未曾有(みぞう)の災害といえる新型コロナウイルス。私たちのライフスタイルは大きく変化し、企業の商品・サービスやビジネスモデルも大きく変化しました。
倒産する企業も少なからずあり、日本はもちろん、世界経済は大きなダメージを受けています。
2021年8月に経済産業省が公表した「経済産業政策の重点」では、日本として、この危機からどう回復するか、そして長期的に経済をどう成長させるのかという方針がまとめられています。
省庁が発表した方針、というと難しく聞こえるかもしれませんが、要するに、国がお金を使ったり、法律を変えたりして、伸ばしたいビジネスの領域がまとまっているということ。「これから伸びそうな業界が分かる」となれば、業界研究になると思いませんか?
この連載では「日本の経済・産業の重点ポイントから紐解く注目業界」と題して、不確実な時代を生き抜く企業について、経済産業省の職員のコラムやインタビューを5回にわたってお届けします。
第1回はこの「経済産業政策の重点」の全体構想を担当した、いわば経済産業省の経営企画担当者である長谷川さんに、国の方針を決める際にどういうポイントに着目したのか、そして今後どのようなビジネスが伸びると考えているのかを解説していただきます。
方針を決めるにあたって長谷川さんが、世の中のトレンドを知るのに参考にしたのは、国民的な人気を得たあの「アニメ」なのだとか。一体どういうことなのでしょうか……?
<目次>
●競争ではなく共生。「誰かを置き去りにしない」価値観がトレンドに表れる
●もはや環境を無視したビジネスは支持されない? 経産省も2兆円規模の投資へ
●社会貢献を軸にしたイノベーション──共感の力で、市場性のなかった産業が立ち上がる
長谷川 圭太(はせがわ けいた):経済産業省 大臣官房総務課 課長補佐(新政策担当)・法令審査専門官
2016年に経済産業省入省。資源エネルギー庁においてエネルギー基本計画の改定に携わった後、米中の覇権争いを強く実感する5Gや半導体などのデジタル産業の政策に従事。2020年からは、大臣官房総務課において経済産業省の経営計画とも言える「経済産業政策の重点」の策定などを担当。
競争ではなく共生。「誰かを置き去りにしない」価値観がトレンドに表れる
政府では、日本経済の持続的な成長のための戦略を具体的に示すことを主な目的として、私が入省した2016年以降は毎年「経済の成長戦略」を打ち出しています。
例えば、デジタル化の推進や地方創生、規制改革の推進や企業の事業再構築・事業再生の環境整備など。しかし、私自身、経済産業省で働いているにもかかわらず、一個人として、この方向性が必ずしも皆さんの望んでいるものなのか、それほど強く実感できませんでした。
おそらく、高度成長期の熱狂と比べると、経済成長に対する世の中の関心が薄れており、違う要素が求められているのでしょう。
経済産業省の政策は、経済の供給側である「企業」にはたらきかけるものがどうしても多くなりがちです。どうにかして、消費者である皆さんにも届く政策が作れないか。今後、自分たちが向かう方向性を考えるにあたって、「今、世の中で何が求められているのか」を突き詰めて考える必要がありました。
私はテレビ番組やマンガといったさまざまな「エンタメ」コンテンツが好きです。エンタメには、世の中で何がおもしろいとされているのか、そして、どんな価値観が受け入れられているのかを考えるヒントがあります。
例えば、少し前の時代では、少年漫画の主人公といえば「際立った才能で周りの人を引っ張る存在」だったのではないかと思いますが、現在受け入れられているのは『鬼滅の刃』に出てくる竈門 炭治郎(かまど たんじろう)のようなタイプでしょう。敵である鬼にも感情移入でき、周りの人を支えることに長けている。
これを経済に当てはめていえば、熾烈(しれつ)な競争に勝って強くなること以上に、誰かを置き去りにしない、「共生」のような形で、これまでとは違った成長の姿が必要とされているといえるのではないでしょうか。
中には持続可能性のように、時には経済的な豊かさと衝突する価値観を重視し「脱成長」を主張する人もいます。昨今、企業を選ぶ際にSDGs(※1)に注目する学生が増えている、とも聞きますし、少なくとも、これまでは経済性と衝突した際に後回しにされてきた価値の中に、重要性が増しているものが出てきているのです。
とはいえ、経済力が社会保障や安全保障などの面で、国を支える重要な要素であることは変わりません。ただ、どのように成長していくかを考える際には、求められている価値とどう両立させるかが大事になると思っています。
(※1)……「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称。
もはや環境を無視したビジネスは支持されない? 経産省も2兆円規模の投資へ
先ほどSDGsの例を挙げましたが、特に「環境を重視する」という価値観は、今では外せない視点になりました。
最近では、イギリスでCOP26(※2)が開催され、多くのテレビ番組で取り上げられていました。
しかし、今でこそ世の中から強く求められていますが、これまでは市場性が見いだされなかったからこそ、後回しにされてきたことも事実です。民間企業でも、脱炭素社会を実現すべく、環境面を意識した研究開発や商品開発が盛んに行われていますが、経済産業省も総額2兆円の基金を立ち上げています。
民間企業はこれまで以上に難しい課題にチャレンジすることが求められますが、「環境」という価値の実現に向かって、国もこれまで以上に踏み込んだ支援で市場を創出していきます。
また、経済安全保障という視点も重要になっています。新型コロナウイルスの影響で人やモノの移動が制限された結果、「経済の根幹を支える重要な技術や物資を特定の国に依存することは、重大なリスクである」という認識が広がりました。
これまでも、レアメタル・レアアースのような資源の偏りに伴うリスクは指摘されてきましたが、半導体のように、今後のデジタル社会に必要不可欠な要素を国内で製造できないという状況でよいのか。
米中の対立など、世界との貿易の不確実性が増す中、日本は国際的な存在感をどう発揮していくか。これも、既存の市場の中だけでは必ずしも考慮されない視点ですが、実際に民間のビジネスが円滑に行われるためにも不可欠な視点です。
こうした、これまでの市場の中だけでは実現が難しかった価値を実現するために、国も予算や税、規制などの政策を総動員して、産業や市場を作っていく姿勢で取り組んでいきます。
(※2)……国連気候変動枠組条約締約国会議。地球温暖化問題を防ぐための取り組みを議論する国際会議。
社会貢献を軸にしたイノベーション──共感の力で、市場性のなかった産業が立ち上がる
とはいえ、何でも国がやるというわけではなく、産業や市場を作る際に民間企業の力は不可欠です。ビジネス環境の変化に対しては、国よりも民間企業の方が敏感に反応していると思います。求められる価値が変わる中で、「存在意義」を問い直している企業も少なくありません。
自動車を売ることではなく、持続可能な移動を実現することを掲げるテスラのように、「商品を売る」というよりも、本気で社会貢献を志向し、一見不可能な高い目標を掲げる企業もすでにあります。
そして、そのようなチャレンジをする企業に資金や人材が集まり、イノベーションが生まれ、不可能に見えた目標が実現し、好循環を生んでいく。
世界的な低成長がいわれる中、社会保障や安全保障の面からも果たすべき役割がある「経済力」を維持・発展させていくためには、こうした好循環を作り出し続ける必要があります。
今は、皆が何を求めているのか、そして何に「共感」しているのかが原動力となって、政策や企業の力が総動員されて、新たな市場が生み出される時代です。市場性のなかった分野に市場ができること自体は、企業がずっと取り組んできた普通のことだと思うのですが、面白いのは、その生みの苦しみと「共感」しながら、政府も動かして市場創出することだと思います。
これは民間のビジネスにとっても、未経験の面白い経験になるのではないでしょうか。そうしてひとたび市場として生み出されれば、ビジネスを担う皆さまの力によって、物凄いスピードで成長します。
日本はしばらくの間、低成長や低インフレに苦しんできました。この傾向はコロナ禍以前から変わらないものです。また、これは日本固有の現象ではなく、今後多くの国が経験するものだと思います。世界は大きな価値観の変化を伴いながら、新しい分野に成長の余地を見つけようとしているのです。
こうした世の中のトレンドを踏まえ、今回の「経済産業政策の重点」では社会課題を取り込んで、経済と一体的に解決を図る産業戦略に、官民がともに垣根を越えて挑戦するといった要素を盛り込みました。
「社会課題を取り込んで、経済と一体的に解決を図る」と記載された「経済産業政策の重点」の資料
第2回以降は、より具体的な分野にフォーカスしていきます。「脱炭素」「女性活躍」「従業員のヘルスケア」「アジア諸国とのオープンイノベーション」など、経済産業省の考えるこれからの注目業界に迫ります。お楽しみに。
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