「HR本部のスローガンは『すべての人に働く幸せを』。社員一人ひとりがイキイキと働けば、事業は成功すると思います」
こんにちは、ワンキャリア執行役員の北野唯我です。
人材市場が流動化しつつある今日、優秀な人材を確保するため、社員や就活生、転職希望者にとって魅力的な組織を作ることが経営の大きな課題になっています。こうした状況で注目を浴びているのが、採用や人材育成に携わる人事と経営をつなぐ「最高人事責任者(CHRO=Chief Human Resource Officer)」です。
本特集では、さまざまな企業の人事責任者たちとの対談を通じ、「人事が経営目線を持つ必要性」を考えていきます。今回の相手はDeNAの執行役員でHR本部長を務める崔大宇(チェ テウ)氏。
サイバーエージェント曽山氏、メルカリ木下氏のように人事のプロとしての道を歩んできた人事責任者も多い中、崔氏は入社以来、事業サイドでキャリアを積み上げてきました。
事業一筋だった彼が、なぜ人事の道を選んだのか。そして事業の成長・発展に向けて「組織力の強化」を訴え続ける理由とは──若きHR本部長の流儀と、その挑戦に迫ります。
経営陣に信頼されるためには、まず「こと」に向かえ
崔大宇(チェ テウ):株式会社ディー・エヌ・エー 執行役員 ヒューマンリソース本部 本部長。東京大学大学院(工学系研究科)卒。2010年DeNAに新卒入社。未経験ながらエンジニアとしてキャリアをスタート。ソーシャルゲーム開発に携わった後、中国や韓国など海外拠点での組織開発を担当。その後エンタメやメディア、AI領域での新規事業立ち上げを経て、2018年4月より現職。2019年4月よりコンプライアンス・リスク管理本部 本部長を兼任。
北野:DeNAには、南場さんや守安さんといった、いわゆる「有名経営者」がいらっしゃいます。経営人事にとって、会社のトップである最高経営責任者(CEO)や社長兼最高執行責任者(COO)に信頼されることは、何よりも重要なはずです。崔さんは、どうやって南場さんや守安さんから信頼を得ているか、ここから聞かせてください。
崔:「DeNA Quality(DeNAの行動指針)」のひとつに、「『こと』に向かう」が掲げられています。人事にとって「『ひと』に向かう」ことも重要ですが、DeNAでは「ひと」に向かうだけでは信頼されないんです。まずは会社にとっての本質的価値である事業という「こと」に向かう姿勢を身に付け、そこで結果を出すことで経営陣からも社員からも信頼してもらえます。その意味で、自分が事業サイドでキャリアを積んできた経験は、HR本部長になる上で重要だったと思いますね。
北野:私もよく、「マーケティングだけできるCMO(最高マーケティング責任者)は要らない」と表現するのですが、人事責任者も同じだと思っています。その意味は、CxOというのは本質的には「経営者」なのだから、他の機能も理解していないといけないということ。崔さんは他部署での経験が、今の仕事に生きていると思いますか?
崔:そうですね、私たちDeNAは「Delight and Impact the World」をミッションに掲げており、展開する事業が「いかにユーザーに喜んでもらえるか」というのは経営にとっても重要なことのひとつです。事業部出身の経営人事ならば、それを考えられると思いますし、逆に、事業経験がなければ難しいのではないでしょうか。DeNAでは、事業部を経験した人が人事に行って、また事業部に戻るといったキャリアも珍しくありません。採用にも組織開発にも、事業部出身の担当者がいますよ。
北野:崔さんがいるHR本部は、DeNA全体の人事機能を担っていますが、事業部所属の人事との差はどう定義していますか?
崔:基本的に採用は事業部ごとに行っている一方で、事業部の仕事を人事面から支えるHRBP(ビジネスパートナー)を各事業部に配置し、HR本部に情報を集約させています。HR本部にいると会社全体の情報が入ってくるので、経営全体のことを考える。つまり、会社全体へのレバレッジが効かせる施策を考えるのが、HR本部の役割です。
自分と同じクオリティの仕事を、他の人にやってもらうには? という問いが、人事の視点をもたらす
北野 唯我(きたの ゆいが):1987年兵庫県生まれ。新卒で博報堂の経営企画局・経理財務局で勤務し、米国留学。帰国後、ボストンコンサルティンググループに転職し、2016年ワンキャリアに参画し執行役員就任。2019年1月から子会社の代表取締役、社外IT企業の戦略顧問も兼務。30歳のデビュー作『転職の思考法』(ダイヤモンド社)が14万部。2作目『天才を殺す凡人』(日本経済新聞出版社)が発売3カ月で9万部。編著に『トップ企業の人材育成力』。
北野:そもそも、崔さんが人事に興味を持ったきっかけは何だったのでしょう?
崔:中国で現地スタッフを束ねた経験ですね。それまでは、自分が頑張れば業務の成果は上がったのですが、中国では、何かトラブルが起こったとき、中国語が堪能ではない自分が頑張っても限界がある。現地のスタッフに頑張ってもらうしかないんです。そんな環境の中で、「自分と同じクオリティの仕事を、他の人にやってもらうにはどうすれば良いか?」という思考が自然と生まれてきました。
北野:仕事を他の人にやってもらうことで、人事の視点が身についた、と。
崔:そうです。自分がプレイヤーになるのではなく、メンバーの悩みを解決したり、全員が目指しているものを可視化したり、成果を上げた人にはきちんと相応の評価を下したり。その結果、個々のメンバー、そしてチームのパフォーマンスが向上し、事業もどんどん大きくなっていきました。当時は気付きませんでしたが、後から考えると、中国でやっていたのは経営人事の仕事だったと思います。
北野:経営人事といっても、会社によってだいぶ差がありますよね。崔さんはHR本部長として、具体的にはどんな業務を行っているのでしょうか。
崔:私の業務は経営・採用・組織開発・人事労務の4つに分けられます。まず経営の業務は、経営陣や他の事業部長と会社の方向性を議論する「執行役員」としての仕事と、経営陣の中で、人員計画など組織に関する共通見解を作るという仕事の2つがあります。第二に採用、第三に育成やピープルアナリティクスを含んだ組織開発。これらの3業務にそれぞれ3割ずつの時間を使っています。残りの1割は人事労務です。
北野:DeNAと言えば、採用が非常に強く、優秀な学生や転職希望者が集まっているイメージがあります。
崔:確かに、弊社は昔から採用を重視しており、創業者の南場自らが採用説明会に登壇してきました。人事について「社員と経営をつなぐ存在」と言う人もいますが、DeNAは「人事は経営そのもの」だと考えます。いかに優れた戦略でも、結局それを成し遂げるのは人間の力。その源泉となる「採用」のハードルを下げないために、トップが関わっているのです。
しかし、率直に言えば、個人個人の力は強くても、組織の力にはまだ課題がある。これからは、会社を挙げて組織力を高めることに注力していきます。
北野:具体的にはどう「組織力」を高めていきたいのですか?
崔:これまで、ポジションが空いたときは、どちらかといえば外部から優秀な人材を採用するという方法を採ってきました。ですが、今後はこれまで以上に、社内で育て上げた人材を抜擢(ばってき)できるような仕組みを作りたいと思っています。また、個々が力を発揮しつつ、チームでも成果を出せるような組織文化を作っていきたいですね。
部長として「キュレーション事案」を経験。会社を変えるために必要なのは、個から組織への転換
北野:崔さんは、メディア事業の部長としてキュレーション事業に携わられてたそうですが、サービスのクローズという事態に向き合うのは非常に辛かったのではないかと思います。(※)
崔:当時、私はメディア領域において事業推進を担当する部長職に就いていました。自分の部署の問題でDeNAのブランドに傷がつきましたし、他の部門にも大変な迷惑をかけてしまった。厳しいお叱りの声も直接いただきました。そのように関係各所に謝罪を重ねる中でも、「今回の事態は決して許されることではない。でもこの経験をしたあなたなら、会社を変えられるはずだ」と励ましの言葉をいただいたことが印象に残っています。同じことが二度と起こってはいけない、キュレーションメディアに代わる新規事業が、次々と生まれるような会社にし、世の中に真に受け入れられる会社に立て直さなければいけないと考えました。
(※)医療情報メディア「WELQ」など、DeNAが運営する複数のキュレーションメディアに、不正確な情報や著作権を侵害した記事などが多数存在することが指摘され、問題となった。
北野:考えた末に、崔さんはどんな結論を出したのでしょう。
崔:「DeNAは『個々がプロとして働く会社』から『プロ集団』に変わらなければならない」ということです。弊社にはプロフェッショナリズムが浸透しているし、この文化はとても良いと思います。でも、それはもう分かっている。優秀なプロフェッショナルを束ね、チームとして成果を出せるマネージャーがもっといれば、そして、社員一人ひとりが当事者意識を持って「DeNAのために何かできないか」、「社会にとって真に価値あることは何か」と考えられる人をもっと育てられれば、この会社はきっと変われる。そう思ったのです。
北野:崔さん、熱いですね。例えば「事業の才能はあるけれど、組織には全く興味がない」という創業社長が、大きな失敗をして組織の大切さに気付くというケースもよくあります。崔さんも事業の困難を経て、組織にコミットする決意をされたんですね。
「DeNAで働く幸せ」を経営のテーマにする
北野:事業の成長・拡大に向けて、組織力の強化を図っていくということですが、これからどうDeNAを変えていきますか?
崔:まずは、経営陣全員の意識を変えることが非常に重要です。これまでユーザーにデライトを届けるため、事業中心だったDeNAでは、個々の社員のやりがいについて、経営陣の中で十分に議論されてこなかったと思います。だから、どういう組織であるべきなのか、どうすれば、社員一人一人が「DeNAで働く幸せ」を感じられるのかを、経営陣のテーマとして本気で取り組んでいきます。
北野:究極的には、その会社のトップであるCEOやCOOがどれだけ本気で組織を思うか、ですよね。少し前にトヨタの豊田章男社長が社員に向けて「トヨタの看板がなくても勝負できるプロになれ」「どの会社でも働けるプロが、それでもトヨタで働きたいと思えるような環境を作る」とメッセージを送り、話題になりました。20年、30年前のトヨタだったら絶対言わなかったことだと思います。あのトップメッセージを聞いて、トヨタは強い会社だなとあらためて思いました。
崔:そうですね。南場や守安をはじめ、DeNA経営陣も人を大切にする気持ちは強いです。彼らは若手にも大きい仕事を任せますし、私自身、育ててもらったという気持ちがあります。その「人を大切にし、育てる」という姿勢を全社的な文化にしたいんです。それが社員一人ひとりの「働く幸せ」につながってくるんですよね。そのために、経営陣の意識が統一されることは何よりも重要だと考えています。
すべての人に働く幸せを 全体を俯瞰(ふかん)し、社員が輝ける組織を作るのがHR本部長の使命
北野:この記事の読者には、経営人事を目指す学生や若手もいると思います。彼らに向けて、崔さんが考える「経営人事に必要な能力」を教えてください。
崔:「個別ではなく全体を見る力」ですね。人事と言うと、一人一人の社員に向き合って対応するようなイメージがあるかもしれませんが、経営視点での人事の仕事は、個々の社員が輝く「組織」を作ることです。私はミッションを掲げてメンバーをグイグイと引っ張るタイプではなく、どんなメンバーも平等に支援するタイプ。まんべんなくとか、横串を通すとかいう言葉がぴったりでしょう。この強みがうまく生きているのかもしれません。
北野:崔さんがHR本部長として信じていることがあれば教えてください。
崔:DeNAのビジョンは「インターネットやAIを活用し、永久ベンチャーとして世の中にデライトを届ける」です。DeNAの社員自身がデライトフルな状態であれば、デライトはにじみ出てくるはず。逆に、当事者意識のない、やらされている仕事では、デライトを届けられるわけがありません。そのために、HR本部では「すべての働く人に幸せを」というスローガンを掲げました。事業の成長と拡大のためにも、まずはすべての社員がイキイキすることが大事だと思います。
北野:すべての働く人に幸せを……正直、私が抱いていたDeNAのイメージからは想像できない言葉にびっくりしました。
北野:最後にあらためて、これまでのDeNAとこれからのDeNAについて教えてください。
崔:これまでのDeNAは時代の潮流を掴み、個の強さで一点突破してきました。弊社の社員は本当に優秀だと思っていますが、その強みをより大きな力へと進化させる「相互のつながり」が弱かった部分もあると思います。これからのDeNAは、多彩な才能が支え合って、チームで結果を出すことを目指します。優秀な社員同士がつながることで生まれる価値は大きい。伸びしろは無限にあると思います。
北野:社員と会社の可能性を信じているからこその言葉だと思います。困難なときも、事業と組織に向き合い続ける崔さんの流儀が強く感じられます。ありがとうございました。
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【執筆協力:yalesna/撮影:加川拓磨】