「ある朝、目が覚めたら、あなたは『就活生』になっていました。どの会社へ入りたいですか?」(※ただし、自身がこれまで所属した企業は選べません。)
社会人の先輩に、この「究極の転生質問」に答えてもらうシリーズ企画。今回は、ニッポン放送アナウンサー吉田尚記さんにご登場いただく。
大のアニメ好きで、その豊富な知識を生かしてラジオ番組「ミューコミプラス」のパーソナリティーを務める一方で、アニメイベントの司会、マンガ大賞の発起人、本の出版、最近ではバーチャルMC一翔剣の活動と、活躍の幅を広げている吉田さん。社外からのオファーも増えて個人業務の範囲を超えてしまったため、会社が吉田さんのために「吉田ルーム」という新たな部署を設立したほどだ。
<吉田尚記さんの入社後の「年表」>
・1999年(23歳)ニッポン放送に入社。制作部アナウンサールームに配属
・2006年(30歳)パーソナリティーを務める『ミューコミ』がスタート
・2008年(32歳)発起人として運営に携わっている「マンガ大賞」を始める
・2012年(36歳)第49回ギャラクシー賞DJパーソナリティ賞を受賞
・2015年(39歳)社外からの仕事が個人業務の範疇を超え、ニッポン放送が「吉田ルーム」を設立
著書『なぜ、この人と話をすると楽になるのか』が発売3カ月で10万部を突破
・2019年(43歳)バーチャルMC・一翔剣が活動開始
アナウンサーの枠を超えて活躍する吉田さんは、就活生だったらどんな会社を選ぶのだろうか。そう思い取材を申し込んだところ、「就活前提であることがおかしい」という指摘が。就職というシステムへの疑問から、お話ししてもらうことになった。
「就活をする」という前提がおかしい
──今回は「吉田さんがもし就活生になったら」という想定で入りたい企業についてお聞きしたいと思います。
吉田:まずいきなり言ってしまうと、「もし就活生になったら」と言われた瞬間に、就活前提であることがおかしいと思いました。「就活したい」って自然な欲望じゃないですよね。
──「自然な欲望」ですか?
吉田:例えば「アナウンサーになりたい」というのは、人の欲望としておかしいんですよ。僕は目立つのが好きなんですが、「目立ちたいからアナウンサーになりたい」なら自然な欲望だからいいと思っています。「ちょっと知的に見られる雰囲気があるから、アナウンサー」でもいい。でも、それを本音として言えなくて「将来は報道をやりたい」「社会に関心がある」とそれらしい理由として語る。だったらそれはおかしい。今すぐ報道の仕事をやればいいんだから。
──「就活したい」も「本当は就活したくないけど」といった本音が入っていない点で、不自然な欲望かもしれません。
吉田:人生の中で「勉強したい」となることはあると思うんですけど、「就活したい」はないと思いますね。
──「この人と一緒に仕事してみたい」なら自然な欲望ですね
吉田:そうそう。僕はアドラー心理学が好きなんですが、アドラー心理学で重要なものに「貢献感」というのがあります。「自分が役に立っている」という感じがないと、人間は「生きていく価値がない」と感じてしまう。その通りだと思います。
そうすると人間は、身の回りの数十人から必要とされることから仕事を始めるはずです。でもそれは「どこに就職するか」とは別問題ですよね。
就職は「初期位置」決めでしかない
──お話を聞いていると、就活に対して大きな違和感があるように感じました。
吉田:就職というシステムに、もう違和感があるんですよ。就活を支援するためのサイトがあること自体がおかしいですよね。仕事紹介のサイトなら分かりますが。この差は大きいですよ。
──耳が痛いですが、重要なご指摘ですね。ワンキャリアも「就活サイト」として認識されていますが、本来は「仕事選びのためのサイト」として学生の役に立ちたいと僕は思います。
吉田:「就職産業」を作ったからおかしなことになっているんだと思いますよ。「仕事紹介産業」でないことがいけない。
──当事者の僕がこう言っては何ですが、就職産業から仕事紹介産業に変わる必要があるのかもしれません。そもそも、「就職」って何なんでしょう?
吉田:就職って、ゲームでいう「初期位置」を決めることでしかないです。
僕は今45歳ですが、就職したときの同期10人は「タイプが被らないように」という理由で採用されたそうです。でも、そうやって採用したとしても出向などがあって、今も同期でニッポン放送に残っているのは僕も含めて2人だけです。就職後、どうなるかなんて分からないですよ。
──でも、学生からすると最初の立ち位置が重要だから、志望企業に入るために対策や準備をしています。
吉田:採用する側からすると、「就活って何ですか?」と言っている人の方が採りたいです。最適化されていないから。
受験って最適化の戦いじゃないですか。それも本当はだめなんですけど。
──試験の点数を高くするために、効率的に勉強した人が勝ちやすい仕組みですね。
吉田:だから、最適化の戦略を大学時代までやってきた人が多いと思うんです。でも、仕事になると最適化という話ではない。想像も付かないようなことが起きるんです。いろいろなことを経験していて対応力が高い方が大事で、最適化は後から付いてきます。
それに、日本社会は何十年も最適化の就活をやってきたから、最適化の人材は社会にたくさんいます。その最適化の鬼たちに、就活生の最適化で勝てるはずがない。最適化戦略で就活に挑むのは間違っていると思います。
──面接の評価を良くするためのテクニックを磨いても、本当に良い企業なら本音を見破る、と。
吉田:それでどこかの企業にひっかかることはあると思うんですが、今は就職したら何とかなる時代じゃないですからね。
──吉田さんは就活のときに最適化戦略は取らなかったんですか。
吉田:僕はニッポン放送以外のアナウンサー試験は、2次試験以降に1つも進んでいないです。
──そうなんですか?
吉田:アナウンサー試験って、最後の方はどの局も同じ人が残るんですよ。アナウンサー学校が同じだったとか、他局の選考でも一緒だったとかで知り合いが多い。それに対して、僕はそもそもアナウンサー学校があることを知らなかった。最適化のしようがありません。
大学時代、落語研究会で活動をしていたころの吉田さん
でも、自分みたいな人間がアナウンサーを20年も続けている一方で、そのときの同期は実力があって面白いやつだったけど、転籍によってアナウンサーとは違う仕事をしています。運みたいな要素が大きいんですよ。
──確かに、「最適だ」と思った戦略でも、実際は役に立たないことの方が多い気がします。
吉田:だから、就職は初期位置決めでしかないですよ。
就活サイトを見るより体験の量を増やす
吉田:あと、自分が就活生だったら「こんな就活サイトを見ているんじゃなくて、何か体験してこいよ」と言いたいですね。すみません、「こんな」なんて言ってしまって。
──いえいえ(笑)。就活サイトを見ないというのは今までの話から分かるんですが、「何か体験してこいよ」というのはどういうことですか?
吉田:体験していないと、好きかどうかも分からないですよ。例えば「宇宙人が好きですか?」と聞かれても僕は会ったことがないから分からないです。でも、会ったことのある人、体験したことのあるものなら分かる。だから、体験の量を増やさないと自分が好きなものも増えていかないです。
──「自分はこれが好きだから、この仕事をしよう」と考えられる材料が少ない状態ですね。具体的にどんな体験がいいでしょうか。
吉田:体験は何でもいいんです。でも、大体のことにおいて、「やる」は「やらない」の100倍以上の価値を持ちます。
もし僕が大学生だったら行ったことのない国に行きます。「コロナだから行けないのでは」と反論する人もいると思うんですが、反論や言い訳には意味がない。やるかやらないかの判断に意味はあるけど、その理由は何だっていい。
──とにかく何でもやってみることが大事だ、と。「就活で何をしていいか分からない」と悩んでいる学生も、何かやってみることで視界が開けるかもしれません。
吉田:「悩む」というのは何も決めていない状態で、決めたら「困る」に変わるんです。困るは具体的だから、対応も考えられるけど、悩むだと何もできない。でも、悩みって時間をかければかけるほど、大切に思えてくるんですよ。
──サンクコストになるから。
吉田:サンクコスト中のサンクコストですよ。だから、悩んでいる人がいたら「悩むな、決めて困れ」と言いたいですね。
──なるほど。就活サイトを見て悩んでいる時間に何か体験した方がよっぽど役に立つ、と。
吉田:という、過激派の意見でした(笑)。
コスパでなく大義で選んだ3社
──今更ですが、「就活生になったら入りたい会社」という質問に戻れればと思います(笑)。就活への違和感もある中で、入りたい会社を選んでもらいました。
吉田:だから「就活生だったら」という前提ではなく、その人は働かないといけない理由があると仮定しました。だとすると、働いていてつらいところに行くのは良くない。
だったら、まずは好きであること。嫌いなものに関して発想が広がることはないですから。その上で、成長産業であること。成長産業でないところで働くのはつらいでしょうから。
その2点で選ぶと、僕はバーチャル系の仕事をしていることもあり、この領域は確実に伸びるなぁと思っています。
<吉田さんが選んだ3社>
(1)VR法人 HIKKY
バーチャルマーケットなどを運営している会社。
バーチャルは、10年後までには確実に新しい世界を生んでいる。
(2)クラスター株式会社
バーチャルSNS clusterの運営会社。日本人らしいバーチャルの扱い方。
(3)学校法人角川ドワンゴ学園
教育は常に変わっていかなくちゃいけないのに、ホントに変わることが出来ているのはN高・S高だけでは。圧倒的に可能性がある。
──角川ドワンゴ学園は、バーチャルというよりは教育分野ですね。
吉田:今の学校って、ハードウエアと組織の維持が至上命令になっているんですよ。評判の良い学校があったときに、 それが企業なら2倍成長もあり得ると思うんですが、学校は校舎に入れる定員数に限界があるからできません。社会の変化に比べて、学校は変化のスピードが異常に遅いんです。
それに対して角川ドワンゴ学園は校舎もないですし、ハードウェアが理由で変化できないことはないですよね。
──なるほど。もし、この企業のどこかに入ったとして、やってみたい仕事はありますか?
吉田:それもわりとナンセンスな質問で、選べないんですよ。何かのスキルを見込まれて引き抜かれた人しか、仕事は選べません。一方で、その会社が全体としてやっている事業が変わることはない。そのくらいの解像度でしか仕事は選べないんです。
例えばニッポン放送に入っても、今はディレクターにはなれません。ディレクターは制作会社の人たちがやっているからです。
──それは知りませんでした……。「ラジオ番組を作りたいからラジオ局」と思って志望してしまいそうです。
吉田:そういう実態も、現場でバイトをしていたら分かるんです。体験が大事ということはそういうことでもあります。
でもニッポン放送に入れば、ラジオ番組に関われることは間違いないです。番組に関わる仕事は無数にあります。例えば営業の人がどんなスポンサーを連れてくるのかでも番組の方向性は変わるわけですから。つまり、その仕事の大きな部分、大義でしか関われないということです。その企業の大義が好きかどうか、これが全てじゃないですか。
──確かに吉田さんの選んだ会社って大義に共感している人が多そうです。自分たちがしていることに熱中している人たちがいるようなイメージです。
吉田:そういう意味では、コスパは悪いと思いますよ。今日もHIKKYの人たちと一緒に仕事をしましたが、「商売になるかどうかは分からないが、俺がやりたい」と始めた会社ですから。
でも、そこが企業理念なんです。「VRに何かあるとしか思えなくて、やりたくてしょうがない」と思ったから始める。「それしかないでしょ」という思いで始めている会社なので、そこが良いと思いました。
──コスパを求めるのとは真逆の発想ですね。
吉田:「コスパ」という発想をした時点で負けですね。そういう人は現場には1人も要らないです。無駄なことをやってきた人が欲しい。
無駄なことをたくさん経験した方が対応力や引き出しは確実に増えます。対応力は最適化の逆で、最短ルートで来ていたら知らなかったことを知っている人が何かを救うことがある、ということです。
──吉田さん自身も、無駄だと思っていたことが役に立った経験はありますか?
吉田:むちゃくちゃありますよ。僕はアニメイベントの司会をよくやらせてもらっていますが、中学時代に好きでアニメ雑誌を読んでいたことは、当時の英語の勉強よりも役に立っていますからね。でも逆に、僕が今の仕事をしていなければ、この知識は1ミリも役に立たないです。そんなものです。
──学生時代に好きなことをやった方が、結果的に社会に出てからも役に立ちそうです。
吉田:学生時代は好きなことを好きなようにやれる時間なんだから「やらないでどうするの?」と思います。もちろん、仕事をしている中で後から好きになるものも現れると思いますけどね。
吉田 尚記(よしだ ひさのり):1975年12月12日東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、1999年ニッポン放送入社。
2011年度「第49回ギャラクシー賞」において「DJパーソナリティ賞」を受賞した。
Twitterの公式サイト「ツイナビ」が公認した「日本初のTwitter公認アナウンサー」であり、 Twitterアカウント : yoshidahisanori は、17万を超えるフォロワーを得ている。
放送業界で1、2を争うオタクとして有名であり、年間100本以上のイベント司会や、ニコ生やテレビ番組への出演、2008年から始まった「マンガ大賞」の発起人・実行委員を務めるなど、ラジオにとどまらない活動を行っている。
2015年には、著作『なぜ、この人と話をすると楽になるのか』(太田出版、2015)は発行部数累計13万部を超えている。最新刊『元コミュ障アナウンサーが考案した会話がしんどい人のための話し方・聞き方の教科書』(アスコム、2020)は現在4版を重ねる。
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