「会社を辞めるかどうか、毎日考えていますよ」
強い口調でそう語ったのは、三井物産の若手社員・谷内愛さん。想定外の言葉に、現場には緊張が走りました。
終身雇用が崩壊し始め、転職ありきのキャリアも一般的になった今日、若手ビジネスパーソンにとって転職のハードルは下がりつつあります。
「もっと裁量権が欲しい」「専門性を身につけたい」といった理由で会社を辞める人も珍しくありません。
しかし、彼女が「会社を辞めるか考える理由」は、決して自らのキャリアに不満があるからではありませんでした。
特集「転職時代に、なぜ商社」。
第1回は、三井物産のブラウン・ジェーソンさん、谷内愛さんにお話を伺いました。
Jason Brown(ブラウン・ジェーソン)(写真左):人事総務部人材開発室次長。1996年に新卒入社。鉄鋼製品や船舶のトレーディングに関するキャリアを積み、香港・シンガポールでの駐在も経験。2019年7月から現職となり、各種研修をはじめとする育成全般を担当する。
谷内 愛(たにうち あい)(写真右):2012年に新卒入社後、プロジェクト本部所属にて新興国のインフラ開発に従事。2017年からはモザンビークの事業会社に2年間出向し、鉄道・港湾の開発プロジェクトを担当する。現在は、エジプトのインフラ案件に携わる。
<目次>
●モザンビークの発展を担う鉄道建設。初代出向者は、入社3年目の若手社員
●外国人スタッフからの信頼を勝ち取ったのは、三井物産では当たり前のスキルだった
●台湾のエネルギー政策を支えるLNGタンカー。自分の仕事の成果をマラッカ海峡で見つけた
●「会社を辞めるかどうか、毎日考える」の真意
●「一人前の商社パーソン」など存在しないのかもしれない
●ジェネラリストも、スペシャリストも、最終的に「経営」にたどり着くはず
●商社に向いているのは「裁量権の使い方」を学びたい人
●卒業生も三井物産のファミリー。会社と人材の向き合い方は変わりつつある
モザンビークの発展を担う鉄道建設。初代出向者は、入社3年目の若手社員
──谷内さんは、最近までモザンビークに派遣されていたそうですね。ぜひ、現地でのお仕事について教えてください。
谷内:私は入社3年目からモザンビークのナカラ鉄道・港湾インフラ開発案件(※1)を担当していて、初代出向者として現地に派遣されていました。鉱山からの石炭運搬を主な目的として、モザンビークとマラウイにまたがる912kmの鉄道を引くプロジェクトです。この距離は東京・福岡間と同じくらいですね。
この案件は、私が所属するプロジェクト本部と、金属資源本部との社内協業で進められました。金属資源本部が資源上流権益開発と資源物流に強みを持つ一方、プロジェクト本部はJBIC(国際協力銀行)などの公的機関とのやりとりが多く、プロジェクトファイナンス(※2)による資金調達にも強みを持っていました。そのため、部署間で協力しながらこのプロジェクトを進めることになったのです。
──幅広いスキルや経験を持った人材が社内に多くいる、総合商社ならではの案件だと思います。
──この事業を通して、谷内さんが特にやりがいを感じたのはどの点でしょうか。
谷内:まさに、成長の最中にある新興国のインフラ整備に貢献できたことです。ナカラ鉄道が走るのは穀物が育ちやすい地域で、これから農業が伸びるだろうといわれています。この地域に三井物産が鉄道を敷くことで穀物の輸出ができるようになり、現地産業が発展していくのです。
実はこの地域には日本政府も注目していて、安倍首相が2014年にモザンビークを訪問し、政府開発援助(ODA)としてナカラ地域に約700億円の支援を行うという話をしています。私は大学時代に日本の海外援助について研究していて、総合商社に入ったのも「民間企業の立場から新興国の開発に携わりたい」というのが理由でした。
かつて思い描いたような案件に携わることができるのはやりがいを感じますし、いつもワクワクしながら仕事をしていますね。
(※1)現在は同案件から撤退済み
(※2)資金調達の一種。事業に対して融資を行い、その事業から得られるキャッシュフローを返済に充てていく。インフラ整備や資源開発といった大規模な事業に活用される
外国人スタッフからの信頼を勝ち取ったのは、三井物産では当たり前のスキルだった
──谷内さんはモザンビークへの初代出向者だったということですが、若手が派遣されるのはよくあることなのですか?
谷内:初めての派遣に若手が選ばれることは多くありません。
私はこのプロジェクトの契約交渉から携わっていたこともあり、強い思い入れがありました。だからこそ、常に「モザンビークに行きたい」と周囲に伝えてはいたのです。すると、当時の部長が私の強い意志をくみ取って「谷内は若いけど、案件をずっと担当しているし、関係者のこともよく知っているから大丈夫」と社内関係者を説得してくれました。思い返せば、すごく恵まれた環境だったと思います。
──初めての海外駐在、モザンビーク初代派遣者として大変なことも多かったのではないでしょうか。
谷内:はい、特に現地に行った当初が一番大変でしたね。モザンビークはポルトガル語圏なので言葉の壁もありましたし、最初のうちは「届くはずの空輸便が来ない」「PCのセットアップなどの雑務で時間がつぶれる」といった状態で、せっかく現地に行ったのに仕事が全くはかどりませんでした。さらに現場にいた日本人は自分だけで、周囲からは「この外国人は何ができるの?」という目で見られていました。モザンビークならではかもしれませんが、「株主の三井物産から来た」と言っても「株主って何?」「三井物産って何?」という人もいるのです。
そんな状況が1カ月以上続いたのはつらかったですね。「自分で希望して来たのに諦めてたまるか」という気持ちだけが支えでした。
──その苦しい状況を変えた出来事は何だったのでしょう?
谷内:きっかけは、ある会議で作成したプロジェクトスケジュールです。「Xデーはいつか」「それまでに何をこなせば良いのか」などをまとめたベーシックな表でしたが、それを見た周囲のスタッフから、「すごいシートを作った!」と驚かれまして。「基本的なスキルで作っただけなのに……」と逆にびっくりしたぐらいです。それ以来、お手伝いで参加していた会議でも、いつの間にかファシリテーターになり、そこからさまざまな仕事が飛んでくるようになりました。
──日本では当たり前の仕事ぶりが、現地での評価を一気に変えたのですね。
台湾のエネルギー政策を支えるLNGタンカー。自分の仕事の成果をマラッカ海峡で見つけた
──三井物産で20年以上にわたってキャリアを積まれているジェーソンさん。日本の大学を出て、新卒で三井物産に入社されているそうですね。
ジェーソン:はい。私はニュージーランドで生まれ育ち、日本の大学に入学しました。就活では外資メーカーなども受けていたのですが、やはり日本のビジネスパーソンとして働きたいと思い、最終的に三井物産に入社しました。
──これまでの商社人生の中で、特に印象に残っているのはどのようなプロジェクトですか?
ジェーソン:これまで鉄鋼、船舶などの領域を経験してきましたが、中でも印象的だったのは、13年目に経験したLNG(液化天然ガス)船のプロジェクトです。台湾の国営電力会社にLNGを運搬する新造タンカーを4隻長期用船するというもので、私は主に船舶の建造・引き渡しおよび船舶保有会社の管理を担当していました。LNG船は1隻あたり230億円ほどするので、合わせて900億円規模の案件です。このような巨大プロジェクトに携われたのは貴重な経験でした。
──巨大事業を牽(けん)引できるのは、まさに商社の醍醐味(だいごみ)です。この仕事の中で特に大変だったことは何でしたか?
ジェーソン:大変なことだらけでしたよ。例えば、普通はありえないことですが、2隻引き渡しのスケジュールが年末年始に設定されていたのです。送金しようにも銀行が閉まる時期なので、スケジュール通りに引き渡せるかどうかが心配でしたが、パートナーだった日本の海運会社と協力して本船引き渡しのスケジュールを調整し、なんとか乗り切りました。
実は、この話には後日談があります。そのプロジェクトが終わった後、私は鉄鋼部署に移り、シンガポールに駐在していました。ある日オフィスから窓の外を見ると、自分が販売した船がLNGを積んでマラッカ海峡を通っているのが見えたのです。自分が担当した船をまた見られたのは感慨深かったですし、いつ見ても同じ気持ちになるのだろうなと思いました。プロジェクトの中で自分が担当する役割は小さかったのかもしれませんが、台湾のエネルギー政策に大きく貢献できたと確信した瞬間でしたね。
「会社を辞めるかどうか、毎日考える」の真意
──正直、お二人は会社を辞めたいと思ったことはありませんでしたか?
ジェーソン:ありますよ。さきほど話したLNG船の案件で、仕事を進めたいのに組織の壁にぶつかったときに思いました。相手が国営企業ということもあって判断に慎重でしたし、台湾政府の政権交代の時期も重なってなかなか案件が進まなかったのです。
──国家的な巨大プロジェクトならではの苦労です。
ジェーソン:「自分は正しい主張をしているのにこんなに進まないなら、もういい」と心が折れそうになったこともあります。しかし、そうしたときには「もしかしてこちらにも間違いがあるかも」「相手の立場に立ってみるとたしかにこういう考え方もできるかも」など、何歩か引いて考えることを意識しました。その冷静さがあったからこそ、「そんなに焦って会社を辞めることはない」と考えられたのだと思います。
──谷内さんは、いかがでしょう?
谷内:私は辞めるかどうか、毎日考えていますよ。
──それは意外な答えです……。具体的にはどういうことでしょうか。
谷内:辞めるかどうか考えているのは、仕事や環境に不満があるからではなくて、「今、自分がやりたい仕事をできているのか?」「会社に対して、あるいは自分に対してできることをすべてやっているのか? 貢献できているのか?」を日々自分自身に問いかけているということです。
例えば、モザンビークの案件を担当したときには「現地に行かせてください」という希望をいつも周囲に話していました。会社にそのような希望を聞いてもらえているからこそ、今も三井物産で働き続けているのです。
──自分がやりたいことを発信できていなかったり、希望を聞いてもらえる環境ではないと思ったりしたら、転職を本気で考えても良いかもしれないと。
谷内:そうですね。まずその大前提として自分がやるべきことを最大限やっているのか、貢献できているのか、という問いかけがあってからの話ですが。
それに今は、SNSを開くと他社で活躍する格好いい人がたくさんいて、うらやましくなることもありますよね。私はそういった他社の人たちとも、フラットに会話したほうが良いと考えています。彼らとも話した上で、「やっぱり三井物産にいたほうが良い」と納得感を持てる方が、絶対に自分の今後にとって良いじゃないですか。
──なるほど。「いつでも転職できる」と思っている社員がそれでも働き続けるのが、本当に魅力ある会社なのかもしれませんね。
「一人前の商社パーソン」など存在しないのかもしれない
──今回の特集のテーマは「転職時代に、なぜ商社」です。転職を意識し、短期的にスキルが身につく企業・業界を志望する学生も増えている今日だからこそ、商社で働く意義をあらためてお聞きしたいと思います。まず、人材育成を担当されているジェーソンさんにお聞きしたいのですが、「一人前の商社パーソン」に求められるのはどのような資質なのでしょうか?
ジェーソン:商社パーソンに求められるものは、時代とともに変わってきていると思います。20年前までは「交渉力」「マーケット理解」などのスキルや知識を持つ人材が一人前とされてきましたが、今は「周りを巻き込んで仕事をする力」「やりきる力」といったマインドの方が重視されています。
──変化のきっかけはなんでしょうか?
ジェーソン:私の肌感覚だと、人事方針の転機になったのは、2008年に三井物産がより「総合力」の発揮にシフトしたことだと思います。それ以前は、最初に配属された部署で定年まで勤め上げる「背番号制」もあり、部署間の交流も多くはありませんでした。しかし、ビジネスが変化し始めたころからは部署間の人事異動も盛んになり、私自身も鉄鋼部門から船舶部門に異動しています。
時代に合わせてビジネスは変化しますし、求められる人物像もそれに合わせて変わります。「一人前の商社パーソンとは?」という質問でしたが、「自分は一人前だ」と思った時点で変化できなくなってしまいますよね。変化する精神を持ち続けることこそが商社パーソンとして重要だと思っています。
──そうなのだとしたら、「一人前の商社パーソン」など存在しないのかもしれませんね。
ジェネラリストも、スペシャリストも、最終的に「経営」にたどり着くはず
──就活をする上で、「若手のうちに高度な専門性を身につけ、スペシャリストになる」という選択肢もあると思います。商社パーソンはジェネラリスト的なキャリアとも言われますが、お二人はこれについてどう思いますか?
谷内:個人的な考えですが、そもそも「ジェネラリストか、スペシャリストか」という考え方に疑問を感じています。ファーストキャリアで会計士や弁護士といったスペシャリストを選んだ人が、キャリアを歩む中で何者になっていくのかを考えたことはありますか? たぶん、30年後、彼らは経営をしているのです。
──たしかに、そのようなスペシャリストといわれる士業の方が、自分の事務所を持って社員を雇っていることも少なくありません。
谷内:まず自分がやりたい事業があって、その一部に携わりたいのか。それとも興味がある領域で専門性を積み上げて、最終的にそれを広げてジェネラルなキャリアにしていきたいのか。どちらにモチベーションを感じるか次第ですね。前者の「ざっくりと、こういう感じの事業がやりたい」と思っている人は、商社に向いているのかなと思います。
それに、商社はジェネラルに何でもやっているイメージがあると思うかもしれませんが、実際に働いてみると契約書を読み込むとか、建設管理をするとか、結構細かい、それぞれの事業に固有の業務が多いのです。その内容が人によって違うからこそ、「なんでもやっているジェネラリスト」に見えるのだと思います。
──ジェーソンさんはいかがでしょう?
ジェーソン:私は、商社パーソンとは「経営のスペシャリスト」だと思います。ジェネラリストと言うと聞こえがよくないのかもしれませんが、経営にはいろいろなスキルがそろわないといけないんです。法律や会計の知識はもちろん、人を動かすための人心掌握術なども入ります。こうした専門性の積み重ねから、「経営というスペシャリティ」が築かれるような気がします。だからこそ、究極的に経営というスペシャリティを得たい学生にとって商社は魅力的かもしれません。
商社に向いているのは「裁量権の使い方」を学びたい人
──もしお二人がぜひ一緒に働きたいと思う学生が、外資系企業やベンチャーなど「若手のうちから裁量権を得られる」といわれる企業を併願している場合、何と言いますか?
ジェーソン:私なら「裁量権を持って何がしたいのか?」を聞きますね。
「すぐ社長になりたい」という気持ちがあるならスタートアップに行ったり起業したりした方が良いと思います。一方、商社では最初は裁量権が限定的である代わりに、特等席で巨大プロジェクト推進の方法を見て、五感でその善し悪しを感じられます。そういった「裁量権の使い方」を学びたい人には商社が向いているのではないでしょうか。
谷内:私が言いたいのは、「商社」とひとくくりにせず、部署ごとの特性を知ってほしいということです。投資部署の場合、長いと3年目ぐらいまでは若手の裁量権は限定的な場合も多いです。一方で、物流部門は1つの商材を1人で担当するケースも多く、若手にも裁量権が与えられます。投資判断は慎重を期しますが、トレーディングでは現場の素早い意思決定が求められますからね。
──なるほど、「若手の裁量権がない」というのは一側面に過ぎない、と。
卒業生も三井物産のファミリー。会社と人材の向き合い方は変わりつつある
──三井物産の新しい取り組みについても聞かせてください。最近、三井物産は「退職者を再度迎え入れる」「アルムナイ(卒業生)のコミュニティとつながりを強める」など、元社員との関わり方が変化しているようですね。
ジェーソン:長い間仕事をしていると、アルムナイとどこかで出会うことも少なくありません。一度は会社を出た方でも、「あらためて、三井物産だからできることに取り組みたい」という人は歓迎するという姿勢です。個人的には、出ていった人に成功してほしいと思っていますし、卒業生も三井物産のファミリーだと思っています。
谷内:昔は「元社員は帰ってくるなというスタンス」だったそうですが、正直それはイケていないですよね。違う世界で違うものを見てきたアルムナイと、もう一度一緒に仕事ができるようになったのは良いことです。
「元物産会」というアルムナイのコミュニティがあって、転職や起業などで外に出たメンバーが交流する機会が生まれていると聞いています。
──アルムナイとの関わり方が変わってきたように、「年功序列」「終身雇用制」といった、これまでの人事制度にも変化は出てきているのでしょうか?
ジェーソン:「年功序列」「終身雇用制」は、どう考えても時代とマッチしていない考え方です。三井物産でも制度やスタンスを見直しているところです。
──三井物産が時代とともに変化していることが伝わってきました。ありがとうございます。
──最後に、この記事を読んだ学生に向けてメッセージをお願いします。
ジェーソン:面接で格好つけて内定をもらっても、入社してから苦労することもあると思います。「自分のやりたいこと、思っていること、感じていること」をじっくり、しっかり考えて、正直に伝えてほしいです。
そして、三井物産では部門横断的な取り組みを加速させており、やる気とやり切れる力があれば、本当に面白い仕事ができると思います。ぜひ検討してもらえるとうれしいです。
谷内:個人的に、三井物産でのキャリアの魅力は、「さまざまな領域に散らばった、めちゃくちゃ優秀な人材と仕事ができること」にあると思います。時代の先端を駆け抜けている人たちが社内のいたるところに存在している。日系大企業的な文化とも言えますが、そういった先輩たちが若手を自分の子どものように育ててくれるというのは、とても温かいことではないでしょうか。
そして、就活は一回だと思いますが、あまりプレッシャーに感じずに。自分を振り返る機会だと思って、就活に取り組めるといいかなと思います。面接でもあまり堅くならず、自分を出せるように。きっとご縁のあるところに結ばれると思いますよ。
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