
中山:悲観的になりそうな話が多いですが、新型コロナウイルスはプラスの影響ももたらしました。
まずはデジタルメディアの消費者ニーズの高まりです。今、全世界でデジタルメディアのPV(ページビュー)数と滞在時間が伸びています。特に新型コロナウイルスに関する記事のトラフィック(※2)が急上昇しており、俗に新型コロナウイルスの「第一波」といわれた3月では、メディアの全PVのうち3分の1を占めました。
(※2)……インターネット上を行き交うユーザーやデータの量
──確かに、PCやスマートフォンでニュースを見る機会は増えた気がします。
中山:トラフィックだけでなく、サブスクリプション(定額制の有料購読)の契約者数も全世界で増えています。日本では『日経電子版』の購読者は右肩上がりですし、世界では、ニューヨークタイムズ紙が2020年第3四半期で、デジタルの収入が紙の収入を逆転しました(※3)。
ニューヨークタイムズ紙の決算書を見てみると、広告収入は前年比で30%減っていますが、デジタルサブスクリプションによる収入は34%伸びています。成功例はまだまだ少ないですが、デジタルが紙を追い抜く動向が、新型コロナウイルスの拡大をきっかけに加速しています。
(※3)参考:日本経済新聞「米NYタイムズの4~6月、デジタル収入が紙を逆転」
──デジタルメディアに課金することが一般的になってきていると。
中山:お金を払って、信頼できる情報を手に入れたいというニーズはコロナ禍を経て高まっています。サブスクリプションの契約者が増えた要因の1つだと思いますね。
──「メディア離れ」していると言われている若年層でも、そのような意識の変化はあるのでしょうか?
中山:ありますね。野村総合研究所の調査(※4)によると、10代〜20代の若年層は最新情報をチェックする際にSNSを利用し、まとまった情報を正確に知りたいときはテレビや新聞から情報を得ています。
若い人も決して既存メディアから離れているわけではなく、目的に応じて情報収集の媒体が変わっているだけなんですよね。
(※4)参考:野村総合研究所「新型コロナウイルス感染拡大下の日本人の情報収集行動 ~デジタル空間での「インフォデミック」抑止にも注力を~」
──情報収集のリテラシーが高くなってきているわけですね。
中山:この調査では、情報収集手段の信頼度についてもデータを出しています。Twitterの情報を信頼すると答えた人は22%だった一方で、新聞は78%、テレビでもNHKは79%でした。この数値は政府や専門機関のWebサイトよりもスコアが高いです。
「テレビ離れ」「新聞離れ」とささやかれていますけど、「信用」はまだ離れていません。日本でも信ぴょう性のない記事がWeb上に氾濫していた時代がありましたが、信頼できる情報の発信元が支持される流れが生まれてきています。これは、長い歴史を持つメディアパブリッシャーの追い風になるでしょう。あとは、このチャンスをどう生かすかです。
デジタル施策に取り組むメディア企業に立ちはだかる「3つの壁」
──メディア業界がこのチャンスを生かすには、どうすれば良いのでしょうか。
中山:「デジタルの施策を収益に変える」ことにどれだけ本気になれるかということだと思います。既存のビジネスモデルだけに頼って、事業を継続していくのは難しいと多くの会社が危機感を覚えています。この意識はコロナ禍で一層強まりました。
実際、キメラにも「デジタルメディアやサービスのサブスクリプションを始めたい」「分析ツールを紹介してほしい」といった相談が増えています。
デジタルメディアのユーザーニーズは高まっている一方で、それをうまく収益に結び付けられていないというのが各社の現状です。収益が出る新たなビジネスモデルができれば、状況は大きく変わるでしょう。
──彼らがデジタル施策を実施する際、壁になるのはどのような部分でしょう。
中山:デジタルメディアやサービスは、本や新聞などを販売していたメディアパブリッシャーのこれまでのビジネスとは根本的に考え方が異なります。
サブスクリプションの事業計画を構想する際は、1人当たりの契約期間をできるだけ長くして、生涯で支払われるお金を最大化できるかがポイントです。一方で既存のメディア事業は、より多くの本を売り上げる、掲載する広告を多く取るなど、定められた発行スパンや掲載枠で収益の最大化を目指すモデルです。
──なるほど。考え方が真逆ということですか。
中山:メディアの特性も異なります。雑誌もテレビ番組も作り終えたらあとは世の中に出すだけ、消費されるのも一時だけでした。しかし、デジタルメディアの場合、公開したあとも手が加えられますし、世に出した数年後に再度着目されることもあります。
デジタルメディアの特性を理解するには、Webマーケティング的な考え方が必要です。だから、10年間記者をしてきた人にいきなり「Webに最適化してください」とお願いしても、すぐに結果を出すことは容易ではないでしょう。従業員のデジタルリテラシーの醸成も必要になるのです。
──長い歴史や積み上げたノウハウがあるからこそ、変化を起こしにくいと。
中山:既存ビジネスとの兼ね合いで苦しむケースも少なくありません。出版社でいうと書店、新聞社でいうと地元の新聞販売店など、彼らは既存の販売網との関係性も大切にする必要があります。海外のように既存のビジネスを一気に縮小し、デジタルに全力で注力──というわけにはいかないでしょう。
こうした点を踏まえながら、主力の事業と新たなデジタルの取り組みをどう両立させていくのか。どの企業も悩んでいますが、それでも変わらないと生き残れません。そのため、人材の採用にも大きな変化が起きています。
メディア業界は大転換期。面白いコンテンツをビジネスにできる「デジタル人材」にラブコール
──デジタルに強い人材を採用するということですか。他の業界でもよく聞く話ですが。
中山:はい。エンジニアやウェブデザイナー、Webに強いBizDev(※5)など、デジタル領域に精通している人材を求める動きが、新卒中途ともに、ここ1、2年で加速しています。
中途採用では、最近ではテレビ局だとNHK、出版だと集英社、新聞だと朝日新聞社などがデジタル職採用枠を設けて募集を始めました。
(※5)……ビジネスディベロップメント(Business Development)の略称。事業開発を意味する職種名
──新卒採用はいかがでしょうか?
中山:新卒で早くからデジタル人材の確保に力を入れていたのは、日本経済新聞社ですね。デジタル採用だけのWebページを作るほど注力しています。
テレビ局では日本テレビが早期から力を入れていますね。データ分析やデジタルのコンテンツ開発、先端技術開発などの業務内容を担当するスペシャリストを窓口を分けて募集しています。
日本経済新聞社のデジタル人材向け採用ページ
──メディア業界で働く上で、求められる素質が以前と変わってきているのでしょうか。
中山:面白いコンテンツを作りたい! という情熱は引き続き問われると思います。デジタルを活用したビジネスプランを考えられる人や、ビジネスアイデアを実装できる技術を持つ人がさらに求められるようになっていますね。
──中途採用の間口が広がってきているのであれば、メディア業界以外で新卒入社して、転職でメディア業界に入る選択肢も有力だと思いました。
中山:そうですね。エンジニアやWebデザイナーの経験を積んでから、もしくは他の事業会社でビジネスの経験を積んでから転職で入るのも一つの手でしょう。
メディア業界以外でもコンテンツを作れる時代ですし、サービス開発をするためにメディア業界を選ぶ、という選択も不自然ではなくなってきました。学生さんにとっては悩ましいかもしれませんが、選択肢は確実に増えましたね。
──最後に就活生に一言お願いします。
中山:メディアパブリッシャーは人の文化や言論を支えてきました。「メディア離れ」という言葉はあるものの、情報をなりわいにする仕事は、これからも形が変わったとしてもなくなることはないでしょう。
メディア業界は今まさに大転換期にあります。実際にこの2、3年でビジネスの方向性も、採用の動向も大きく変わりました。伝統的な業界ならではのチャレンジは多いですが、だからこそ会社を変えてくれそうな人を強く求めていると思います。
私自身、裏方としてメディアパブリッシャーの支援をしていますが、業界が変わる瞬間に立ち会って仕事をするのはとても面白いですよ。メディア業界の変化の波に、ぜひ一緒に飛び込んでいきましょう。
【アフターコロナの業界研究】
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