前編はコチラ:P&GマーケからハーバードMBAへ。キャンサースキャン福吉氏が今、日本の社会で証明したい「社会への貢献」と「リターン」の両立とは?(前編)
「外資BIG5特集」の第5弾は、キャンサースキャン 代表取締役 福吉潤氏へのインタビュー。
後編では、世界最高のマーケティングカンパニーと称されるP&Gで学んだマーケティングの限界、そして、就活生に対して「業種研究を行うべき」と主張する真意に迫る。
起業して、誰からもアドバイスを貰えなくなったと思っていた
KEN:P&Gに勤務していた時代と比較し、キャンサースキャンを起業してから、どんなことが一番変わりましたか?
福吉:一番大きな変化は、誰からもアドバイスがもらえなくなったと思っていたことですね。それまでは上司や先輩と相談しながら仕事をしていたけれど、ソーシャルセクターにおけるベンチャー経営は、相談相手がなかなかいません。最近になり、同じくベンチャーを経営している方々に相談してみると、参考になる意見も多いと気付きました。
KEN:何がきっかけで、変われたのでしょうか?
福吉:切羽詰まったからでしょうね。起業後2年ほど経ったところで、アイデアがすっかり枯渇してしまって。でも、そんな時に、仲間から「大変かもしれないけれど、好きでやっている仕事なのでしょう?」といわれて、ああ、確かに…と思い至ったのです。そこからでしょうか。
「ホウレンソウ(報告・連絡・相談)」のホウとレンを切り捨て、相談だけを受け付ける
KEN:起業し、組織を率いる立場として、ここ数年で変わったことはありますか?
福吉:「ホウレンソウ(報告・連絡・相談)」のホウとレンを切り捨て、相談だけを受け付けることにしました。
KEN:大胆な決断ですね。それは、権限移譲という意味合いからですか?
福吉:そんなかっこいいことではなく、自分がよく把握していないことにまで変に口を出すと、いい結果が出ないことを、経験則として学んでいるからです。ハーバードの同級生で、うちの副社長である石川善樹は今、原宿にオフィスを置いて研究所の仕事に専念しています。その仕事をしてもらうために、ある事業を止めて、売上は3分の1になった。ただ、3年で成果を出すように、というところだけを合意して、やりたいことを好きにやらせていれば、なんとかなるという気もして。結果的には減った分を取り戻すだけじゃなくて、もとの数倍のビジネスにしています。
P&Gで培ったマーケティングの専門性を適応し、がん検診の受診率を3倍に
KEN:キャンサースキャンでは、がん検診を推進するマーケティングを提供していますね。このテーマを選ばれたのはなぜでしょうか?
福吉:日本人の死因で最も多いのはがんですが、健康診断を受けることで、その死亡率を下げることができるといわれています。しかし、実際に診断を受けているのは全体の3割。多くの人が、気づいたときには手遅れの状況にあります。やるべき課題が明確でかつ大きい。だったら、なぜこの領域に挑戦しないのか? と。
KEN:3割……その課題は一言でいうとなんだったのでしょうか?
福吉:1つは、マーケティング視点の欠如でしょうか。検診率を高めるにはどうしたらいいかと考えたときに、市役所から送られてくる健康診断のお知らせを見て「これが原因だ」と感じました。
KEN:具体的にはどういうことですか?
福吉:2つあります。(1)異なる感情を持つ人へ同一のメッセージを訴求していること、かつ、(2)そのメッセージではベネフィット(利点)が伝わりづらいことにありました。
(1)については、がんなんて怖くないと考えている人には恐怖扇動型、見つかるのが怖いという人には、早期で見つかれば怖くないというメッセージというように、人の意識に合わせたメッセージが必要です。
(2)については、「自己負担1000円」という表現が、安かろう悪かろうという印象を持たせるのでよくありませんでした。ある自治体で、これを「市が1万円補助します」という表現に置き換えました。その結果、受診率が3倍にまで増えました。
P&Gマーケティングの限界は、最大で市場シェアの50%を獲得するところまでしか想定されていないこと
KEN:ここでも世界最高峰のP&Gのマーケティングの技術が活かされた、と。素朴な疑問なのですが、P&Gマーケティングに限界は存在しないのでしょうか? 例えば、ソーシャルセクターで通用しなかったなど。
福吉:P&Gマーケティングの技術にも限界はあります。民間のマーケティングの目指すものは、最大でもマーケットシェア50%ぐらいであるということです。ソーシャルでは、基本的に、社会の全員をターゲットにすることが求められます。どこかに焦点を当てて、焦点のあたらない人ができてしまうのでは困るのです。一般的に、学歴が低かったり、職場で健診が推進されないなどの環境にいる人は、健康診断の受診率も低く、健康格差が生まれているといわれます。マーケットのうち、どこまでをターゲットとするのか? これが両者では全く違います。
KEN:全員の課題解決を目指す、ソーシャルのマーケティングと、最大でも50%を目指す民間のマーケティング。なるほど、全然違いますね。他には、自治体への提案だからこそ、心がけていることはありますか?
福吉:相手の馴染みのある言葉を使うことでしょうか。例えば、マーケティングといった横文字は、あまり使わないようにしています。その代わりに、「このチラシを読んだ市民の人に、感想を聞いてみませんか?」という提案をすれば、必要性をすぐに気づいてもらえます。
もうひとつは、実績を出すことです。ソーシャル分野のことは、方向性としては、多くの人が目指したいと思っているのですが、そのことにお金まで出すかどうかの判断基準は、実績があるかどうかなんです。以前、東京都のとある市で、チラシを変えたら受診率がどうなるかというテストマーケティングをしたんですね。すると、3倍もの違いが出て。そのことから「これを使わせてください」という依頼につながりました。
今は市役所にいくと、「ああ、キャンサースキャンさんですね!」と言われるぐらい、実績が認知されています。
ビジネスで解決できない社会問題にはお金を再配分する必要を感じる
KEN:福吉さんが個人として、最終的にやりたいことは何ですか? 死を意識しはじめたときに、やりとげておきたいという意味でしょうか。
福吉:僕は、篤志家(とくしか)(※1)になりたいと思っています。私財を投入して、ビルゲイツのゲイツ財団のようなものを立ち上げて。
(※1)……社会奉仕・慈善事業などを熱心に実行・支援する人
KEN:なぜ、篤志家なんですか?
福吉:どうしてもビジネスでは対応できない社会課題を、解決したいと考えるからです。自分自身がビジネスの世界から、社会課題を解決しようとしているからこそ感じるのですが、社会課題の中には、どう考えてもビジネスにつながりにくいものもあります。
例えば、子どもの虐待のような問題です。こればかりは、どうやってビジネスで解決できるかが全く想像できない。ビジネス的にできることはビジネスで、そうならないところは、支援といった形で関わることが必要だと痛感しています。ですので、篤志家となって、ビジネスで解決できない問題にお金を再配分するようなことをしたいと考えています。
KEN:社会貢献と金銭的リターンを両立させたいという、強い意志がある一方、事業モデルとして課題解決を提供することが成立可能かどうかを、見極めていく必要があると。
どのスキルを磨くべきかという観点から、「業界研究」よりもむしろ「業種研究」に力を注いで欲しい
KEN:この記事を読んでいる学生がもし3〜5年後にキャンサースキャンに入社するとして、どんな経験を積んできてほしいか、メッセージをお願いします。
福吉:ソーシャルセクターでビジネスをするのは、普通のビジネスより高度なスキルが要求されると考え、スキルを磨いてきてほしいと思います。それは、想いでカバーできるものではなく、ソーシャルだからこそビジネススキルが必要です。スキルと想いの掛け合わせによって、社会で発揮できるインパクトの大きさは決まります。
そして、どのスキルを磨くべきかという観点から、「業界研究」よりもむしろ「業種研究」に力を注いでほしいと思います。日本人はどんな仕事をしているかと尋ねられると、会社名とか肩書きを答える人が多いのですが、それよりも「自分は何の専門家か」を答えるようになっていることが、より重要だと思います。
KEN:その傾向は、今後も強くなるとお考えですか?
福吉:圧倒的だと思いますね。これからの時代は、グローバルな経営をするかどうかは、選択肢ではありません。どんな小さな国内の会社であっても、海外マーケットにも目を光らせておかないといけないというのは、ちょっと考えればすぐわかる話です。この先、会社の看板だけで生き残れるドメスティック企業はほとんどないと思います。そう考えると、会社の看板だけで勝負できるという発想は、かなりリスキーだと思います。
想いだけでなく、専門性を高めてからソーシャルセクターに飛び込んできてほしい
KEN:ビジネス経験を積んで、専門性を身につけてから挑戦してほしいと。
福吉:そうですね、HBSの同級生に、東大出身でゴールドマン・サックスを出た、小辻洋介という友人がいます。大学時代、医者になるより多くの人を助けたいと考え、東南アジアのアスパラガス農場で働いていたそうですが、「この人たちがかわいそうだから」とあのままアスパラガス農場に働いていたら、そこで終わっていたかもしれません。
けれども彼は、そこから、効率の良い農場を作るための資金調達・ファイナンシングを学ぶ重要さを知り、ゴールドマン・サックスに5年間勤務し、HBSでMBAを取り、世界銀行に就職して、アフリカの融資プロジェクトに数多く関わっています。専門性があるからこそ、より多くの人を救う仕事を、体現できたのです。社会課題に関心のある人には、最初の職場でしっかりスキルを身につけて、セカンドキャリアとして、ポジティブにソーシャルセクターを選んでほしいと思います。
KEN:我々もそう思う一方、就活偏差値で、就職したい企業を選んでしまう傾向はどうしてもあります。
福吉:P&G時代も、単なる就職偏差値だけで企業を選びミスマッチする学生を多く見てきました。P&Gにも多くの学生がそれだけで志望し、運よく入社するものの結局潰れていくというのを見てきましたから。
KEN:実際、ご自身が経営する立場になってからも、この「不運なミスマッチ」を感じられますか?
福吉:感じます。「経営者は一人ひとりの人生を預かっている」という表現をする人もいますが、私自身は、経営者として責任を感じるのは、従業員一人ひとりの成長についてですね。ソーシャルセクターで働きたいといって、想いだけで仕事を辞めていく人たちをみると、もったいないなと感じます。どこかでスキルを身につけ、修行をしてから飛び込んで欲しい。想いを持った人が、スキルもなく会社を飛び出し、結果として就労のミスマッチが起こってしまうのはもったいないです。
KEN:なるほど。だからこそ、ご自身もインターンで採用を決めるP&Gを選ばれたと。
福吉:僕はインターンをさせてくれない会社には行かないと決めていました。面接では、本当にその仕事を楽しめそうか、学べそうか、そこまではわからないですから。社名ではなく、自分に向いている業種を見定めて、専門性を高めていくためのキャリア選択をしてほしいですね。
──外資系企業の中でも圧倒的な人気を誇る5つの企業に迫る「外資BIG5特集」。記事一覧はコチラ。
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【WRITING:今井麻希子/PHOTO:河森駿】
福吉潤:
株式会社キャンサースキャン代表取締役。慶應義塾大学総合政策学部卒。7年間P&Gマーケティング本部に勤務しブランドマネージャーも務めた後、ハーバードビジネススクールにてソーシャルマーケティングを学び、MBAを取得。卒業後、ハーバードビジネススクールの研究員を経て、ハーバード時代の友人と共に株式会社キャンサースキャンを起業。現在、厚生労働省や東京都ほか地方自治体などと共にパブリックヘルスマーケティング事業を展開。
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