※こちらは2019年7月に公開された記事の再掲です。
資生堂。日本が生んだグローバルメーカーの名を、暮らしの中で目にしない日はありません。
140年以上にわたる歴史を誇る資生堂は、今まさに変革の岐路に立っています。2014年に魚谷雅彦氏をCEO(最高経営責任者)に迎え、事業・組織の双方が変貌を遂げつつあります。
業績は二桁成長を続けており、売上高は1兆948億円(2018年12月期)と過去最高を更新。組織内では2018年には社内公用語を英語に切り替え、グローバル化を強力に推し進めています。
そんな資生堂の躍進をファイナンスの専門知で支えるのが、戦略財務部です。外資系投資銀行の投資銀行部門(IBD)出身で、戦略財務部門のリーダーを務める廣藤(ひろふじ)さんに、その魅力を伺いました。
経営陣の目となり耳となる。資生堂の企業価値を創る、攻めのファイナンス
廣藤 綾子(ひろふじ あやこ):株式会社資生堂 戦略財務部 戦略財務部長。新卒でバンクオブアメリカ・メリルリンチの投資銀行部門に入社後、2005年株式会社資生堂へ入社。経営企画部門や国際事業企画部門を経て、2014年からは資生堂コスメティクス インドネシア 代表取締役社長として現地法人の立ち上げを経験し、2019年より現職。(所属部署はインタビュー当時のものです)
──今日はよろしくお願いします。廣藤さんが資生堂で担当しているお仕事は、いわゆる財務諸表の作成や資金繰りなど、コーポレートファイナンスの領域です。そもそも、企業の財務部門はどのような役割を担っているのですか。
廣藤:ファイナンス部門は、企業価値に対して「攻め」と「守り」のアプローチを行います。前者はM&A(※1)やPL(※2)の策定によって「企業価値を作り上げる仕事」、後者は経理、財務諸表の作成や資金繰りといった「企業価値を毀損(きそん)させない仕事」です。資生堂の戦略財務部が担っているのは、前者の「攻めのファイナンス」の一部です。
(※1)……「Mergers and Acquisitions」の略称。企業の合併買収を指す
(※2)……「Profit and Loss Statement」の略称。財務諸表における損益計算書を指す。事業の利益率や収益構造を把握できる
──「攻めのファイナンス」ですか、興味深いです。具体的に伺えますか。
廣藤:経営陣が適切な経営判断を行えるよう、財務の観点から意思決定の材料を提供しています。また、財務の見込みと現実のギャップ──いわゆる「予実管理」も、私たちの役割です。実績が予算と一致しているか、ギャップがあるなら何が問題かを分析します。
また、戦略財務部は、2019年5月に「ファイナンス・トランスフォーメーショングループ」を新設しました。そこでは経営の効率化を実現するために、グローバルでの会計管理手法を統一したり、投資効果を測定したりする仕組み作りに取り組んでいます。
──単に数字を管理するだけではなく、ファイナンスの切り口で経営陣と伴走する、パートナー的な立ち位置なのですね。組織体制についても教えてください。
廣藤:戦略財務部、財務経理部、IR部、ビジネスディベロップメント部といった、さまざまなファイナンス機能を担う部門がCFO(最高財務責任者)の直下にあり、それぞれの部門が連携しながら仕事を進めています。戦略財務部門の内部は、非常に多様性のあるチームです。私のように投資銀行の出身者もいますが、新卒から資生堂にいる社員や、他の日系や外資系メーカーから転職してきた方もいます。外国籍の社員もいますし、相乗効果を生み出しやすい環境だと思っています。
──全員が金融出身者というわけではないのですね。意外なお答えです。CFOのマイケル・クームス氏やCEOの魚谷雅彦氏とは、日頃どのようなコミュニケーションをしているのですか。
廣藤:2人の人柄もあり、経営陣との距離はとても近いですね。頻繁に打ち合わせを持ちますし、ファイナンスに関する資料の構成を「報告」ではなく「相談」することもしばしばあります。CFOのマイケル(・クームス)さんとは「今の資生堂のどこに課題があり、どう解決するのか」を日頃からディスカッションしています。
財務の面で、経営陣の目となり耳となるのが戦略財務部のファイナンシャルコントローラーの役割です。私たちが集め、検証した数字を基に、CEOやCFOが経営判断の舵(かじ)を取るのです。その点では、仕事のダイナミズムを日々感じますね。
IBDで学べなかったのは、口紅1本を売る「経営のリアル」
──「攻めのファイナンス」に携われるという観点では、廣藤さんのご出身である外資系投資銀行のIBD部門も近しい職種ではないでしょうか。廣藤さんは外資系投資銀行から資生堂に転職されましたが、両者の職種の違いはどのようなところにありますか。
廣藤:最も大きいのは、「企業価値を生み出すこと」における立場の違いだと思います。投資銀行はあくまでアドバイザーですが、事業会社はビジネスの主導権を握り、外部からのアドバイスも受けて実践への落とし込みなども行い、最終的に判断や責任負担をする立場です。その点、オーナーシップを持った事業の運営は、IBDでは学ぶことはできませんでした。
やはり、事業の世界は奥深いです。Excelで分析する世界と、実際に施策を進める立場では発想も違います。例えば、数百億円規模の売上モデルやコスト削減プランを導き出すのは簡単です。私自身も、IBD時代にそのような財務モデルを数多く作りました。しかし、その売上アップやコストカットを実際に行うことの大変さは、事業会社で経験しないと分からないものです。
──資生堂での経験で、実践の大変さを感じたエピソードはありますか。
廣藤:現在のポストに就く前に、インドネシア支社の立ち上げに携わっていた時のことです。1人で現地に赴任し、支社長としての立場から経営を通して、政府当局との折衝から、マーケティング戦略立案、取引先への営業、販売員の採用・育成、資金・予算管理まであらゆることに目を配る必要があったのですが、自分の手で売上と利益を作ることの大変さを痛感しました。
数千億円が動くM&Aの仕事では、数十億円が「誤差」として扱われることもあります。しかし、インドネシアでは、口紅1本を買っていただくことにも販売員の努力があることを目の当たりにしました。数十億円は決して「誤差」ではなく、簡単には埋まらない金額であると、身にしみて分かったのです。金額に対してリアルな感覚を持てるようになったのも、資生堂での学びですね。
──事業会社で現場を動かす立場になり、「経営のリアル」を知ったのですね。
廣藤:はい。今もプロファームの方々と一緒に働きますが、彼らは本当に優秀で、さまざまな知見が得られる大切な存在です。しかし、だからといって事業会社側が考える作業を「外注」してはならないと思います。アドバイザー以上に自分たちが事業を正確に理解し、風向きを把握し、スマートであろうと努力し続け、主体的に事業を進める意識を持たなければなりません。
「1兆円企業」の舞台裏。課題は、世界で戦うためのファイナンス
──ここからは実際に、資生堂の「経営のリアル」に関して伺います。資生堂は過去3年、業績目標を前倒しで達成し、売上高も過去最高の1兆円を超えるなど、非常に事業が好調に見えます。この結果をもたらした要因を、ファイナンスの面ではどのように分析なさっていますか。
廣藤:ひとえに、注力する市場とブランドを適切に絞り込んだ成果だと思います。市場に関しては、海外の市場開拓に適切に投資して結果を出してきたこと、ブランドに関しても銘柄を思い切って絞り、積極果敢に投資を行ったことが寄与しました。経営陣が戦略面・財務面での「選択と集中」にリーダーシップを発揮したことが、この業績の要因だと考えます。
──ありがとうございます。高価格帯商品(プレステージ)への選択と集中は、資生堂の成功を語る上では欠かせませんね。具体的に、ファイナンス部門は「選択と集中」にどのような貢献をしたのでしょうか。
廣藤:大前提として、利益率の高いブランドラインや商品を正確に把握することが必要です。売上への貢献度が高いエリアやブランドは限られています。われわれは、経営陣の「ここを削減し、ここに集中する」という選択を財務的な数字でサポートします。また、常に「どこにギャップがあるのか」「どの地域・ブランドが不調なのか」「何がボトルネックか」を細かく追い、なるべく早く経営判断に結びつけることですね。
──なるほど。では、廣藤さんから見た資生堂の今後の伸びしろはどこにあると思われますか。経営や組織体制の点でお聞かせください。
廣藤:本社の体制づくりが急務です。資生堂は海外売上が約6割を占めるものの、本社の管理体制がグローバル企業の水準に追いついていない現状があります。ファイナンスの領域では、会計管理手法の統一やシステムの導入に着手しています。戦略財務部では、こうしたルール作りをグローバルのCFOと連携しながら、地域横断的に推進しています。
──本社の機能を世界水準に押し上げていくわけですね。変革にあたって、特に注力しているポイントを教えてください。
廣藤:特にキーとなるのは、「システムの統一」と「デジタル化」です。前者について、現在は地域ごとにバラバラの会計システムを、グローバルに統一しているところです。例えば、アメリカの支社でマーケティング費用について説明するときに、日本でも同じ基準で理解し、議論できるようにする必要があります。
また、経営のデジタル化も非常に重要です。段階的な実施にはなりますが、企業の財務指標をタイムリーに把握できる環境を作りたいです。見える化・正確性・スピードの3つがデジタル化の狙いです。企業の「攻めのファイナンス」においては、例えば、お客さまが商品を購入し、レジを通した瞬間に売上が加算され、その時点での予実の差を把握し、軌道修正に資する情報や仮説を提供できなければいけないと思っています。
過去の数字を把握するだけでは、バックミラーだけを見ながら車を運転しているようなものです。ダッシュボードといわれるリアルタイムの経営指標を把握し、将来的な予測を立て、検証しながら経営判断を下す必要があるでしょう。時代の変化に対応できる体制や環境づくりは、必ず実現しようと思っています。
今の資生堂で働く魅力は、ルールを作る側になれること
──資生堂でファイナンス職に携わる魅力は、P&G、ロレアル、ユニリーバといった外資系メーカーのファイナンス職と比べた場合、どんな点にあるのでしょうか。学生も比較することが多いケースだと思うので、ぜひ教えていただきたいです。
廣藤:外資系の同業他社と比較して、資生堂ならではのファイナンス職の魅力は「これからルールを作ることができる」点です。
他の外資系メーカーの現地法人は、海外本社が決めたルールの中で経営を行います。一方、資生堂は日本の本社を発信軸として、常にルールを見直し、修正し続け、グローバルメーカーとしてさらに大きく発展していくフェーズです。
私が資生堂に転職した動機でもありますが、変化の時代にグローバル企業の本社で、仕組み作りに携わる面白さは格別です。きっと新卒で入社する方にとっても楽しいのではないのでしょうか。資生堂のファイナンスではさまざまなプロジェクトが動いていて、守備範囲にとらわれることなく、やる気さえあればいろいろなことにチャレンジできます。
──チャレンジングな環境ですね。社内の変化をイメージできる例があれば、教えていただけますか。
廣藤:学生さんは、資生堂が老舗の日系メーカーということもあり、ドメスティックな印象を持っているかもしれませんね。でも、実態はだいぶ異なります。私が入社してからの10年で急激にグローバル化が進み、雰囲気もかなり変わってきました。私自身も毎日英語を使って働いています。いい意味で、ギャップがあるのではないでしょうか。
グローバルメーカーへの転換期。だからこそできるチャレンジがある
──社風も含めてグローバル化が進んでいるということですね。若手の成長機会の点ではいかがですか。日系メーカーというと、年功序列の印象も強いかと思います。
廣藤:資生堂は、やる気さえあればいろいろな挑戦をさせてくれますね。トップの魚谷も、若手にどんどんチャンスを与えてチャレンジしてもらいたいと発信しています。優秀で経験のある人でも、理屈ばかりで行動できなければ「即戦力」とは言えません。それなら経験が足りなくてもやる気があり、素直に、そして積極的に挑戦できる方が伸びしろがあると思っています。
5月に発足したファイナンス・トランスフォーメーショングループも、メンバーは自ら手を挙げた人だけをアサインしています。
──それだけのミッションを担うチームが、挙手制とは! 本人の意欲をそれだけ重視しているということなのですね。
廣藤:はい。資生堂全社でも今後そうなっていってほしいですね。
──インタビューも終盤です。2021年卒の学生に向けて、キャリア選択のアドバイスをいただけますか。
廣藤:まずお伝えしたいのは、仕事の意義ややりがいは、あくまで本人の能動的に学ぶ姿勢次第だということです。私も新卒の頃は「一番成長できるところに行きたい」と思ってIBDを選びましたが、今となっては「何を教えてもらえるか」ではなく「いかに自分が学び取るか」が大切だと思っています。
その点でも、ファーストキャリアは本当に大切です。学ぶ意識や成長意欲を持つことができる職場を選んでもらいたいです。
──実感のこもったお言葉です。最後に、一言メッセージをお願いします。
廣藤:世の中が目まぐるしく変わる時代の中で、資生堂も大きく変化しています。情熱のある方は、ぜひ資生堂にチャレンジしてください。情熱があってチャレンジが好きで、世の中の厳しい部分さえも前向きに楽しめる人と一緒に仕事したいですね。ぜひ、そんな人をお待ちしています。
──廣藤さん、ありがとうございました。
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【ライター:中山明子/撮影:保田敬介】