「走る哲学者」と呼ばれるアスリート為末大は、今、ビジネスパーソンとして活躍を広げている。今回は、為末大がアスリートでありながらなぜ高い言語化能力を使いこなすに至ったのか、その謎に迫る。
「今日の一日にタイトルをつけるとしたら何か?」から始めよう
為末大:スプリント種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。3度のオリンピックに出場し、男子400メートルハードルの日本記録保持者(2017年10月現在)。現在は、スポーツに関する事業を請け負う株式会社侍を経営するほか、一般社団法人アスリートソサエティの代表理事を務める。主な著作に『走る哲学(扶桑社新書)』、『諦める力(プレジデント社)』など。
北野:前編では「スポーツとビジネスの違い」について伺いました。後編では、天職の見つけ方や、言葉の使い方についてお聞きします。まず、為末さんにとって、天職とはなんですか?
為末:僕は、何をしてもいいって言われたら、その辺の交差点で説法とかしていると思います。虚無僧みたいに(笑)。
北野:確かに為末さんは「走る哲学者」と称されるように、自己内省の能力が高いと思います。普段から、言語能力を高めるためのトレーニングはしていますか?
為末:「今日の1日にタイトルをつけるとすれば何だろう?」と考えるようになりました。
昔、新聞社の人に「新聞記者の中で、一番書くのが上手いのは誰か?」と聞いたら、社説を書く人と言われました。社説は600〜800字くらいです。Twitterを始めた頃は、6〜7回つぶやくと同じくらいの文字数になるので、社説にならって原稿作りをずっと繰り返していました。SNSは不可逆的な世界で、当時は変なことを書いても投稿を消せませんでした。それはやってみて、良かったことのひとつです。次に、「タイトルをいかにつけるか」ということが重要だと気づきました。当時やっていたのは、「今日1日にタイトルをつけるとすれば何か?」とか、飲み会があったら、「その飲み会にタイトルをつけるとすると?」と考えることです。端的にいえるかどうかは、言葉の力に影響していると思います。
北野:それをずっとやっていたんですか?
為末:そうですね。テレビでも、他の競技はすごく長く中継するのに、陸上競技は一瞬しか写らないし、コメントだって10秒も使われなかったりします。だから10秒でぐっとくるコメントを考えなくちゃいけない、と。だから「タイトルをつける練習」はアスリート時代から必要でした。
「白状すること」が相手の胸を打つ言葉を生み出す
北野:具体的に「このタイトルはいいな」という言葉はありますか?
為末:僕は好きなフレーズが2つあります。「ひとりの人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な一歩だ」(※宇宙飛行士ニール・アームストロングの言葉)と「地球は青かった」(※宇宙飛行士ユーリイ・ガガーリンの言葉)です。どちらの方が、コメントするのが難しいか? ということなんですよね。
北野:シンプルに思えるのは「地球は青かった」ですが。
為末:はい。僕が思うのは、「地球は青かった」の方がコメントするのは難しいということなんです。この言葉は直感的ですよね。この言葉を、果たして計画しておけるかな、と。同じように、本当に思っていることを「白状する」練習をしないと、何もかもが説明的になります。白状には勇気がいるので、日常的に思っていることを吐露する練習をしておく必要があると思います。そういう言葉の方が、本質的には相手の胸を打つと思います。
北野:「白状すること」が相手の胸を打つ言葉を生み出す、ということですね。
若い人がスポーツから学ぶことは「格」と「明日の自分が違うこと」
北野唯我(KEN):ワンキャリアの執行役員。博報堂・ボストンコンサルティンググループで事業戦略立案業務を担当した経験を持ちながら、執筆したブログが度々話題になるなど、マルチな才能で活躍
北野:僕が疑問に思うのは、スポーツは身近な一方で、実生活にどう役に立つのか? ということです。我々はONE CAREERという新卒就活サービスを提供していますが、ユーザーの学生には「スポーツを全くやってこなかった人」も多くいます。全くスポーツをしない、興味のない人たちが、為末さんのような「アスリートから学ぶべきこと」って何だと思いますか?
為末:2つありますね。1つは「頑張ったって、ダメなものはある」ということです。我々アスリートは「錦織やボルトは、自分と全然違う」と直感的に悟ります。一方それを知らない人は、結果として「私が悪いんじゃないか?」と苦しむことがあるような気がします。つまり、「馬は木に登れない」という納得の仕方がある一方で、「私はどうしてこんなに頑張っているのに木に昇れないのか、努力が足りない」と思っている人が多いのです。そういう意味でスポーツ選手のいい点は「自分は何で錦織になれなかったんだ! 努力が足りなかったんだ!」とはならないことです。気持ちの整理がついてしまうんですね。物事には限界があると、努力ではなんともならないものがあると悟れます。
北野:「自分の格を知っているからこそ、過度に自分を追い詰めなくていい」と。もう1つは何ですか?
為末:「今の自分がそうだからといって、明日の自分も同じではない」と感覚的に学ぶことですかね。裏を返すようですが、スポーツは実力で全て決まるような世界に見えて、気分とか空気に影響されていると感じることがあります。ふと前向きになった瞬間に上手くいくことがあったり。だから「いつだって始められるし、今までと全然違う自分になれる」という希望を持てます。
大事なのは、フィードバックをする人が本当に理解しているか? というところ
北野:もう1つ、以前から聞きたかったのは「アスリートにとって、フィードバックとはどういうものなのか?」ということです。ビジネスの世界では、P&Gやユニリーバのように「フィードバック・イズ・ギフト」と尊重する考え方があります。
ですが、アートや超一流の世界だと、そんな次元は超えているんじゃないかなと思うこともあるんですよ。先ほどの例なら、ボルトや孫正義に「フィードバック・イズ・ギフト」って、本当か? と。為末さんはどう思われますか?
為末:その視点は、ものすごく面白いですね。陸上競技の場合は、1940年代まで遡ると、選手は走り方にすごく癖があります。それが今は皆ほとんど一緒なんですよ。サッカーでも同じようなことが起こっています。これは、試合の映像がシェアされるので、ある方向に皆が均一化している結果じゃないかと。素晴らしい点もある反面、突き抜けたものは出にくくなっていると感じます。だからフィードバックというのは、どこかに収束させる効果があるのではと思います。もう1つ、フィードバックが矛盾している部分は「フィードバックをする人間がそれを本当に理解しているのか?」というところにあると思います。
本当のフィードバックとは、自分の行動に対して外界がどう変化したかを見ること
北野:難解ですね。どういう意味でしょうか?
為末:もし孫さんにフィードバックするとしたら、孫さんが本当にやろうとしていることや意図をきちんと理解していないといけません。アートのようにひたすら個別性を追求していく、「違う方がいい」という世界では、フィードバックは邪魔になるような気がします。一方で、自分の癖を見直した方がいい世界ではフィードバックが効力を発揮します。現役時代の僕はコーチをつけておらず、フィードバックが少なかったので、アート的な世界になりがちでした。その時の僕は、「自分がしたことに対して外界がどう変化したか」を見ていました。これがフィードバックの本質だと思います。「こう走ったら、膝がこうギシギシいう」というような外界の情報を集め、自分で判断していました。
北野:興味深いです! フィードバックの本質とは「自分がやったことに対して外界がどう変化したか」だと。
為末:そうです。テレビを見ていても、選手は「もうちょっとスタートの角度をつけたい」とか、当たり前のように言いますよね。それは、何千回も練習する中で「あれ、これは何だかいい感じがするな」というところからスタートしています。その「いい感じ」は何かというと、自分の感覚でしかないのです。
もし為末さんの子供が21歳の就活生だとしたら、どう助言するか
北野:インタビューも終盤です。もし為末さんの子供が21歳の就活生だとしたら、どんなアドバイスをしますか?
為末:企業選びの点では、「どんな体験をさせてもらえるか」から考えた方がいいとアドバイスしますね。どの会社の将来も、今は信用できません。僕らだって分からないですよね。だから突き詰めると、事業内容よりも、どんな人が周囲にいるかの方が重要だと思います。あとは性格次第ですが、もし自分と似たタイプなら「意思決定ができるところ」を、自分と違ってきっちり物事を進めるのが好きなタイプなら「仕事のフォーマット(型)をすごい勢いで放り込んでくれるところ」を選ぶといい、と言います。
3年先に、金銭は最大化しない。経験を最大化する方を選んだ方がいい
北野:最後に、全国の就活生に向けてひとことお願いします。
為末:今は、3年より先の事なんて誰にも分からない時代です。3年先には全てガラガラポンする(ゼロになる)前提で考えた方がいい。明日の自分が何を考えているかは、今日の自分は知りません。だから、この3年間を最大化することを考えてほしいです。収入だとか金銭を最大化するといっても、3年ではそんなに変わらないと思います。むしろ経験を最大化することを考えればいいのではないでしょうか。「こうなりたいな」という人物像をイメージして、そういう人が多そうな場所を選ぶといいと思います。
北野:めちゃくちゃ面白かったです。ありがとうございました。
一流たちが激論を交わす 〜北野唯我 インタビュー「シリーズ:激論」〜
・フリークアウト・ホールディングス取締役 佐藤裕介氏
・KOS代表取締役 菅本裕子氏(ゆうこす):前編/後編
・JAFCO Investment (Asia Pacific) Ltd CEO 兼 (株)ジャフコ 常務取締役 渋澤祥行氏
・アトラエ代表取締役 新居佳英氏
・リンクアンドモチべーション取締役 麻野耕司氏:前編/後編
・ヴォーカーズCEO 増井慎二郎氏
・元楽天副社長 本城慎之介氏
・東京大学名誉教授 早野龍五氏:前編/後編
・陸上競技メダリスト 為末大氏:前編/後編
・元Google米国副社長 村上憲郎氏:前編/後編
・ジャーナリスト 田原総一朗氏
・サイバーエージェント取締役 曽山哲人氏