「転職前提のキャリアは世界では当たり前。変わるべきは会社側です」
転職市場が発達した今日、最初に選んだ会社で勤め上げるのではなく、次の会社を見据えて働くビジネスパーソンは珍しくなくなっています。ワンキャリアの調査でも、就活生の54.4%が転職やセカンドキャリアを意識して就活していることが分かりました。
トレーディングや事業案件開発の最前線から、社内公募で人事に転身した丸紅の矢野さんも、かつては仕事で葛藤を抱き転職を考えたと言います。転職を前提に就活する学生をどう思うか尋ねると、「全く問題ありません」と意外な答え。その真意を伺っていくと、丸紅が目指す会社としてのあり方が見えてきました。
特集「転職時代に、なぜ商社」。第5回で紹介するのは丸紅です。
今回は転職時代のキャリアに不可欠な「実績」の作り方、そして、総合商社の本質的な価値である「実行」の意味に迫ります。
<目次>
●挑戦したプロジェクトは100以上、でも満足する結果が出たのは「1つだけ」
●就活をしていた頃の第一志望は、「飲食業界」だった
●「一人前」を決めるのは、周り。認められるのに必要なのは「実績」
●商社の真の価値は、「実行力」
●顧客のために働くか、会社のために働くか──現場で違和感を抱き、転職を検討
●「転職を前提に就職するのは、グローバルでは当たり前」
●会社を辞めるのは、実績を出してからにすべき。矢野氏が考える「キャリアパスとしての丸紅論」
●顧客のためであれば、丸紅は姿を変えられる
挑戦したプロジェクトは100以上、でも満足する結果が出たのは「1つだけ」
矢野 倫久(やの ともひさ):丸紅株式会社 人事部 採用・人材開発課。2007年新卒入社。基礎化学品部にて石油化学製品トレードおよび事業案件開発を担当。2010年よりシンガポールに駐在。2014年に帰国後、石油化学・合成樹脂部へ。2019年4月より社内公募で人事部へ異動し、現在は採用・人材開発課にて新規施策を担当。
──矢野さんは人事部に異動する前、新卒で入社してから12年、石油化学製品のトレーディングや事業案件開発を担当していたと聞きました。最もやりがいを感じた、社会的インパクトの大きい仕事は何でしょうか?
矢野:石油化学製品を北米から輸出する、世界最大級のターミナル新設のプロジェクトですね。これまでに、おそらく100を超えるプロジェクトに挑戦したと思いますが、自分が形にできたと思うものはこの1つだけですね。
──どのようなプロジェクトだったのか、詳しく教えてください。
矢野:丸紅とアメリカ・英国のパートナーによるクロスボーダー案件で、当社はターミナルの長期リースをコミットし、基幹プロジェクトのFID(※1)に貢献しました。
ターミナルの新設によって世界の石油化学製品市場の流動性が上がることは、顧客にとっての選択肢が増えるということ。社会的意義は大きかったと思います。そして、石油化学製品市場において、トレード事業を重視している丸紅だからこそできた案件だと自負しています。
(※1)……「Final Investment Decision」の略。最終的に投資計画を決定すること
──その中で、矢野さんはどのような役割を担っていたのでしょうか?
矢野:私は全プロセスのプロジェクトマネジャーとして、数十社にわたる関係者全員のコンセンサスを得るために動いていました。時間をかけて丁寧にコミュニケーションをとり、全員のニーズを組み込んで、最適な落とし所を探っていく。
FIDしたときには、すでに私はプロジェクトから離れていました。それでも最重要パートナーだったアメリカ人と英国人から「本当にお疲れさま。ありがとう」と電話がかかってきて。泣けましたね。
就活をしていた頃の第一志望は、「飲食業界」だった
──そのような巨大プロジェクトに憧れて商社を志望する学生も多いと思いますが、矢野さんはなぜ丸紅に入社されたのでしょうか?
矢野:私は小学生のときから、「自分の生きる意味は?」と考えることが多かったのですが、その後「人に喜んでもらいたい」が根源にあるのかもと思っていました。要は、寂しがり屋なんですね。時は流れ、就活生として将来のキャリアプランを考え始めたころには、「喜んでもらった分の対価を得ることがビジネスであり、その喜びを最大化できる人が最も市場価値が高い人だ」と勝手に定義していました(笑)。そしてこれは自分が根源として求めていることでもあると。なので、人を喜ばせる手段は何でもよかった。
実際、就活を始めた当初は飲食業界を第一志望にしていたんです。一番ダイレクトにありがとうと言ってもらえそうだったので。
──それは意外ですね。そこからなぜ商社へ?
矢野:その後いろいろ考えて、2つの判断基準を持つようになりました。
1つ目は「短期間で実績を出せる場所」。時間はお金で買えないし、戻ってこない。人が10年かけることを5年で経験できる場所に行きたかった。
2つ目は「その期間で1番多くの人に出会える場所」。人に最も喜んでいただけるのは、その人の潜在ニーズを満たしてあげたときだと思っていました。まさにイノベーションですよね。そしてこれが実現できたとき、自分が一番幸せを感じるのだろうと。そのイノベーションの種は人の中にしか存在しない。故に、実践で腕を磨きながら、とにかく多くの人に出会う。そうすれば、出会った人の数だけ、イノベーションの実現確率が上がる。そして、それが自分にとっての最大の自己満足であると。以上の判断基準から、商社に行き着きました。
だから配属の希望もなかったんですよ。短期間で実績を積めて、1人でも多くの人に会える仕事。これができれば何でもよかった。なので面接でも「どこでもいいです」と伝えていました。もちろん、配属された石油化学に強い興味があったわけではありません(笑)。
「一人前」を決めるのは、周り。認められるのに必要なのは「実績」
──12年間、第一線で活躍してきた矢野さんにとって、一人前の商社パーソンとはどのような人でしょうか?
矢野:一人前の定義は現場によって違いますし、自分で決めるものではないと思います。顧客を含めた自分の周りのステークホルダーによって、相対的に定義されるものですよね。
──周りから一人前だと見なされるためには何が必要でしょう?
矢野:実績です。「顧客に対してどういう実績を出したか」が全てだと思います。
──一人前だと見なされるだけの実績は、中途入社でも得られるように思います。新卒で丸紅に入る利点は何だと思いますか?
矢野:2つあって、1つは若いうちから裁量が与えられること。丸紅には、若手の挑戦を促すプレッシャーと、高い心理的な安全性とが、絶妙なバランスで存在しています。そして、若手の挑戦をサポートするために惜しみなく経営資源を投入してくれる。現場での実践はさることながら、研修制度、15%ルール(※2)やビジネスプランコンテストなど、ここでは説明しきれないほどの環境が整備されている。
先ほどお話ししたように、私自身も短期間で実績を出したいと思っていたのですが、丸紅に来たのは本当に大正解でした。若いころから、丸紅が市場でトップランクのシェアを有する石油化学製品トレードやプロジェクトに挑戦させてもらい、世界中で実績を積ませてもらいました。
(※2)……社員個人の意思によって、就業時間の最大15%を目安に、丸紅グループの価値向上につながるような事業創出にあてられる仕組み
──もう1つの利点は何ですか?
矢野:もう1つの利点は、丸紅流の顧客志向を叩(たた)き込まれることです。上位の総合商社に比べ、丸紅はネットワーク・投資体力などで劣る分、歴代の先輩方は「丸紅が顧客のためにできること」を徹底的に追求してきました。それはすなわち本質的な機能の追求であり、ブルーオーシャンへのあくなき挑戦であり、そして実行へのこだわりだった。そうやって、今日の丸紅を代表するビジネスが確立されたと思います。そしてこれは将来も変わりません。「とがった丸になれ、丸紅」もまさにこの価値観を体現していますよね。
──その顧客志向は新卒入社しなければ得られないものなのでしょうか?
矢野:必ずしもそうではないですが、若いうちのほうが染みやすいと思います。
商社の真の価値は、「実行力」
──最近は、若手のうちから専門性を身につけようと考える学生も増えています。「ジェネラリスト」と言われる商社パーソンを選ぶ良さはどこにあると思いますか?
矢野:いわゆる「ジェネラリスト」は、もはや存在しないのではないでしょうか。
そして、僕は商社パーソンの専門性といいますか、真の価値とは、業界知識や経験ではなく、「実行力」にあると思います。イノベーションのアイデアは世界に溢(あふ)れていますが、重要なのは「いかに実現し、顧客の価値にするか」。これからの時代はさらに実行力が重要性を増すでしょう。商社は、スピード感ではベンチャーやスタートアップに敵わないかもしれませんが、実行へのコミットは非常に強い。
その実行において、もちろん資本力やネットワークも重要ですが、中核となるのはもちろん人財です。世界を舞台に、不確実性という暗闇の中を、使命感を頼りに利害関係者とともに切り抜ける。そして最終的にイノベーションを実現させて、顧客に対して価値を提供する人財。これこそが商社パーソンだと思います。
──最初のキャリアに商社を選ぶのは、ビジネスの根源的な力である「実行力」を身につける上で有効だということですね。では、商社の中でも、丸紅だからこそ得られるものはありますか?
矢野:先ほど申し上げた利点に収束されます。これらが他の商社と比べてどういう位置づけかは、正直わかりません。人財を大事にする企業ならば、遜色ない素晴らしいインフラを整備しているのではないでしょうか。このレベルまで来ると、あとは自分がやるかどうかですよね。よって、これ以上に各社の利点を比較してもあまり意味がないのではないでしょうか。いつの世もそうだと思いますが、やる人はやるし、やらない人はどこにいてもやらない。
また、これは入社した後に気づくのですが、商社間の序列なんて何の意味もなさないと思います。自分の携わる業界で、どんな判断基準でも構わないので世界一になることの方が、顧客にとっても自分にとってもよっぽど価値があります。
顧客のために働くか、会社のために働くか──現場で違和感を抱き、転職を検討
──矢野さんは2019年4月に人事部に異動しています。この異動はご自身の希望ですか?
矢野:そうです。現場で仕事をする中で、3~4年前から「顧客やステークホルダーに寄り添うには、今のやり方じゃダメだ」という問題意識を持つようになっていました。それを変えられる場所にいきたかった。
──その問題意識とは、具体的にどういうことでしょうか?
矢野:「短期的な利益へのこだわりは正しいのだろうか」という違和感がずっとありました。世の中が複雑化して進歩すればするほど、これまでのビジネスの陳腐化のスピードが上がり、絶えずイノベーションを起こす必要性が生じます。そうしないと、もはや顧客や社会に価値を認めてもらえない。ただ、イノベーションの追求はリスクが大きいですし、短期的に利益が出るとは限りません。丸紅にとっての短期的利益やリスクばかりが強調されてしまうと、最終的に身動きが取れなくなってしまいます。自分はあくまで顧客・社会ファーストであるべきだと思います。
──とはいえ、利益が増えなければ企業は拡大できない。難しいところですね。
矢野:われわれが追求すべき利益って、何なのでしょうね。また、資本を得る方法もより多様化していますよね。
私は、プロジェクトの後に担当したトレードで、巨額の損失を出した経験があります。そのくらいリスクを取らねば顧客の価値とならない難しい世界であり、顧客が取れないリスクを取ってこそと自負していた中での損失でした。今思うと相当無理をしていましたが。連日にわたり損失の処理をしながら、結果に対する反省とともに、それでも「短期利益で全てが語られるのはやっぱりおかしい」という思いがピークに達して。
そこから、「会社が追求すべき利益とは何なのか」「ステークホルダーは、本当は何を求めているのか」「それらを実現するために経営や組織はどうあるべきか」などさまざまな問題意識が芽生え、経営戦略や組織マネジメントといった違うキャリアに目を向けるようになりました。その流れで、実際転職活動もしていましたし。
矢野:相当短い転職活動でしたが、驚くようなところからお話をいただいたりしました。丸紅で積ませてもらった実績がこんなに評価されるのか、と改めて感謝した瞬間でもありましたね。
──他の会社にも目を向けていたんですね。なぜそこで丸紅を辞めず、社内異動に至ったのでしょう?
矢野:その新たなキャリアパスすらも、丸紅で実現できるかもしれないと感じたからです。そう思ったきっかけは、人事部が初めて社内公募を出したことでした。丸紅は2018年から新しく「Global crossvalue platform」をビジョンに掲げています。従来の縦割り体制から今後は横に拡張し、社内の人財流動性を上げて、人に紐(ひも)づく各事業部の経験や知識を掛け合わせて新しいものを創り出そうとしている。その一環として人事部の社内公募があったのですが、何か運命的なものを感じたんですよね。転職活動を中断し、会社の問題点と改革案を書いて応募し、今に至ります。
「転職を前提に就職するのは、グローバルでは当たり前」
──矢野さん自身が一度は転職を考えたとのことですが、今は転職を前提に就職をする学生も増えています。そういう学生についてはどうお考えですか?
矢野:日本が世界から乖離しているだけで、世界基準でいえば当たり前の話ですよね。当然の流れです。
──人事という立場であればなおさら、長く働いてほしい気持ちもあるのではないでしょうか?
矢野:長く働いてほしいのなら、変わるべきは企業側ですよね。
──転職ありきの世の中になりつつあるからこそ、会社自体が変わる必要がある、と。
矢野:その点では、今の丸紅は節目にあります。僕自身、丸紅に変化を感じたことが転職を踏みとどまった理由でもありますし。これまでも丸紅は社員の「市場価値」にこだわってきましたが、2019年4月に社長が代わり、これをさらに強化しようとしています。なぜなら、市場価値の高い人財は顧客満足度も高いはずで、それこそが丸紅の価値となる。一方、そういう人は当然マーケットで引く手あまたです。ゆえに、丸紅で働き続けてもらうには、社員のキャリアパスにとってプラスになる機会や環境をもっと提供する必要がある。
まだ具体的には言えませんが、今まさにさまざまなプロジェクトが進行しています。こうして社員がさらに社会や顧客に価値を提供し、その結果丸紅が強くなると信じています。
会社を辞めるのは、実績を出してからにすべき。矢野氏が考える「キャリアパスとしての丸紅論」
──では、率直に伺います。「丸紅で経験を積んだ後、転職・独立したい」と言う学生がいたら、どのような声をかけますか?
矢野:「全く問題ない」と、まずは言います。そして、そこから掘り下げます。なぜ転職・独立したいのか。もしそれが丸紅でも達成可能であり、丸紅の経営資源でレバレッジをかけた方が価値の総和が大きくなるのならば、むしろ丸紅でやってみたら? と提案します。
それ以外のケースでも、次のキャリアに挑戦すること自体は心の底から応援します。ですが、辞める前に1つでも実績を残すことを薦めます。そのために、丸紅はリソースを提供します。その実績で少しでも市場価値が上がり、そこからより豊かなキャリアパスを描いてくれるならば最高ですよね。
繰り返しますが、ビジネスは実行してナンボだと思います。仮説検証だけでは達成されません。実行して初めて実績が残るし、それが顧客にとって価値あるものなら、その人の市場価値になる。だからこそ「実行までやりたいなら、実績を積みたいなら、丸紅においで」という話はよくしますね。
もっとも、丸紅に所属しているだけでは意味がなく、丸紅で何を成し遂げたかこそが最重要ですが。
──「実行して実績を出すこと」が最優先だと。ここでいう実績は、具体的にはどの程度の実績を指すのでしょう?
矢野:これも、顧客を含めたステークホルダーが決めるものだと思います。ですが、究極的に目指す方向性は、どんな判断基準でもいいので、その領域で「世界一になること」です。既存マーケットで一位でもいいですし、イノベーションを起こして1位を創ることでも構わない。
顧客のためであれば、丸紅は姿を変えられる
──ビジネス環境の変化によって、どの業界も少なからず転換を迫られています。かつて「商社・冬の時代」と言われた時期もありましたが、今はまた変わり目と言えるのでしょうか?
矢野:かつてどころか、毎年崖っぷちという危機感を持っています。それだけ世界のビジネスシーンの変化は速いし、競争は厳しい。それでもこうして丸紅があるのは、1人ひとりの社員が必死に頑張って顧客に価値を提供してきたからです。そして、その根底に流れる普遍的な目標は、「顧客や社会のニーズを満たし、その対価として収益を得る」、これに他なりません。
丸紅はそのためなら、顧客や社会のニーズに合わせて姿形を変えられます。トレードも投資も、経営者やリーダーになることも、結局のところ目標達成に対するhowでしかない。丸紅も自分自身も、これからもストイックに顧客満足を追求し続けたいと思います。
──最後に、この記事を読んだ学生へメッセージをお願いします。
矢野:3つあります。まず、自分の評価は、周りが決める。顧客、産業、そして社会のために必死に頑張って価値を創出し、その実績とともにさらなる高みにいってほしいです。
次に、何事も最後まで諦めないこと。真のイノベーションは常識の真反対から始まると思います。ですが、大企業にいると常識はずれのアイデアはまず周囲に否定されますし、当の本人にも成功するかどうかは分かりません。それでも諦めずに、自分の使命感を手掛かりに暗闇を切り開いた人だけが、イノベーションという奇跡を起こせると思っています。それまでのひとときの成功や失敗は、通過点にすぎません。
3つ目は、自分の原動力が何なのか、答えが見つかっていたらベターだと思います。自分のケースは、価値観と欲求が混ざり合ったものだと思っていて、ある時は使命感や理想であり、またある時は執念にもなる。一言では形容しづらい。ですが、その根源にあるものは結局「人に喜んでもらいたい」という気持ちに帰結します。そして、少なくともそのレールに乗っている限り、最後まで諦めない。
私自身、今は人事部にいますが、やることは変わりません。丸紅が社会や顧客にとっての価値となるために、人財や組織がどうあるべきか、思考し、そしてイノベーションを起こすために実行し続けたいと思います。
いつかまた、誰かに「ありがとう」と言っていただけるために。
▼丸紅の新卒採用ページはこちら
新卒採用ページ
▼総合商社特集2020:転職時代に、なぜ商社
・【総合商社特集スタート】転職ありきの時代、ファーストキャリアに総合商社を選ぶ意味とは?
・【三井物産】毎日転職を考えている私が、それでも働き続ける理由。モザンビークとマラッカ海峡で見つけた「商社パーソンのやりがい」
・【住友商事】私自身、最初の会社を辞めていますから──中途採用の人材開発トップが考える、「1社で働き続ける意味」
・【伊藤忠商事】「下積み」は2年だけ?採用責任者が語る「裁量が現場の若手にある理由」
・ 【三菱商事】君に業界を背負う覚悟はあるか?「業界をリードして産業を変革する経営人材」の姿【ライター:天野夏海/編集:辻竜太郎/カメラマン:保田敬介】