「今、『何者かにならなければ。』という時代のプレッシャーの中で、『好き難民』になる若者が多くいるのを感じています」
フリーランスや起業をはじめ、キャリアの選択肢は過去と比べ物にならないほど増えた。一方で「働き方」に縛られ、「やりたいこと」と向き合うことの苦悩を感じる若者は多いのではないだろうか。
加藤喬大さんは博報堂に勤める会社員でありながら、自身のミッション実現のために地方へ飛び回ったり、大学院に通ったりと、「スタートアップライク」な働き方をしている。現在では同社の新規プロジェクト「HAKUHODO Blockchain Initiative」の中心メンバーとして活躍中だ。
特集:二項対立するキャリアの「嘘」。
この連載では、「脱・二項対立」的なキャリアを歩むビジネスパーソンにインタビューすることで世間一般に語られている固定観念の欺瞞性(ぎまんせい)を暴き、キャリア選択の際に心がけるべき「本質」を明らかにしていく。
Vol.2の今回は加藤氏に話を伺い、「大企業/スタートアップライク」という、全く異質に見える両者を架橋して活躍するからこそ語れるキャリア論に迫る。
【本記事のみどころ】
・博報堂でブロックチェーン。「地方自治体のエストニア化」をミッションに、新しいコミュニティ創生を目指す
・「大企業という『ひとつの枠決め』が、自由に働く近道になった」加藤さんが、大企業に残っている理由とは
・あえて「博報堂の加藤」として仕事を始めず、遊び感覚で始める
・遊びから仕事へ変わるための「正しい野心」は、「孤独になる時間」から生まれた
・いたずらに自由を追い求めて「好き難民」になるな。自己内省で「直感」を磨く
博報堂でブロックチェーン。「地方自治体のエストニア化」をミッションに、新しいコミュニティ創生を目指す
──加藤さん、本日はよろしくお願いします! 加藤さんは現在、博報堂の社内プロジェクトチーム「HAKUHODO Blockchain Initiative」(以下、HBI)の中心メンバーとして、大企業に所属しながらも、かなり「スタートアップライク」に働いているとお聞きしました。まずは、HBIでどのような仕事をされているのか、簡単に教えてください。
加藤 喬大(かとう たかひろ):HAKUHODO Blockchain Initiative トークンコミュニティプロデューサー
1991年6月4日生まれ。江戸時代から酒造りを営む実家に生まれる。2014年に博報堂入社後、化粧品メーカー、飲料メーカーなど大手クライアントの担当を経て、現在HAKUHODO Blockchain Initiativeのトークンコミュニティプロデューサーとして活動中。
加藤:僕が所属しているHBIは、社員が有志で集まり、それぞれの関心分野におけるブロックチェーン技術の応用について議論、推進しています。いまはまだなじみのないブロックチェーンを、生活に根付かせるための手法を模索しているんです。
──ブロックチェーンを生活に根付かせる……。具体的な事例を教えてください。
加藤:最近で言うと、生放送中のラジオ番組の音声をスマートフォンにキャッチさせることで、ゲームアプリのアイテムなどをゲットできるサービス「TokenCastMedia(トークン・キャスト・メディア)」を発表しています。「ゲームのアイテム」というフックを設け、視聴者に能動的に番組を楽んでもらうための仕掛けとして、ブロックチェーンを活用しているんです。
また、HBIが大事にしているテーマの一つに、「スマホゲームのアイテム」をはじめとするトークンを用いることで生まれる、「コミュニティ感」があります。例えば「TokenCastMedia」では、リアルタイムで番組を視聴しているユーザーがSNSで盛り上がることで、コミュニティ感を醸成できるのではないかと思っています。
──たしかに「コミュニティ感」を演出することで、生放送の付加価値が高まりそうですね! ちなみに加藤さんご自身は、HBIでどのような役割を果たしているのでしょうか?
加藤:僕は「地方創生 ✕ ブロックチェーン」をテーマに、とある自治体の独自通貨開発のお手伝いをしています。「ICO(イニシャル・コイン・オファリング)」と呼ばれる、独自の仮想通貨を発行することによる資金調達手法があります。このICOを地方自治体が実施するという、世界初の取り組みにチャレンジしているところです。
僕が目指しているのはいわば「地方自治体のエストニア化」。国外の人々が電子上で国籍を取れるエストニアの「e-Residency」のように、自治体ごとがファンコミュニティを持ち、インターネット上から投資ができる未来を目指しています。このプロジェクトは3月末にリリースされる予定ですので、いま非常にワクワクしていますね。
このプロジェクトは当初の僕がある自治体の問い合わせフォームから連絡し、何度も自治体と東京を行ったり来たりしていました。そんな中、たまたまHBIが発足することになり、会社として参画するようになったんです。
──元々、加藤さんが個人で感動して突っ込んだことで、生まれた新しい仕事なんですね! すごい行動力ですね!
加藤:これまでも地元でボランティア活動をしたり、落合陽一さんが社会人向けに開講したプログラム「筑波大STEAM」に参加したりと、気になることがあれば直接足を運ぶようにしてきました。いま所属しているコミュニティの外に出て、自身を客観的に見ることを大切にしているんです。
──新しい環境に行くのは大事だなと思う反面、本業である博報堂での仕事がおろそかになってしまうことはないのでしょうか?
加藤:ありません。むしろ、革新的なアイデアは、教科書的な知識ではなく自分で「見てきたもの」からしか生まれないものだと思っています。学生時代からあだ名が「フッ軽」と呼ばれるほど、自分の足で一次情報に触れに行くことを信条としてきました(笑)。
「大企業の『縛り』が、自由に働く近道になった」加藤さんがあえて大企業に残っている理由とは
──「地方自治体のエストニア化」という個人のビジョンを持ちながら会社で働かれているわけですが、「個の時代」と呼ばれる現代において、会社に所属することのメリットをどのように感じていますか?
加藤:僕は博報堂にいたからこそ「地方自治体のエストニア化」というミッションを見つけることができました。個人の適性もありますが、僕の場合は、大企業の「縛り」が、自由に働く近道になったタイプだと思います。同じようなタイプの人も、少なくないのではないかと思っています。
──「縛りがあったほうが見つかる」?「やりたいこと」は、自由で縛りのない状態の方が生まれるイメージがありますが……。
加藤:たしかに、フリーランスや起業といった「自由な働き方」の中でやりたいことを実現している人たちはたくさんいます。一方で、働き方に縛られ、自分の「好きなこと」や「やりたいこと」を見つけられずに苦悩する「好き難民」が、たくさん生まれているのも今の時代の特徴だと思います。
──加藤さんはどのような「縛り」のおかげでやりたいことを見つけることができたのでしょうか?
加藤:会社で働くということは、当然会社の利益をどこかで頭の中に持ちながら、日々の時間の使い方を設計するということ。そのなかで、会社の収益と個人の「やりたい!」という気持ちの両方を叶(かな)える「隙間」を狙う感覚を大切にしていました。会社から与えられる機会をこなす中で、会社と個人の利益をチューニングしていったんです。
──なるほど。「好き難民」というワードにドキッとさせられました……。とはいえ大企業で働いていると、安定的な環境がゆえに、思考停止して今の環境に安住してしまうことはないのでしょうか?
加藤:最近は自分がいま「価値」を出せているかだけを常に考えています。個人の価値が重要視されるということは、自ずと「所属に関わらず、価値を出せる人間」に機会が回ってくるということです。「博報堂の加藤」ではなく「地方自治体のエストニア化を目指している加藤」というように、プロジェクトで自分を語るような時代がやってくると思っています。行動の指針として、価値が創出できているのか否かは、非常に大切にしていますね。
あえて「博報堂の加藤」として仕事を始めず、遊び感覚で始める:大企業でスタートアップのように働くための秘訣(ひけつ)
──自身のテーマである「地方創生」の実現に向けて「スタートアップライク」に働く加藤さんを見ていると、従来の「会社員」像が揺らぎます。加藤さんが仕事をする上で、信条としていることはあるのでしょうか?
加藤:今僕が大切にしているのは「遊びを仕事にしていく」感覚です。いきなり「博報堂との仕事」としてプロジェクトを始めようとすると、なかなかフランクなコミュニケーションは発生しにくいもの。一方で、所属を抜きにした「遊び」のコミュニケーションは、本音で闊達(かったつ)な意見交換が行えます。
先ほどお話しした地方自治体のICOも、個人的な興味から始まりました。お問い合わせフォームから自治体に連絡し、コミュニケーションを重ねる中でお手伝いさせていただくようになったんです。入口が会社ではなかったので、堅苦しい「お世話になっております」から始まらない、フランクなコミュニケーションが可能です。
──遊びであれば、ビジネス的な慣例は必要ないと。とはいえ、企業の利益と「遊び」が相反するケースもあると思います。加藤さんはなぜ、両者のバランスをうまく取れているのでしょうか?
加藤:大企業で働く上で「正しい野心」を持っているからだと思います。
遊びから仕事へ変わるための「正しい野心」は、「孤独になる時間」から生まれた
──「正しい野心」とはどういうことでしょうか?
加藤:個人の価値が重要視される現代は、企業の収益だけを追いかけるだけではなく、自分のミッションを持つことが重要です。しかし、自分の理想だけを追い求めようとしても、リソース面や金銭面での限界に突き当たってしまうことが大きい。だからこそ、企業をうまく活用すべきなんです。
企業で働く中で自分のミッションを見つけ、その実現を企業の収益に結びつける座組みを作ることで生まれるのが「正しい野心」。例えば、僕が「地方自治体のエストニア化」というミッションを追い求めることで、博報堂がブロックチェーン技術の活用における先駆として価値を高めることにもなります。
──個人の欲望と企業の利益を一致させるということですね。加藤さんは「正しい野心」をどのようにして見つけたのでしょうか?
加藤:入社してから4〜5年は、仕事をしながら、じっくりと内省するための「孤独な時間」を意識的に取っていましたね。
──「孤独な時間」といっても、その時間に何を考えればいいか、あまりイメージが湧きません。加藤さんはどのように孤独と向き合っていたのでしょうか?
加藤:アイデンティティがどこにあるのか、考えていましたね。自分が何に感動し、何に対して行動を起こそうと思うのか、考える中で芽生えたのが、「地方創生に携わりたい」という思いでした。幼い頃から実家の酒造業を間近に見てきた経験が、大きな影響を与えていることに気付いたんです。
地元の米や水、土、人間の暖かさなど、その土地の性格を表すワイン用語に「テロワール」という言葉があるのですが、酒造業を営む実家で育つ中で、僕もなにかしらの形で日本全国に存在する「テロワール」の多様性を守りたいと思うようになりました。
サークルや飲み会にバイトなど、大学生は忙しいとは思いますが、「孤独になる時間」を意識的に取ってほしいなと思いますね。
──とはいえ、一人で考え込むだけでは、袋小路に陥ってしまいそうな気もするのですが……。
加藤:所属するコミュニティを離れてみるといいと思いますよ。そうすることでことで新しい自分が発見でき、「自分はこんなことに感動するのか」「自分はこれをやっているときが楽しいな」と、生きていく上での「ものさし」が手に入るんです。
僕は学生時代から、とにかく知らない世界に飛び込むことで、客観的に自分を見つめ、自己内省を深めてきました。
いたずらに自由を追い求めて「好き難民」になるな。自己内省で「直感」を磨く
──最後に、学生に向けてメッセージをお願いできますでしょうか?
加藤:繰り返しにはなりますが、いたずらに自由を追い求めて「好き難民」になるのではなく、腰を据えて自分と向き合い、好きなこと、やりたいことを模索してほしいですね。内省を繰り返せば、いつか自分の「正しい野心」に出会える瞬間がやってくるはずです。僕自身「地方創生のエストニア化」という現在のテーマに出会えたもの、博報堂に入社してからの4〜5年間、自分と向き合ってきた時間があったからこそだと思っています。
とはいえ、大学時代で自分のやりたいことなんて、なかなか見つからないものですよね。それでも、内省を深めていけば、「こっちにいけば大丈夫じゃないか」といった直感が湧き出てくるはず。その直感を信じて進めば、いずれ自分が価値を出せる環境に巡り会えるはずです。
──さまざまな世界を見て「ものさし」を作る、直感を磨く必要があると。
加藤:はい。自分の「ものさし」を持つことで、キャリアにおける決断も早くなっていきます。例えば、僕が新卒で博報堂を選んだのも、未来から逆算して「ズレがなさそう」だったから。言ってしまえば「直感」です。例え直感であっても、自分の「ものさし」を持つことで、「就活偏差値ランキング」といった他者評価ではなく、自分自身のやりたいことを実現できる環境にいけるのではないでしょうか。
【取材・執筆:半蔵門太郎(モメンタム・ホース)/撮影:岡島たくみ(モメンタム・ホース)/編集:小池真幸(モメンタム・ホース)】
【特集:二項対立するキャリアの「嘘」】
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