変化の時代と言われる今、さまざまな業界・産業が変革期を迎えています。その中でもひときわ大きな変化が生じているのが、決済マーケット。家にいながらスマートフォンで日用品や出前を注文することができ、お店のレジでスマートフォンをかざして買い物ができます。日本でも、多くの「○○ペイ」が誕生し、キャッシュレス時代の進化スピードは激しさを増しています。
そうした中、世界で独自の地位を築いているのが、日本で誕生した唯一の国際カードブランド「JCB」です。クレジットカードを発行している印象が強いですが、JCBブランドの市場を各国で切り開いており、ブランド力と開拓者精神を併せ持つ企業です。
世界中で「お金」や「買い物」の概念が変わる今、株式会社ジェーシービー(JCB)はどこを目指しているのか、国際統括部長の長澤博さんにお話を伺いました。日本で暮らしていると見えにくい国際ブランドの力に、ワンキャリ編集部が迫ります。
海外未経験で現地法人社長に。助けてくれたのは「ドラえもん」?
──長澤さんは4年間タイに駐在した経験をお持ちです。「クレジットカード会社の海外勤務」と言ってもイメージが持てない学生も多いと思います。当時はどのような仕事をされていたのですか。
長澤:30代で初めての海外勤務となり、タイのバンコクで現地法人の社長を務めました。管轄していたのはタイ、ベトナム、カンボジア、ラオス、ミャンマー、ネパール、ブータンの7カ国。「それぞれの国で選ばれるJCBカードを開発し、広める」というのがミッションでした。
長澤 博(ながさわ ひろし):株式会社ジェーシービー(JCB) 国際本部 国際統括部長。1995年入社後、債権管理に関する業務全般を担う調査部、静岡支店、企画部経営企画グループなどを歴任。国内外のブランド事業を統括するブランド事業統括部を経て、2010年にJCBインターナショナル、タイ(バンコク)拠点へ出向。現地法人の代表を務める。2014年に帰国し、人事部を経て2018年より現職。
基本的には現地の大手銀行と一緒にビジネスを展開するのですが、その先にはそこに暮らす何千万人という人たちの消費生活があります。各国の経済のステージはさまざまで、当然、それぞれの国に合う商品やプロモーションの形も異なります。その点を踏まえた打ち手を考え、ビジネスを展開する必要がありました。
──具体的にはどういう仕事でしょうか。
長澤:例えば、ベトナムでは「ドラえもん」が人気で、JCBのドラえもんステッカーをお店に貼って存在感を高めるようなプロモーションが効果的でした。
単にJCBが世界中で使えることを売りにするのではなく、JCBだからできる商品を一緒に作りたいという意識で他にもさまざまなカードを企画しました。結果的に、2011年に発行を始めたベトナムのJCBカードは、今年になって会員数100万人を超えました。
──具体的にはどんなカードを企画されたのですか。
長澤:例えば、「ベトナム初の車ユーザーをターゲットにしたカード」を提案したことがあります。2010〜2014年のベトナムは富裕層を中心に、交通手段がバイクから車に切り替わりつつある時期でした。当社はこれまで日本で各自動車メーカーやガソリンスタンドと組んで、車に関するカードをたくさん出してきた歴史があり、日本のマーケットで培った経験は新興マーケットでも非常に役立ちました。
一方でタイでは、ドラえもんのような手法は使えません。
──え、そうなんですか?
長澤:タイは「クレジットカードは上流の人たちが使う」というイメージが強いマーケットです。つまりステータスカードなので、キャラクターを使った戦略が合わないのです。
──ただ、タイのJCB会員数も現在は100万人を突破しています。長澤さんが赴任した当時は10万人程度でしたが、どのような取り組みを仕掛けたのですか。
Googleだってガレージから始まった。ブランドをつくるのはベンチャー精神
長澤:バンコクの中心部、半径5km程度に範囲を絞り、そこで「JCBが圧倒的にお得だ」と思ってもらえるキャンペーンを全員でやりました。エリアの全部のお店を回り、JCBが使えるお店にはロゴを貼って、割引があることをアピールしました。
その結果、タイの売上は3倍になりました。マーケットに手を打った結果が評価され、JCBカードを発行する銀行が増えていく。そんな正のスパイラルができました。
──タイでの取り組みで特に苦労されたことはありましたか。
長澤:スタッフのマネジメントですね。現地法人の社長になって一気に30人ものタイ人の部下を持ったのですが、仕事に対する意識も会社へのロイヤルティーも、日本人とは明確に違うわけです。
でも、当時日本からタイに赴任したのは私と、20代の若手社員の2人だけでした。あとは現地のタイ人スタッフが30人ほどいて、彼らと7カ国の市場を切り開いていくわけで、彼らの力は不可欠でした。
──どうやって乗り越えられたのですか。
長澤:言葉が拙いながらも、全員と徹底的に話しました。そうしたら、どうも仕事に対して燃えるものが感じられないことが分かってきました。当時のタイでJCBの認知度はほとんどない状況でしたから、JCBで何かを実現し、社会で評価されるといった成功体験があまりにもなかったんです。
それが、このキャンペーンを一緒にやって、具体的な数字として成果が表れ、現地の銀行や会員様から評価されたことで、「どうやったらもっと広くタイにJCBカードを広められるのか」をタイ人スタッフが自ら考えるようになりました。
──従業員のオーナーシップを育て、売り上げを大きくしていったのですね。まるでベンチャー企業が成長していくフェーズのようです。
長澤:そうですね。JCBの海外事業は、大企業とベンチャー企業の双方の側面がある仕事だと思っています。
ベトナムでも2010年当時、JCBのことを知っている人はほとんどいませんでした。そこでマーケットを開拓していくのは、まさにベンチャー企業ですよね。
もっと言えばオフィス自体がない国もあり、オフィスを立ち上げるために現地で主要銀行と折衝し、登記をとり、物件を借り、従業員の面接をして採用し、教育して戦力化して……という工程も全て自分たちでやる必要がありました。
──今は巨大企業となったGoogleも、創業者の自宅ガレージから始まりましたからね。ブランドをつくるのは、いつの時代もベンチャー精神なのかもしれません。
長澤:海外でゼロから組織を立ち上げるのは、日本での仕事とは異質の困難さがありました。海外事業はチャレンジングで楽しそうに見えるでしょうし、実際にその通りではあります。ただし、その裏側にはたくさんの苦労がある。そこをすっ飛ばして、楽しさだけを味わうことはできないというのは間違いありません。
──喜びにつながる苦労ができるのは、JCBだからでしょうか。
長澤:当社は、約4,000人の社員で世界中にJCBのネットワークを広げなければならない使命を持っています。つまり、それぞれが担う役割と責任が大きいのです。特に海外事業の場合は自らビジネスを総合的に担うので、得難い経験であると確信しています。
私がバンコクに駐在していた頃、日系企業の中には、ひとつの会社の中に数十人〜100人もの駐在員がいて、現地の日系企業との取引を中心とする企業もありました。結果的に、海外企業との取引に関わることが少ない人もいるでしょうから、たとえ海外で勤務できたとしても、実態は日本で仕事をするのとさほど変わらないこともあり得ると思います。
年齢も社歴も関係なし。「現地で輝く強み」を磨き、海外転勤に備えよ
──JCBならではの海外ビジネスが見えてきましたが、「長い下積みがないと、海外に行けないのでは?」と思う学生も多いかもしれません。入社してからどのくらいの期間を経て、海外で働く人が多いですか。
長澤:海外事業との関わり方はさまざまです。今度バンコクのオフィスに赴任する社員は2016年入社の26歳です。一方では私のように入社15年目に突然海外赴任となるケースもあります。少なくとも年齢や社歴は関係ありません。
だからこそ、ちゃんと意思表示をして、中期的な目線で能動的に自分自身を成長させていくことが重要です。海外拠点での実務研修制度(海外トレーニー制度)に応募もできるので、そこから海外に行くケースも増えていますね。
──海外勤務を希望する人は赴任までの期間、国内でどのような経験を積むのがいいと思いますか。
長澤:まずは、海外でマーケットを広げていく上で、現地で自分が発揮できる強みを意識しながら、決済や消費のマーケットで起きていること、消費者やトレンドの変化に興味を持つことです。これは語学の勉強以上に重要です。
その上で、海外に行くこと自体を目的にするのではなく、海外で何がしたいのかを考えないといけません。そして、非常に大切なのが、目の前の仕事を徹底的に自分のものにしていくことです。
──「目の前の仕事を頑張れ」と言われても「それ、海外勤務では役立たないよ」と思ってしまう仕事もありそうですが、JCBでは違うのですか。
長澤:例えば私の場合、静岡支店で加盟店を増やした仕事と、アジアのマーケットを広げる動きは近似していました。経営企画チームで会社の経営の仕組みを知れたことは、現地でイチから新しい組織を立ち上げる上で活(い)きました。さらにさかのぼれば、最初に配属された調査部で情報とお金の流れ方を知り、このビジネスの全体像を理解できたことが、海外の各マーケットに沿った商品開発に役立ちました。
過去にさまざまな部署で培ったスキルが組み合わさり、立体的な自分の強みになった実感があります。JCBの仕事はどこの領域であっても総合決済サービスの大きな一翼を担っているので、点だったキャリアがどこかで結びついて線となり、そして面となっていきます。
──するとゼネラリストのキャリアになるのでしょうか。
長澤:2018年度には人事制度を再編し、今はキャリアをさまざまな領域に広げる職群と、得意な領域に特化して習熟していく職群の大きく2つが用意されています。転勤を伴うのは、前者の職群ですが、職群転換する制度もあります。きちんと、自分にあったキャリアを選択し力を蓄えることが、ビジネスを面白くしていくうえでは必要なことだと思います。
「○○ペイ」は敵ではなく、仲間。JCBは、それができる
──最近は「○○ペイ」みたいなスマートフォンのQRコードを使う決済手段が増え、クレジットカードを使う機会が減った人もいるかもしれません。もし学生に「クレジットカード会社はピンチですか?」と聞かれたら、どう答えますか。
長澤: JCBが単なるクレジットカード会社で、それが他の決済方法に取って代わられると考えれば危機的な状況でしょう。ただ、われわれはJCBを「総合決済サービス企業」だと捉えています。
──どういうことでしょうか。
長澤:実はJCBにも「Smart Code」というQR・バーコード決済サービスがあります。これはさまざまなQRコード決済・バーコード決済の統一規格です。お店からすれば、たくさんの決済サービスがあると、サービスごとに違う対応をしないといけませんが、Smart Codeがあれば負担が大幅に減るわけです。
Smart Codeのイメージ図(※参考:JCB「JCB、QR・バーコード決済スキーム「Smart Code」を提供開始」)
──国内最大級の加盟店ネットワークがあるJCBが統一規格を設ければ、高い効果が期待できます。競争ではなく、協調でマーケットを大きくするのですね。
長澤:この仕組みなら、海外の決済事業者も参加できます。実際に、日本を訪れる外国人が、各国のQRコード決済を日本でそのまま利用できる環境づくりを進めています。2019年11月には、タイの大手銀行であるカシコン銀行の提供するQR決済スキームが、Smart Codeに参画しました。
こうした動きができるのは、決済にまつわる全ての業務を自社で担っているからです。マーケットの変化に対して国内外を含め、JCB総体として対応できることがわれわれの特徴であり、唯一無二であるところです。
──そもそも「○○カード」みたいなクレジットカードの発行会社と、そのカードに付いているJCBみたいな国際ブランドを持っている会社って何が違うのでしょうか。
長澤:「○○カード」を世界中で使えるようにする土台を作っているのが、国際ブランドだと思ってもらえるといいでしょう。国際ブランドは、カードを発行する会社と、カードが使えるお店をつなぐ役割を担っています。
例えば、日本人の旅行者が、バンコクのお店でカードを利用したら、そのお店から現地の銀行を経由して、ブランドにデータが届きます。そのデータをブランドが、日本のカード発行会社に、このカードは利用可能ですかと確認する。そして、OKやNGという回答を、またブランドを経由してお店の端末に届ける。これが数秒で行われます。そして、この決済の国際ブランドは世界に6社しかありません。VISA、Mastercard、American Express、Diners Club(Discover)、銀聯、そしてJCB。参入障壁は極めて高く、これ以上増えることは考えにくいのです。
──参入障壁が高い理由は何でしょうか。
長澤:各社が各国の経済成長をバックグラウンドに、何十年もかけて事業を伸ばしてきたからです。
国際ブランドはアメリカが発祥ですが、JCBは日本発唯一の国際カードブランドです。1980年代の日本の経済成長を背景に日本人が世界中を旅するようになり、JCBカードを使える場所を広げてきた結果、今のような国際ブランドに成長した歴史があります。それをこれから再現するのは難しいと思います。
会社を媒介に自分自身が世界のマーケットをこじ開ける。そのチャンスはまだまだある
──他の国際ブランドとの競争にはどう勝つのでしょうか。
長澤:当社では、実は全世界のシェアはそれほどベンチマークをしていません。VISAやMastercardでは実現できない価値を提供し、現地の消費者に支持されてシェアを拡大するという考え方のもと、戦うべきマーケットを選定しています。
──確かに、JCBは中期経営計画で「アジアを中心とする海外収益基盤の強化」を全社基本戦略に掲げています。
長澤:その次に打って出ていくマーケットはBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)です。すでにロシアには70万人以上のJCB会員がいますし、2018年にはブラジルで、今年の7月にはインドで、それぞれJCBカードの発行がスタートしています。
現在インドでは、2人の駐在員と7人のインド人スタッフでマーケットを拡大しようとしています。インドは人口が多い分、チャンスは非常に大きい。その重責を2人の日本人が担っているわけですから、ものすごくチャレンジングな仕事ですよね。
私もベトナムやタイでは、会社を媒介に自分自身がマーケットをこじ開けた感覚があります。世界には、これから取り組むべきマーケットが山のように残っているので、これから当社に入社する皆さんにぜひ開拓していただきたいですね。
──消費を軸に世界を動かしていく。J C Bだからできる仕事なのかもしれませんね。
長澤:私にとって、仕事の達成とは「社会に影響を与えること」です。そのためには自分が属している会社がマーケットにインパクトを与えなければいけません。自分が会社に影響を与え、会社が動いてマーケットに影響を与える。それが「自分の仕事がマーケットに影響を与える」ということだと思っています。
マクロとミクロの視点で、変化に対応できる人材に
──これからのJCBが求めているのはどのような人でしょうか。
長澤:好奇心のある人ですね。決済マーケットは消費に紐(ひも)付いていますから、消費者の行動に合わせて変化します。対応するには、マーケット動向や消費者の行動、その変化に興味を持って自分をアジャストしていくことが重要です。逆に言えば、変化を好まない人はあまり合わないかもしれません。
決済ビジネスは良くも悪くも、安定している部分と、そうでない部分があります。JCB会員は世界に1億3000万人以上もいて、クレジットカードはずっと財布に入っているものであり、突然なくなりはしません。そういう意味ではストックビジネスであるわけで、これは大切な資産であり、ビジネスの礎です。
その一方で、決済はボーダレスであり「その国で閉じないビジネス」です。環境はどんどん変わっていきます。それはわれわれの事業の宿命であり、そのダイナミズムに対応していくことがこの先も成長していくために必要です。
──そうした変化への対応力はどのように身に付ければいいのでしょうか。
長澤:まず会社には「総合力」が求められます。それぞれの領域が強くなり、組み合わさって協業することで価値を発揮できれば、あらゆる事象に対応できます。
そして個人は、目の前の仕事と一生懸命に向き合い、そこから自分の力を付けていくことが何より重要なのではないでしょうか。
私自身もいろいろな仕事をさせてもらい、結果的にキャリアの幅を広げることができました。足元の仕事をしっかりやることで培った知見こそが、変化への対応力に通じるのではと思います。
──最後にこれから就活を始める学生へのメッセージをお願いします。
長澤:学生の方にはマクロとミクロ、双方の視点を持って企業を見てほしいと思います。海外何カ国に進出し、どのくらいの規模のビジネスを展開していて……というのはマクロの視点です。一方でミクロの視点は、会社の中でどのような仕事をするチャンスがあるのか、社員としての目線で見定めることです。「海外で働きたい」と考える学生は多いでしょうが、その双方の視点が重要だと思います。海外で働くとき、自身が果たす役割は何なのか。それは、どのような影響をマーケットに与えていくことができるのか。そういった視点で納得のいく企業選びをして、自身の能力を最大限に発揮していただきたいと思います。
▼企業ページはこちら
株式会社ジェーシービー(JCB)
【ライター:天野夏海/編集:吉川翔大/撮影:保田敬介】