「頑張ったことは……あの、何でも良いですか?」
「もちろん良いよ!」
今思えば、その学生は気を使っていたんだと思う。
おおよそ一回りくらい年上の面接官に、こんなことを言って良いのか迷っていたんだと思う。
ただ、僕の雰囲気の柔らかさにやられたのか、それとも何かが吹っ切れたのか、彼は口を開いた(ひょっとすると、僕の中にあるモテたいという信念がバレていたのかもしれない)。
「ナンパです。僕が学生時代に一番エネルギーを注いだのは、ナンパです。」
読者の皆さまはじめまして。申し遅れましたが、土屋鞄製造所で人事をしている、西島悠蔵と申します。
「モテるためにパイロット」から始まり、さまざまなキャリアを経て今(老舗メーカー人事)に至るのですが……まぁ詳しいことは、Profieeを見てください。
人事として2,000人を超える学生と会ってきた僕。世の中には、ほんっっっとうに面白い学生がたくさんいます。今回ワンキャリアで、とにかく記憶に残る忘れられない出会いの数々を、そしてそこから学んだことを紹介することになりました!
信じられないような告白から始まる面接ですが……? ぜひお楽しみください。
<目次>
1. それはひょっとしたら、進化なのかもしれない。
2. 僕の一番誇れることは、鉄棒のさかあがりだった。
3. 君の色を出すのではなく、どう絵を描くのか?
それはひょっとしたら、進化なのかもしれない。
いつからか学生時代に力を入れたことを「ガクチカ」と呼ぶようになった。
言葉は時代に合わせて変化していく。いや進化というのかもしれない。
それに合わせて学生が面接で話すこともどんどん変化する。
2010年くらいは体育会系最強説だった。
今の学生のはやりは一体なんだろうか。
少なくともナンパではないのは確実だと思う。
目の前で起きていることは変化なのか、進化なのか。僕にはわからない。
彼は恥ずかしげもなく、語り始めた。少なくとも僕の聞き間違えではなかったようだ。
「頑張ったことはナンパです。横浜駅でほぼ毎日声をかけていました。見てください、これが、500人ナンパして作ったスプレッドシートのデータです!」
隣の女性の面接官が凍るのがわかった。さっき行ったアイスブレイクは一瞬でブレイクされた。
横を向かなくても、冷え切った目で彼を見ているのがわかる。
僕は彼女の横顔を見るのが怖かったのと、沈黙が怖くて……ひとまず質問を続けてみた。
「ゴールデンタイムはいつなの?」
「平日木曜日18時ごろです。」
光は暗闇でこそ生きる。
僕の目は隣の彼女と比べて、光り輝いていたと思う。心の中で、この面接が終わったら、データをもらおう……。
そんなことを考えていた。
僕の一番誇れることは、鉄棒のさかあがりだった。
「留学」「ボランティア」「体育会」「バイトリーダー」……。
ガクチカは本当にみんな似たようなことを言う。それが不思議だった。
だから新卒の面接は時に僕を退屈にさせたし、眠くなることもあった。
○○リーダー、○○キャプテン、留学に行ってきました、ボランティアに行ってきました。
本当にそんな人ばかり。いつから日本はリーダー大国になったんだろうか。
でも現実的に日本はリーダー大国ではない。
なぜ、そんなガクチカばかりになってしまうのか。それはわかりやすく、イメージがしやすいからだと思う。
気持ちはわからなくはない。でもそれは他人が決めた「良い基準」に当てはめているだけだ。
まるで誰かが用意した塗り絵に自分たちで色を入れていく感じ。
一見すると全然違う絵なんだけど、よく見ると同じ絵が描いてある。
そんな色だけを当てはめたガクチカが自分らしいのだろうか?
振り返ると、僕がリクルートの最終選考で話したことは「小学校の鉄棒の話」だった。
小学校の時にどうしてもさかあがりができなくて……当時バスケもバリバリやっていて、クラスの中心にいた僕にとっては本当につらい経験だった。
たくさんの人に頼りまくって、なんとか最後にさかあがりができた時にクラスのみんなから拍手をされてすごくうれしかったことを覚えている。
あの時、プライドを捨てていろんな人にやり方を聞くのは本当に恥ずかしかったけれど、できたときの達成感はものすごく大きかった。こんな話をした。
そんなんで受かるの? って思った人もたくさんいると思う。
でも、それはあなたの基準であって、僕の基準ではない。
自分が頑張ったことは自分にしか語れない。
誰かが良いと思ったエピソードを無理やり作って、それをなんとなく形にして、目の前の面接官に伝えることが本当に自分らしい面接になるのだろうか。
僕はそうは思わない。
ガクチカはもっと人それぞれあるはずだ。
自己分析をとことんやって、それこそ生まれたところまでさかのぼってみて、自分の人生で一番自信のあるものを出してほしい。
塗り絵を塗るのではなく、真っ白なキャンパスに自分なりの絵を描いて見せてほしい。
それがきれいとか汚いとか、センスがあるとかないとかではなく、ちゃんと自分の中で頑張った絵はこれです! って胸を張ってほしいのだ。
それが自分らしさではないだろうか。
君の色を出すのではなく、どう絵を描くのか?
彼はキラキラした目で続けてくれた。
真剣にナンパにかけてきたこと。好きな人に振られて、「あなたの話が面白くなかったから」と言われ、悔しくて場数を踏もうと思ってやったこと。はじめは度胸試しだと思っていたが、PDCA(plan-do-check-act cycle)を回すたびに成長を感じていたこと。
僕にとっては、僕にとっては、ほんっっっとうに面白かった。
面接が終わったあとに、冷たく見ていたもうひとりの面接官とはもめにもめたが、結果的に彼を通した。
方向は少し変わっているけど、エネルギーを出せて、自分なりに努力したことを否定することはできないと判断したからだった。
ガクチカはすでに出来上がっている絵に君の色を足していくわけではないから。
そうではなく、真っ白なキャンバスに好きなように色を描いたら良いと思う。
寄せるな。自分で描きなされ。それで好きなように色を塗りなされ。
それが自分で自信を持って話せるガクチカになるんじゃないだろうか。
ココから先は余談が……。
彼をエレベーターまで見送る時に、僕は聞いた。
「こんなことを面接官が言うのは変だけど、もしよかったら、スプレッドシートくれない?」
「あー、あんまり渡したくないですね。うーん、5万円とかなら考えます(笑)。」
僕は、彼が良い営業になることを確信した。
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