変化が激しく、先の見えない時代、自らが高度なスキルを身に付けることで安定したい……。
就職先を決める際にスキルや経験、専門性を重視するという学生は少なくないでしょう。ワンキャリアが発表している「就職人気ランキング」でも、コンサルが上位を占めるなど、その傾向は年々強まっていると言えます。
しかし、こうした考え方はキャリア設計においてリスキーだと警鐘を鳴らす方もいます。株式会社圓窓代表取締役の澤円さんです。
「これからの時代は専門性よりも、『分かりやすく伝える力』が大切です」
大手外資系IT企業に所属し、その卓越した技術から「プレゼンの神」とも呼ばれる澤さんですが、『あたりまえを疑え。自己実現できる働き方のヒント』など、キャリアに関する著書も刊行しています。
今回は、以前ワンキャリアでも取材した、中国トレンドマーケターのこうみくさんが自身のオンラインサロン「中国トレンド情報局」で澤さんと対談。「アフターコロナのキャリア設計」をテーマに、キャリアに対する考え方や自己分析の方法まで、さまざまな話題が繰り広げられました。
キャリアに悩むこうみくさんに対し、終始「Being(どうありたいか)」の重要性を説き続ける澤さん。「最強のキャリア戦略はBeingに忠実になること」だと語る、その真意とは?
澤 円(さわ まどか):株式会社圓窓 代表取締役。
大手外資系IT企業所属。立教大学経済学部卒。生命保険のIT子会社勤務を経て、1997年、外資系大手IT企業に転職。ITコンサルタントやプリセールスエンジニアとしてキャリアを積んだのち、2006年にマネジメントに職掌転換。幅広いテクノロジー領域の啓蒙(けいもう)活動を行うのと並行して、サイバー犯罪対応チームの日本サテライト責任者を兼任。現在は、数多くのスタートアップの顧問やアドバイザを兼任し、グローバル人材育成に注力している。
2019年10月10日に株式会社圓窓 代表取締役就任。企業に属しながら個人でも活動を行う「複業」のロールモデルとなるべく活動中。また、美容業界やファッション業界の第一人者たちとのコラボも、業界を超えて積極的に行っている。テレビ・ラジオなどの出演多数。Voicyパーソナリティ。琉球大学客員教授。Twitter:@madoka510
これからはコミュニティの時代。仲間集めに必要なのは、専門性よりも「分かりやすく伝える」力
こうみく:澤さんの著書『あたりまえを疑え。自己実現できる働き方のヒント』を読みました。その中にあった「専門性の深さよりも、分かりやすく伝えることにバリューがある」というパートが印象に残っています。
澤:これからの社会は、会社などの組織が力を失い、「個」の力で生きる、キャリアを作る時代になると言われていますが、その中で重要になるのが「コミュニティ」です。
こうみく:コミュニティは最近増えていますよね。私が運営している「中国トレンド情報局」も中国から学び、日本の未来のヒントを得たいという人が集まるコミュニティですし。
澤:そうですね。コミュニティを通じてゆるやかにつながり、その中で価値観を共有しあったり、価値を出したりというのが重視される世の中になっていく。
そうなったときに、コミュニティを作ることができる人は、直接的な言い方をすれば「得」をします。楽しいし、人生を豊かにできる。そこで必要なのが「分かりやすく伝える力」なんです。仲間を集めるためには「どんなビジョンがあって、何がしたいのか」を分かりやすく説明する必要がありますから。
こうみく:グサッときたんですよ。私は中国に関する発信をしているんですけど、テクノロジーの分野でも、インフルエンサーやトレンドの分野でも、私より詳しかったり、優秀だったりする人はたくさんいる。そんな中で、自分のキャリアやビジネスの設計をどのようにすればいいのか悩んでいて。
澤:スキルや専門性一本で戦っていくというのは、当たり外れが大きく、キャリアを築く上での一番のリスクになります。こうみくさんがおっしゃった通り、「その分野ではあの人の方が優れている」と競争にさらされやすいわけです。その状態がずっと続くと、しんどいですよね。
でも、自分より詳しい人がいて大変……というのは思い込みなんですよ。競う必要なんてないんです。だって「◯◯さんの方が詳しい」という事実と「自分のキャリア」がどうなるかは、全く関係のない話ですから。
こうみく:確かに、勝手に比べて、勝手に落ち込んでいるだけですね。どうしてそうなっちゃうんでしょう?
澤:人間はそういう生き物なんですよ。例えば、スピードメーターを見ないで高速道路を走っていたとしたら、自分のスピードをどういうふうに測りますか?
こうみく:周りの車を見ますね。
澤:じゃあ砂漠のど真ん中だったらどうでしょう? 自分のスピードは分からないですよね。つまり人間は、何かと比較をすることで、自分の相対的な位置を理解しているわけです。
ただ、自分よりも速い車が高速道路にいても、その車が勝手にそのスピードを出しているだけの話で、自分が同じスピードを出さなければならない理由は何もない。大事なのは安全に目的地に着くことだと考えたら、周りの車のことなんて気にしなくていいんですよ。
こうみく:それは確かに。
澤:つまり、相対的に誰かと比較をして自分のキャリアを考えるというのは、意地悪な言い方をするとしょうもない思考なんです。でも、つい陥りがちですよね。
「どうありたいか」を見つける手がかりは「憧れ」にある
黄 未来(こう みく):中国トレンドマーケター
1989年中国・西安市生まれ。6歳で来日。早稲田大学先進理工学部卒業後、2012年に三井物産に入社。国際貿易及び投資管理に6年半従事したのち、2018年秋より上海交通大学MBAに留学。マーケティングマネージャーとしてバイトダンス北京本社に勤め、著書「TikTok〜世界最強のSNSは中国から生まれる」(ダイヤモンド社出版)を執筆。2020年現在、オンラインサロン「中国トレンド情報局」を主宰しながら、東京を拠点に活動中。Twitter:@koumikudayo
こうみく:そうなると「目的地をどこに設定するか」が大切になると思いますが、それが分からないと困っている人は少なくないはずです。私自身もいまだに目的地が見つかっていない、迷子のような状況だと思っています。
澤:これから見つけるでも十分ですよ。自分もそうですが、親の影響は大きいものです。ただ、親でも他人は他人です。その影響でハマってしまった自分を責める必要はありませんが、そこから抜け出すパワーは必要でしょうね。その際に重要になるのが、「Being(どうありたいか)」を考えること。
今、シリコンバレーなどを中心に、Beingからキャリアを考える方法がスタンダードになりつつあるんですよ。
こうみく:どうありたいか……ですか。これは、どうすれば見つけられるのでしょう?
澤:「どういう状態が一番自分らしくいられるか」を定義することですから、外に探しに行く必要はなくて、自分の内側を掘り下げるのが大事です。
掘り下げ方は人それぞれですが、一つのやり方として「自分が好きだったり憧れてたりする人にフォーカスをする」というのをオススメします。実在の人物に限らず、マンガのキャラクターでもいい。なぜその人が好きなのかをひたすら分解して、原子のレベルまで細かくしてみてください。
例えば、僕が憧れているキャラクターは『007』のジェームズ・ボンドをサポートするQや『バットマン』に出てくるアルフレッド・ペニーワース。ああいうかげながら支えている人がいなければ、ジェームズ・ボンドもバットマンも30秒ぐらいで死んじゃうわけです。「人の役に立つ」というのはかっこいいなと思うんですよ。
あとは『ルパン三世』のルパンも大好き。いつもひょうきんでハッピーそうだし、常に軽やかに生きていますよね。「周りの人たちを楽しませている」というのも僕にとっては憧れです。
こうみく:なるほど。そうなると、澤さんのBeingは何ですか?
澤:「最大多数の最大幸福」です。ゲラゲラ笑っている、ニコニコできている、安心してのんびりできているなどをひっくるめて、「人も自分も喜んでいる状態」が僕にとっては一番いい。こうみくさんの憧れの人は誰ですか?
こうみく:私は元ZOZO執行役員の田端(信太郎)さんが頭に浮かびました。お付き合いしていて楽しいんですよ。私が商社で働いていた時代を振り返っても、そういう年上の方って少なかったなと思って。
歳を取って面倒くさくなっていく人も多い中、お茶目で面白くて、好奇心旺盛に毎日を楽しそうに生きている姿を見ていて、うらやましいなと思います。
澤:じゃあまず「うらやましい」を具体的にしてみましょう。どの辺でしょう?
こうみく:趣味がたくさんあって、いろんなことにハマっているところ、ですかね。私は子ども時代に「役に立つことを勉強しろ」と親から言われてきたので、好きなことや趣味があまりないんです。だから余計、うらやましく感じるのだと思います。
あとはカッコ悪いこともできるところも、めちゃくちゃかっこいいと思っています。自らガンガン恥をかきにいく姿勢がすごいなと。
澤:今出てきた話は全て「Doing(行為)」ですね。
こうみく:え、これだとダメなんですか?
澤:まだ分解が足りないです。そういった行為に憧れている自分の中にBeingがあるはずですから。「なぜ自分はそういうところに憧れを持つのか」をひたすら分解してみてください。そうすると、抽象度の高い言葉で出てくると思うんですよ。例えば「無趣味な人」と聞いて、どう受け取りますか?
こうみく:「退屈していそう」って思っちゃいます。
澤:良いワードが出ましたね。きっとこうみくさんは退屈したくないんですよ。じゃあ何で退屈したくないんでしょう?
こうみく:「どうしてこんなに人生長いんだろう」と思っちゃいそうだから、です。
澤:今のがBeingのかけらですよ。「人生を楽しみたい」っていうのがこうみくさんのBeingの一つなんじゃないですか?
こうみく:え、でもそれって人類が持っている欲求なんじゃないですか?
澤:そんなことないですよ。「みんなこうだろう」というのは大体が思い込みです。
例えば、古いスター俳優さんに「休みの日は一切家から出ない」という方がいました。俳優をやっているくらいだから注目を浴びていたいのかと思ったら、実は自分の内面を見ている方が好きだったわけです。DoingとBeingにギャップがある人はいますから、社交的に見える人の中にも、そういうタイプの人はいるかもしれません。
「Beingに即してキャリアを選ぶ」のが最強の戦略。突然農家になったって、本人がハッピーならそれでいい
こうみく:今回「アフターコロナのキャリア設計」をテーマを掲げましたが、コロナ前後でキャリアに関する考え方や戦略に変化は出てくると思いますか?
澤:今回のコロナで制約を受けて、「自分の人生を生きる」ことへのヒントに気付けた人はかなりいるのではないでしょうか。例えば、在宅勤務を経験して、通勤の意味を問い直した人は多かったでしょう。そういった気付きはBeingにつながるもの。徹底的に大切にしてほしいですし、それを実現するように行動してほしいと思います。
一般的にキャリア戦略といわれると、「どこの会社に入ってどういう肩書を得るか」といった発想になりがちですけど、「Beingに即してキャリアを選ぶ」と決めておくのが最強の戦略です。
「うまくやる」ことを重視して、相対的評価を中心に物事を考えると、自分のBeingにうそをつくことにつながりかねません。「世の中においては正解、良いとされている」を意識するのは、他者の価値観に即して生きることにつながりやすいんじゃないかと思うんですよね。
それよりも「自分は何をしたらハッピーなのか」をテーマにして、それに忠実に生きていくことが何よりも重要です。
こうみく:Beingに即してキャリアを選ぶ。もう少し分かりやすいイメージを教えていただけませんか。
澤:例えば、本田圭佑さんがセリエAに行く時、「自分の中のリトルホンダに聞く」と言っていましたよね。つまり彼はDoingを選ぶときに、「リトルホンダ=Being」に聞いたんです。
Beingがはっきりすれば、Doingの選択を迷わなくなるし、自分のパッションが燃え続けた状態で働くことができるようになります。突然、農家になって周りから不思議に思われたとしても、本人がハッピーならそれでいいんですよ。
周りからいろいろ言われるのが気になるという人もいますけど、結局、その「周り」には自分も入っているのだと思います。自分の判断に対して、自分も否定的になって、自分が自分の味方をしていない。
オーストラリアの介護人の方が書いた『死ぬ瞬間の5つの後悔』という本には、「もっと自分の人生を大切に生きればよかった」というのが最大の後悔だと書かれています。死ぬ間際に気付くだなんて、そんなのたまったものじゃないですよね。
アフターコロナの時代。自分のBeingに忠実に、徹底的にワガママに生きよう
こうみく:ありがとうございました。最後に、参加者の皆さんへメッセージをお願いします。
澤:今は自分で好きな選択肢を選べる贅沢(ぜいたく)な時代ですから、自分のBeingに忠実に、徹底的にワガママに生きましょう。
SNSがあることで他人の話が耳に入りやすくはなりましたけど、そこに意識を傾けすぎないこと。親を含め、他人の言うことに耳を貸している暇はありませんし、ましてや自分の人生のガイドラインにする必要は1ミリもありません。
他人の意見と自分の内側をぶつけて、跳ね返ってきたものをキャッチして自分をアップデートするのはいいですけど、影響を受けて引っ張られてしまうといいことは何もない。全ては「参考意見」くらいに思っておきましょう。
世間の目や一般論は、人生を決して豊かにしません。でも、それは陥りやすい罠(わな)でもあります。罠にハマってしまっている人は自分を責めずにまずは受け入れて、そこから抜け出すパワーを持ってください。「自分の人生を生きなければいけないんだ」と言い聞かせながら生きるのは、とても重要なことです。
繰り返しますが、意に沿わない仕事をしたり、好きでもないことをやったりと、自分のBeingにはない選択肢のDoingをやって後悔するのが、人生において一番くだらないこと。自分自身と会話をすることを習慣付けて、Beingを大切にしていただきたいと願っています。
(Photo:eldar nurkovic/Shutterstock.com)