「総合商社は男社会」──。
そんなイメージを変えようと今、総合商社が本気で動き始めました。各社、女性社員の採用や育成を強化することを発表しており、新卒採用の男女比にまで言及するケースも出てきています。
今回取材した住友商事では、人材マネジメントのテーマに「ダイバーシティ&インクルージョン(以下、D&I)の推進」を掲げた中期経営計画を発表。特に女性のキャリアに注力し、女性活躍推進の現状と目標をWebページで公開しています。
今後10年間で女性管理職の比率を約3倍にするなど、アグレッシブな目標を掲げているものの、どのようにしてそれだけ劇的な変化を起こすのか、そして、そこまでD&Iを加速しようとするのはなぜか。同社でD&I推進を担当する、永井恵子さんに聞きました。
永井 恵子(ながい けいこ):住友商事 グローバル人材マネジメント部 グローバル人材マネジメントチーム長
住友商事に新卒入社後、一貫して人事畑を歩む。具体的には、人事制度改定プロジェクト、個別人事、グローバルモビリティ、新卒採用、また、事業会社出向のうえ同社人事制度改革を担当。海外では、米国ニューヨークに駐在し、米州全域の人事を担当。現在はグローバル人材マネジメント部にて、グローバル人事全般・グローバルD&I推進プロジェクト、人事領域での国内外事業会社支援を行っている。
活躍のフィールドがグローバルであることが、多様性推進の強みに
──本日は、D&I推進を担当される永井さんに、住友商事におけるD&Iや女性の働き方についてお話をお伺いできればと思います。そもそも、「総合商社は男社会」というイメージを持つ学生も少なくありません。その点についてはどう思いますか?
永井:まだまだそのようなイメージを抱かれてしまっているのは事実だと思います。海外にも多数の拠点がありますので、海外転勤の機会が多いとなると、なかなかワークライフバランスが取れないのでは、と思われるのかもしれません。確かに、一昔前までは海外転勤の辞令が急に出ることもありましたし、事実として従業員の5分の1は海外駐在員です。
ですが、最近では、個々人の自律的成長とそれを支えるピープルマネジメント力の強化が強くうたわれています。海外転勤のタイミングや今後のキャリアについて、定期的に上司と部下の間でコミュニケーションを取り、部下は自身の希望を明確に伝え、上司もそれをきちんと聞き入れる文化になりつつあります。そういう意味では、イメージとは大きく変わってきていると思います。
──それは女性に限らず、男性にとってもポジティブな変化ですよね。
永井:そう思います。特に若い世代は、いつ海外駐在ができるのか、なかなか見通しが立たない状態で待ち続けられないと思いますし、キャリアについての対話は本当に大事なことだと思います。
──永井さんは、新卒から住友商事にいらっしゃいますが、女性としての働き方や多様性という点に関して変化は感じますか?
永井:正直に申し上げると、当社に限らず、商社業界で働いていると、多くの女性が一度は男社会だと感じたことがあるのではないでしょうか。また、過去についていえば、仕事の場面で「女性だから」というように、ジェンダーでまとめられてしまう時代は確かにありました。でも今はずいぶん変わったと感じています。
──具体的にどういった点が変わったのでしょうか。
永井:私が入社したときは、総合職の女性比率が上がったタイミングで、同期の2~3割が女性でしたが、それ以前は1割前後。初めて女性が配属される組織が複数あるような状況だったので、手探りだったことは間違いありません。さまざまなライフイベントを迎えるタイミングでも、その都度、上司も試行錯誤していました。
そこから、2010年ぐらいには女性がいるのが当たり前になり、今は、いかに活躍してもらうかという発想に完全に切り替わっています。入社当時と全く異なるのはもちろんですが、私自身が、ニューヨーク駐在などを経て本社に戻るまでの直近5年間の変化にも驚いています。
──この5年でも、そうなんですか?
永井:まず、これだけの頻度でD&Iが語られるようになったことが大きな変化だと思います。人材に特化して議論する戦略会議でもD&Iは常にメインテーマ。私自身も1日のほとんどがD&Iに関する会議や議論で終わることがあるほどです。当社の経営層は、「いかにD&Iを現場の納得感も踏まえながら推進するか」に注力しています。各現場の社員の意識も大分変わったと思います。
──永井さん自身の考え方にも変化はありましたか?
永井:そうですね。私自身、国内外でさまざまな人と働く中で、改めて、ジェンダーや国籍など何らかの属性でひとまとめにすることはできないし、してはならない、ということを学びました。
当社では、ほとんどの人が海外を経験しており、さまざまな世界を見て多様性を実感しています。その経験とともに帰国しているので、D&Iを推進する素地を持ち合わせているのだと思います。これは総合商社ならではの特徴かもしれません。
女性の部長職が少ない現状を、経営層は本気で変えようとしている
──ひとくちに「D&I」といっても各社が考える姿や施策はさまざまだと思います。まずは住友商事がD&Iに取り組む理由を教えていただけますか。
永井:「D&Iは競争力の源泉」と社長もよく言っていますが、同質性の高い人たちだけで集まったモノカルチャーでの議論だけでは、新たな価値を生み出すことに限界があります。さまざまなバックグラウンドを持った人が自身の意見を言語化し、議論し、まとめていくことで、新たな価値創造ができるのだと思います。
特に、モノがない中で新たな価値を作ることがビジネスモデルである商社において、会社が持続的に成長するためには、D&Iは必須のテーマ。本当の意味で多様性を受容し、自分のものにしていく必要があります。
──他の総合商社も含め、今は多くの企業がD&Iを強調していますね。
永井:住友商事では、前期(2018〜2020年度)の中期経営計画から「D&Iの推進」を掲げています。2021年6月に改訂された「コーポレートガバナンス・コード(※)」でも、中核人材における多様性の確保が明示されています。当社だけでなく、各企業にとってもD&I推進は待ったなしの状況です。
(※)……企業が株主や顧客、従業員、地域社会など、それぞれのステークホルダーとの望ましい関係性や、取締役会などの組織のあるべき姿について記載されたもの
当社では、D&Iを「価値創造、イノベーション、競争力の源泉」と位置付け、「D&Iを妨げるあらゆるバリアの撤廃を進め、 知のミックスを生かして、ビジョンの実現を追求する」と宣言しています。ダイバーシティについては、各国・各地域でそれぞれ事情がありますので、実情に応じた目標を立てており、日本では「ジェンダーとジェネレーションの多様化」を主題としています。
──経営層もD&Iに本気で取り組もうとしていると。
永井:並々ならぬ熱量を感じています。他にも、「誰を次期経営幹部として登用するか」といったサクセッションプラン(後継者育成計画)の議論の中で、当たり前のように「ダイバーシティをいかに進めるか」という意見が出てきます。後継者のターゲットとなる女性管理職の数が増えてきたことも背景にありますが、それだけD&Iが重要視されているということです。
「年功序列意識からの脱却」と「Pay for Job, Pay for Performance」の新人事制度へ
──現在、住友商事の管理職の女性比率は7.5%ですが、2030年までに20%以上にすると目標に掲げています。10年弱でそこまで引き上げられるものなのですか?
永井:さまざまな施策や制度で加速させようとしています。例えば、働き方に関しては、産休・育休、時短制度、テレワークなど、充実した制度があるのは間違いありません。女性だけに限ったことではなく、2020年度の男性の育児休職の取得率は、過去に比べて大きく上がっています。男性社員の育休が増えてきたことで、最近では上司から「いつ取るの?」と聞くことも増えました。会社として育休取得を推奨する中で、「使うのが当たり前」という風土ができていったと思います。
※出典:住友商事「女性活躍推進の考え方・現状」
また、2021年4月には人事制度を改定し、職務等級制度を導入しました。これまでは、職務遂行能力と役割の2つで社員のグレードが決まっていましたが、今回、職務の大きさに応じて等級を決定する「職務等級制度」を導入し、等級の変更に際しては、例えば「グレード1を○年以上経験しないと、グレード2に上がれない」というような、いわゆる在留年数要件は設けない仕組みにしました。
──在留年数というのは、勤続年数による影響も大きいですよね。
永井:そうですね。そのため、これまで育児などライフイベントでブランクがある女性は、在留年数要件を満たさず、等級の上がり方が遅れてしまうケースもあったことが課題でした。飛び級制度のようなものはありましたが、あくまで特例の扱いであり、適用されにくかったのも事実です。
今回の制度改定によって、勤続年数や経験年数によらず、純粋に職務の大きさによって等級を決定する仕組みとなったこと。加えて、管理職層について、専門性の発揮を通じて戦略実現の担い手となるエキスパート職と、組織を管掌しながら戦略立案と執行責任を負うマネジメント職といった、複線型キャリアを設けたことも、女性が一層活躍する土壌が整った、追い風といえる状況です。
──この制度改定によって、女性のキャリアはどう変わるのでしょう?
永井:まず、最短入社6年目で管理職になることができます。これまでは最短9年目だったので、人によっては、管理職になるタイミングとライフイベントが重なってしまうこともありました。
今後は、実力次第で、管理職レベルの職務を担えると判断されれば、20代後半で管理職に昇格できます。相当な役割を20代で担うことになりますが、ライフイベントも見据えながらキャリアを考えたい女性にとってはチャンスだと思います。
──女性のキャリア上のネックが一つ解消されるわけですね。
永井:そうですね。ただ、正直にお話しすると、私自身はライフイベントがブランクと捉えられてしまうことに、少し疑問があります。
もちろん産休・育休中は子育てに専念したい人もいますし、価値観や考え方は、人それぞれですが、勉強して資格を取るなど自分磨きをする人もいます。それらを全てひとまとめにブランクと思われている状況は、もったいないと感じています。
──実際に、会社を離れている期間にレベルアップして戻ってくる人もいるのでしょうか?
永井:当社には配偶者の転勤によって退職した場合に、5年以内であれば再入社ができる制度があり、人事にも制度を利用して戻ってきた人がいます。彼女は、配偶者の海外転勤についていった期間に自身も海外で働いて、まるで海外研修生を経験してから戻ってきたかのような表情で復帰していました。会社を離れていたことをブランクとは考えず、さまざまなキャリア・経験を積んで戻ってきた、と捉えていたのだと思います。
また、数年前には退職者を対象とした「SC Alumni Network」が設立されるなど、今は「会社を離れた人とのネットワークをいかに持つか」という発想に転換しています。D&I推進の意味でも、こういった事例が増えるといいなと思っています。
重要なことは、いかに「個」として活躍できるか。そのために自己分析をし続ける
──ジョブ型の職務等級制度によって、勤続・在籍年数やジェンダーにかかわらず、自分の実力と職務の大きさに応じてポジションが上がっていく。これはある意味でシビアになるのではないでしょうか。より実力が問われるわけですから。
永井:そうだと思います。一人ひとりがそれぞれの分野で世界に通用する人材となることを目指していますので、それぞれ、相当力をつけていかなければならないと思います。これは私のテーマでもありますが、重要なことは、「いかに個として活躍できるか」です。
──「個」ですか?
永井:今はD&I推進を担当しているものの、実は私個人はこれまでジェンダーの議論から距離を置いていました。女性だから、商社だから、ではない「自分」として認めてもらうことを考えて、これまで仕事をしてきました。そのスタンスは、これからより必要とされるように思います。
──問われるのは年齢でも性別でも勤続年数でもなく、個人の力だと。
永井:もちろん、仕事を頑張りたい人、ワークライフバランスを追求したい人、仕事へのスタンスは個人の自由です。だからこそ、大学時代にしっかりと考える必要があります。就職活動にあたって、「自分を振り返りなさい」と言われると思いますが、それは本当に大事なことだと思います。
「自分の振り返り」や「自分を知ること」は社会に出ても同じです。最近よく、リーダーシップに関する本を読んだり、研修に参加したりしていますが、「まずは自分の人生経験を見つめ直す」「自己認識をする」といったことの重要性を言われ続けます。私自身、さまざまなポジションを経験する中で、一番大切なことは「自分を知ること」だと思うようにもなりました。ただ、いまだに「自分が本当にやりたいことは何だろう」と考えることもありますし、悩んでいるのは学生の皆さんだけではないというのは、お伝えしたいことですね。
──ある意味で「自己分析」は一生付きまとうものなのですね。ちなみに、永井さんはなぜ総合商社を選んだのでしょうか?
永井:仕事をするからには、国の根幹に携わるようなことがやりたいと思ったからです。資源や金属など、国家を支えるようなビジネスがやりたいと、営業希望で総合商社を受けました。結果的には一貫して人事領域で仕事をしてきましたが。
──もともと営業をやりたくて、でも配属は人事。転職も身近な選択肢にはなりそうですが、住友商事で働き続けている理由は何でしょう?
永井:純粋に住友商事が好きだから、だと思います。なんだかんだ言っても、当社の真摯(しんし)なところが好きなので、これまでずっと働き続けているのだと思います。
例えばD&Iの目標値に対して、数字を追うだけにならないように、社長含めて「何のためにやるのか」と原点に立ち返りながら議論をする。ときに遠回りに感じたり、非合理的に思えたりすることもありますが、一つひとつの物事に対して、真摯に向き合うのは当社の良さだと思います。
また、これだけずっと働いていると社内に相当なネットワークができます。同じ会社の社員とはいえ、総合商社ですので、世界中のあらゆる場所・業界で活躍している社員がおり、経験値もさまざま。そうした異なる経験を持つ人と、住友商事という共通する組織文化をベースにコミュニケーションができるのは、単純に楽しいですよ。こういう人とのつながりは商社ならではですし、うちの人は面白いというか、奥が深いなと思います。
ジェンダーに縛られない活躍をするために必要な「覚悟」とは
──会社として目指す目標はWebサイトでも公開されていますが、D&Iの推進によって、永井さんは何を実現したいですか?
永井:素直に思うのは「一人ひとりがイキイキと、自分らしく、仕事を楽しいと思える環境にしたい」ということです。目の前の仕事を楽しいと思えることで活力が湧き、パフォーマンスを発揮できるもの。いろんな人がいて、多様な働き方をするのが当たり前だという前提を一人ひとりが持てるようになったら、さらに良い会社になると思います。
──今はまさにD&Iを推進している最中とのことですが、特に女性の就活生が最初のキャリアに住友商事を選ぶことの良さを教えてください。
永井:今は会社が変わろうとしているときです。この5年だけでも大きく変わりましたし、これから先の5年、10年も間違いなく変わっていくでしょう。女性が働くための土壌は整ってきていますし、一定の覚悟さえあれば、ジェンダーに縛られない活躍ができます。会社としても、そういう活躍をしてくれることを期待していますしね。
──「覚悟」……ですか。永井さんがおっしゃる覚悟とは、どういう意味なのでしょう。
永井:腹をくくるというか、日々のさまざまなことに対して自分が責任を取ることですね。それこそ、自分自身のキャリアや成長に、自分自身が関心と責任を持つことも大事。自分の仕事を一つの作品と捉えたときに、そこに対してどれだけ自分が自信を持ち、そして責任を取れるか。他責では絶対に成長しません。
正直、仕事にはしんどいこともたくさんありますし、「これは試練だ」と思う場面もあります。でも、楽しいだけでは人間は成長しないでしょうから、良い形でのしんどさ・試練は必要だと私は思います。少なくとも、責任ある仕事をやり遂げる覚悟を持って入社してほしいですね。
──ちなみに永井さんはしんどいとき、どう乗り越えてきたのでしょうか。
永井:全て仕事で乗り越えてきました。失敗したときも重い仕事を抱えたときも、ひとつひとつ向き合い、必死に勉強しながら乗り越えてきた。それは最近、人からも言われました。「全部仕事で返そうとするよね」って。それだけ仕事が好きで、真剣に仕事に向き合ってきたのだと思います。
かといって、私も普通の人間なので、仕事で失敗したかなと思ったときや、判断を間違えたかも、と思ったときは、すごく落ち込みます。でもそういう性格だからこそ、仕事で取り返すしかないと思ってきたのでしょうね。
──ありがとうございました。最後に就活生へのメッセージをお願いします。
永井:今は、新卒で入社した会社で一生働く時代ではありません。とはいえ、社会人のスタートは、とても大事です。他人の意見ではなく、自分の判断で最初のキャリアを決めてください。自分が決めたと思えば後悔せずに済みますし、覚悟をした分だけ前へ進めるはずです。応援しています!
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