多くの就活生が当たり前のように行っている「自己分析」ですが、それは本当に今の時代に即した方法なのか──。就活のあり方が変わりつつある今、自己分析のあり方も変化しつつあります。
「過去や内面だけを振り返る自己分析は不要です。戦略的に未来やキャリアを描けないものでは意味がありません」
こう話すのは、組織・新卒採用分析を専門とし、大学でもキャリアに関する講義を行っている、法政大学の田中研之輔教授。
田中教授が研究しているプロティアン・キャリア理論の考え方では、多くの学生が行っている自己分析は不要だと訴えます。一体なぜなのでしょうか。
これからの時代、キャリア形成で考えるべきは「自分が得られるスキルや価値」
田中 研之輔(たなか けんのすけ):法政大学教授 博士(社会学)。法政大学のキャリアデザイン学部と大学院で、コミュニティ論、社会学、キャリアインターンシップなどの講義を担当する。組織・新卒採用分析テーマをはじめとした著書を23冊手がけており、最新作は『プロティアン 70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本術(日経BP社)』
──昨今、ほとんどの学生が就職活動で自己分析を行っています。自らが進んでいくキャリアを考える第一歩とも言えると思うのですが、田中先生は自己分析についてどう考えているのでしょうか。
田中:私としては、就職活動にいわゆる「自己分析」は不要だと思っています。自己分析は就活市場が作り出した、診断テストの一種に過ぎません。自分の内側に確固たる自己を探すためだけのツールならいらないと思います。それよりも、未来に向けた自己シナリオを学生の皆さんには作ってほしいですね。
──未来に向けた自己シナリオ……ですか?
田中:はい。私が研究しているプロティアン・キャリア理論では、将来価値の高い人材になるため、キャリアや自らの武器(強み)を戦略的に構築していくことを勧めています。これは就職活動にも当てはまるでしょう。
老後資金2,000万円問題、人生100年時代といったキーワードが注目を集めているように、日本社会において「働く」ことの意味が大きく変わりつつあります。転職が当たり前になってきており、キャリアを1つの会社に預けない世界が迫ってきているわけです。
プロティアン・キャリア理論の特徴は、人がさまざまな組織(会社)を移動していく中で、どのようなスキルやキャリアが自分の資本(価値)として残るかに着目するところ。このキャリア資本をうまくためていくことで人材の価値が上がっていく。この理論は1970年代に提唱され、さまざまな学者によって長年研究されてきました。
※出典:NewsPicks 「【図解講義】あなたの“不満”こそ、次なるキャリアの道しるべだ」
──どの組織を選ぶか、ではなく、自分の価値に基づいて考えるというわけですか。確かにこれからの時代に即しているように思います。ただ、大学生の場合、人材の価値を高める要素になるのか、そしてその要素をどのように積み重ねればいいかも分からないのでは?
田中:おっしゃる通りです。こうした場合におすすめしたいのが、キャリアの初期、中期、後期で育てたい「ビジネス資本」「社会関係資本」「経済資本」をそれぞれ書き出してみることです。
ビジネス資本は語学やプログラミング、資格などのスキル全般。社会関係資本は自身のネットワークやコミュニティーなどです。経済資本は金銭、資産、株式などを考えてください。それから逆算していくとイメージしやすいでしょう。
例えば、ダンスを一生懸命やってきた学生がいたとします。ダンスを誰かに教えることができれば、それは立派なビジネス資本です。そこで得たコミュニティーは社会関係資本になります。また日本語が話せることだってビジネス資本です。もし海外の人に日本語を教えたら、それはビジネスとして成立しますよね。
自分の内面を掘り下げるだけの自己分析はもういらない
──プロティアン・キャリア理論に照らし合わせると、自己分析は不要、ということなのでしょうか。
田中:先ほどお話ししたように、キャリアは「未来の羅針盤」とも言えるものです。あなたがこれまでにやってきたことはもちろん、「これから何をしたいのか?」を考える方がいい。過去、現在、未来という3つの軸で捉えることが重要なのです。
しかし、いわゆる自己分析で行うワークのほとんどは過去にしか焦点が当たっていない。過去を振り返り、「自分がどのような人間だったか」を考える話がほとんどです。ですが、これからの社会との関係性を考えるのであれば、大切なのは未来のはず。
「入社後の3年間で◯◯をしたいので、会社には◯◯を求めます」といった意見を考え、発信していくのが就活の本質的な姿だと思います。企業と個人の関係性としても、こっちの方が健全だと思いませんか?
──確かに、過去について掘り下げても、ある程度のところで限界、つまりネタ切れになってしまう気がします。
田中:「これまでの人生で何を頑張ったのですか?」と聞くと、「大学受験です」としか答えられない学生が一定数います。仮にそうだったとしても、企業から見たら「あなたは大学で社会人になる準備をしてこなかったの?」という評価になるでしょう。
もちろん、その子の個性を知るという意味では、自己分析もいいかもしれません。しかし、今の自己分析というのは、自身の内面を深く掘り下げさせるだけだから、そんな回答がキャリア選択の場なのに平気で出てきてしまう。強引にでも、何か要素を探さないといけないからこそ、このような状況になってしまうんですよ。
──それが自己分析のデメリットというわけですね。
田中:自己分析の結果、自分を追い詰めてしまっている学生は少なくありません。就活業界によって便宜的に作られた診断テストに、翻弄(ほんろう)されている人があまりにも多い。
徹底的に自己分析をした学生が、その内容に自信を持ってエントリーしたとしましょう。もし、「君、我が社には合わないよ」と企業担当者から直接言われたら、その子はどうなるか分かりますか。ほとんどの場合、固めすぎた自己を否定されたことで、別の道を考えられず、最悪、引きこもってしまうことになる。
自分というのは時や経験とともにどんどん変わっていくものです。もし今、ご縁がなかったとしても「じゃあ、次行こう!」くらいの気持ちでいてほしいと思います。変化する自己を知るために自己分析をするというスタンスなら、私も賛成です。
やりたいことが分からないなら、気になる会社を見つければいい
──しかし、学生の中には、将来何がしたいか分からない人もいるのではないでしょうか。最近は「キャリアパスとしてつぶしが利くからコンサルを選ぶ」という人も増えてきていますし、未来の姿を描けないといけない、というのは、それはそれで息苦しさを招くようにも思うのですが。
田中:やりたいことが分からないという学生は、ほとんどの場合、選択肢を知らないだけです。彼らの前に時価総額ランキングTOP100、あるいは伸びているベンチャー企業TOP100を並べ、「気になる会社を選んで」と言うと皆選べるし、その理由も答えられます。
そしたら、その理由の共通点を探してみるといい。「事業内容への興味」「会社の知名度」といった自分の思考の癖、つまり価値観が見えてきます。仮にそれが具体的な言葉にならなくとも、傾向だけでも分かれば、今後の行動は変わっていくはずです。
──なるほど。価値観をあぶり出す、という目的は自己分析と同じですね。
田中:他にも、20代、30代、40代で、それぞれ「やりたいこと」と「絶対にやりたくないこと」を書くというアプローチも有効です。「人生でやりたいことを1つ」だと難しいですが、「30年間でやりたいことを3つ」なら多くの人が答えられるはず。
こうした分析から、何となくでも興味のある分野や企業に出会えたら、一度はノックしてみましょう。机の上では分からない、実践で得られる感覚があるはずです。「何になりたいかが分からない」と言って、創発的な思考を止めないようにしましょう。
「ポスト高校生」「プレ社会人」──二極化する大学生の姿
──就職活動のときにキャリア選択に迷わないためにも、学生のうちにやっておくべきことはあるのでしょうか?
田中:知識の「受け手」から「作り手」に変わるための準備をすることでしょうね。僕はこの状態を「プレ社会人になる」と呼んでいます。
──プレ社会人……社会人の手前、ということですか?
田中:はい。大学生から社会人になるまでのステップとして、「ポスト高校生」「大学生」「プレ社会人」という3つの段階があると考えています。
ポスト高校生というのは、高校生のマインドのまま大学生になっている学生を指します。知識習得型で、大学でも先生たちが正解を教えてくれると思っている。高校4年生、5年生というイメージでしょうか。
それに対して、プレ社会人は社会人のように振る舞う練習期間に突入している学生たちです。PDCAサイクルを試行錯誤しながら回すのはもちろん、行動や時間も自己で管理できる状態にいます。彼らは自身に足りないものを自覚し、成長するためのサイクルをひたすら回しているのです。
──ポスト高校生とプレ社会人の違いは、どこから生まれるのでしょう。
田中:学生時代に身を置いた環境の違いだと思います。就活がうまくいかない学生を分析すると、彼らは就活までの時間の大半を大学生のコミュニティでしか過ごしていなかったことが分かりました。一方で、社会人との関わりを意識的に持つことで、プレ社会人へと進むきっかけを得やすくなります。
例えば、大手自動車メーカーに内定したある学生は、大学2年あたりから社会関係資本を意図的に増やしていました。彼は自身に足りない部分を自覚し、社会人のネットワークの中で自己を磨いたのです。彼は5社しかエントリーしませんでしたが、国内の名だたるメーカーでも、上位校の学生たち相手に善戦しました。プレ社会人になれた学生は、就活もうまくいっている印象です。
私の授業やゼミでは、模擬的にプレ社会人を体験できる環境を作っています。最初の講義では「プレ社会人になろうよ」と話すくらい。こうした環境に触れていく中で、スイッチが入った学生たちが、変化していくのです。
就活を頑張ると、学業にもいい影響が出る
──大学が社会に出る前の「通過点」という位置付けならば、大学で学問を学ぶ意義というのはどこにあるのでしょう?
田中:それは明確で「次世代の社会で活躍する人材を育てること」です。実際に私のゼミでは、社会人を体験できる環境を作っていて、アジェンダ設定から終了後の振り返りと改善点の洗い出しまで、すべて学生主体で考えます。当然ですが、遅刻したり寝たりする学生などいません(笑)。
「就活の早期化が学問の妨げになる」という批判もありますが、むしろ大学生活がプレ社会化することで、学生の学びがより深くなると思います。私は大学院でも教鞭(べん)を取っていますが、社会人学生の方が積極的に学んでいる印象です。学びと仕事を分ける時代は終わり、学校と企業を行き来する時代が来たのだと強く感じますね。
──最後にこれから就活やインターンを始めようとする学生に向けて、メッセージをお願いします。
田中:これからは人生100年時代です。だからこそ、社会人生活の入口にも満たない数カ月の間に、自分の適性や能力を決め付けないでください。恐らく、あなた自身も計り知れないぐらいのポテンシャルを秘めていると思います。過去の経験だけで、これからの自分を考えるのは、もったいないですよ。
そして、正直、就活は楽しめるものではないかもしれません。しかし、社会人としての土台作りのチャンスだからこそ、さまざまな経験をしてほしいし、いろいろな知識を吸収してほしい。最初は難しいかもしれませんが、何事も成長機会と捉えられるといいですね。お祈りメールにも「ありがとう!」と思うような気持ちで向き合ってみてください。
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<我究館 熊谷智宏氏>
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<法政大学 田中研之輔氏>
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<「就活ブランディングポート」代表 安藤奏氏>
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※こちらは2019年8月に公開された記事の再掲です。