自己分析──。
今や就職活動において、当たり前のように多くの学生が行っており、ワンキャリアでも「就活の基礎」として、いくつもの記事で紹介しています。
しかし、そもそもなぜ就職活動に自己分析が必要なのか。その意義について、明確な答えを持っている学生は少ないのではないでしょうか。
「就職活動に自己分析が有効だ」という概念が出てきたのは、今から20年以上前の1994年。キャリアデザインスクール「我究館」が出した就活本『絶対内定』シリーズが、その元祖といわれています。
終身雇用制度が機能しなくなり、転職が当たり前になった今、仮に自己分析をして企業に入ったとしても、それが役立つ期間は短くなってきているはず。我究館の館長を務める熊谷智宏さんにそう質問したところ、「この10年で自己分析は劇的に変わった」と答えてくれました。
登場から20年以上がたち、自己分析のあり方はどう変わったのか。そして、その変化が意味するものとは何なのでしょうか。熊谷さんの答えとは?
考えなしに企業を選び、目が死んでいく人たちを救いたい──「就活に自己分析」が生まれた理由
熊谷 智宏(くまがい ともひろ):我究館館長。横浜国立大学を卒業後、リクルートに入社。 2009年、ジャパンビジネスラボに参画。現在までに3000人を超える大学生や社会人のキャリアデザイン、就職や転職、キャリアチェンジのサポートをしてきた。 国内外の大学での講演や、教育機関へのカリキュラム提供、企業へのコンサルティング業務、執筆活動も積極的に行っている。 著書に『絶対内定』シリーズがある。
──我究館は自己分析の先駆者として知られていますが、そもそも、なぜ就活に自己分析という考え方を持ち込んだのでしょうか。
熊谷:当時、僕はまだ我究館にいなかったので、創業者の(杉村)太郎さんから聞いた話になってしまうのですが、絶対内定が出た当時は、今とは就活のスタイルがだいぶ違っていたんです。
部活や大学と企業とのつながりが強く、労せずに入社できる人も少なくありませんでした。そのため、深く考えずに企業を選び、その会社で働き続けてだんだんと輝きを失っていく……そういった人が少なくなかったと聞きます。当時は転職も少なかったですし。そんな流れに一石を投じたかったというのが、背景にあったようです。
──今だと考えられないような環境ですね。
熊谷:そうですね。さらに昔は今とは比べものにならないくらい、同調圧力が強かった。同調圧力は思考停止を招きます。太郎さん自身も、社会人としてさまざまな経験をしていく中で、他人の意見ではなく、自分がどう思うかが大事なのだと気が付きました。自分の思いやモチベーションを探る作業、それは就活にも必要だし、もっと言えば、自分の人生を豊かにするために必要だと考えたというわけです。
限界まで言語化することで「明日何をすべきか」が見えてくる
──では、あらためて自己分析がなぜ就活に必要なのかを整理させてください。
熊谷:まず、前提として「自己分析は誰もがやるべきこと」だとは全く考えていないです。よく必要論と不要論がケンカをしていますが、必要な人もいるし、必要でない人もいると思っています。
例えば、そもそもエリート志向が強くて、学歴も良く、外資系のファームで投資の実績を積み、どこでも通用する人材になりたいという人は、「なぜトップ人材になりたいか」をいちいち突き詰めて考えなくても、自身のキャリアを築いていけるでしょう。
──確かに、そもそも「自己分析が必要ない」という人もいそうですね。
熊谷:一方で、大学生のとき既に「自分が何をしたいのか」が見えている人は少ない。なぜなら、大学受験までは「有名大学への合格」という具体的な目標があるがため、入学した途端に、どこに向かっていいのか分からなくなってしまうから。そこで、考えなしにお酒を飲みまくったり、遊びまくってしまうのは、時間の使い方としてもったいないですよね。
自分がどこに向かいたいのか言語化する作業をしなければ、具体的な計画を立てて行動できません。限界まで言語化して、目標の「解像度」を高めることで、明日から何をすべきかが分かってくる。これが、多くの人にとって自己分析が必要な理由といえるでしょう。
自らの進路に迷う、外資系ファームのコンサルタントたち
──なるほど。とはいえ、自己分析で失敗してしまう学生も少なくないように思います。
熊谷:我究館は社会人向けにキャリアアップ支援のスクールを開いています。そこでよく見るのが、外資系コンサルの方ですね。このまま働き続けていいのか、悩んでいる人が少なくありません。
──そうなんですか? 彼らはなぜ、そしてどんな理由で悩んでいるのでしょう。
熊谷:それもやはり、十分な自己分析を行わないまま就職したからだと思います。最近、外資系コンサルに就職したいという学生に希望する理由を聞くと「さまざまなクライアントや業界に関わることができること」や、「専門性が身に付くのでピボットしやすい」と話す人が少なくありません。
もちろんそれは事実なのですが、そこで自分の目標がある程度見えていないと、スキルは身に付いても「で、結局何がしたいんだっけ?」と混乱してしまいがちです。
──それはもったいないですね……。
熊谷:そうなんですよ。外資系コンサルに就職することが目標ならいいのですが、汎用性の高いスキルが得られるとか、「優秀」という称号が得られるという感覚で志望する人が少なからずいて。だから自己分析をしっかりと行い、「なぜ事業会社ではなく、コンサルなのか」といった問いに対して、自分なりの答えを提示できることが重要です。
コンサルティングの知識が今後のキャリアで役に立つことは間違いないですし、社会的にインパクトの大きいビジネスに携われることは外資系コンサルで働くメリットでしょう。ただ、目標に対する問いをしっかりと立てていないと、エリートの同調圧力があるような世界で生きるのはつらいはず。私も新卒でリクルートに入社したのですが、近い経験をしたことがありました。
──熊谷さんにもそんな経験があったんですね。
熊谷:リクルートに新卒で入社したのは、自己分析を通して「人の人生の分岐点に関わりたい」という思いがあることを認識したからでした。入社後、それなりに活躍でき、評価や給料も上がったのですが、なぜか焦燥感がずっとあったんです。
そこで、我究館の社会人向けスクールに入り、再び自己分析を行った結果、自分はプラットフォームを通して誰かを応援したいのではなく、人と膝を突き合わせて向き合う方が好きだと分かりました。リクルート時代にもCSR(※1)として中学校で授業をしているときが、すごく楽しかったんですよね。
(※1)……企業の社会的責任。企業が自社の利益を追求するだけでなく、自らの組織活動が社会へ与える影響に責任をもち、あらゆるステークホルダーからの要求に対して適切な意思決定をすること
自己分析が早期化し、学生生活の設計が高度化している
──今や自己分析は広く普及しましたが、昔と比べて方法やその意義は変わりましたか?
熊谷:劇的に変わりましたね。10年くらい前まで、自己分析は「超ビッグな夢を描こう」という方針でした。大きな夢を描いたら、その夢がかなうビッグな会社に入ろう。その夢をかなえるためには、20代の10年間は「雑巾がけ」をして下積みしよう──我究館のスクールに来る生徒にもそんな風潮がありました。
当時は、それだけ大きな夢をかなえさせてくれる会社があったので、転職を前提として会社に入る人はほとんどいなかった。しかし、今は10年働くと会社が力を失っていた、みたいなことが往々にしてありますし、終身雇用で勤め上げようとしている人の方が少ないですよね。
そのため、「最終的にどこに向かいたいか」という目標を考えること自体は同じなのですが、今はそのためにどのようなキャリアが必要なのか、どのようなオプションがあるのか、自分がどこに身を置いたら納得できるか、といった細かな点までを分析するようになっています。
──学生の過ごし方も大きく変わっていそうですね。
熊谷:そうなんですよ。昔は「世界一周する」「キリマンジャロに登る」「自転車で北海道を回る」みたいな、夢のあることをしていた子がいっぱいいたのですが、今の学生にヒアリングしてみると、「TOEIC800点」「米国の大学に留学していた」といった話をよく聞きますね。
最終的にこうなりたいから、このスペックや経験が必要だということを逆算して、賢く学生生活を設計しています。つまり、自己分析が早期化しているんです。これは10年前に全くなかったキャリア設計、時間の使い方だと思います。
──自己分析が早期化することで、これまでよりも人生の経験値という「分析の材料」が少なくなり、自己分析が貧困になってしまうということはありませんか?
熊谷:確かに判断の材料は減りますね。しかし、私の中では18歳くらいであれば、十分その材料が集まっているという感覚があります。何を目指したいか、というコアな価値観は、経験よりも「どんな環境で過ごしてきたか」によって8割くらいは決まると思うからです。
売り手市場の今、自己分析をしないまま社会に出る学生が増えている
──キャリアの長期化が進む中で、20年くらいの人生を振り返って、今後50年の行き先を決められるものでしょうか? 目標や方向性は変わらないものなのでしょうか。
熊谷:そうですね。手段は変わるかもしれないですが、方向性や価値観はそう簡単に変わらないと思いますよ。私も「人の人生の分岐点に関わりたい」と思い、リクルートを選んだこともあれば、我究館を選んだこともあります。目標や方向性が決まっていれば、キャリアとして違う選択をしていたとしても、ブレずに意思決定できます。
ただ、手段は変えられるとはいえ、簡単に企業を辞めることはオススメしません。入りたくて入った会社なのに、給与待遇や上司の相性ですぐに辞めるのはもったいないです。社会の変化は激しいけれど、個人の物差しはそんなに変わることはない。
だから、まずは会社の中で自分が没頭できる仕事をやりきることで、コンピテンシーの高いスキルを身に付けてほしい。万が一会社がダメになったとしても、別の組織や手段で夢をかなえられるようにしたらいいと思います。
──企業の中で学びきらず、中途半端なまま辞める人が多いということですか?
熊谷:はい。これは売り手市場の罠(わな)ですね。学歴が高くて、こだわりがそこまでなければ、一般的に見て「すごい」と言われるような会社に就職できてしまう学生が多いです。我究館では、就活という必然的に自分が追い込まれるタイミングに、自己分析を通して夢を描くという仕掛けを作ることで、一人でも多くの人が生き生きとしてほしいという思いを込めて事業を展開しています。
しかし、今は学生が優位な立場になったので、就活に対する危機感が下がり、自己分析を十分にしないまま、社会に出る人が多くなってしまった印象があります。内定のときはいいですが、そのまま20代後半で道に迷い、40代になってただただ会社に使われる人間になる……そんな人が一人でも減ればいいと思っています。
キャリアに対するインプットを増やし、3年ごとに自己分析をやり直せ
──自己分析は昔から「最終的にどこに向かいたいかを決めるのは一緒」という考え方の話はありましたが、手段の面で変化した点や重要だと考えていることはありますか?
熊谷:最近はよく、生徒に「2~3年に一度、全力で自己分析をし直してほしい」と伝えています。社会人になり、大学生の時には見えていなかったオプションが見えるようになったり、20代の過ごし方によってスキルも身に付いたりするので、その都度ピボットしていいのかなと。
先ほどの話にも近いですが、昔はキャリアの築き方やスキルの身に付け方、キャリアデザインについても会社が教えてくれていました。今は全て個人が考えなくてはいけない時代。社内にロールモデルがいなければ、副業や転職をしたいと思ったときも的確にアドバイスをしてくれる人は多くいません。だとすれば、自分で自身を見つめ、その時々に応じた答えを決める力が非常に求められます。自己分析がブームになるのも、当たり前ですよね(笑)。
また、ビジネスの変化も大きいので、外部環境、つまりオプションが次々と変わっていきます。それを把握していないと、正しい意思決定ができない。キャリアについてもインプットし続けることが本当に大事な時代になったなと思います。
実力や実績に関係なく、大きな夢を描いてほしい
──ブームになっている一方で、「やりたいことや目標がない」という人も多いはず。彼らにとっては、息苦しい社会になってしまうような気もします。
熊谷:誰もが大きな夢を持つ必要はないと思っています。私の姉もやりたいことがないタイプですが、すごく幸せそうに生活していて。無理に「イノベーション」とか「IPO」みたいな言葉を掲げる必要はないんです。キラキラ系のコンサル、IBD、電博、総合商社だけが会社じゃない。
インフラの運用を支えたい、というと地味に聞こえるかもしれませんが、そういう人だってもちろん必要とされている。家計を支えたり、日常の当たり前を支えるでもいい。そういうところまでブレイクダウン(※2)すると、本当にやりたいことがない、という人はいないはずです。
(※2)……「分解する、分析する」「(上位層を下位層へ)展開する」など、上位組織で決まったことを下部組織に指示すること、またはアイデアなどの概要を詳細化、細分化する(落とし込む)こと
──ありがとうございます。これから就活を本格的に始める学生に向けてエールをお願いできればと思います。
熊谷:今さっき「大きな夢を持たなくていい」と言ったばかりですが(笑)、学生の皆さんには実力や実績に関係なく、大きな夢を描いてほしいなと思っています。
最近、夏のインターンが新卒採用に直結するようになってから、「選考書類がうまく書けない」といったような、真実でない自分を作るための質問を多く受けるようになりました。友達から「◯◯のインターンに通過した」と聞いて焦る気持ちは分かるけれど、武勇伝や実績がなくて勝手に自信をなくしてしまうのは、すごくもったいない。夢や目標を見つけて、それを実現するためのプロセスが分かることで、初めていろんなことをジャッジできるようになるので。
変化の激しい時代、自分のやりたいことに没頭すれば、どんどん能力が身に付きます。没頭できない仕事に就くのは、就活の本質ではありません。日本の未来を作るのは学生の皆さんです。ぜひ、この機会に自分を振り返ってみてください。
【特集:人生100年時代、『自己分析』は本当に必要か】
<我究館 熊谷智宏氏>
・「この10年で劇的に変わった」『絶対内定』著者が語る、自己分析に起きた変化とその理由
<法政大学 田中研之輔氏>
・自己分析など不要、学生はもっと戦略的にキャリアを考えよ──気鋭の大学教授が唱える「新・就活論」
<「就活ブランディングポート」代表 安藤奏氏>
・「ストレングスファインダー」は自己分析の扉を開けるカギ──適職診断に使ってはいけない理由とは?
<前田裕二×箕輪厚介×熊谷智宏 対談>
・自己分析でライバルと差をつける、最強の思考法
【インタビュアー:辻竜太郎/撮影:加川拓磨】
※こちらは2019年8月に公開された記事の再掲です。