民間企業初の有人宇宙旅行やロケット開発に取り組むベンチャー企業など、宇宙に関するニュースをよく耳にするようになった人もいるのではないでしょうか。
実は宇宙ビジネスは大きな転換期を迎え、新規事業が次々と生まれている分野です。この流れは世界共通で、日本の企業も大きなビジョンを描きながら、各国と競争を繰り広げています。
その1社がスカパーJSATです。テレビCMでもおなじみの同社は衛星放送のイメージが強いですが、もう1つの主力事業が宇宙事業。1989年には国内民間企業初の通信衛星打ち上げに成功し、日本における宇宙ビジネスの草分け的存在です。
急成長を遂げる宇宙産業でスカパーJSATは何に挑戦しているのか。宇宙事業の新規プロジェクトをともに担当する入社20年目の田中さんと、3年目の根本さんにお聞きしました。
安定と挑戦が両立する宇宙事業。テレビだけじゃないスカパーJSAT
──本日はよろしくお願いします。早速の質問になりますが、正直に申し上げると、スカパーJSATが宇宙ビジネスに関わっていることが意外でした。「テレビ」のイメージが強かったので。
田中:確かにスカパーJSATの主力事業の1つは衛星放送などのメディア事業ですが、人工衛星は放送以外のさまざまな目的で活用できます。利益を比較してみると(※1)メディア事業が45億円に対し、宇宙事業が80億円です。営業収益はそれぞれ976億円と535億円ですから、宇宙事業は重要な主力事業であり、利益率の高い分野ともいえます。
(※1)……スカパーJSATの親会社である(株)スカパーJSATホールディングスの2019年度通期決算資料における、セグメント別の親会社株主に帰属する当期純利益で比較
田中 賢太郎(たなか けんたろう):宇宙・防衛事業部 宇宙チーム長。主に静止軌道、低軌道における新規事業開拓を担当している。2001年入社。グローバル事業部、香港支店などを経て、2008年から 防衛事業部にて防衛省PFIプロジェクトの立ち上げを担当。2015年より2年間、アメリカのジョージ・ワシントン大学宇宙政策研究所に留学。2017年から新領域開拓に携わり2020年より現職。
──80億円もの利益を生み出しているなんて、知りませんでした。具体的に何が収益源になっているのですか。
田中:主なものとしては政府や電力・ガスなどのインフラを担っている企業に向けた通信サービスです。通信なんてWi-Fiや携帯電話があると思われるかもしれませんが、災害で電柱や基地局が損壊した場合は使えません。私たちが提供する人工衛星による通信の良いところは、そういう有事の際にも、どこからでも使えることです。
──衛星通信関連での契約料が、主な収益ということですね。
田中:そうですね。一方で、収益が安定しているからこそ、新規事業にも積極的に挑戦しています。僕は入社してから20年になりますが、今ほど民間企業が宇宙で活躍している時代はなかったですし、自分自身もこんなに変革を求められているときはないなと思います。
──確かに、最近は「宇宙ビジネス」という言葉をよく聞きます。なぜ、ここまで新規参入が相次いでいるのでしょうか?
田中:実は宇宙ビジネスって、ずっと大きな変化のなかった業界だったんです。1957年に旧ソビエト連邦が人類初の人工衛星打ち上げに成功して以来さまざまな用途で利用されてきましたが、ビジネスとして成り立ってきた分野は通信と放送しかありませんでした。打ち上げまでのコストが膨大で、採算が取れる事業はそれくらいだったからです。
それが、ここ5年くらいは技術の進化により手のひらに乗るような小さい人工衛星や、性能の良いカメラを搭載した衛星を比較的低価格で打ち上げられるようになってきました。アメリカでは小学校で人工衛星を作って実際に宇宙へ打ち上げたという話もあるくらいです。
──参入コストが大きく低下したわけですね。
田中:はい、参入障壁がすごく下がりました。さらにここ数年、イーロン・マスクさんのような起業家が宇宙事業に膨大な資金を投資しています。そのため、新しいアイデアもたくさん出てきています。
──産業規模はどれくらいなのでしょうか。
田中:世界における宇宙ビジネスの産業規模は現在40兆円程度、これが2050年には200兆円になる、との見方もあります。日本においては現在1.2兆円と言われており、これを2030年代早期に2倍にすることを政府は目指しています(※2)。
(※2)参考:内閣府 宇宙政策委員会「宇宙産業ビジョン2030 P.8」
──その大きな流れにスカパーJSATも乗り、新しい挑戦をしている、と。
田中:ビジネスチャンスがあるということもありますし、社員に面白いことをやりたい人がたくさん集まってきたという面もあります。
僕は入社前にバックパッカーをしていました。日本を出てみたいという気持ちからだったのですが、入社後も好きなことや興味のあることを大切にして生きてきたつもりです。このスタンスを変えずに昔から新しいアイデアを発信してきたのですが、入社当時は「何言っているの?」という感じのときもありました。ですが、最近は自分でもちょっと無茶(むちゃ)かなと思うくらいのアイデアを口にしても、「面白いね」と受け入れられています。これは成長分野ならではと感じます。
──なるほど。具体的には、今どんなビジネスに挑戦しているのですか?
絶対にデータを盗まれない通信に挑戦。開発競争で各国としのぎを削る
田中:主な仕事の1つとして総務省の公募事業で2018年に採択された「衛星量子鍵配送」のプロジェクトに関わっています。
──衛星量子鍵配送、ですか……?
田中:難しそうですよね。このプロジェクトは暗号専門の方に説明したときでも、「なるほど」と言ってもらえるのに1時間半かかりました(笑)。だから、就活生の皆さんがこの記事で理解できなくても、全く問題ないです。
根本:僕もこのプロジェクトに技術担当者として参加していますが、もともとは専門外の分野でした。大学時代も宇宙についての研究をしていたわけではないので、知識は後からでも学べます。
根本 和哉(ねもと かずや):宇宙技術本部 通信システム技術部所属。2018年入社。入社後は、新規案件の開発、ボートレースの映像配信、船上気象センサーのデータ集約/見える化、災害対策車の共同製作プロジェクトなどを担当。大学院までは地球環境に関する研究をしてきた。
──それを聞いて安心しました(笑)。では、概要だけでもいいので、教えてもらえますか。
田中:前提として、通信データはハッカーなどに覗(のぞ)き見される危険性があります。皆さんがスマホで見たWebサイトや恋人とのLINEの内容が他人にバレたら、嫌ですよね。
そうならないために、通信データは、覗き見られても何の情報か分からない形に変換する必要があります。この「分からない状態」を元に戻すために使うのが「鍵」です。
──あ、なるほど。戸締まりに使う鍵ではなく、情報を守るためにロックするパスワードのようなものですね。
田中:そうですね。そして、その「鍵」を絶対安全に相手方に送信できる先進的な方法が「量子鍵配送」です。
これまでは、情報を盗み取られないように鍵をかけても、その鍵を安全に送り届ける方法がなかったので、完璧なセキュリティではなかったのです。
ですが、この鍵を送る際に今までの通信方法ではなく、光の粒(ここで言う「量子」)を活用した通信を使うと、誰かが盗もうとした場合でもそれを絶対に察知できるのです。
──鍵が盗まれたと分かれば、その鍵は使わないで、別の鍵を作ればいい。鍵が盗まれずに送れたことが分かってからデータを変換して送れば、覗き見られることはない。これが、大まかな仕組みということでしょうか。
田中:大まかにはそうです。この「量子鍵配送」は、地上通信(=光ファイバー)ですと数百km程度が限界ですが、人工衛星を使えば世界中に送信できます。これが「衛星量子鍵配送」です。
──絶対にデータを盗めない通信方法とは、面白いですね。どんなビジネスに応用できそうなのでしょうか。
田中:安全保障、外交、遺伝子情報、金融資産情報など、とにかく他の人には絶対に見られたくない情報を通信する際に需要があると見込んでいます。
すでに中国が実証試験に成功していて、他の国も追いつこうとしています。日本でも実用化に向けた実証試験に取り組んでいて、それをスカパーJSATや国立研究開発法人 情報通信研究機構(NICT)などと共同で進めています。
──各国がしのぎを削っている開発競争に、日本代表として参加する。そんな仕事、めったにない気がします。そもそも、どうしてこのプロジェクトが始まったのでしょうか。
有志で始まったプロジェクトが総務省に採択。好きで人が動く組織の力
田中:最初は有志で始まった社内プロジェクトでした。それが総務省に採択されたことで、きちんと予算のつくプロジェクトになりました。僕がプロジェクトマネージャーで、技術検討、調査、契約などを担当する人たちがいる10人ほどのチームです。
根本:僕は、正式なプロジェクトになった段階でアサインされています。
──有志で始まったきっかけは何だったのでしょうか。
田中:2017年の夏ごろに、NICTで衛星を使った量子通信の実験をしているというニュースが報じられました。僕は子どもの頃から宇宙が大好きで、それと同じくらい量子力学も大好きだったんですよ。その好きな2つが一緒になっているニュースだったから「なんじゃこれ!」と思って、すぐ話を聞きに行かなくちゃとアポイントメントを取りました。同じことを考えていた人が社内にも数名いて、一緒に話を聞きに行ったのが始まりですね。
──興味本位で話を聞きに行ったのが、きっかけだったんですか?
田中:こういうことを許容してくれるのが、弊社のいいところですね。研究者の方々に話を聞きに行くのに、わざわざ上司の許可申請などは必要ありませんし、自由に動けます。
NICTには当時、取材や問い合わせが各方面からあったそうです。僕はとにかく量子力学が好きでしたから、NICTの方にも他社とはちょっと違うと思って気に入ってもらえたみたいです(笑)。そこから継続的に一緒に勉強会を開くようになっていたところに総務省の公募の話があり、共同で応募させていただくことになりました。
──量子力学が専門外だった根本さんは、大変ではありませんでしたか。
根本:確かに、研究関連の本はたくさん読んで勉強しないといけませんでした。でも入社3年目から、日本で一番量子暗号に詳しいNICTの人と対等にやりあい、1つのものを作り上げている。こう実感できるのは、とても楽しいです。
──宇宙自体には、いつ頃から興味があったのですか。
根本:僕も子どもの頃からですね。宇宙から見た地球を本で見て、その美しさに心を奪われ、漠然と宇宙飛行士になれたらいいなと思いました。今でも宇宙に行きたいという思いはありますね。大学時代は、地球にも興味があって環境問題について学びましたが、宇宙は相変わらず好きでした。これからもずっと好きでいられるだろうなと思い、就活では宇宙・環境に関係のある会社を中心に受けていました。
宇宙ビジネスは文理不問。必要なのは長期的な思考
──お2人のお話を聞いていると、宇宙事業には理系出身でないと関われないのかなと思ったのですが、実際はどうでしょうか?
田中: 理系出身の人が多いのは確かですが、実際の仕事においては、文理の出身にこだわったことはありません。そのメンバーに足りない知識があれば勉強してもらいます。
僕自身、2015年から2年間、宇宙政策を学びにアメリカ留学もしていますが、宇宙政策は文系の学問です。実際の私の業務も事業開発の戦略立案が中心で、少なくとも理系の仕事ではないです。
──技術系以外の仕事だと、どういうものがあるのでしょうか?
田中:例えば契約をするためには、仕事全体を俯瞰(ふかん)し、それに伴うリスクや責任を定義する必要があります。国際動向や、各国の法制度などを調査する仕事もあります。今のプロジェクトは国の予算で動いていますから、監査を受けるため、経理の知識を持った方も重要です。他にも潜在市場の調査など、仕事は多岐に渡ります。
──確かに文系でも活躍できそうな仕事ですね。根本さんの周りで働いている人はいかがですか?
根本:僕はこのプロジェクト以外にも新規事業案件を担当していますが、そこでも文系理系関係なくアイデアを出してやっていますね。
──では、宇宙ビジネスに関わる上で大事な素質は何でしょうか。
田中:長期的な視点ですね。宇宙事業の特徴はとにかく長期であることです。新規事業の開発プロジェクトを事業化にするまでには5年かかり、その事業が15年くらい継続していくイメージです。事業計画を考えるときは20年分くらいの計画になるので、長期的な予測も重要となります。
また、予算は数百億円規模になることも珍しくないので、一人の人間が短期間で企画を出すわけではなく、多くの人が関わり、提案までに何年もかかる場合が多いです。僕がこれまで関わったプロジェクトでも、アイデア自体は良くても、法制度や物理的な理由に課題があり時間がかかってしまうことがよくあります。
──なるほど。かなり長期的な視点で考える力が求められますね。
田中:いつも3年先、あるいはもっと先の未来を考えているイメージです。衛星量子鍵配送の実証実験は2022年に終わる予定ですが、僕は今その後のことを考えています。いかにサービスインできるのか、初期投資をどうすればいいのか、どういう人がどういう条件なら利用してくれるのかを考え、ヒアリングなどを行っています。
国境のない宇宙。だからこそ世界や社会の動きが俯瞰して見える
──宇宙事業に関わると、専門知識以外にどんなスキルが身につきますか?
根本:僕は新規事業のプロジェクトにアサインされることが多いのですが、自分たちだけではできないことをするためにパートナーを探したり、ニーズを調査したりするので、新しく物事を始めるためのスキルが身に付いたと思います。
田中:経営に関する知識ですね。事業計画の立て方やキャッシュフロー、ファイナンシャルステートメントの読み方などは全て入社してから身に付けたものです。あとは、国際情勢や各国の法制度など、世の中のことがよく分かるようにもなりました。
──宇宙に関することを仕事にしたからこそ、養える視点もありそうですね。
田中:そうですね。宇宙は国境を超えて存在していますが、さまざまな国が進出しています。だからこそ、国際関係、安全保障などがこの地球上ではどのようにして成り立っているのか、という点も考えないといけません。
根本:人工衛星は地球を広く見下ろしています。同じように、自分もその視点で物事を俯瞰的に捉えられるようになったと思います。世界のどこかで起きたことがひとごとではなく、自分ごととして捉えられるようになりました。
田中:地球のことも宇宙規模で考えていますから、球体として捉えています。地球を球で考えている会社なんて、あまりないでしょ?(笑)
──確かに(笑)。みんな世界地図の平面で考えてしまいますからね。宇宙ビジネスでこれからやりたいことはありますか。
根本:月や火星の観光業をやりたいです。火星にはエベレストの34倍くらいの高さの山がありますし、夕焼けが青く見えるんです。最初は映像からかもしれませんが、観光ツアーをやりたいですね。
田中:根本くんの観光業にも使えると思うけど、僕は通信回線を宇宙に構築したいですね。人工衛星同士をつなげて宇宙に網の目のように通信を張り巡らせる。そうすれば、人間の活動圏はもっと広がると思います。
──通信網が広がると、活動圏が広がるというのはどういうことでしょうか?
田中:まず僕は、人類はいつか地球上を離れて宇宙に行くものだという考えを前提として持っています。それこそ、ガンダムの世界みたいに宇宙で人が活動する。そんな未来が来ると思っているんです。そのときに、通信がないってあり得なくないですか?
──確かに。人類がもっと宇宙に行くようになれば、つながれることがより重要になりそうです。
田中:誰かが月に行けば、それを中継したいし、写真も送ってほしいし、SNSで自慢したい。通信があることが当然なのかなと思います。
大切なのは、答えではなく問い。就活で答えが出ない人も応援したい
──これからスカパーJSATに入るなら、どんな人が向いていると思いますか?
根本:新しいことをやりたい人、変化に強い人が社員には多いかなと思います。自分が「こういうことをやりたい」と言ったときに賛同してくれる人は多いです。
田中:宇宙ビジネスに変革が訪れているからこそ、荒波を乗り越え、新しい世界を切り開こうとする人がいいかなと思います。一方で、宇宙に興味がある人なら誰でも歓迎したいと思う気持ちもあります。
僕自身は新しいことが好きですが、その反面、細かいことが苦手で結構ザルな部分があります。うちのチームには、プロジェクトの内容自体には僕ほど興味はないけれど、細かいことに気付いてチェックしてくれる人がいて、僕はそういう人に助けられることが多いんですよ。僕みたいな人が2人いると成立しないことも多くて、多様性が大事なのかなと思います。一社員の立場でいうと、いろいろな人が同僚にいる方がいいなと思います。
──最後に就活生に応援メッセージをお願いします。
根本:自分が就活生のときもそうでしたが、就活生というだけで、さまざまな会社の人がマンツーマンで話をしてくれます。だから、この機会にいろいろな人に話を聞いてほしいと思います。その中で興味を持てた会社があったら、その人に頼んで、もっと多くの社員に会ってみる。その人たちにも魅力を感じたら、その会社が合っているのかなと思います。
田中:僕自身は、浪人も留年もして、入社前は世界中を放浪しているので、何度も足踏みをしている人生です。その都度「なぜ受験勉強をしなくてはならないのか?」「大学を卒業する意味はあるのか?」「働く目的って?」と悩みを抱えていました。だから、もし就活生が同じような悩みを抱えているとしたら、まず僕はそういう人をすごく応援したいです。
──悩みはどうやって解消されたのでしょうか。
田中:その度に明確な答えが出せたわけではなく、「やりたいことなんて見つからないし、なんて平凡な人間なんだろう」と自分にがっかりしていたこともありました。けれど会社に入って新しいことを学んでいく過程で、少しずつ社会が広く見えるようになって、徐々に自分のことも、分かってきた気がします。そんな自分がこの会社で20年働けていることはラッキーだなと思いながら、今も働いています。だから「問いを持っている人」を応援したいし、スカパーJSATはそんな人を許容してくれる組織だと思っています。
就活生の皆さんには、就職までに答えが出なかったとしても、がっかりしないでほしいと思います。「自分は何がやりたいんだろう?」という、問い自体を大切にしてほしいです。
▼企業ページはこちら
スカパーJSAT
▼イベントページはこちら
スカパーJSATのイベント一覧
【ライター:yalesna/編集:吉川翔大/撮影:保田敬介】