気付くと、窓の外は真っ暗になっていた。
傍らには志望動機が殴り書きされたノートとPC。手の中には電源を落としたままのiPhone。
2時間前、やっとの思いで外資企業のESを書き上げ、1時間前、私は失恋した。
失恋しました。
当時、私には、学生ながらに、ちょっとだけ本気で結婚も考えてしまうほど大切だった恋人がいました。
どうしても受け入れられない出来事があり、「別れます」と自分から別れを切り出してしまいましたが……(残念ながら、のっぴきならない事情により詳しくは書けません)。
もう、そのあとの数カ月は自分で思い出しても笑ってしまうぐらい悲惨なもので。
大学3年生の冬といえば、外資を受ける就活生にとっては山場であり、サークルに入っている学生なら、引退したり引き継いだりする時期であり、ついでに私はちょっとした大会にも出ていて、まさに分刻みの生活。
そこに重なる、大失恋。
「私は何か悪いことをしただろうか」と涙が出るほど、就活には身が入りませんでした。
ESを書きながら、次の日の面接準備をしながら、お礼メールの文面をチェックしながら、元恋人のSNSが気になって仕方がない日々。
朝の5時まで泣き続け、徹夜明けで面接に行って、英語で詰められてうまく答えられずに震える足で部屋を出たこともあります。
今となっては、彼にも、彼なりの「仕方がない」があったことや、人間誰しも、自分の譲れない部分を必死に守っていることを私は知っています。
それでも、当時の私は、まだ話し合えば分かり合えると思っていました。
だって隣にいるのだから。お互い、相手のことを知りたいはずなんだから。
当時の私に余裕なんて1mmもなかったこと。彼の行動が、どれだけ私を傷つけるもので、どれだけ悲しい思いをしたのか。そして責める言葉の後ろに、まだ一緒にいたいという気持ちがあることを、当然分かってもらえると信じていたんですね。
理解し合うための話し合いだったはずなのに、相手から返ってくるのは理解できない罵倒や、理不尽な言い訳ばかり。
世界で一番近くにいるはずの人に、ただ理解してもらうことが、こんなにも難しいなんて。
「人間ってこんなに分かり合えないのか」「世の中理不尽だらけだな」と、毎日絶望は深くなっていくばかりでした。
あ、私は挫折したんだ。
心身ともにボロボロになると、人は感覚が麻痺(まひ)してきます。人はこの現象を「大人になる」「強くなる」などと呼びます。
サークル、ゼミ、バイト、就活……と日々をこなしていく中で、私もだんだんとこの失恋を現実として受け止められるようになっていきました。
物理的にも、精神的にも追い打ちをかけてくる寒さも和らぎ、春が来て、気が付けば、少数派だったリクルートスーツは同期たちの制服になっていました。
一方、記憶もないほどボロボロだった当時の私が就活でうまくいくわけもなく、外資の就活はあっけなく完敗。何もかもうまくいかず、表面上は笑顔で話せるようになっても、メンタルは木っ端みじんのままでした。
来る3月1日、就活解禁日。私の携帯にはこんな件名のメールが届きます。
「就活解禁に乗り遅れたあなたへ!」
その一言にあまりにもムカついた私は、就活をやめました。
とにかく余計なことを考えたくないとインターンも始め、バイトのシフトを増やし、人と会う予定を無理やりにでも入れて、日付が変わる頃に家に帰る毎日。
ある日、久々に早めに家に帰って、久々に母の作ったご飯を食べた瞬間、私は訳もなく涙が出てきて止まらなくなりました。
何時間も泣き続けて、ようやく少し落ち着いた時、気付いたことがあります。
この恋愛は、どれだけ全力を尽くして頑張ってもうまくいかなかったものだし、もう終わったことであり、私にとって人生における大きな挫折なんだな、ということでした。
「挫折経験は、失恋です」
大泣きして、失恋は挫折だということを何となく理解し、また少しだけ大人になった私は、少しずつですが、就活を再開できるようになりました。
「挫折経験はある?」
「……そうですね。最近、大失恋をしました」
本当にそう面接で話しました。
失恋が挫折経験であるかどうか、ということに疑問を持つ社員は、1人もいませんでした。
「挫折経験」に関する質問は、営業職でノルマがあったり、激務でストレスの多い環境だったり、そういう会社で聞かれることが多い質問です。
私は面接で聞かれた時、「精神的負荷がかかる経験をしたことはあるの?」「君は、それ乗り越えられる人間なの?」と言われているように感じました。
私からすれば、当時の私はまさにメンタルを毎日壊されているところなわけで。
気付けば何の迷いもなく、毎日泣き暮らして、線路を眺めた瞬間すらあった私の失恋の話をしていました。
どれだけ人間関係が難しいもので、世の中が理不尽にあふれているか。それが受け入れられるようになったこと。
どれだけ心がボロボロでも、自分がやらなければいけない仕事やタスクとは分けて考えなくてはいけないこと。
どれだけ大変な失敗や困難、挫折があっても、自分はそれを乗り越えられるし、乗り越えることを手伝ってくれる友人もいること。
「そういうことを学びました。」
面接官たちは私の挫折経験に真剣に耳を傾けてくれたし、私という人間がどんな人間なのか、ちゃんと理解してくれたように思います。
失恋を乗り越えて、今スーツを着るあなたへ
「恋愛なんて、そんなプライベートな話題を人生のかかった面接で話していいの?」
「もっと真面目な、人に誇れる経験とか話さないといけないんじゃ……」
と、面接で恋愛の話をすることに抵抗を持っている学生が大半だと思います。
サークルやアルバイトに人生かけていましたか? 赤の他人を、真面目に大事にした経験、誇れないと思いますか?
全力で恋人を大切にし、貴重な学生生活をつぎ込んで恋愛したのに、何だか知らないがその恋は終わってしまったという人(つまり、私のお仲間ですね)。
ご飯も食べられない。誰にも会いたくない。「こんな世界クソだー!」と叫んだ人もいるかもしれないです。
生きているだけで偉いのに、それを乗り越えてスーツを着て就活しているなんて偉すぎる。多分、仕事でどんな大失敗をしても、生きている限り大体は乗り越えられるでしょう。
恋バナの素晴らしいところは、誰もが楽しい話題であること。
人事だって役員だって人間です。恋愛話は、1つも2つも身に覚えがあるのでしょう。
きつい質問を投げかけてくる無表情メガネ部長も、かなわぬ恋に涙した夜を過ごしたかもしれません。穏やかそうな人事だって、実は好きな人を巡って同僚とバッチバチに争ったことがあるのかもしれません。
人の恋愛話を聞く大人たちの顔は、何かを思い出すようにいつも少し楽しそうでした(本当に面白がってもらった私が言うのだから、これは間違いありません)。
「君、挫折経験はある?」
と聞かれたら、
「実は先週、大失恋をしたんです。」
背筋を伸ばして。堂々と自信を持って。
あなたが今まで、どうやって大人になってきたのか、人生の先輩に聞いてもらいましょう。
※こちらは2020年12月に公開された記事の再掲です。
(Photo:Rawpixel.com, Sergei Mironenko, KieferPix, Woottisak/Shutterstock.com)