何となく入った学部の勉強が、つまらない。大学生ならよく経験することだろう。
秋山燿平には、それが絶望でしかなかった。受験勉強を勝ち抜いて東大に入ったのに、進学した薬学部では研究に興味が持てなかった。「自分の強みは何なのか」を見失っていた。
そんな彼が光を見いだしたのが、外国語だ。多くの国の言葉を話せることを目指し、勉強を開始。「10カ国語を話す東大生」という唯一無二の肩書を手に入れた。
だが、「普通の学生よりは挑戦してきた」と思っていた彼を待ち受けていたのは就職留年、そして「ビビリで、承認欲求が強い」自分との出会いだった。
NewsPicksから生まれた学生メディア「HOPE by NewsPicks」とのコラボ企画「生き方就職 特別編」。今回はワンキャリアのインターン生が、絶望から始まった「就活×生き方」の物語に迫った。
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・ある学生が就活で学んだ。「予期せぬ出会い」が人生を変える
進路選択で味わった絶望が「自分が何者か」を教えてくれた
──秋山さんは「10カ国語を話す東大生」としてテレビにも出ていましたよね。肩書だけを聞くと「スペックが高すぎて、私たちとは違う存在」に思えるのですが、小さなころから語学ができたのですか。
秋山:大学までは、何カ国語も話せたわけではないです。1、2年生のころはバイト、サークル、合コン、飲み会ばかりでしたし(笑)。3年生から通う学部を決めるときに「落とし穴」にはまったことが、きっかけです。
──落とし穴って、何が起きたんですか。
秋山:東大は2年生までの成績で行ける学部が決まるのですが、自分の点数で行ける中でボーダーラインが1番高かったという理由だけで、薬学部を選びました。
でも、薬学部はほぼ研究者を育成するための場所で、実際に学び始めると興味が持てませんでした。「高校で命がけで勉強して、やっと東大に入ったのに。一体何のために努力してきたんだ」と絶望感しかありませんでした。自分がどんな人間か分かっていなかったのです。
でも同時に、「自分は、アイデンティティー、唯一無二の強みがあることが大事な人間なんだ」と気が付きました。
──失って初めて「自分が何者であるか」に気が付いたのですね。
秋山:それまではアイデンティティーなんて意識していなかったです。東大に入るときも何となく「これから何か専門性を身に付け、格好いいキャリアを歩むんだろう」と思っていました。その選択肢がなくなったことに絶望したということは、それだけ大事だったからです。
当時の僕に必要だったのは、自分がこれから強みとして持っていくものを探すことでした。絶望から再出発するためには、まず「何が再出発なのか」を定義することなのだと思います。
──では、再出発後にたどり着いたのが「10カ国語を話せる」だったのは、なぜでしょうか。
自分の強みは、興味と戦略で決める
秋山:3年の夏休みに行ったアメリカ旅行がきっかけです。
サンディエゴというメキシコ国境の街でした。基本的には英語でみんな交流するのですが、スペイン語を話す人もいました。僕はそのとき少しだけ話せたスペイン語で、思い切って話しかけてみました。
すると、相手の反応がまったく違いました。英語で話すと「Nice to meet you」で終わるところが「お前はスペイン語が話せるのか! アミーゴだ!」と肩を組んできたり、「飲みに行こうぜ」「俺の家を案内してやるよ」と言ってきてくれたり。結構すごいレベルだったんです。
相手の母国語を話すことで、相手の心が開かれる経験を実体験として持てたことが大きかったです。
──すると、旅先の実体験が決め手だったのですか
秋山:別の観点もあります。語学は、日本で競合があまり多くないんです。東大生でも受験勉強の知識として英語が分かる人は多いですが、話せる人はそんなにいません。
3カ国語くらいなら帰国子女で話せる人もいるかもしれません。でも、これが10など2桁にいくとなると、誰もまねできないことになります。それをフックにしたら、自分が今後活動を展開していきやすくなるのではないかと思いました。興味と戦略の2つ、観点はありました。
──戦略まで考える人はあまりいない気がします。どうして、そこまで考えられたと思いますか。
秋山:大学3年生って早い人だと就活を始めるくらいのタイミングじゃないですか。背水の陣的な部分はありました。
そのためにも、今まで自分が生きてきたことのない環境にとりあえず身を置き、そこで自分の強みを探していこうと思いました。自分が生きてきた環境の中で探そうとすると、どうしても自分の今までの考えの範疇(はんちゅう)でしか探せなくなるので。アメリカに行ったのも、そうした考えからです。
語学力だけで突破できなかった就活。リクルーターに「お山の大将」と言われ、ビビリの自分を知る
──その後、在学中に10カ国語をマスターされました。その実績だけで十分すごいし、就活は順調に進みそうですが、実際はどうでしたか。
秋山:就活では、何十回とリクルーター面談をしました。とにかく、自分よりも視座の高い人に意見をぶつけて、フィードバックをもらう。その中で、自己分析ができていきました。
──自己分析で分かったことは何でしょうか。
秋山:見えないかもしれませんが、ビビリなんです。
人間も大きく分けると2種類あると思っています。1つは後がなくなったときに火事場の馬鹿力でものすごく挑戦できる人。もう1つは、リスクが回避されていないと何も挑戦できない人で、僕はこっちです。ここは自分の中で素直に認めています。
一方で、失敗しても生きていける土壌があると分かっていたら、思い切った挑戦ができます。
──これに気が付いたのが、就活だったのですか。
秋山:はい。リクルーター面談で「語学も頑張り、いっぱい挑戦してきました」と伝えても、全然響かなかった。そのスピリットを評価してもらえると思ったのですが、「君は挑戦しているようでまったく挑戦していないね。自分が勝てそうなところを選んで、お山の大将になっているだけだ」と言われました。すごく納得しました。
──就活は自分をアピールする場でなく、自分という人間を知る場だったんですね。
秋山:自分の中だけで自己分析をすることは、ある種のバイアスがかかった状態なので、正しい分析結果が出た確率はすごく低かったと思います。社会人からのフィードバックでバイアスが徐々に取れていって、ようやく「自分はこういう人だ」というところまで行き着けました。
──それが「ビビリな自分」だった、と。
秋山:はい。だから「いきなり起業する」という選択肢はなく、行き着いたのは「リスクヘッジしながら、言語の強みを生かした自分の活動を継続する」というものでした。
そこで就職活動では、「言語の活動を副業などで続けられること」を1番の軸としつつ、2番目の軸として「つぶれないような大企業である」か「つぶしが利くような能力が身につくような企業」を置きました。
僕は大学院時代に就職留年をしているのですが、決断できたのは自己分析でこの軸が作れたからです。
就職留年はリスクでない。最大のリスクは「やりたいことができない人生」だ
──就職留年ですか? そこまで自己分析できていたら、希望の会社に入れる気がしますが……。
秋山:直接のきっかけは2つあります。1つが、最初の就活で内定をもらった企業から「やっぱり君の副業は3年間くらいやらないでほしい」と言われたんです。
そうしたら就職活動の1番の軸が終わってしまうじゃないですか。「これはないな」と思いました。さらに、大学院の論文の締め切りも結構近くなっていて、言語の活動もあきらめないといけないくらい忙しかったのです。
「今論文を頑張り、うまく卒業できたとしても、行く会社で副業もできないのか」と考えたら、もう一回就活をやり直したほうがいいのではないかという結論に至りました。結局、論文は出さずに学費や家賃などの生活費をすべて自腹で留年することにし、内定も辞退しました。
──もし、内定先に不満があったとしても、辞退を決断できない学生が大半ではないでしょうか。「親に迷惑をかける」「何かを得られる自信がない」といった理由で。
秋山:「留年したら、お金がかかる。親に迷惑がかかる」とマイナス思考で考えてしまいますよね。だから、第三者からの言葉で客観的に自分のことを見られる環境を作ることが必要です。
僕はリクルーター面談でもらった「他人の言葉」で客観的に自分を見ることができ、「ここで留年するという選択が正しい」と100%の自信を持てました。だから、マイナス思考になることなく、決断できました。
──留年はリスクではないのですか。
秋山:人生で最大のリスクは、自分の本当にやりたいことができないことです。
その後、僕は結局、大学院は中退しました。でも、大学を辞めることも、親の意見に従わず、みんなから「へぼい」と思われる会社に入ることも、実はリスクではなくて。その結果、自分が本当にやりたかったことができないことが、1番のリスクだと思います。
「再出発」と同じように、「何が自分にとってのリスクなのか」を定義づけることが大事だと思います。
──サイボウズへの入社を決めたのも、「やりたいことができない」というリスクがないから、でしょうか。
秋山:サイボウズは「チームワークあふれる社会を創る」という企業理念があるのですが、働く社員たちは必ずしも「会社にすべてを尽くさなければいけない」というわけではありません。自分のような人間も受け入れ、「石垣を積み重ねていくように」各自の個性を生かしていくのです。この考え方が自分に合っていました。
またその実現のために「公明正大」、つまり「うそを言わない」ということも大事にしています。社外に公開している働き方改革の取り組みは本当にうそ1つなく社内で行われています。だから「副業OKのはずなのに、職場の雰囲気的にできない」というようなことが起こらないと確信できたのも大きかったです。
内なる承認欲求を認め、解像度を上げよう
──現在は語学力を生かして、中華圏でのインフルエンサー活動をされていらっしゃいます。なぜ、中国だったのですか。
秋山:ビジネス的な理由では、3つあります。1つ目は、市場規模が桁違いに大きい。2つ目が、日本以上に学歴を重視しているから、東大の肩書が強みになる。3つ目が、受験勉強の国であること。つまり語学は苦手なんです。日本と一緒で、中国では10カ国語しゃべれることが唯一無二の強みにしやすいと、判断しました。
──「日中友好で国際貢献したい」みたいな思いではなかったのですか。
秋山:最初からあったわけではなく、後から徐々に出てきました。
ミーハーなんです。承認欲求が自分の優先順位の上の方にあり、最も承認欲求を満たしやすいのが言語だったのです。好きなことは事実ですが、語学を生かして海外で活躍できる会社、例えば総合商社で働きたいとかは思っていませんでした。
──「総合商社のような大企業で活躍したい」も、承認欲求ではないですか。
秋山:僕にとっての承認欲求は、商社に入ることではなかったです。日中の経済に爪痕を残す大きなことに関わりたいというよりも、小さくても自分でやったことで何か爪痕を残すことに幸せを感じるからです。これが僕の承認欲求です。
現在は、中国で日本語を教えることで、お互いの国の言葉で交流できる人を増やしたいです。そうすれば、心は縮まるし、日中友好につながります。
──つまり、承認欲求も人によって定義が違うんですね。
秋山:だからこそ、自分の中にある承認欲求の解像度を高める必要があるのだと思います。
──でも、そもそも秋山さんのように承認欲求を認めること自体が、難しいですよね。就活って承認欲求などを隠して、自分を良く見せないといけない部分もありますし。
秋山:実は、そこを認められるかが、すごく大事なのだと思います。
ビビリだとか、承認欲求が強いとかって、たぶん日本人の何割かは持っている思いなんじゃないかな。その性質的に、周りの人に言いづらいだけで。
でも、僕は就活生のとき、「自分を取り繕って入社して、強い思いを持って生きていけるのかな」と疑問を抱いたんです。
僕がいた薬学部は大半が、週6で12時間研究するのがデフォルトでした。中退した僕は異質だと思われるのですが、「好きじゃないのに、周りの同調圧力に屈して『研究が好き』って言っているだけで、本当はやめたい人、他にもいるんじゃないの?」と思いました。
──就活でも、似たような状況は起きているかもしれないですね。
「やりたいことがない」は弱点でなく個性。就活までに見つけなくてもいい
──秋山さんはとても自己開示をされていますが、それは成功体験を持っているからなのかな、と思います。ただ、自信を持って誇れる強みを持っていない就活生もいます。そんな人たちが弱みを認め、さらけ出すにはどうしたら良いでしょうか?
秋山:確かに自分の場合は「言語という強みがあるから、自己開示できた」という面はあるかもしれません。ただ、もっと大事なのは、自分の弱みを自分のコアだと捉え直すことだと思います。
──弱みを捉え直すのですか。
秋山:僕はその人の特徴や個性だと考えています。「ビビリなこと」も「承認欲求があること」も、どれも1つの個性のはずです。なのに、就活は「社会貢献がしたい」「人の役に立ちたい」といった考えだけが、1番価値の高いものになってしまっているのは気になります。
──確かに、就活には「こうしないといけない」という呪縛みたいなものがあります。「やりたいことはないけど、面接で聞かれたら何か話さないと」というように。
秋山:「こういう会社にはこう言わなきゃいけない」「就活だから、こう言ったほうがいい」とついつい思ってしまう雰囲気が就活の世界にあるのは、あまり良くないな、と思います。
例えば、「この会社に入ってやりたいことがあるから、受かるために『社会貢献したい』と話す」という戦略性があるなら、それでいいと思うんです。
正直言って、20年生きただけで人生かけてやりたいことや思いが見つかる人は、そんなに多くないと思うんです。なのに、就職活動では、あたかもそういう人が多いかのようになっています。
──でも、「やりたいことがない」と悩む就活生は多い気がします。
秋山:就活のときにやりたいことが見つかっていなくても、それも弱点でなく個性です。
例えば、その人は「やりたいことが決まっていないから」という理由で、目の前のやるべきことに猪突猛進(ちょとつもうしん)できるわけじゃないですか。自分のやりたいことに合致するかどうかを考える必要もなく、やれることを実行できることは、僕はあえて強みとも言えると思います。
やりたいことは、いつか見つけないといけないです。でも、それが就活じゃなくていい。やりたいことがない状態をマイナスに思う必要はまったくないです。
【編集:吉川翔大/聞き手:山口莉歩、周嘉晟/撮影:保田敬介/デザイン:勝又瑞稀】