「やりたいことが分からない」
ほとんどの就活生は一度はこう悩んだことがあるでしょう。
志望動機や自己分析など、就職活動は「やりたいこと探し」と隣り合わせですが、誰もがやりたいことがすんなりと見つかるわけではありません。
「いやいや、『やりたいことがない』なんて普通です。悲しむべきことじゃないですよ」
悩める若者にこうアドバイスするのは、サイボウズで副社長を務める山田理さん。同社の黎明(れいめい)期から発展を支え、彼らが掲げる「100人100通りの働き方」の旗振り役でもあります。なんでも山田さんは、仕事で「やりたいこと」をやろうとしたことはほとんどないのだとか。
彼が2020年6月に刊行した『カイシャインの心得 幸せに働くために更新したい大切なこと』では、「夢や目標を持つべきだ」「常に成長すべきだ」といった一見正しそうな常識に反論し、これからの世界で若者が幸せに生きていくための働き方のコツを説いています。
「つぶしが利くからとコンサル会社を志望する就活生をどう思いますか?」
これまで採用担当として、約1,000人と面接してきたという山田さんに、最近の就活トレンドについて聞いてみたところ、ガツガツ上を目指したい派にも、仕事より生活を大切にしたい派にも役に立つ、独自のキャリア論が出てきました。
山田 理(やまだ おさむ):サイボウズ株式会社取締役副社長 兼 サイボウズUSA社長。
1992年日本興業銀行入行。2000年にサイボウズへ転職し、取締役として財務、人事および法務部門を担当。初期から同社の人事制度・教育研修制度の構築を手がける。2007年取締役副社長 兼 事業支援本部長に就任。2014年グローバルへの事業拡大を企図しサイボウズUSA社長に就任。同時にシリコンバレーに赴任し、現在に至る。
「やりたいことが見つからない」は、昔の若者も今の若者も同じ
──本日はよろしくお願いします。山田さんは新著の中で「『やりたいこと』はなくてもいい」と断言されていますが、この問題に悩む就活生は少なくありません。
山田:やりたいことが見つからないからって、気に病むことはないですよ。むしろそれが普通です。僕の世代より上の大人だって、これからの世の中がどうなるのか分からないんだから、自信を持って「こうしたほうがいいよ」なんて言えません。大企業のベテランと呼ばれる人たちでさえも迷っているんです。
僕は新卒の採用を十何年かやってきて1,000人くらいは面接してきましたけど、「これやりたいんです」「これがいいんです」って自信を持って言える人って、逆にスゴイと思いますよ。
──山田さんが就活生のときは、どうだったんですか?
山田:僕自身、新卒で日本興業銀行(興銀)に入ったのは、やりたいことがなかったからです。大きい会社に入っといたら、とりあえずつぶしが利くかなと。
──そうなんですね。最近は「成長できるし、プロジェクトを通じてやりたいことが探せる」とコンサルティングファームを目指す学生が増えています。同じような理由で、外資系や商社も志望者が多いですね。
山田:同じですよね。僕らの時代は外資系よりも日系企業が強かったから、「王道」は日系の大企業でした。何もやりたいことがない人が行くのがそこだったんです(笑)。
ただ、昔の方が不安はなかったかもしれません。やりたいことなんかなくても、「とりあえず大きい会社に入っておけば、将来は何とかなるかなぁ」と。今は大企業に行けば安心ということもないし、周りにはベンチャーに就職してる先輩がいたり、それどころか同級生が起業してたりして、いろんな選択肢があるから迷うんでしょうね。
「どうすれば辞められますか?」 三井物産と日本興業銀行、迷った末に聞いたタブー
──山田さんの時代は、途中で転職や起業をするという選択肢もあまりなかったんですよね?
山田:そうそう。でも僕はちょっと変わってたんで、就活のときは三井物産か日本興業銀行か迷って両方の面接で「将来独立したいんですけど、どうやったら辞められますか?」と聞いてました。
──本当ですか!? 面接で言い切るのは、相当な勇気がないとできないですよ……。
山田:約30年前ですから、相手には内心「アホか」と思われてたんじゃないかな(笑)。どちらも「うーん、うちの会社を辞める人はそんなに多くはないからなぁ……」みたいな反応で、辞め方のアドバイスをしてくれる人はいませんでした。
でも、どっちかというと銀行はどんな業界や業態にも必ず関係があるじゃないですか。商社だと配属先によって業界が絞られちゃうから、銀行の方がつぶしが利くかなと思ったんです。今の若い人たちが「外資コンサルに行けば、次のキャリアで役立つスキルが身につけられる」って考えるのと同じですよね。
──転職が当たり前ではない時代に、「将来独立したい」と言って採用されるのはすごいですよね。
山田:僕、大阪外国語大学のペルシア語専攻だったんで、金融も経済も知らないし、普通なら採用されないですよね。あまりにも変わってたから「ユニーク枠」で採ってもらえたんだと思います。
本当にこの会社でいいの? 自分を偽り、祈られ続ける悪循環を脱するには
──採用にも関わる立場として、今の就活について思うところはありますか?
山田:僕らの時代と就活のスタイルが変わらなすぎると思います。
──と、言いますと?
山田:皆さん知らないと思うけど、僕が就活をした時代はリクルートから『おもしろカプセル』っていう分厚い本が送られてきて、それを1ページ1ページめくって気になる企業を見つけ、その中に入ってるはがきで資料請求して、その資料が届いたら「面接をお願いします」って電話して……というやり方だったんです。企業のことを知る手段が、マスコミか『おもしろカプセル』くらいしかなかったんです。
──初耳です。そんなふうに就活していたなんて……。
山田:この感覚、分からないでしょう? 今はネット上に企業の情報がいくらでもあって、中で働く人のナマの声もSNSで拾えるじゃないですか。自分がオモロイことをつぶやいていれば、企業がフォローしてくれる可能性だってある。マッチングの方法が昔と今とじゃ全然違うんですよ。
それなのに、昔と同じように面接対策をして、スーツを着て企業を回ってる学生が圧倒的に多いというのは、何かおかしいですよね。そこはワンキャリアさんにもうちょっと頑張ってもらわないと!
──確かに、選考の仕方というのはなかなか変わらないですね。
山田:とはいえ、今も昔ながらの面接で内定をもらう人が大多数なので、コンサルとか外資系とか商社とか、そういうところに行ける人は、他にやりたいことがないんだったら「とりあえず内定もらっとき」と言いたいですね。
一方で、いろいろ悩んでいる人って、人気のある大手の会社でバリバリ、ガツガツやるのが「向いているのかな?」「できるかな?」と考えてしまう。それが面接でも見透かされて、なかなか内定がもらえないこともあるんですよね。
──先ほどお話ししていたように、選択肢が増えた分、迷いが生まれやすくなっているというのもありそうですね。
山田:ええ。そうすると「面接でうまく答えられない自分はダメなんじゃないか」と自信がなくなり、面接対策の本を読んだりして改善しようとするんだけど、それって人の二番煎じ、三番煎じになっちゃいます。どんどん本当の自分から離れていって、ますます「この会社でいいのかな」という迷いが生じるという、悪循環に陥るんです。
この本にも書いているんですけど、そういう人は「やりたいこと」を探すよりは、一回原点に戻って「自分は何が好きなのかな」とか「何が得意なのかな」とかを考えてみた方がいいと思うんです。
──「やりたいこと」はいったん置いておいて、その会社で自分が「できること」を考えてみるという話ですね。
山田:自分が「できること」と会社で「やるべきこと」が重なる部分を頑張れば、人から「ありがとう」と感謝され、自信もつくし、楽しく仕事ができるようになるはずです。
「自分に合う会社」は人に探してもらえばいい。等身大の自分を見せるのがゴールへの近道
山田:もう1つ、就活する人は会社を選ぶ立場ではあるけれど、「会社に選んでもらう」という視点もとても大事です。
面接してる人は百戦錬磨だから、「御社が第一志望です」なんて言っても本音じゃないことはすぐに分かるんですよ。「嘘(うそ)つけよ。第一志望、いくつあるの?」みたいなね(笑)。面接官が本当に知りたいのは、「その人がどんな人なのか」ということ。「この人だったらウチで活躍できる」「この人はウチには合わない」というのを、ありのままの相手を見て判断したいわけです。
内定をもらうことがゴールになっていると、「合わない」と判断されたらダメだと思ってしまうかもしれない。でも、そんなことはないんですよ。高校受験や大学受験と違って、会社は「みんなが良いと言っているところに合格するのが良い」というわけじゃないんです。
──人気が高く、皆が目指す道が何となく正解だと思ってしまう。ランキングの弊害ですね。
山田:入社したら大半の時間をそこで過ごすんだから、無理して入って、肩に力を入れながら、背伸びしながら、嘘をつきながら働き続けていくことなんて難しいでしょう。だから、「どうやって内定をもらうか」よりも「どうやって自分に合う1社を見つけるか」の方がずっと大事です。そのためにも、面接では等身大の自分を見せていかないと。
──なるほど。とはいえ、面接で等身大の自分を出すって難しくないですか……?
山田:「こんな自分なんですけど、雇ってもらえます?」という姿勢でアプローチして「うちには合わない」と言われたときは、「じゃあ、どんなところが合うと思います?」と聞いてみるといいです。「あそこが合うんじゃないかな?」と教えてもらったら、次はその会社に行ってみる。
それを繰り返していると、周りが合うところを見つけてくれるわけです。学生のうちって、まだまだ知らないことがたくさんあるのに、自分の基準だけで選ぼうとするからうまくいかないんじゃないですか。もっといろんな人に聞いてみたらいいんですよ。
──人に探してもらえばいいと。面白いですね! 先ほど「ユニーク枠だった」とお話ししていましたが、山田さんは素の自分を出して選ばれたわけですよね。入社後は順調だったんですか?
山田:最初から「金融や経済は分かりません。その代わり、オフィスの電球を変えるのだってなんだって、僕にできることは何でもやります」と言って入っているんで、周りの優秀な同期にライバル視されることもなく、自分なりにできることをやらせてもらえました。
銀行員としてはイケてなかったんですけど、かわいがってくれる先輩や上司がいて、給料もそこそこもらえて。そうすると「これは足を向けて寝られないな」という気持ちになっていくんですよ。「いずれは辞めよう」と最初は思っていたんだけど申し訳なくて、「クビって言われるまでは頑張って恩を返します!」と考えるようになりました。
大企業の中で競争し続けるよりも、人手不足の会社で経験を積む方がいい
──それでもサイボウズに転職されたんですね。
山田:日本興業銀行がなくなりましたからね。当時の富士銀行と第一勧業銀行と一緒になってみずほ銀行になったんです。「僕がお世話になったのは日本興業銀行だ」という思いもあったし、優秀じゃない僕が合併後の銀行にい続けられるとも思えませんでした。
だったら「日本興業銀行という名前があるうちに辞めておこう」と。身の程を知っていたのが幸いしたんじゃないでしょうか(笑)。そこでもう一度、初心に戻って自分を必要としてくれる会社を探しました。
──転職先にサイボウズというベンチャー企業を選んだのはなぜですか?
山田:「必要とされている」と感じられたのが一番大きいです。
僕はイケてない銀行員だったんですけど、ラッキーだったのはたまたまITバブルの時代で、これから伸びそうなITベンチャーに「取引してください」と飛び込んでいく担当だったんです。サイバーエージェント、楽天、ディー・エヌ・エー(DeNA)にも行ったし、ホリエモンこと堀江貴文さんの会社にも行きました。
──すごい。今だったらエースがやるような仕事じゃないですか……?
山田:そうなんですよ。でも当時はそうじゃなかった。社長が出てくるのは最初だけで、そのうち経理の財務部長なんかが窓口になるわけですね。そういう会社って全然人がいないので、僕からしたら「こんな資料しか作れないのに上場しちゃうんですか?」「CFOなのに、分からないんですか?」みたいなことがしょっちゅうで、「あ、人が足りてないんだ」ということがよく分かる(笑)。
一方で銀行には、東京大学や京都大学を出たようなすごく優秀な人がいっぱいいるんですけど、そういう人たち同士で競争しているから、活躍できずに不遇な目に遭っている人がたくさんいるんですよ。ベンチャーで求めている人材がここにいるのにな、と思ってました。
──もったいない話ですよね。
山田:そんなとき、まだ社員が15人のサイボウズという会社に出会いました。「僕はダメ銀行員ですよ」と話したんですけど、「そんな山田さんでもウチに来てくれたらやってもらいたいことがたくさんある」と言ってくれたんです。「じゃあ、がんばります」と。
そこからはずっと、求められることや自分がやれることだけをやってきているという感じです。
──「やりたいことよりできること」を地で行っているわけですね。
山田:そうそう。だから、最初に大企業に行くのはいいんだけど、そこで競争しない方がいいです。できればどんどん転職を繰り返して、オリジナリティを増やしていった方がいい。
転職先も大企業や人気のベンチャー企業なんかだとコンペティティブな状況が変わらないので、もっと自分が必要とされる、人のいない会社に行く。そうしたらめちゃくちゃ仕事を任せてもらえます。
「そういうところは給料も少ないし、つぶれるかもしれないし」と思うかもしれないけれど、つぶれた会社で働いた経験って、なかなか得難いですよ。大企業で上司に言われたことをやりながら文句ばっかり言ってた人よりも、1回そこからはみ出して痛い思いをした経験を持っている人の方に来てほしい、という会社はたくさんあるはずです。
「若いときにやりたい放題やって、辞めたくなったら辞める。それがいいんじゃないかな」
──せっかく「つぶしが利く」会社に入ったのだから、次こそチャレンジしないともったいないと。
山田:若いうちにチャレンジした方が絶対にいいです。人気企業に内定をもらえるようなガッツのある人だって、ずっと大企業にいたらだんだんと牙をもがれていきます。異動や転勤の辞令が出たら従わざるを得なくて、自分の人生を会社に決められちゃうというモヤモヤがどうしてもつきまといます。
それでも従っていれば評価されるし、待遇もいいから、そのまま30代40代になって、子どもができるようになると、そこから出ていく勇気が持てなくなっちゃう。
役職が上がると責任も重くなるから、結局自分のやりたいようになんてできません。実は平社員の方がやりたい放題できるんですよ。若いときにやりたい放題やって、辞めたくなったら辞める。それがいいんじゃないかな、と思います。
──実は下っ端の方が自由なんだ、と。
山田:そうですよ。自分は社長の青野を見ているので本当にそう思います。よほどの覚悟がない限り、社長はオススメしません(笑)。
──なるほど(笑)。
山田:ただし嘘はダメです。自信がないからとか、「こういう風に見られたい」とかいう思いで、できもしないことを「できる」と嘘をついたり、背伸びしたりしていると、どんどんプレッシャーがきつくなっていきます。
それよりも、できないことはできないと言って、やりたいことはやりたいと言う。それで「ダメ」と言われたら「なぜダメなんですか」と聞けばいいんです。その理由に「なるほど」と思えば従えばいいし、「なんでやねん」と思えば、やらせてくれる会社を探したらいいんですよ。若いうちこそ、わがままに、自分に素直に生きていってほしいですね。
「オリジナリティのある存在になり、どう売り込むか」で社会人の価値は決まる
──最後にこれから就職を控えている学生に、今のうちにどんなことをしておいたらいいか、アドバイスをお願いします。
山田:今しかやれないことをやりましょう。内定先でインターンしている子もいるかもしれないけれど、働くことが目的ならあまりお勧めしません。そんなの社会人になったらいくらでもできますから。同期よりも少し早くスタートできて有利と思うかもしれないけれど、長い目で見ればあまり変わりません。
学生時代って、お金はないけれど自由にできる時間はありますよね。社会人になったら、逆に時間がなくなります。どうしても時間をかけてやりたいことがあれば、会社を辞めるなど、お金と引き換えに時間を得るしかなくなります。
だから、学生時代には時間がないとできないことをしたらいいと思います。旅行でもサークル活動でも勉強でもいい。アホみたいに勉強するっていうのも、社会人になったらなかなかできないです。
──山田さん自身は、学生時代は何をされていたんですか?
山田:バイトでしたね。稼ぐためではなく、今しかできない経験をするために、いろいろなバイトをしてみるのもいいです。僕は家庭教師や居酒屋の他に、引っ越し屋、葬儀屋、ガードマン……いろいろやりました。
みんながやらないようなバイトをやってみたらいいんじゃないですかね。社会人になったら「いかにオリジナリティのある存在になって、それをどう表現し、売り込むか」が大事になります。だから今の自分にしかできない、と思えることをするのがいいんじゃないでしょうか。
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【撮影:赤司聡】