※こちらは2016年3月に公開された記事の再掲です。
前編はコチラ:「ただのミーハー集団と言われる電博」を、元社員が別の角度から見直してみた【前編】
電通・博報堂が潰れる? それはハッキリ言って、ありえない
そもそも「会社が潰れる」定義はいくつかあるが、電博が潰れる可能性は極めて低い。なぜなら、日本の大手広告代理店は、極めて優れたビジネスモデルを有しているからだ。詳しくは省くか、要点はこの通りだ。
【電博のビジネスモデルが強い理由】
・必要な先行投資・在庫がほとんどなく、単年度の利益コントロールが極めて簡単(=経営が簡単)
・労働集約型産業でありながら、「規模の経済」が効く仕組みを持っている(=上位寡占が進む仕組みがある)
・産業の特徴上、優秀な人材やネットワークが強い人材を採るのが容易
確かに、今後、電博の平均給料が下がることはあり得る。だが、電博のビジネスモデルは圧倒的だ。
両者が潰れるとしたら、「巨額の先行投資の失敗が続くこと」と「給料の弾力運用を失敗すること」ぐらいしか想定しづらい。
【電博が潰れる条件】
・巨額の先行投資(M&A・媒体の買い切り)が大失敗し続けること
・費用の大半を占める給料の弾力運用を行わず、単年度の利益コントロールを失敗し続けること
給料の弾力運用はすでに電博ともに、数年前から運用している。給料の弾力運用とは、「固定給の割合を減らし、業績に応じたボーナスの割合を増やすこと」にある。簡単に言うと、儲かった時はたくさんボーナスを払い、儲からなかった時はボーナスを出さない、という考え方だ。(現に、電通・博報堂の売上総利益と販管費はほぼ連動している)
電通がAegis(イージス)社を買収し、博報堂がIDEO社の株式を取得した。日本の広告市場から生まれるキャッシュ(=現金)以上に、巨額の損失を出し続けない限り、電博が潰れることは考えにくい。
代理店にとっての変化:グーグル(Google)、ヤフー(Yahoo! JAPAN)、サイバーエージェントの出現
2つ目の論点は「インターネットの出現によって電博のビジネスは何が変わったのか?」
数年前、ネットの出現によって、マス広告に頼る電博は潰れるという声もあった。
インターネットの影響については、「グーグルの出現」「ヤフーの出現」、そして「サイバーエージェントの出現」に分けて考える必要がある。
グーグルの出現が、社会に果たした役割とはなんだったのか?
グーグルには複数の役割がある。そのうちの1つが検索機能だ。グーグル検索によって、人々は知りたいことをすぐ調べられるようになった。検索は基本的に「知りたいことが明確な時」に使われる。ユーザーからすると、これまで本や雑誌、口コミを使って調べていた内容が、グーグルの検索に取って代わった。これは広告代理業にはほとんど影響がない。これまで本や雑誌などに出稿していた広告が、グーグルの広告(Google AdWords)になるだけだからだ。
むしろ、グーグルの出現によって助かったのは、これまで電博が相手にできなかった中小企業だ。テレビ出稿はできないが、Web広告なら出稿できる。そんな規模の企業が、「いい商品を世の中に知ってもらうこと」を実現する世界を作った。これが、グーグルが広告市場において果たした社会的な役割だ。
ヤフーの出現によって、電通・博報堂はなにが変わったのか?
2つ目は、ヤフーの出現だ。ヤフーには、「ブランドパネル」と言われる目玉商品がある。ヤフーのトップページの右側にある広告枠だ。代理店にとってこれは、マスメディアとほぼ同じ役割だ。商品が1つ増えたに過ぎない。
広告代理店は、「買い切り枠」という広告枠以外において、仕入れに対して責任を負わない。広告枠を仕入れてから売るのではなく、「売り先を見つけてから広告枠を仕入れる」のだ。従って在庫を抱えるリスクはなく、「売れなければ仕入れない」だけだ。
そして、ブランドパネルは売れる商品だ。だから仕入れて売る、それだけだ。
ヤフーを代表するWebメディアの出現によって唯一変わったのは、「制作コスト」だ。Web広告の制作費(=バナーなどを作る費用)は、テレビCMの制作費に比べ、手間がかかるわりに儲からない。Webは出稿後のやり直しが効き、修正作業(=PDCA)が何度も発生し、その上に受注金額が小さい。つまり、儲からない仕事なのだ。
この仕事に対して電博は、外部・グループ会社に発注したり、社内の派遣・契約社員が対応することで収益をコントロールしている。正社員が行うのは全体管理のみだ。
サイバーエージェントの出現を受けて、電博が採った戦略とは?
3つ目は、サイバーエージェントの出現だ。
サイバーエージェントには多くの事業が存在する。ここで触れるのは「ネット専業広告代理店」としての役割だ。Web広告の仕入れと、販売を専門に行う機能だ。
この影響は大きかった。ネット専業代理店が持っているテクノロジーを電博は持っていなかったからだ。そこで、電博が取った戦略は、「内部に取り入れること」。具体的には、以下の2つだった。
1. 専門代理店を子会社に抱えること
2. 数字管理に強い人材を採ること
電通はサイバー・コミュニケーションズを、博報堂はデジタル・アドバタイジング・コンソーシアム(DAC)を買収した。あるいは近年、電通が「理系学生」の採用に力を入れ、博報堂が「コンサル人材」の採用に力を入れているのは、この戦略に基づいている。
電博は長らく、広告業界のトップに居続けてきた。優秀な人材も極めて多い。彼らを中心にして、いずれの変化に対しても適切な対応を行ってきたわけだ。
オリンピック後に、新たに問われる「電博の真価」
最後に、電博の今後の展開はどうか?
ポジティブ材料がある。最もポジティブなものはやはり、東京オリンピックだ。
オリンピックは、世界中から人々が集まる。文化も考え方も違う人々が集まる中で、日本人同士のコミュニケーションに比べて、コミュニケーションコスト(=広義の販管費)は圧倒的に高くなる。広告の役割が「コミュニケーションコストの最適化」だとすれば、広告代理店が果たすべき役割は一時的に大きくなる。
現に、円安・ビザ緩和の影響も受け、都内では、中国語や英語で書かれた広告も出現している。
日本に「また来たい」と思ってもらうことが、今後10年で電博が果たすべき社会的な役割
近年、電通・博報堂はともに「電博は問題解決企業」ということを押し出している。広告主が抱える課題はもちろんだが、電博が解決すべき「社会の課題」は別にある。
それは「観光業の黒字拡大」だ。
日本は長らく、旅行産業が経常赤字だった。簡単に言い換えると、「日本人が外国で使うお金>外国人が日本で使うお金」ということだ。たくさん使うわりに、あんまりお金が入ってこない、ということだろうか。
具体的な数字で見ると、2000年まで観光業の収支は▲3.1兆円、2010年には▲1.3兆円だった。55年にも渡り赤字だった旅行産業だったが、2014年4月にようやく黒字化し、2014年は0.3兆円の黒字化に成功した。(※ 財務省 国際収支統計より)
日本にとって、観光業の黒字化は長年の課題であり、製造業が苦戦する中、観光業の黒字拡大は今後も課題であり続ける。だから、必死に東京オリンピックを取りにいったのだ。
冒頭で「元々需要のない商品に広告を打っても意味がない」と述べたが、今回の商品は、「日本そのもの」だ。
日本という商品の良さを、世界に伝え、また来たいと思ってもらうこと。
広告代理店が「課題解決企業」であるとすれば、日本が抱えるこの課題に対して、今後10年で電博が果たすべき役割は大きい。私はそう考える。
編集後記:博報堂/BCG出身、北野(KEN)からの一言
「広告代理店って、虚業でしょ」
これは私が博報堂で勤めていた時、実際に友人に言われた一言です。とてもショックだったのを今でも覚えています。
広告代理店を含めたマスコミの仕事は、社会に露出する機会が多く、「いわれのない噂」が多く存在します。華やかな印象も相まって、「高給取りだけど、実態が分かりづらい産業」と思われているのでしょう。
ですが、私は産業に虚業は存在しないと考えます。特に、長く続く産業では間違いありません。どの産業にも価値があり、意味があるからこそ存在し続けているのだと確信を持っています。私の友人の言葉も、単純に「自分が働いたことがないから、外から見ると意義が分かりづらい」というだけでしょう。
これまで私が書いてきた記事、「スタンフォードを出た彼女が、日本のマッキンゼー、ボストン コンサルティング グループを選んだ3つの理由」「ゴールドマン・サックスを選ぶ理由が、僕には見当たらなかった」でも伝えたい想いは全く一緒です。
「どの産業にも、目には見えづらいやりがいが存在する。それをきちんと伝えたい」
今回の記事が「広告代理店が社会に存在する意味」という新たな側面をお伝えできれば、これ以上嬉しいことはありません。
執行役員 北野唯我(KEN)
──Twitterはこちら:@KEN_ChiefE
──ブログはこちら:『週報』ー思考実験の場。
──記事一覧はこちら:ワンキャリア北野唯我(KEN)特集