創業から30年で全国100店舗、売上高1,000億を達成する──。
北海道札幌市の小さな家具店が掲げた壮大なビジョンは、31年目にして現実のものとなった。今や時価総額2兆円規模にまで成長したこの店は、破竹の勢いで日本中に店舗を広げ、海外にまで販路を求めている。
32期連続増収増益というドラマのような成長ストーリーを描いてきたニトリは、一見すると成功しか知らないように見えるだろう。しかし、その飛躍の裏にあったのは、小さな「現状否定」の連続だった。
「うまくいっているときこそ、現状維持が一番危ないのです」
社員60人のときに新卒入社し、現在は2万7,000人を束ねる社長となった白井俊之氏の経営哲学に、ワンキャリア取締役でベストセラー作家の北野唯我が迫った。
<目次>
●経常利益1,030億円の背景にあるのは「仕組みを生み出す技術力」
●人の少ない地方にも進出。ニトリの発展を支えたのは「客層の広さ」
●10万円の布団が1万円に。創業から追い続けてきた「暮らしに貢献するロマン」
●「逆境」こそが現状を見直すチャンス。ニトリは逆境を乗り越えた分だけ強くなる
●「現状維持が一番危険」売れ筋商品なのに値下げに踏み切る理由
●現代では「疑問を持てること」こそが才能。敷かれたレールを疑え
●意欲だけでアウトプットは変わらない。見直すべきは「時間の使い方」
●みんな同じ人間だから、役職では呼び合わない
●ニトリが求めるのは、どんな現場からも学ぼうとする「貪欲な人材」
経常利益1,030億円の背景にあるのは「仕組みを生み出す技術力」
白井 俊之(しらい としゆき):ニトリホールディングス 代表取締役社長。
1979年に宇都宮大学工学部環境化学科卒業後、株式会社ニトリに入社。2001年取締役に昇格。2004年常務取締役。2008年専務取締役。2014年より、ニトリホールディングス代表取締役副社長、ニトリ代表取締役社長、ホームロジスティクス代表取締役社長、ニトリファシリティ代表取締役社長、2015年より、ニトリパブリック代表取締役社長、ホームロジスティクス代表取締役会長、2016年より株式会社ニトリホールディングスの代表取締役に就任。
北野:まず「ニトリの強さ」について伺います。現在、32期連続の増収増益で、売上が6,081億円、経常利益が1,030億円です。白井社長はこの数字をどのように解釈されているのでしょうか?
白井:売上は「お客様の数×お買い上げ金額」ですが、私たちは高価格帯のものをたくさん販売しているわけではありません。たくさんのお客様にお店に来ていただき、その上でリピーターになっていただけていることが、今の売上につながっていると思います。
北野:経常利益についてはいかがでしょうか?
白井:利益は「技術力」だと思っています。技術力というのは品質を安定させることだけでなく、在庫を持たない、店舗のオペレーションの生産性を高めるなど、仕組みづくりも含めたものです。ニトリでは「労働生産性」という指標を持っていて、これはパート・アルバイトを含め、ニトリで働いている人がどれくらいの付加価値を生み出しているのかを測るものです。これは大手企業でも一人当たり年間1,000万円前後なのですが、ニトリでは1,900万円くらい。流通業ではトップクラスです。
北野:生産性で他社の2倍近いわけですか。それはすごいですね。生産性を高める取り組みとして、具体的にどのようなものがありますか?
白井:例えば、ベトナムの自社工場でベッドマットレスを作っていますが、ぐるぐる巻きに梱包(こんぽう)することで容積を従来の4分の1にできました。これは1台のトラックで運べるマットレスが、4倍になったということを意味します。ドライバーの生産性は上がり、輸送コストは下がり、さらにCO2の削減にもつながります。車で来店されたお客様が、配送サービスを使わずにそのまま持ち帰ることもできます。小さなことですが、このような実験を繰り返し、積み重ねていくことが今の利益につながっています。
人の少ない地方にも進出。ニトリの発展を支えたのは「客層の広さ」
北野:似鳥会長の著書を読んだのですが、ニトリは創業時から「数」を追うことを大切にしてきたことが分かりました。世の中の企業を大きく分けると、高価格のものを売るのか、数多く売るかのどちらかだと思うのですが、ニトリは数を追うことで発展してきましたよね?
白井:「価格か、数か」ではなく、ニトリが追ってきたのは「お客様」ですね。例えば、1人のお客様に100万円の商品を売っても、1,000人のお客様に1,000円の商品を売っても、売上は同じ100万円です。ニトリはどちらかというと後者の方法、国民の8割が買いたいと思う価格帯の製品を提供しています。
北野:国民の8割をターゲットにする意図はどこにありますか?
白井:ターゲットの母数が多ければ客層が幅広くなりますから、人口の少ない地域への出店が可能になるのです。これがお金持ちの人に高価格帯の商品だけ売るビジネスだと、人口の少ない地域に出店することは難しくなります。ニトリは現在、国内に500店舗があり、都市人口が3〜4万人のところに出店をしてもビジネスが成立するようになっています。また、全国に実店舗があることで、ECで購入したお客様にもアフターサービスやデリバリーを提供できます。これはお客様からすると、自宅の近くでサービスを受けられるということです。
10万円の布団が1万円に。創業から追い続けてきた「暮らしに貢献するロマン」
北野:ニトリは「ロマン=志」を大切にしている会社で、著書やWebでもたびたび「ロマン」という言葉が出て来ます。改めて、このロマンについて教えていただけますか。その際、(1)創業当初から変わらない部分と、(2)日本の経済とともに変わってきたことの2つを教えてください。
白井:変わってきたことを先にお話しすると、もともと掲げていたロマンは「住まいの豊かさを日本の人々に提供する。」だったのですが、今では「住まいの豊かさを『世界の人々』に提供する。」になってきています。また、「住まい」という領域から「暮らし」の領域へと少しずつ拡大しているところです。
ただ、人々の暮らしに対して貢献するということは、昔から変わりません。例えば、羽毛布団は軽くて、保温性・吸湿性があり、体に良いと昔からいわれていました。でも20〜30年前は7〜10万円くらいして、良いと分かっていてもなかなか買えないものでした。ですが、私たちは原材料の調達から行い、今では羽毛布団が1万円前後で店頭に並ぶようになりました。かつては高級だった品質の良い商品を、誰もが買える価格に変えたということです。小さなことですが、大切だと思います。
「逆境」こそが現状を見直すチャンス。ニトリは逆境を乗り越えた分だけ強くなる
北野 唯我(きたの ゆいが):1987年兵庫県生まれ。新卒で博報堂の経営企画局・経理財務局で勤務し、米国留学。帰国後、ボストンコンサルティンググループに転職し、2016年ワンキャリアに参画し、現在取締役。『転職の思考法』と『天才を殺す凡人』は合計26万部。新刊は『分断を生むエジソン』『オープネス 職場の空気が結果を決める』。
北野:ニトリには「意地悪テスト」と呼ばれる、製品の悪いところを言いまくるテストがあると聞きました。こういうテストは5年や10年なら続けられても、32年間続けるのは大変なことだと思います。これができるのはなぜでしょうか?
白井:「意地悪テスト」は簡単には続けられないからこそ、ニトリの武器になっていると思います。テストを始めた30年前は、円高基調で相対的に輸入品が安くなっていました。そこで私たちも海外での生産に着手したのですが、最初は品質が不安定でした。同時期に海外での生産を始めた会社は「やはり日本でなきゃダメだ」と辞めてしまったところがほとんどです。ですが、私たちは「品質には問題があるけれど価格が安い。きっと改善できる」と考え、現地法人を設立しました。品質が安定してからは、価格も安いし品質も良いということでお客様に支持されるようになりました。業界全体が苦戦していた時期に、ニトリは強くなっていったのです。
北野:つまり、「逆境を乗り越えてきたから強くなってきた」わけですね。
白井:そうですね。為替の変動によって、利益構造が変わってしまうというリスクは定期的に訪れます。そのような逆境が訪れるたびに、これまでうまくいっていたことも含めて、現場社員から会長まで総出で見直してきました。逆境を乗り越えるときが、今までのやり方を見直すいいきっかけになったのです。
北野:うまくいっていることも見直すのですか?
白井:ニトリでは「現状否定」という言葉がよく使われるのですが、今までのやり方を否定することが社風のようになっていて、これが事業の成功につながっていると感じます。例えば、私たちは売れているうちに商品を切り替えます。
北野:え? 売れているうちに切り替える?
「現状維持が一番危険」売れ筋商品なのに値下げに踏み切る理由
北野:それは面白いですね。なぜでしょう?
白井:2つ理由があります。1つ目は、売れている商品ほど、ライバルはそれをベンチマークにして同じような商品を開発してくるからです。2つ目は、「売れている=多くのお客様が買っている」ということですから、その商品がより良くなれば、より多くのお客様に喜んでもらえるからです。北野さん、ホテルスタイル枕はご存じですか?
北野:私、持ってます!
白井:6〜7年前に売り出した商品ですが、当時の価格は2,990円でした。この価格でもよく売れていたのですが、実験的に1,990円に値下げをしたら4倍も売れたのです。4倍のお客様に喜んでもらえたことで、売上も倍以上になりました。
北野:なぜ、そのような判断ができるのでしょう? 普通の感覚なら、売れていれば値下げはしないですよね?
白井:競争相手も努力していますから、たとえ売れていても、もっと商品を強くする必要があります。うまくいっているときこそ、現状維持が一番危ないのです。とはいえ、確かにニトリは普通じゃないのかもしれませんね。
現代では「疑問を持てること」こそが才能。敷かれたレールを疑え
北野:ニトリは4C主義(Change, Challenge, Competition, Communication)を掲げていて、特に「Change=変化」を大切にしていると聞きました。変化を大切にしている組織はたくさんあると思うのですが、現状否定は難しいと感じます。なぜ、ニトリではそこまで変化にこだわれるのでしょうか?
白井:社風もありますし、人事異動の頻度が通常の組織より多いからだと思います。異動があると、後任者は前任者よりもいい仕事をしようと努力します。いろんな部署を経験することで、多面的に物事を捉えることもできるでしょう。
どんなことにも必ず問題点があると思いますが、現状否定ができるのは、まず課題を見つけられる人です。例えばタオル1枚でも、他社でニトリ製品と同じようなスペックなのに価格が少し違うとか、同じ価格だけど少しスペックが違うとか。そこから「なぜだろう?」と考えることから始まります。その違いには何かしら理由があるのです。
北野:たしかに、ニトリ独自の人材育成システムは強みだと思います。ですが、白井さんが現在の人材育成において課題だと思うこと、まさに現状を否定したいと思っていることはありますか?
白井:あります。
北野:あるんですね?
白井:はい、多くの組織には「本部」と「現場」があり、本部はルール作りを担っています。そこで本部は誰でもうまくできるように、より精度の高いルールを作ると思うのですが、やればやるほど本質的な問題が見えなくなったり、「これさえやっていれば何をしてもいいんだ」という考えになってしまいますよね。レール上の走り方ばかりに気を取られて、レールそのものを良くしようとする考えが薄れてきます。どのような組織であれ、その状態に陥ってしまうことはあると思うので、常に現状に疑問を持つことが大切だと考えています。
北野:人材の話でいうと、白井さんがニトリに入社されたのは社員が60人の頃です。一方で、現在は時価総額2兆円の大企業です。当時と比較して入社してくる人にも違いがあるのかなと思いますが、どうでしょう?
白井:入社してくる人というよりも、社会全体が違いますね。私が入社した時代は、インターネットもありません。ブラック企業という言葉もありませんでした。だから、簡単に比較はできないのですが、基本的に今の方が優秀な人が多いと思っています。勉強しようと思えば、いろいろな方法が使える時代ですから。ただ、便利であるがゆえに、その情報をうのみにして疑問を持つことが少なくなってしまうので、そこはもったいないなと思います。
北野:言い換えれば、現代では「疑問を持てること」が強みになりうる、ということかもしれません。
意欲だけでアウトプットは変わらない。見直すべきは「時間の使い方」
北野:ブラック企業の話で言うと、社会的に過剰な長時間労働のようなことをやってはいけないという流れがあります。白井さんは今の風潮をどう見られていますか?
白井:もちろん、労働環境が改善されてきたのは良いことだと思いますが、時には行き過ぎているなと感じることもあります。現場社員から、もっと売り場を見て、商品を覚えたいと言う話を聞くこともありますよ。
でも、自分が成長できることって仕事以外にもありますよね? むしろ会社の中だけにいても、非常に狭い範囲でしか物事を考えられなくなってしまいます。プライベートでも勉強したいなら、休日に他のお店に行ってもいい。あるいは、ニトリには無料で受けられる研修が400以上ありますから、これを活用してもいいでしょう。
北野:以前、僕が講演をしたときに、とある経営者の方から「新卒入社して10年勤めた社員が退職して、競合に行ってしまった。私はどうすれば良かったのか?」という質問を受けました。白井さんならどう答えられますか?
白井:やはり会社に魅力がなかったのだと思います。仕事や会社に魅力を作るしかないでしょうね。
北野:なるほど。僕が思ったのは、社長自身も変化する必要があったのかなと。意欲の高い人ほど変化を好む傾向にありますから、その上に立つ社長自身こそ変化し続ける必要がありますよね。白井さん自身、新たに挑戦していることはありますか?
白井:最近は、誰に会うか、どういう情報に触れるか、どう時間を使うかを変えようとしています。アウトプットを変えるためには、意欲だけでは足りませんから。
北野:5年前と比較して、時間の使い方は変わりましたか?
白井:変わったと思います。物流や商品に触れる時間は変えていませんが、店舗に行く時間は以前より少なくなって、その分テレビ対話会を行ったり、管理部門の責任者と全店舗を見て回る時間を作ったりしています。
みんな同じ人間だから、役職では呼び合わない
北野:32期連続で増収増益するには、間違いなく「組織のカルチャー」も重要です。白井社長から見て「ニトリのカルチャーを体現しているな」と思うことはありますか?
白井:よく言われるのは、全員「さん付け」で呼び合っていることですね。役職では呼びません。似鳥会長だけは、個人名なのか会社名のニトリを指しているのか分からなくなるので「会長」と読んでいますが(笑)、これは創業当初からずっと続いている文化です。役職の違いは責任の違いであって、人間そのものを区別するものではないという会長の考えです。仕事が終われば、みんな同じ人間ですから。
北野:社員一人ひとりがキャリアプランシートを作っているとも聞きました。これだけ大きな会社で、丁寧にやっているのは珍しいですね。
白井:ニトリは人材に対する投資が大きい会社だと思います。やはり、最終的には商品を作るのも、仕組みを作るのも「人」ですから。そこは一番重要です。
北野:でも「人が大事」というのは、他の会社でも言いますよね。他社ではなく「ニトリで働く面白さ」はどこにあるのでしょう。
白井:何よりもお店があって、お客様の声をじかに聞けるのはBtoCの面白さだと思います。POSデータで売れ筋は分かっても、それがなぜ売れているのか、あるいはなぜ売れていないのかは分かりませんし、これが分かるかどうかで次に起こすアクションが違います。
私たちの強みは、お客様にダイレクトに触れていること。だから、東京・大阪・札幌の本部の階下でも店舗を運営しています。何かあればすぐ売り場に行って、お客様の声を聞ける環境です。私自身も、毎週月曜日は開店前に店舗に行き、売り場の人からお客様の反応を聞くようにしています。
ニトリが求めるのは、どんな現場からも学ぼうとする「貪欲な人材」
北野:白井さんがよく社員のみなさんに話されることはありますか?
白井:あえて言うなら「ニトリはビジョン主義で成長してきた会社」という話です。第1期の30年ビジョンで「100店舗、売上高1,000億」と設定し、それを31年目で達成しています。それは大きなビジョンがあったからこそ、達成できたものです。これは個人の成長でも同じなのではないでしょうか。
北野:なるほど。逆に、社員からよく聞かれることはありますか?
白井:よく聞かれるのは、「20代の頃、どんな気持ちで仕事をしていたか」ということですね。でも社会の環境が違うので、参考になるかどうか。当時は会長が「日本一になる」とよく言っていたのですが、毎年店舗が増え続けて、自分たちがやってきたことは間違っていなかったことを最近になって実感します。
北野:白井さんへのインタビュー前に、学生たちにニトリのイメージを聞いてみたのですが、全国へ転勤が多いことを懸念する声が多かったです。これについてはいかがでしょうか?
白井:希望していない人が全国に行くことは、まずありません。年2回、勤務地の希望を聞くようにしていますし、採用活動は全国4カ所で行っていますから。また在宅勤務などにも取り組んでいるので、今後の働き方はさらに柔軟になると思います。
北野:最後に、学生たちに伝えたいメッセージをお願いします。
白井:就活はほとんどの人にとって初めての経験ですから、大変なこともあると思います。でも、自分自身を客観的に見る機会でもあるし、会社を研究することが社会を知ることにつながります。みなさんには、そこで得た知識を吸収し、自分の財産にしてほしいです。成長できるのは、どんなことも吸収しようとする貪欲な人ですから。そして、ニトリは現場主義で、まずはなんでも仕事をやってみようという貪欲な姿勢がある人を歓迎します。
北野:白井さん、ありがとうございました。
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【ライター:yalesna/カメラマン:竹井俊晴】