2020年初頭から世界を襲っている「新型コロナウイルス」。在宅勤務など仕事や生活が変わり、その影響で大きな打撃を受けた企業も少なくありません。
しかし、この苦境の中でも力強く業績を伸ばす会社もあります。今回、ご紹介するHENNGEもそんな1社です。クラウドセキュリティサービスを展開する同社ですが、2019年10月には東証マザーズに上場しており、コロナ禍の中にあっても業績も株価は右肩上がり。
誰から見ても絶好調……かと思いきや、代表取締役社長の小椋一宏さんは「調子のいい今が一番危ない。失敗が必要だ」と警鐘を鳴らします。
その言葉の裏には、過去に2度会社をつぶしかけたという壮絶な経験、そしてそこから生まれた「変化を是とし、失敗を愛する」社風がありました。
新型コロナウイルスの影響で、全世界がクラウドサービスに注目している
──小椋さん、本日はよろしくお願いします。早速ですが、いわゆる「コロナ禍」で打撃を受ける企業が少なくない一方、HENNGEは株価も含めて業績が好調に推移しているように見えます。小椋さんはこの状況をどう考えていますか?
小椋:上場したのが2019年10月ですから、今は株価を解釈するような段階にはないと思っています。ただ、今は新型コロナウイルスの影響でクラウドサービスの必要性や、活用イメージが具体的になってきたこともあり、社会全体で期待が高まっています。
HENNGEの主力製品である「HENNGE One」は、企業がクラウドサービスを安全に使えるように、アクセス管理などを提供するセキュリティ統合サービスです。クラウドサービス需要の期待に合わせた、市場の評価なのだと受け止めています。
小椋 一宏(おぐら かずひろ):代表取締役社長兼CTO。
1996年、株式会社HDE創業(2019年2月よりHENNGE株式会社に商号変更)。一貫して技術部門のトップとして会社をけん引。常に新しい技術に目を向け、2009年ごろからクラウド技術を同社に持ち込む。企業理念である「テクノロジーの解放」に魂を込める技術者社長。
──とはいえ、これまでもGoogleやMicrosoftなどをはじめ、さまざまな企業がクラウドサービスを開発していました。新型コロナウイルスが流行する前は、そこまでブレイクしていなかったということでしょうか。
小椋:業界的には2019年がブレイクの年だったと言えます。さまざまな企業が上場しましたし、個人的にも「世の中に受け入れられ始めた」と感じていました。ただ、万人が使うかというとそのレベルには達していなかったのが実情です。
それが新型コロナウイルスによって、一気に状況が変わりました。半ば強制的に在宅勤務をせざるを得なくなり、多くの企業が「Zoom」などのビデオ会議のクラウドサービスを使うようになりました。
大学でも、ほとんどの授業がオンラインに切り替えられましたよね。現場は大混乱だったと思いますが、これと似た状況が日本全国の企業で起こったと考えると分かりやすいかと思います。この市場環境が、中長期的には追い風になっているのかなと。
──新型コロナウイルスによって顧客のニーズや、HENNGEに対する評価は変わった実感はありますか?
小椋:これまで使ってきた既存ユーザーは、この大きな変化にスムーズに対応できたようで、クラウド化の流れに確信を強めて盛り上がっています。それらが活躍する場面が一気に増えたので。
一方で新規のユーザーが増えるのはこれからでしょう。今は多くの企業が、ビジネスを継続させるため「非常事態」としてクラウドサービスを使い始めた段階。この状態が当たり前になったときこそが、当社のサービスをアピールする絶好のタイミングなのです。ただ……こうやって調子の良いときこそが実は一番危ないんですよ。
HENNGE24年の歴史──「選択と集中」、教科書通りの経営は通用しなかった
──今がまさに危ない? それはどういうことですか?
小椋:一つの事業で同じことを続けていくと、4〜5年くらいは成功するのですが、10年、15年と成功し続けるのは難しいです。だから、既存事業を育てていくと同時に、どんどん新規事業を作らないといけないと考えています。
──なるほど。確かに先日ワンキャリアで行った会社説明会でも、新規事業に注力するとお話ししていましたよね。
小椋:私たちはより多くの人にITを使ってもらう、すなわち「テクノロジーの解放」という理念のもと仕事をしています。「HENNGE(へんげ)」という社名もそうです。進化し続けるテクノロジーに合わせて自らも変わり続け、世の中をワクワクさせたいのです。
これはビジネス的にも大きな意味があります。例えば、既存の180万ユーザーに対して、1日1円をいただけるサービスが見つかれば、それだけで年間6億円以上の売り上げになる。お客さまが期待されることとわれわれの事業、両方が満足する新しい種を見つけることは重要なのです。
──「新しい種を見つける」というのは言葉でいうのは簡単ですが、非常に難しいですよね? HENNGEは1996年に創業して以降、新しい種を見つけて変化し続けることで成功してきたのでしょうか。
小椋:いいえ、むしろその逆です。私は社員にずっと「Make mistakes early(早く失敗しろ)」と言い続けていますが、これは24年の歴史の中で学んできたことです。かつては変化することをやめ、王道の事業に集中した結果、世の中の変化に対応しきれず、会社がつぶれかけるという経験を2度してきました。
──2度ですか!? 一体何が起きたのでしょう。
小椋:1度目は2000年のころです。当時はサーバー管理ソフトウエアを売ることに集中していたのですが、「ドットコムバブル(※)」が崩壊して売り上げが激減してしまいました。その後、持ち直したのですがリーマンショックの際にも少なからず打撃を受けたのです。あのころは、メール配信やメールセキュリティのソフトが主力でしたね。
(※)……1990年代前期から2000年代初期にかけて、アメリカ合衆国の市場を中心に起こった、インターネット関連企業の実需投資や株式投資の異常な高潮のこと。インターネット・バブル、ITバブルなどとも呼ばれる。
己を「無能」と悔いた2度の失敗。反省から生まれた「変化を止めない姿勢」
──ドットコムバブル崩壊とリーマンショック……。むしろ、そんな危機からよく復活できましたね。
小椋:1度目は本当に運が良かっただけだと思います。リーマンショックのときは、1度目の経験がありますから、船が完全に座礁する前に一応舵(かじ)を切ることはできました。でも、そもそもそちらに向かって航海してしまったという反省があります。もっと前の段階で航路を変えるべきでした。
それまでは「選択と集中をし、反復が可能な組織を作る」という教科書通りの経営をしていたのですが、それでは通用しないのだと学びました。ITの世界は変化が激しいので、危機にひんしたときでも立ち直りやすい企業にしなければいけないのです。そうでなければ、とてもじゃないけど100年ずっとテクノロジーを解放し続けることはできないと思っています。
──仮に船が沈んでもいいように、いくつか船を作っておくべきだと。危機を乗り越えた組織は強くなりますよね。歴史から、変化を大切にする土壌ができたということがよく分かりました。
小椋:実際はそんなきれいごとではなく、特に2度目のときは本当に悔しかったです。また社員をリストラして。同じことを繰り返すなんて、本当にアホだな、無能だなと。しばらく放心して、そこから開き直ったという感じでしょうか。
今後、同じことを繰り返さないためにどうしたらいいか本気で考えた結果、滅ばないようにするためには、とりあえず「変わり続けること、そして失敗することが当たり前という状況にする」という結論に至りました。
──それで「Make mistakes early」というメッセージになったのですね。
小椋:先ほど「種を見つけ続ける」と言いましたが、大体は見つからないんですよ。「種が見つからないことを続ける」というのが正しい表現です。見つからないことが当たり前になっていれば、100回くらいは無駄な努力を続けられるでしょう。そうすれば、実際1回くらいは見つかるはずなので。
──実際、HENNGE社内では、日々さまざまな失敗が起きているんですか?
小椋:大きいものから小さいものまでいろいろありますが、分かりやすいのはシステム導入ですね。まずは社内で導入してみて、違うと思ったらどんどん変えていきます。
私たちは「青い果実を食べ続ける」と言っていますが、未成熟な果実である新技術を率先して試すことを大切にしています。新しいITシステムは落とし穴をどれだけ知っているか、ということが強みになります。お客さまからは「HENNGEはとにかく地雷を踏んで知っているから大丈夫」と信頼を得ることができます。
われわれは完成品ではない。失敗よりも、何も起こらないことの方が無価値
──とはいえ、例えば地雷を踏んで、何かの社内システムが止まったとしたら仕事ができなくなってしまうのではないですか?
小椋:そうですね。だから普通は失敗を避けようとするのですが、私たちはそういうものだと捉えています。われわれは不完全で、決して完成品ではありません。むしろ全てが完成して動いているのであれば、それは変化していないということ。その状態は良くないと、声に出して言っています。
──言える範囲でいいのですが、これまでどういう失敗がありましたか?
小椋:過去には新しいシステムに変えたら、全社の電話がつながらなくなってしまったことがありましたね(笑)。
──えーっ! 何かちょっと面白いんですけど、笑えない話ですよね実際は……。
小椋:あとは社内で実験的に、新しいクラウドサービスを手探りで使用していたら、予定外に課金されて余分に何百万円も払ったとか。そんなところでしょうか。
──いやはや、それも相当インパクトのあるお話で……。
小椋:失敗できる範囲内で、「とりあえずやってみる」というのは大切にしています。
もちろん、お客さまに対しては安定したサービス提供ができるように細心の注意を払っています。しかし、既存の技術やニーズに対応しているだけでは、変化は生まれないので、社内の失敗できる環境の中では、積極的に新しい取り組みを行うようにしています。
──失敗を恐れて、何も起こらない方がHENNGEでは価値がないということですね。
小椋:はい。大きな変革が来たときにつぶれかけるということですから。もちろん最後は成功してほしいのですが、それを言い始めると「やっぱり成功しなきゃいけないんだ」と萎縮してしまいます。極論かもしれませんが、私自身は「ただ失敗して学習すること」が目的化してもいいと思っているんですよ。
失敗はどうしたってつらいことです。それを周囲が「失敗したじゃん、ダメじゃん」という雰囲気になると、失敗は共有されないし、本人は自信を失うだけ。だから失敗を称賛する文化にしたいんですよ。失敗の裏側には、学習があるはずですから。評価についても、結果と合わせて「社員がどれだけ成長したか」を見るようにしています。
フルバリューチェーンに関われて、安全に失敗できる──HENNGEをファーストキャリアに選ぶ意味
──結果もそうですが、社員の成長も重視するということですね。最近の就活では、短期間で成長できる環境が重視され、その結果としてコンサルなどが人気ですが、その点ではHENNGEはいかがでしょうか?
小椋:うちは1年目でアウトプットをどんどん出すことを求める会社ではありません。幅広い企業にセキュリティサービスを提供しているので、ビジネスだけでなく技術についての知識も十分に習得する必要があります。まずはしっかりと足元を固め、現業で活躍できるようになり、そして少しずつ会社に変化をもたらすような存在になってくれることを期待しています。
──会社に変化をもたらす人材は、一朝一夕では生まれないと。
小椋:そうですね。われわれは「テクノロジーの解放」を理念に最新技術をお客さまに使っていただくことを目指しています。それには技術に加えて、お客さまのことも熟知する必要がある。個人向けサービスのように、「自分が消費者だったから、消費者の気持ちがよく分かる」という世界とは違います。レベルアップには幅広い知識が要求されるのです。
──小椋さんが考える、HENNGEをファーストキャリアに選ぶメリットはどういうものなのでしょう。
小椋:自社でフルバリューチェーンを持っていて、かつそれを自分で全て把握できるというちょうど良い規模ですね。開発、販売、マーケティング、管理など全ての部門が社内にあり、かつ、そのどの部分をも一人の社員が担当できる可能性があります。
また、「多様な組織の中で仕事をする過酷さを体験できる」というのもキャリアを国内だけに制限したくない人にとっては大きなメリットだと思います。HENNGEでは、開発チームを中心に外国籍のメンバーを多数採用しており、現在では社員全体の20%以上が外国籍のメンバーで構成されています。日本人の当たり前や「空気を読んでね」が通用しない環境で、チームで協力して成果を出していくには、日本人だけの集団の中で成果を出すのとは全く違う筋肉が必要になります。
──なるほど。サービスの全てを知り、体験できるということですね。そして、多国籍組織ならではの筋トレができると。
小椋:例えば、これが外資系になると、販売部門だけが国内で、開発や企画は国外ということが多いです。また日系でも大企業やコンサルの場合は、バリューチェーンの一部に特化していたり、全てがそろっていたりしても規模が大きいので個人としてその全てに俯瞰(ふかん)して関わるということは不可能に近く、どこかの領域に特化した人材にならざるを得ません。
その点、HENNGEは200人程度ですから、やる気になれば全てに関われます。その時期の成長に必要なペインを、一緒に味わうということがとても貴重な体験になるでしょう。チャレンジの数と、種類のバランスが取れていると言っていいと思います。多国籍チームで何かに取り組むという体験からも、たくさんの学びがあると思いますよ。
──サービスの多くに関われるという点では、スタートアップという選択肢もあるのでは?
小椋:確かに30〜50人規模のスタートアップであれば、もっと深くそれぞれにコミットすることが可能でしょうね。
ただ、スタートアップは基本的にハイリスクハイリターンの世界です。事業が安定していない状態では、そう何度も失敗はできません。それはそれで面白いし、僕はやりたいと思いますが、万人向けのキャリアかというとそうではないと思います。
──その点、安心して失敗できるのがHENNGEであると。
小椋:われわれには「HENNGE One」という屋台骨があるので、その周辺で成長に投資したり、積極的に失敗できたりする余裕があります。安心して失敗できて学べる点は誇れるポイントです。
例えば、ビジネスサイドのメンバーも技術を学べるよう、プログラミングブートキャンプが定期的に開催されていたり、「インスパイア祭り」という新規事業コンテストが行われていたりするのは、知的好奇心を刺激し、失敗と挑戦をサポートしながら、学習の機会を創出していきたいという意図があります。
学生の皆さんには想像しにくい部分も多いと思いますが、今回のような天災や国同士の争いなど、ビジネスに強大な変化をもたらす事象が4〜5年に一度は起こる、というのは実は普通のことです。そんな世の中で、失敗を続けてうまく筋トレをするか、スタートアップで毎日致命傷を追いながら回復するか、大企業で傷を負わずに特化型人材になるのかという選択なのだと思います。
永遠に塗りつぶせない塗り絵を前に、君はワクワクできるか、それとも不安に思うか?
──小椋さん自身は、どういう若者と一緒に働きたいですか?
小椋:HENNGEは好奇心と学習が求められる組織だと思います。上の人がこうしたいと言ってくれる組織ではなく、自分自身がこうしたいから学び続けるという人がいいですね。「ラーナーホリック」と呼んでいますが、まずはそこが出発点です。
──本気で、好きで学ぶというイメージでしょうか。
小椋:特定領域のスペシャリストというよりは、自分の知らないことが出てきたときに、それを学ぶことを楽しめる人ですね。これって意外に難しくて、同じ状態でも不安を感じる人もいます。
まだ塗られていない塗り絵がたくさん目の前に置かれたときに、「全部塗らないといけないとダメだ」とプレッシャーに感じるか、塗り絵がたくさんあって楽しいと思えるか。HENNGEに向いているのは、後者の人だと思います。また、自分の好きな分野だけでなく、その周辺のことを解決するために何ができるのかを考えたり、どういう知識が必要かを考えたりしていける人だとなお良いですね。
──小椋さん自身はどうですか?
小椋:まだ知らないことがある状態に「えー、まだ知らないことがいっぱいあるじゃん!」と幸福に思うタイプですね。知らないことを見つけて、時間があると学習してという繰り返しです。全部は学べないのが当然で、それが受け入れられないと、この業界で生き残ることは無理かなと思っています。
この業界は、2年くらいすると自分の知識が陳腐化するんですよ。だからこそ、新しいことを楽しめるかどうかが全てです。
──たった2年で価値が失われると思うと厳しいですね。
小椋:その知識の価値がゼロになるわけではありません。だから、ひたすら学び続けることで成長し続けられる。これを繰り返せるかが、不確実な世の中では最強のスキルだと思っています。
私自身も最近それを実感しました。昨年はHENNGEの上場に向けた準備もあって、あまり技術に触れる時間が取れなかったんです。先日、少し時間が作れるようになって久しぶりにプログラミングに触れたのですが、もう半分くらいの知識しか通用しないなと。ただ、これもまた、私にとってはエキサイティングな状態なんですよ(笑)。
──これぞラーナーホリックという印象を受けました。とはいえ、スキルがたまらないと不安に思う人もいますよね?
小椋:スキルがたまらないと考えるか、不確実性と向き合うメタスキルを手に入れたと考えるかで、その後の人生が大きく変わるのではないでしょうか。
コロナ禍での就活は、社会で「最強」になれるチャンスだ
──アフターコロナの世界がどうなるかまだ分かりませんが、今後の展望を聞かせてください。
小椋:テクノロジーをできるだけたくさんの人に届けていきたいという思いは変わりません。それを東京から日本、そして日本だけでなく世界の人に届けていきたいです。最終的には、日本発でグローバルでも通用するITカンパニーになりたいと思っています。
──そうなるために、HENNGEが越えなくてはいけない壁はありますか?
小椋:日本から外に出るのは簡単なことではありません。ただ、そのために海外の方々も積極的に採用するなど、HENNGEでは社員のグローバル化を進めて準備をしています。コロナ禍で少しスピードが落ちたかもしれませんが、それでも他の会社に比べれば、世界の壁が低くなっているのではないでしょうか。
──最後にコロナ禍で就活を不安に思っている学生さんに向けて、メッセージやアドバイスをお願いします。
小椋:前例のない状況に置かれて、不運だと思っている人もいると思います。でも、ここはぜひ前向きに捉えてもらいたいです。だって最強じゃないですか? 一生これについて話せますよ。「自分が就活したときはコロナで大変だった」と。
社会に出ていくという意味では、幸運な場所にいるのです。すでに働いているわれわれの常識はどんどん陳腐化していて、コロナ後の新しい常識が生み出されていくはずです。インターネットが世の中に出たときに社会人になるイメージですよね。今吸収できることもたくさんあります。誰も体験したことがないことですから、会社に対して発信することだってできるでしょう。
先輩にも、この状況を経験したことがある人はいないわけで、社会で最強になれるチャンスがあるんです。年上の人たちの言うことを真に受け過ぎず、自分たちなりの方法や価値観を信じていけばいいと思います。
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【ライター:yaslena/撮影:百瀬浩三郎】